2023年5月6日土曜日

『幻影城評論研究叢書5/黒岩涙香研究』伊藤秀雄

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幻影城
1978年10月発売



★★★★  明治期初版本テキストしか信用できないって本当?
   




伊藤秀雄が手掛ける黒岩涙香研究書・第三弾は島崎博が1970年代に主宰していたミステリ雑誌『幻影城』評論叢書の一冊として刊行された。収録されている項目の殆どは既存の紙媒体に発表済みの文章を集めたもので、或る箇所では手を加えたり又書下ろしも二点プラスしたりして構成されている。以下目次。




 涙香の魅力 

 幻の『西洋女大学』について 

   「法廷の美人」の発見 

   「無惨」について 

   『今日新聞』と『都新聞』の涙香小説について

   


◆ 「何者」について

◆ 新発見の「紳士の行ゑ」をめぐって

◆ 「我不知」について

◆ 涙香小説拾遺

◆ まぼろしの「春残香」

 


◆ 「幽霊塔」雑感

◆ 「仙術霞の衣」の原作

◆ 涙香のSF

◆ 「今より三百年後の社会」について

◆ 涙香の小説書

 


◆ 萬朝報と人身攻撃

◆ の離婚と再婚

◆ 涙香の恋文

◆ 涙香の墓

◆ 涙香伝再説

 


◆ 涙香研究家・阿川参悠

附録

黒岩涙香年譜

黒岩涙香書誌

あとがき


 

 

作品論と人物論とがそれほど系統立ててカテゴライズされてはおらず、時折引用される明治期の文章がさなきだに小難しい感じを与えるのもあって、本書にとっつきにくい部分が無いとはいえない(だから実質的には★3.5)。読みものとして楽しみたいのなら以前紹介した『涙香外伝』のほうが向いている。この時代はまだ判明していなかった事実もあって全般的に研究途上の印象。それゆえ「幻影城評論研究叢書」のうち何度も再発された権田萬治『日本探偵作家論』は別格としても本書はこのままリイシューするには適しておらず、だからこそこの後も伊藤秀雄をはじめ幾人かの識者によって涙香研究書は上梓され続けた。

 

 

そうは言ってもチェックすべきポイントは多々あり、伊藤は涙香著書について「大正期に入ってからの縮刷版(新聞のことではない)は本屋側の改悪的な添削がなされていたりするので明治の初版本または新聞でないとテキストは信頼できない」と度々書いている。え~っ、じゃあ涙香の死後、すなわち元号が昭和に変ったあと世に出た涙香著書の信頼度って・・・・適切なテキストの底本を用いて制作された単行本は果してどれぐらい存在するのか、深く考えるとだんだん頭が痛くなってきそうな問題だ。


 
 
楽しい話題も振っておこう。柳田泉は涙香の傑作として初期の純探偵物からは「人耶鬼耶」「死美人」「幽霊塔」「非小説」、中期のロマンスを加味したものでは「巌窟王」「鉄仮面」「武士道」「人外境」、後期の人情味乃至家庭小説の味を加えたものでは「噫無情」「野の花」「山と水」をセレクトしたという。江戸川乱歩はベスト・スリーに「巌窟王」「噫無情」「幽霊塔」を選出、その三作の中でも伊藤をはじめ「幽霊塔」をNo.1に挙げている人が多い。

 

 

黒岩涙香という男は土佐の出身なのもあって復讐心が人の数倍強い、という説には思わず笑ってしまった。〝いごっそう〟という言葉からして、昔の高知の男性には血の気が多そうなイメージが確かにある。それでもフヌケな令和の社会からは「レッテル貼りするな!」なんて声が上がるのだろうか。駄弁はさておき復讐をテーマにした涙香作品が断然面白いのは誰も否定のしようがない。

 

 

 

(銀) 巻末の「幻影城評論研究叢書」広告ページを眺めると、この時点では未発表に終わった鮎川哲也『探偵作家尋訪記』が刊行予定に入っているのが泣かせる。数年後鮎川は晶文社から『幻の探偵作家を求めて』と改題してようやくこれを発表に至らせるも、2019年に再発された『幻の探偵作家を求めて【完全版】』にて日下三蔵と論創社編集部が本来のコンセプトを破壊、尋訪記以外のものまで味噌も糞も一緒くたに叩き込む無能な悪編集を施してしまったことは各位よく御存知のとおり。




