2020年8月19日水曜日

『大倉燁子探偵小説選』大倉燁子

2011年5月3日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第49巻
2011年4月発売



★★★    カルトの女王、降臨す



古書市場におけるレア度が異常に高く、本書刊行に待ち草臥れたファンも多いことだろう。探偵小説処女作「妖影」が昭和9年。探偵文壇への登場は早くはないので意外に思われるだろうが、実はこの人江戸川乱歩・横溝正史、更には小酒井不木・森下雨村・夢野久作よりも年上の明治19年生まれ。国学者・物集高見の娘で二葉亭四迷や中村吉蔵に師事、平塚らいてうとも交流があるという毛並の良さもあり、贅沢なデビューの場を用意された。

 

 

 

点在するアンソロジーの収録作や初出雑誌を個別に読んでも大倉燁子の芸風はよくわからなかったが、一冊に纏められた本書を通読してみて、ようやく彼女の作品像がおぼろげに見えてきた気がする。ビーストン/ルヴェル風味がベースにあったり、S夫人シリーズ(「妖影」「消えた霊媒女」「情鬼」「蛇性の執念」「鉄の処女」「機密の魅惑」「耳香水」)には外交官夫人としてのセレブな経験が色濃く、よく云われる心霊・霊媒趣味な作は思ったよりも少なくて、全篇通して女の〈念〉が最も強い印象を残す。

 

 

 

ただ、初期の長篇「殺人流線型」が今回オミットされたのが非常に不満。この叢書に唯一注文をつけるとしたら長・中篇をなかなか収録してくれない事。「作品の質の問題」とか「一冊としての構成バランス」を考慮した上でのチョイスなのだろう、とは容易に想像できるのだが・・・。第47巻/水谷準の時も中途半端な「瓢庵先生 〜 人形佐七」コラボ集にするぐらいなら、「獣人の獄」やその他の探偵ものの長篇を採ってほしかったし。(瓢庵先生ものは春陽文庫あたりから全作を集成して刊行すべきだ。閑話休題。)

 

 

 

以前の論創ミステリ叢書なら当然続刊が出たのに、大倉燁子はこの一冊で終了なのか?
追討ちをかけるかのように、次回配本予定『戦前探偵小説四人集』をもって、
この叢書が一時休止だという。詳細は次巻レビューにて記す。

 

 
 

 

(銀) ここに書いているとおり第50巻までの論創ミステリ叢書は長篇を収録してくれなくて、それが当時とても腑に落ちなかったものだ。

 

 

大倉燁子と水谷準、このふたりはこのあと一冊も単独著書が出ていない。「瓢庵先生ものは春陽文庫から全作を集成して刊行すべき」などと書いているが、これからそういうものを企画するとしても、春陽堂書店ではなくインディーズで頑張っている捕物出版からのリリースのほうが期待できるのかもしれない。なにせ現在『完本人形佐七捕物帳』を刊行している春陽堂は信用できないところがあるからな。ただ捕物出版のハンデは、本を買える窓口がごく一部に限られてしまうのと、プリント・オン・デマンド(POD)ゆえ装幀が貧弱だということ。

 

 

その捕物出版が大倉燁子の「新吉捕物帳」をリリースする予定があるそうで、出たら買うつもりでいるけれど、本音を申せば読みたいのは時代ものじゃなくて探偵ものなんだが・・・どうして論創ミステリ叢書で大倉燁子がこの一冊だけなのか、その想いはいまも変わっていない。