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福武文庫
1989年7月発売
★★★★ モーパッサンにニーズはあると思うのだが
怪奇小説に特化した国内のモーパッサン翻訳本となると、本書が80年代の終わりに出たっきり、なぜか類を見ない。古書価こそそんなに高騰していないものの、中古市場でこの文庫が良く売れているのは隠れたニーズがあるからだと思う。昨年、『対訳 フランス語で読むモーパッサンの怪談』という本が白水社から発売されたのだが、朗読CDが付き、仏語と日本語訳のテキストを併せて提示しているため、「墓」「髪」「手」「オルラ」の四篇しか収録されていないのが残念。
本書巻末の「訳者あとがき」には、榊原晃三(1996年没)による作品選択基準が記してある。
♠ モーパッサンには三十数編の怪奇幻想的作品が存在する。
♠ 本書にはそのうち十一編を選び、キリスト教伝説や悪魔説話などに材を取ったものや、
ファンタスティックな要素のみ色濃いものは採用しなかった。
我々はつい怪奇色のある作品ばかり求めてしまうが、モーパッサンは娼婦小説/残虐小説/戦争小説など様々な切り口が可能な作家ゆえ、どの出版社も出来の良いものを優先して新刊で一冊作るとなると、オール怪奇小説という選択肢は採用しづらいのかもしれない。かくいう私も、そこまでモーパッサンを読破している訳ではないし、当blog的にどの作品を選ぶのがベストなのか、断定できる自信は無い。
「手」「水の上」「山の宿」「恐怖 その一」「恐怖 その二」
「オルラ」「髪の毛」「幽霊」「だれが知ろう?」「墓」「痙攣」
妹尾韶夫(訳編)『ザイルの三人/海外山岳小説短篇集』(☜)にもセレクトされていた「山の宿」はどこに出しても恥ずかしくない堂々たる傑作。「オルラ」は世間では評価が高いが、やや冗長じゃないか?こういった短篇はそこそこの枚数でオチを付けるのが好ましい。
発狂 → 自殺未遂 → 精神病院行き、そんな痛ましい人生を送り、42歳の若さで亡くなったモーパッサンにはポオと似たところが多い。この人の特徴として、常人には見えないものが彼の作品の登場人物には見えてしまうため、思いもよらぬカタストロフィーが待っている。犬が悲惨な死を迎えるものなんかは読んでてやりきれないが、病的なドラマツルギーには独特の味わいがある。
榊原晃三は生前、児童ものの本を手掛ける仕事が多かった。そのせいだろうか少なくとも私には本書の訳文はやさしすぎる印象を受けた。だから不満があるとまでは言わないが、今後出されるモーパッサンの新刊は、もう少しヴィンテージ感のある訳で読んでみたい。
(銀) モーパッサンの現行本は新潮文庫のものが長年出回っているが、延原謙(訳)のシャーロック・ホームズ物語がそうであるように、モーパッサンも改版の折、きっと語句改変が行われているに違いないし、カバーデザインも魅力が無いのであまり薦めたくはない。モーパッサン作品には★★★★★に値するポテンシャルがあるのだから、しかるべき版元がしかるべき人に翻訳させれば、きっと良い本が出来る筈。
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