 

2023年5月4日木曜日

『くノ一捕物帖―恋縄緋鳥―』(全二巻)石森章太郎

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メディアファクトリー SHOTARO  WORLD
1998年4月発売〈2〉



★★★★   哀しみのヒロイン





前々回話題にした島本春雄『濡れた夜曲』を含む、あまとりあ社や久保書店系の小説にテイストが近くて愛着があるアダルト漫画というと「くノ一捕物帖―恋縄緋鳥―」かしらん。「佐武と市捕物控」ほど世間の地名度は高くなくとも、東西冷戦期の美人サイボーグ諜報員「0091」的なキャラクターを江戸時代の生身の娘に移し替え、ハードなエロだけでなく猟奇スリラー性も盛り込んだ70年代劇画の猥雑さが懐かしくも素晴らしい。小説家が執筆する捕物・伝奇小説よろしく文章で入念に表現できる強みこそ無い反面、ヴィジュアルを使える漫画はPOPで入りやすい。




成人向け劇画雑誌『コミック&コミック』に掲載。「くノ一捕物帖―恋縄緋鳥―」全話が単行本に入ったのはメディアファクトリーによるSHOTARO WORLD版全二巻が初めてだそう。過去の徳間書店版そして大都社版コミックスではいずれもSHOTARO WORLD版でいうところの〈1〉収録分エピソードしか読めなかった。だから本日書影をupしたSHOTARO WORLD版コミックス〈2〉は貴重な一冊なのだ。

 

 

 


ミレーヌ・ホフマン(0091)のモダンでコケティッシュな柔らかさとは対照的に、どこか哀しく暗い影を背負っているヒロイン・緋鳥。かつては闇の集団・卍党の〝くノ一〟だったが、岡っ引・蛇縄参次に引き取られ表向き普通の町娘として暮らしている。蛇縄参次の上役にあたり自分の命の恩人でもある若き同心・旗野三四郎は心に秘めた思い人。江戸の町に妖しの風が吹くと美しい緋鳥の肌が舞う一話完結型ストーリー。

 

 

サンプルとしてエピソードをひとつ紹介。

ある理由により蛇縄参次を人質に取られてしまった緋鳥。退屈に飽き飽きしている金満家は緋鳥の身体から櫛や簪といった武器になりそうなものを全て剝ぎ取り、声さえも立てられぬ状態で裸のまま十重二十重に密室拘束した上、タイムリミットを決め一つの賭けを提案した。つまり期限までに緋鳥が自力で密室を脱出できなければ参次の命は無い、というもの。あらゆる〝くノ一〟のテクニックを封じられた緋鳥はこの拘束からどうやって抜け出すのか・・・。

 

 

復讐鬼/狐憑き/妖魔一族/色狂い刺青師/島抜け/陰茎切断魔・・・意外と近そうに見えても子供向けに実写化された「変身忍者嵐」とは手触りが異なる。「イナズマン」でも描かれていた題材で、満月の夜になると正体を現す人狼というのは石森の手癖、あるいは好きなパターンか?裏切り者である緋鳥に死を与えるべく例の卍党が殺し屋を送り込むエピソードも描かれており、「タイガーマスク」(原作:梶原一騎/作画:辻なおき)アニメ版での伊達直人対虎の穴みたく最後の最後には卍党一味と雌雄を決するクライマックスへ向かわなかったのが惜しくもある。(残念ながら卍党の頭領が姿を見せることはない)

 




「くノ一捕物帖―恋縄緋鳥―」は一度連載が終わって一ヶ月後に続篇「新くノ一捕物帖―大江戸緋鳥808-」が始まるのだが、緋鳥の境遇にあまりにも悲惨な出来事が起こり(ここでは伏せておく)、以後彼女は吉原の廊名主の家に身を寄せつつ活躍する。出来としては「くノ一捕物帖―恋縄緋鳥―」のほうが良く思えるし、どうせ緋鳥の復讐を描くのならば余計に巨悪である卍党と戦わせ「くノ一捕物帖―恋縄緋鳥―」のタイトルのまま連載を続けていれば・・・と妄想逞しくする私であった。


 

 


