2020年7月6日月曜日

『日本探偵作家論』権田萬治

2009年5月9日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

双葉文庫 日本推理作家協会賞受賞作全集〈30〉
1996年5月発売



★★★★★   元ミステリー文学資料館長の名著




後の新世代の立場から作家別に日本の探偵小説を丁寧に解析する評論。本書の初出は雑誌『幻影城』を中心に掲載、昭和50年の暮に上製本「幻影城評論研究叢書」の一冊として上梓された。ラインナップは次のとおり。



■深海魚の夢 序説=戦前の探偵小説の特質 

■小酒井不木■江戸川乱歩■甲賀三郎■大下宇陀児■横溝正史■水谷準■葛山二郎 

■橘外男■山本禾太郎■夢野久作■海野十三■濱尾四郎■渡辺啓助■小栗虫太郎 

■木々高太郎■大阪圭吉■蒼井雄■蘭郁二郎

 

 

四十年近くも前の執筆でありながら現代の眼で見ても著者のカルテには頷かされることが多い。戦前は江戸川乱歩と並び三羽烏と謳われた甲賀三郎・大下宇陀児の著書がなぜ衰退し、横溝正史に取って代わられたのか? 黎明期の日本探偵小説にはごく一部の秀作を除き、本格長篇がなぜ生まれなかったのか?小栗虫太郎は所詮ペダントリーに囚われすぎた作家だったのか?また木々高太郎の文学芸術論にはその後どういう意味があったか?すべて本書の中に答を解く手掛りがある。

 

 

各作家の長所短所をしっかりと把握したその語り口にはミステリーへの深い愛情が感じ取れる。著者は専修大学にて長年教鞭を執った。池袋のミステリー文学資料館三代目館長も務めた。乱歩旧蔵書を管理する立教大学・藤井淑禎の論述に首を傾げる所が多いのに対し、同じ教授でもさすがに長年蓄積されたキャリアの違いを見せる。

 

 

盟友島崎博との友情により生まれた本書こそ、平成以後の再評価による探偵小説の多くの再発の源であり、氏の評論はもはや今日における指標と言ってよい。書名で検索してみれば判るように版元を変えて長年読み継がれている必読の書。私が所有しているのは昭和52年の島崎博解説を付した講談社文庫版だが、双葉文庫版では巻末に対談を収録しており、各種微妙に内容が異なる。ミステリー文学資料館で権田氏にお目にかかった事があるが、こちらが恐縮する程優しいお人柄であった。氏のご健康と益々の活躍を祈る。

 

 

 

(銀) 権田政治と島崎博が念願の再会を果たせて本当に良かった。

たまに時々目を通すことがあるほど本書への信頼度は揺らいでいない。既に私の手持ちの講談社文庫版は何度も読み過ぎて、だいぶ草臥れている状態なので新しいものに買い替えなきゃ・・・と思いつつ今に至っている。本書が執筆された頃と現代とではだいぶ価値観が変わった。この本に取り上げられている作家のうち、ぶっちぎりでシーンの評価が上がったのは大阪圭吉だ。

 

 

そんな時の流れを踏まえて、若い(?)有識者による現代の眼で見た新しい『日本探偵作家論』のような評論があってもいい。本書を信用できる理由のひとつは特定の作家に殊更偏向する姿勢を厳に慎んでいるから。ちなみに本書を意識したような評論は何冊かあった。誰にでも好き嫌いはあって当然だが、論述の中でたとえ褒めるにしろ、特定の作家にだけ偏った見方をすればバランスが崩れる。新時代の『日本探偵作家論』執筆にふさわしく、探偵作家ごとの偏愛偏見が少なそうで筆力もあって十分知識を踏まえている人物といったら横井司あたりか。