2020年8月30日日曜日

『クムラン洞窟』渡辺啓助

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出版芸術社 ふしぎ文学館
1993年11月発売



★★★    事実とフィクションを交配させた異国ロマン



この本が出た90年代は渡辺啓助翁まだ健在なりし頃。懐かしいなあ。これは秘境シリーズとして雑誌『宝石』に発表した作品を纏めたものである。以下、括弧内は初出掲載年月、その右側は各作品の中で題材に使われている国・地域を示す。 


 

□ 「クムラン洞窟」   (昭和342月)~ 中東アジア


 

□ 「島」        (昭和363月)~ マダガスカル

□ 「嗅ぎ屋」      (昭和365月)~ ジャマイカ

□ 「追跡」       (昭和36年7月)~ 南米マット・グロッソ

□ 「悪魔島を見てやろう」(昭和369月)~ 仏領ギアナ・ディアブル島

□ 「崖」        (昭和3611月)~ ネス湖


 

□ 「シルクロード裏通り」(昭和381月)~ 東トルキスタン

□ 「紅海」       (昭和382月)~ 中近東

□ 「逃亡者の島」    (昭和383月)~ 南太平洋

 

 

米国の有名な雑誌『National Geographic』に載っていたリアルな地球上のネタを膨らませたフィクション・ストーリー。〈秘境〉といっても香山滋や小栗虫太郎のように探検家キャラを設定している訳でもないし彼らほど空想的なSF色はないので、兼高かおるならぬ  ❛ 渡辺啓助が描く世界の旅 ❜ とでもいった趣きか。外地を題材にした作品でも戦前における亜細亜大陸見聞記路線の『オルドスの鷹』などと風合いが異なるのは当然。


 

一冊通して地味な内容だし話はフィクション仕立てなのだから、「紅海」に登場する女流魚類学者アグネス・ミラー博士のようなセックス・アピールを振りまくレディを全エピソードに登場させる勢いのケレン味でもって、男性読者を釣っても良かったのではないか。それと渡辺啓助本人によるあとがき、加えて著書リストがわざわざ付いているのだから解説もあってしかるべきなのに、無いというのが ×。




(銀) 私が持っているのは初版だが日下三蔵の仕事だからか校正甘いな。まず目次からして、著者リストじゃなくて著書リストじゃないの? 探偵小説の枠に飽き足らなくなった啓助の戦後のアプローチの一部がSFであったり、また本書に収録されている異国ロマンだったり、いろいろな方向に挑戦はしているが、戦前の『地獄横丁』『聖悪魔』に肉迫するような良いものは生み出せなかった。