(銀) 巻末に作品解説があったり、また装幀面からしてもSHOTARO WORLDはうまくいっていたのに、又ここでも角川系列の出版社メディアファクトリーは要らん改変をしていたようだ。曰く、 

「原作の世界を尊重し、作者の了解を得た上で、編集部の責任において一部を改めるにとどめました。 」

だと。どうせいつもの奇形者だかアイヌだかの表現で難癖を付けたのだろうが、本作の中で改変箇所を突き止める事ができていないので、ここでは大きな減点はしていない。『新くノ一捕物帖―大江戸緋鳥808-』の初刊にあたる大都社版コミックスでは〝非人〟〝乞食〟〝白痴〟〝気狂い〟といった言葉が自然に使われていた。大昔の人間が普通に口にしていた言葉をいちいち改竄したのでは、小説だろうと漫画だろうと時代物のリアルな表現は無いものになってしまう。迷惑極まりない言い掛かりで作品を汚す連中は社会の害でしかない。





2023年4月30日日曜日

『りお・で・じゃねいろ巷夜譚(ちまたのよばなし)』渡邉文子

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東都我刊我書房  渡邉文子/北島文子/北島府未子一人三人撰集  善渡爾宗衛企畫)
2023年4月発売





  善渡爾宗衛に酷い本を出されてしまった
      作家の著作権継承者、もしくはその親族の方々へ




本日の記事に取り上げている同人出版本『りお・で・じゃねいろ巷夜譚』の著者・渡邉文子氏の著作権継承者、またその親族にあたる方々へ急ぎお伝えしなければならない事があります。

戦前の雑誌『新青年』に探偵小説を発表なさっていた渡邉文子氏は横浜出身で、昭和4年に初めてブラジルの地を踏み、結婚して北島姓となられた昭和10年頃再度ブラジルへ渡られたとのこと。詳しい情報は持っていないのですが、二人のお子様がいらっしゃるも渡邉氏は昭和39年に逝去、それ以前に配偶者様が他界されていたとも聞きますので、果して御親族が日本国内にどのくらいおられるのか知る由もありません。二人のお子様の血を引く方々はきっと今でも南米にてご健在だろうと推測するのですが、今はインターネットで地球の裏側までも情報を届けることが可能であり、たとえどの地にいらっしゃろうとも渡邉文子氏の関係者のどなたかにどうしてもこの文章を読んで頂きたく、僭越ながら一筆したためました。

 

 

東京都内に善渡爾宗衛と名乗っているかなり頭のおかしくなった老人が存在し、いまや読むのが困難になったレアな探偵/幻想小説の類をこの数年にわたり、通常の出版社経由ではなく〈東都我刊我書房〉などという自主レーベルより刊行しております。本年4月に善渡爾宗衛は渡邉文子氏の遺した作品「葉巻の殺人」「夜開く花」「人間腸詰事件」「姦通を聴く男」「第二の復讐」「りお・で・じゃねいろ巷夜譚」「妖艶鬼ロウイス」「ダニューブの悲劇」「ほうたい」「金髪に気をつけろ」「運命のダグラス機」を一冊に集めた『りお・で・じゃねいろ巷夜譚』なる本の販売を始めました。

 

 

そもそも昭和39年の逝去、そしてブラジル移住。この二つの要因から渡邉氏の著作権は現在どうなっているのでしょう。既にパブリックドメインになっているのかどうか私には判断が付かないのですが、仮にまだパブリックドメインになってない場合、つまり渡邉氏の作品を刊行するには今でも著作権継承者の方の了承を得る必要があったとして、善渡爾宗衛はその方の許可を得て本を販売しているのでしょうか?彼のやる事を監視してきた私は次に述べる理由からして、とてもそうは思えずにいます。


 

 



この善渡爾宗衛、自分でテキストの入力作業をしているようですけれど、いくら素人の自主出版とはいえ、パソコンを用いて底本のとおりまともに文字を打つことができないらしく、彼の売り出した本のテキストは誤字脱字だらけな惨状。テキストを一度打ち終わったあと、ゆっくり時間をかけて再チェックしミスが無いよう確認すればいいものを、入力ミスだらけの状態で整ってもいないテキストのまま製本に回すだけでなく、通常の同人出版の数倍もする法外な価格を付けて売り捌いているのです。印刷を依頼した会社の名さえハッキリさせていません。

