2020年7月12日日曜日

『夢野久作と杉山一族』多田茂治

2012年9月20日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿
                       
弦書房
2012年9月発売



★★★  書名変更されているが『夢野一族』の新装版なので注意




ここ数年は杉山茂丸書籍で賑い、夢野久作関連の刊行はすっかり御無沙汰だったので勇んで購入したが、中身は97年に三一書房から出た『夢野一族』だった。この本の再発意義は認めつつも、多田茂治には新しい書下ろし久作本を期待していたのでオリジナルを所有している身としてはガッカリもしている。変わった点はハードカバーからソフトカバーになりカバーデザインを一新、定価が安くなりオリジナルにない写真が数点追加され、最終章に若干の加筆そしておそらくオリジナルの誤りが訂正されていると思われる。



2011年にNHKで「トライ・エイジ〜杉山家三代の物語」という良いドキュメンタリーが放送されたので、あの番組で初めて杉山一族に関心を持った方にお奨めしたい一冊。この著者による夢野久作とその作品論を読みたいなら『夢野久作読本』そしてスピンオフともいえる『玉葱の画家〜青柳喜兵衛と文士たち』から入るのもいい。現在(2012年夏)日本と中韓露の間で領土問題による緊張が高まっており、この状況が続くようなら杉山一族(特に茂丸)への関心が静かに高まってくるかもしれない。こんなキナ臭い理由で彼らに注目が集まってほしくはないけれど・・・。

 

 

版元・弦書房から06年に出た『杉山茂丸伝』(堀雅昭)が研究者だけでなく遺族・杉山満丸からも批判を浴び、この出版社から杉山家関連の書籍が出る事はもうなかろうと思っていたので本書の刊行は意外だった(私も読んだが、茂丸について何が言いたいのかよくわからぬ本だった)。版元HPをはじめ、どこで本書の内容説明を見ても「『夢野一族』の新装」とは記載がなく現物を見ないと別の本だと誤解を招きかねないこの再発のやり方は、新規読者にはまだしも久作ファンに不親切。本の内容はともかく弦書房に★★減点。

 

 

今後の希望を言うなら、入手難な『夢野久作の日記』を英文箇所に訳を付け読み易くした形で復刊するなり(出版社間の版権で一悶着ありそうだな)、長男杉山龍丸・次男三苫鐵児両氏の、父・久作を語った未刊随筆が一冊に纏まらないものか。そして長いこと鳴りを潜めている西原和海の監修による『論創ミステリ叢書/夢野久作探偵小説選』を最も切望する。幻の雑誌『黒白』掲載分の久作作品発掘はあれからどうなった?

 

 

 

(銀) この2012年のレビューを書いた時、『夢野久作の日記』を復刊するとなると一悶着ありそうだとか雑誌『黒白』掲載分の久作作品は発掘できるのか?という不安が頭をがよぎったが、それが四年後の夢野久作新全集で不幸にも的中してしまうとは・・・。




『黒白』のバックナンバーが見つからぬ以上、英文パートを訳したり必要な箇所に註釈を付けた『夢野久作の日記』アップデート版を再発するのは非常に価値のある事だと思うのだが、あの本の編者は久作の息子杉山龍丸で、その著作権を継承しているのは久作の孫にあたり龍丸の息子である杉山満丸。久作作品は既にパブリックドメインになっているから今進行している国書刊行会の最新久作全集を出すには差し支えない。けれど龍丸が亡くなったのは1987年だからまだ著作権は生きていて満丸が許可をしないと『夢野久作の日記』は再発できないという事になる。