2020年9月22日火曜日

『国枝史郎伝奇風俗/怪奇小説集成』国枝史郎

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作品社  末國善巳(編)
2013年3月発売



★★★★  翻訳怪奇小説集「恐怖街」
             /性欲風俗長篇「生のタンゴ」



作品社の重くてファットな国枝史郎本もこれでシリーズ打ち止め。海外パルプマガジンの怪奇小説を国枝自身が翻訳した『恐怖街』という、古書市場でもお目にかかれるチャンスの無い昭和14年の稀覯本がある。それを遂に甦らせたのは実にめでたい。『恐怖街』に収録されていた作品はこちら。

 

 

「地獄礼賛」(原作:GT・フレミング・ロバーツ)

「恐怖街」(原作:サンダース・M・カミングス)

「獣人」(原作:エドモンド・ハミルトン)

「復讐に燃えて」(原作:HM・アッペル)

「クルダの衆道」(原作:アーサー・J・バークス)

「死のおもかげ」(原作:フランク・ベルクナップ・ロング)

 

 

この六短篇は『スリリング・ミステリー』という洋雑誌の1936(昭和11)年5月号に載っていたもので、たまたま入手した国枝が特に深い見識もなく、軽い気持で上記の作品を選び翻訳したのでは、というのが編者・末國善巳の見立て。

 

 

考えてみると、国枝が慕っていた小酒井不木は生前、パルプマガジンの代表格『アメイジング・ストーリーズ』に関心を寄せていた訳だし、不木が亡くなった後でも、その影響は残っていたのかもしれない。当り前だが、国枝のオリジナル創作伝奇小説とは口当たりが異なるので、そんなところにも目を向けたい。


                   

 

 

次は新聞『大阪時事新報』に昭和7年夏から半年程連載した長篇生(いのち)のタンゴ」単行本初収録だが、これは初刊本が発禁扱いにされた長篇「ダンサー」の姉妹編的内容で、昭和初期のモダニズム文化をベースにした風俗小説である。国枝本人はそのコンセプトを「一種の社会小説、人情小説、問題小説であります」と申し、ある部分ではプロレタリアな階級主義への批判もしているけれど、どう読んでもこれは ❛ 男の性欲を狂わせる素晴らしい肉体を持った魔都上海帰りのヴァンプ ❜ である主人公ネルリを中心に、彼女に群れる牡どものダラダラしたストーリーにしか見えない。

 

 

ふつうポップソングにはAメロ → Bメロ → サビ → エンディングという型があるように、小説にも起承転結がある。だが国枝の長篇は音楽に喩えると、あるパターンのフレーズを延々ループするハウス・ミュージックの如く、物語のクライマックスと呼べるカタルシスがないままエンディングを迎える傾向にある。「生のタンゴ」もおぞましい畸形児が登場するあたりから話を盛り上げてくれるのかなと思っても、いつもの国枝節は変わらない。

 

 

その他にも既刊本に未収録だった短篇や戯曲、エッセイを数篇収録。作品社の国枝本はゾッキ扱いで安売りされている巻もあるが、本書は私のような探偵小説読者も買っているのか、あまり安売りされているのを見かけない。「恐怖街」だけでも興味があったら、定価で売っているうちにキープしておいたほうがいい。


 

 

(銀) 「生のタンゴ」繰り広げられる、男と女がSEXに振り回されるこのチャラい光景は、昭和末期~平成初頭の浮かれていた日本、自分がこの目で見てきた状況とそれほど差を感じないのが面白い。そんな享楽の後には暗く深刻な時代が訪れるものだ。


それはさておき、作品社のような厚くて重い本は寝ながら読んでいても手が疲れる。「恐怖街」「生のタンゴ」だけそれぞれ単品で、もっと扱いやすい大きさ/厚さの本で出してくれたら助かったのだが。

 

国枝史郎の入れ込んだ一番の趣味といったらダンスで、二番目は麻雀。彼が編集代表としてクレジットされている『麻雀時代』という戦前の麻雀雑誌を所有しているのだが、本書の「ダンス与太話」というエッセイを読むと〈名義だけの編集主幹〉だった事が判明。そりゃそうだろうな。