 

 

老眼でテキストを入力するのに目がよく見えず手元も集中力もおぼつかないのであれば、それが可能な他者に頼めば何も問題は無い筈。しかしこの善渡爾宗衛に至っては作品を復刊させて頂く作家への敬意と常識を欠片も持ち合わせていないばかりか、私がこのBlogで以前からずっと忠告しているにもかかわらず、作品のテキストを正しく入力するつもりなど髪の毛一本程度も無く、ひたすら自分の懐を肥やす欲望しか頭にないようです。

 

 




今回の『りお・で・じゃねいろ巷夜譚』もどんな酷いテキスト入力がされているか、お目にかけましょう。以下に記します本書の制作者・善渡爾宗衛の入力ミスですが、信じられないでしょうけれど230ページの本一冊全体では決してなく、冒頭に収録された約20ページ程度の短篇「葉巻の殺人」だけでこれほどの数の誤字脱字を発生させている事、更に(煩雑になるのでここに書くのを省きましたが)たった一短編のうち他にも正しいとは考えにくい送り仮名や句読点がある事をくれぐれも念押ししておきます。(下線は私=銀髪伯爵によるものです)


 

 

 5ページ8行目

選ましいブルドッグが一匹(✕)  →   勇ましいの間違いではないのか?

 

 5ページ10行目

今は自分主人公自ら把手をとっている(✕)  →   自分主人公自らって何???

 

 7ページ18行目

大試合をせんけれけりゃァならんのでね

→  現代でいうところの「~しなければ」を、明治の人は「~んければ」という言い方で表現していたという。そうだとしても渡邉文子氏が本当にこのとおりの言葉遣いで執筆したかどうか善渡爾の作った本である限り私には疑わしい。

 

 8ページ2行目

苦い顔を仕様としまいと(✕)  →   しようとしまいと

 

 9ページ3行目

辞してきなかった(✕)  →   きかなかった

 

 


 9ページ9行目

気持が悪いからこので下車(おり)りて(✕)  →   ここで下車(おり)て

 

 9ページ17行目

サンバロウ中央警察署(✕)  →   サンパウロ中央警察署

 

 10ページ11行目

その空地のをまわっていたのだ(✕)  →   その空地を


 11ページ18行目

だが多の人々は(✕)  →   多くの人々は

 

 13ページ1行目

マッチを取をおとす位は(✕)  →   取りおとす位は

 

 


 14ページ5行目

灰皿のへそっと置いた(✕)  →   灰皿の、の次には底/隅/端のどれかが来る筈である

 

 18ページ1行目

尾羽打ちした彼の様子(✕)  →   尾羽打ち枯らした


 18ページ6行目

ツい同情心を起して(✕)

→   もしカタカナ表記にするのなら作者はツイと書くのではないか?

 

 21ページ7行目

私の社の株主総合の日(✕)

→   株主総会のことを南米では株主総合と呼ぶとは思えない

 

 21ページ12行目

其葉が小父さんの手にあるのを見て

→   単体一本の葉巻を其葉と表現することもあるかもしれないが一応疑問を呈しておく

普通に考えるなら其の葉巻とすべき

 

 


 24ページ9行目

ある時一味を一網打尽に(✕)  →   文脈からして一味等(いちみら)ではないのか?

 

 24ページ18行目

私、無味がわるくて生きた心持もしないわ(✕) →  気味がわるくて


 25ページ8行目

悩みに耐かねた(✕) →  悩みに耐かねた

本書の制作者は底本の旧仮名遣いを現代仮名遣いへ全て変更して入力しているのに、それを忘却してしまっている

 

 



御覧頂いたとおり、よくあるケアレスミスで済まされるレベルではありません。渡邉氏の代表作「地獄に結ぶ恋」や「復讐の書」でたっぷり楽しませてもらった私からしたら、上記の例が渡邉氏の書き癖だったり当時の校正/校閲者のあやまちだとは考えられないのです。そして初めて私のこのBlogにアクセスして下さった方のために再度お見せしますが、善渡爾宗衛は過去にも鷲尾三郎氏や伊東鍈太郎氏の作品で目に余るテキスト入力ミスのまま本を制作し販売してきました。彼らの悪行は幾度となく記事にしていますが、とりあえず下段()のリンク先を参照下さい。この業界には、こんな酷いテキストの本が世に出されても、製作者に疑問を投げかけたり批判を向けるどころか却って逆に有難がったり、褒め上げるツイートを拡散して善渡爾らに加担する、いわば詐欺グループにおける〝受け子〟のような者も中には存在しているのですから。

 

「ミステリ同人出版のルフィとその子分は誰だ?」 


善渡爾宗衛の作る悪質な本は主に「盛林堂書房」をはじめ「PASSAGE(パサージュ)」「古書いろどり」「まんだらけ」で売られています(店名文字にリンクを張っておきました)。その中でも特に「盛林堂書房」と善渡爾はズブズブの関係にあります。既にこの世の人ではないと思ってナメているのか、ここまで作家を、そして読者を侮辱した本を作って売る人間を私は他に知りません。渡邉文子氏・鷲尾三郎氏・伊東鍈太郎氏、また善渡爾宗衛以外にも湘南探偵倶楽部と名乗る集団によって同様の酷い本を出された楠田匡介氏・大下宇陀児氏の関係者の方々にもこの現状を知って頂き、これらの連中に強く苦情を伝えるなり著作権の関係機関へ通報するなり、何らかの処置をするべきだと私は愚考するのです。





ちなみに『りお・で・じゃねいろ巷夜譚』の奥付はこう記載してあります。

著者       渡邉文子

企畫       善渡爾宗衛

カバー      ケンコングラフィック 小山力也

本文レイアウト  後藤浩久

発行日      二〇二三年 四月 二八日

発行       東都我刊我書房  東京都杉並区荻窪 一 - 三四 - 十六  安藤方



上記の住所が善渡爾宗衛と名乗っている人物の住まいなのかもしれません。なにかあればコチラもしくは「盛林堂書房」の店主に申し出るとよろしいかと思います。もっとも彼らは誰ひとりとして自分の非を認めるような人間ではないので、やはりそこはしかるべき筋へと通報するほうが望ましいかもしれません。いずれにせよ渡邉氏をはじめ作品を遺して下さった作家の人格を汚すような行為が一日も早く一掃されることを強く願ってやみません。


 

 


2023年4月28日金曜日

『濡れた夜曲-妖美艶色秘話』島本春雄

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あまとりあ社
1959年2月発売



    御本人は探偵小説はお好きだったそうだけど




島本春雄は関西の出身で、大阪に住んでいた頃は厳しい貧困生活を送っていたが須磨利之の勧めにより上京し久保書店に入社。編集者の顔もある反面、それ以前から小説を書いておりジャンル的にはエロチック/被虐、あるいは伝奇的な作品を残した。探偵小説は好きだったようだが著書となると時代ものが殆どを占めており、数少ない(当時の)現代ものが『濡れた夜曲』。装幀は喜多玲子(=須磨利之)。

 

 

新聞通信の変人ベテラン探訪記者・加藤太郎というキャラが登場するのだが、これがなんと既に亡くなっており、生前に彼が書き溜めた柳行李一杯の覚え書・ノート・資料・記録・写真を元にして友人である語り手の〝私〟が猟奇/残虐/淫猥な事件の数々を綴ってゆく・・・そんなスタイルを取っている。

 

 

「乳房を蒐める」

次々に若い女性が眠らされて裸にされる珍事が発生。しかしレイプ犯ではない模様。映画『水のないプール』の内田裕也みたいな目的かと思いきや・・・。

 

 

「もてあそぶ女」

ある裕福そうな家へ郵便配達が郵便物を届けたところ「けけけけ・・・・」という尋常ならざる不気味な狂笑が聞こえてきた。玄関の戸を開けると全裸乱髪の女が血に濡れて、鼡(ねずみ)をガリガリ齧っているではないか。加藤太郎は問題のその家へ駆け付ける。なぜ彼女が鼡を喰らうのか、もう一味幻想的な猟奇性が演出できればよかったのに。グロいけど惜しい。

 

 

「桃色の祈禱師」

加藤太郎は西大路廻り京都行き市電の中で掏摸を働いた男を捕まえ、盗んだ財布を取り上げた。その財布の中からSM行為をしている女の写真が。事件はオカルトな方向へ。

 

 

「女は灯の下にいる」

ここからなぜか加藤太郎が登場しなくなり、本作では旬刊特種ニュースという怪しげな新聞社の記者・新田太郎が主人公を務める。酔った新田は暗く寝静まった屋敷町でタクシーを下車した。その道端に立っていた女が外套の前を思い切り開くと一糸纏わぬ肉感的で美しいハダカ。この後の流れは伏せなければならないが、どんどんつまらない展開に。

 

 

「靴下を脱ぐ女」

したたかなる生命保険外交員・葉月絵津子は助兵衛な日東商事の老社長・大角弥五郎を挑発して自分の躰で楽しませ、五十万円の生保に加入させようとする。老社長は小切手を書くため書斎に入ろうとしたその時、何者かが彼の首をギリギリと締め上げた。誰もいないはずの大角屋敷で、片方のストッキングによって老社長が絞殺された事により、絵津子に殺人容疑が降りかかる。 

海外古典ミステリのいくつかのタイトルが出てくるし、なんらかのトリックが施されているのを期待してしまうが、結局サスペンス風ドラマにありがちな解決でガッカリ。

 

 

 

何をもってその作品を探偵小説とみるか。殺人が起こったり捜査を描写するだけでは足りない。謎解きでも変格幻想でもどちらでもいい。なにがしかのショック、もしくはどんでん返し、予想の外の驚きを読者に与えなければ探偵小説とは認めづらい。

あまとりあ社には何人かの探偵作家の著書がある。島本の場合もうまくエロを使って探偵小説が書けていればよかったのだがどうも妙味に欠けるし、犯罪実話風こそ免れているものの朝山蜻一のような風俗ミステリの味付けがある訳でもない。残念。

 

 

 

(銀) 島本春雄でいうと『六姫無惨絵巻』も良いとは思えなかった。あの本は『濡れた夜曲』よりもずっと緊縛の世界に振り切った内容だが、優れた美点は特段見つからず。ディープなSM世界は自分に向いていないようだ。





2023年4月25日火曜日

まんだらけのパンフレットごときで追悼を済まされては池田憲章が気の毒

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【怪獣/特撮/アニメ】の研究家/ライターだった池田憲章が昨年の秋に亡くなった。享年67。中野サンプラザで開催される「資料性博覧会」というサブカル同人誌の即売会があるそうだが、それの公式パンフレット『資料性博覧会16』が池田憲章の追悼特集だというので入手してみた。




82ページのうち2/3は「池田憲章追悼文集」と銘打ち、46名の追悼文を掲載。【怪獣/特撮/アニメ】界の人脈を殆ど存じ上げないので、桜井浩子/林海象/鈴木敏夫などごく一部の著名人以外は何をなさっている方々なのか不明。池田を追悼するとなると、こういう人達ばかりになるのか、ふーん。頻繁に言及される『ファンタスティックコレクション空想特撮映像のすばらしき世界 ウルトラマン/ウルトラセブン/ウルトラQ』はうちにも昔あったけれど、ここで展開されている〝いい歳して子供向きのアニメや特撮に心酔するオタク集団〟のノリにはついていけず。後半1/3は、「PUFFと怪獣倶楽部の時代 特撮ファンジン風雲録」と題した池田の自分史(第一部)そしてインタビュー(第二部)。この界隈に疎い私には若干読みづらさも感じた。

 

 

晩年の池田は脳梗塞で倒れ不自由を強いられていたらしい。それまではハンパなく電話が長かったり筆まめだったりと非常に話好きだったようだし、こんな大病を患ってしまった日には他者とのコミュニケーションが取れなくてつらかったろうな。私の関心が向かない業界の事が書かれていて「なるほどな」と勉強になる反面、池田憲章という人はどうも多方面に興味が向き過ぎて、口だけに終わるというか企画倒れで消えていったアイディアは途轍もなく多そう。

 

 

探偵小説に関する範囲でいうと海野十三や香山滋あたりに池田のコントリビューションがあったのだが、本誌の中でその手の話題に触れられている箇所は少なすぎて、殆どゼロに等しい。海野十三読本も幻のまま終わってしまった。海野といえば、本誌の追悼文集にどうして北島町立図書館・創世ホールの(というか先鋭疾風社の)小西昌幸の名がないのか、それが納得いかない。私からすると池田憲章の知友といえば何をさしおいても小西昌幸なのに、本誌の編者は徳島の小西に連絡を入れたのだろうか?それとも小西の存在を知らなかったのか。だとしたら失礼な話だ。

 

 

それよりも今回の追悼特集をバックアップしてるのがまんだらけって・・・盗品販売の噂もあり森英俊や盛林堂書房周辺とズブズブな関係で、当Blogでも再三批判しているNo 校正/No 校閲の同人本を売りまくり、それらの販売価格は定価の上に更に消費税を乗せているという悪徳業者のパンフレットという形で出される事に私は最も疑問を抱く。そりゃあまんだらけは【怪獣/特撮/アニメ】に限らずサブカルオタにとっての聖地さ。しかし私みたいな門外漢が言うのも何だが池田憲章って大伴昌司や竹内博の系列に連なる、功績ある人なんじゃないの?だとしたら、まんだらけのパンフなんて薄汚れたやり方じゃなくて、(仮に同人出版でしか出しようがなかったとしても)もっとしっかり後世に伝えられるような本を何故作らないのか?

 

 

 

 

(銀) 池田憲章ワークスの中で個人的にひとつ挙げるとしたらコレ。   

       

当然この本も『資料性博覧会16』の中では一言もふれられていない。「新八犬伝」本も実現せず誠に残念でならぬ。





2023年4月22日土曜日

『猫目小僧』(全二巻)楳図かずお

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小学館 Big Comics Special 楳図パーフェクション!(6)
2006年8月発売




★★   要らぬ改変を強要する奴らは
               肉玉に取り憑かれてしまえ

 

 

書店の文庫コーナーに立ち寄ったら『ゲゲゲの鬼太郎』が中公文庫からリイシューされていた。鬼太郎も悪くないけど妖怪なら私は猫目小僧。そういえば猫目小僧のアニメって昔あったけど、あれはなんで普通のセル画と違って切り絵みたいな作りだったのだろう?




この作品は昭和42年から昭和51年にかけて『少年画報』→『少年キング』→『少年サンデー』の順に、転々と掲載誌を変えながら発表されてきた(とはいっても雑誌で読んだ記憶があるのは『サンデー』の頃だけだが)。長篇もののように同一のストーリーをずっと続けるのではなく、一つのエピソードに費やされるのは数回。

一応、全エピソードを収めているらしいこのUmezz Perfection!版全二巻は次のような収録内容になっている。第二巻の終盤『サンデー』期の読切短篇「約束」「手」「ともだち」は発表順に並べられていない。

 

 

第一巻

「不死身の男」「みにくい悪魔」「妖怪水まねき」「大台の一本足」「妖怪百人会(前編)」

第二巻

「妖怪百人会(後編)」「妖怪肉玉」「妖怪千手観音」「階段」「約束」「手」「ともだち」

 

 

どうやって読者を怖がらせるかというのは、回を重ねて物語のうねりを紡いでいくより、アイディアの一発勝負にかかっている。楳図漫画のキャラとして猫目小僧はチキン・ジョージを超える知名度を誇っているけれど、プロットを気にして読んでいくと少々食い足りない点もあり、特に後年の『少年サンデー』期は弱い。昔読んだ時はそんなに気にならなかったんだがなあ。「まことちゃん」と時期がカブっているから、あっちにエネルギーを持っていかれてしまったのか。

 


昭和のマンガが軒並み被っているように「猫目小僧」も余計な改変がなされているみたいで、「妖怪百人会」というエピソードはもともと「小人ののろい」と題されていた。ネットで調べたところ、少なくともサンデーコミックス版まではどうにか「小人ののろい」のままだったようだが、平成以後の単行本でやられてしまったか、それともこのUmezz Perfection!版で「妖怪百人会」へ変えられてしまったのか、旧版コミックスを持っていないからわからない。いずれにせよ本書は初出オリジナルのままに編集されてはいない。

 

 

読んでいても何故「小人ののろい」だとマズイのかさっぱりわからん。このエピソード名に問題があるというのなら、「猫目小僧」の内容は他にもヤバイところだらけではないか?もうひとつ自主規制ではないけれど初出との異同をお目にかける。「小人ののろい」「妖怪百人会」篇の最後のページ、ネットで見つけた初出ヴァージョン及び本書Umezz Perfection‼ヴァージョンを見比べてみよう。

 

 

画像① 初出誌の吹き出し

「こうしてねこ目小僧はやみの中に消えていく」

「そうしてこのつぎあらわれるのはもしやきみのところかもしれない・・・・」



 

画像② 本書Umezz Perfection!第二巻の吹き出し

「この次猫目小僧があらわれるのは・・・・・・」

「もしやきみのところかもしれない・・・・・・」

 

 

画像①初出誌における下のコマは次回予告のため、単行本にする時書き変えられるのは普通の事である。また上のコマのネームはなにか通念上の問題がある訳ではなく、作者楳図かずおの意図によって変更したのだろうから目くじらを立てる必要はないだろう。ただクレームを懼れる表現の改悪以外にこんな異同箇所もあるのでUmezz Perfection!版『猫目小僧』に初出のオリジナルな内容を求める人は、決してそうではないという情報をお知らせしておく。

 

 

本書は2022年のUmezz Perfection!シリーズ増刷ラインナップに入らなかったので、現在は中古で探すしかない。過去の単行本には一番最後に描かれた「約束」が収録されていないものもあるそうだから、全エピソードを読みたい人にはいいのかもしれないが・・・。




(銀) 昭和のマンガが平成以降の再発時に設定をねじ曲げられてしまった例で思い出すのは藤子不二雄の「プロゴルファー猿」。ジャック・ニクラウスがゴールデン・ジャックにされたり、実在するプロゴルファーの名前が変えられてしまったのは人格権でまだ仕方ないとしても、敵のキャラの名前「フラン拳」を「コング拳」に、「闇の市」を「闇兵衛」に変えなきゃならない理由って何よ?オリジナルを知る者としては興醒めも甚だしい。

あと全くの余談だが「プロゴルファー猿」は〝名誉〟が欲しくなったといって、主人公がアマチュアの世界で戦いだしてから次第につまらなくなっていった。ずっと影のプロゴルファーと戦い続け、最後の最後にミスターXと決着を付けて終わればよかったのである。私はアニメ版は一度も観たことがない。



藤子といえば「魔太郎がくる!!」に対する規制もひどいもんだけど、あれがダメなら探偵小説にだってマズイ表現はたくさんあるだろうに。

 

 


2023年4月20日木曜日

ミステリ同人出版のルフィとその子分は誰だ?

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◆ 伊東鍈太郎『闇に浮かぶ顔』東都我刊我書房 

◆ 杉山淳『怪奇探偵小説家 西村賢太』東都我刊我書房 

◆ 鷲尾三郎『影を持つ女』東都我刊我書房 

◆ 鷲尾三郎『葬られた女』東都我刊我書房 

◇ 楠田匡介『マヒタイ仮面』湘南探偵倶楽部 

 


年寄りの同人出版とはいえ、テキストを入力したあと正誤チェックをやりもせず、ステマとしか思えない売り方をしたり、作者/著作権継承者/購入者を完全にナメた本を制作・販売している一味。

 

東都我刊我書房の関係者(善渡爾宗衛/杉山淳/小野塚力)に襟を正す気持などありはしない。その一方でテキスト壊滅状態なこれらの本を入手して読んでも何ひとつ疑問を持たぬばかりか、嬉々として積極的にネットで情報拡散したり誉めそやしたりする人間も存在する。

 

見て見ぬふりをして知らぬ存ぜぬを決め込んでいる輩も同罪だが、こんな本を臆面もなく有難がっているのはいったいどんな人種か知りたくありませんか?Twitterのアカウントをお持ちの方は彼らに直接「おたくら、あんな酷い本を読んで何も思わないのですか?そもそも買って一度でも目を通したんですか?」と訊ねてみるとよろしい。本当にその作家や作品が好きならば「もっとちゃんとしたテキスト入力をして下さい」とでも制作者に伝えるのが普通だと私は思うのだが、本日の記事を読んで下さっているアナタはどう考えます?下記に紹介する一部の人々のような「自分の好きなものなら、たとえどんなにいい加減なテキスト入力をしていても全く問題ない」といった意見に賛同しますか?



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