2021年2月12日金曜日

『探偵小説研究「鬼」復刻版』

NEW !

三人社
2018年6月発売



★★    本格派というより乱歩派の気炎



いくつかの偵雑誌は完全復刻版が出ている。ゆまに書房が復刻した『ぷろふいる』は以前このBlogでも取り上げたし、本の友社が復刻した『新青年』は、戦前の或る一年分だけなら私も所有している。雑誌の復刻は調べものをするのに大助かりなのだが、それらを全セット購入しようとすればとんでもない金額になり、オリジナルを買い揃えるのとあんまり変わらないんじゃないかとさえ思えてくる。

 

 

京都の三人社も『宝石』『妖奇』『黒猫』など探偵雑誌の復刻版を出し続けている会社で、今回スポットを当てる『鬼』は商業ベースの探偵雑誌ではなく、探偵小説家を中心とした同人誌だ。昭和2528年の間に九冊しか出ておらず、厚い号でも50頁というスリムなものなので、今回の復刻版は普通の人でもまだ買いやすいほうだ。とはいっても輸送函に贅沢な堅表紙で影印本 A5300頁強の一冊が入って18,000円 税もするのだから、一般読者が気安く買えるものではない。

 

 

きっかけは昭和25年の探偵作家抜打座談会。
光文社文庫『「宝石」一九五〇/牟家殺人事件』の項でも少し触れたけれど、これは探偵小説に芸術性を求める木々高太郎 + 彼の一派というべき文学派探偵作家を中心に、末期の『新青年』によって突然仕組まれた座談会なのだが、それが江戸川乱歩と本格嗜好作家を挑発するが如き内容だったので、この抜打座談会に激怒した(乱歩を慕う)作家達が「鬼クラブ」と称し、本格派というか乱歩派の士気を高める為に発刊したのがこの『鬼』だった

別に文学派の若手作家は乱歩を敵視していた訳ではなく、彼らからも乱歩は慕われており、単に作風の嗜好による問題なので誤解なきように。

 

 

小説も投稿されているけれど、殆どは同人誌ならではのドメスティックなエッセイがメインで、通常の商業雑誌では見せないような気炎を吐いている人もいて、その感情的な一面が興味深い。クレジットされている「鬼クラブ」面々の名前を記しておこう。

 

 

閻魔大王   江戸川乱歩/野村胡堂        五官大王   大下宇陀児

                    阿修羅大王     森下雨村

四天王    東方持國天  延原謙

       西方廣目天  西田政治

       南方增長天  水谷準

       北方多聞天  城昌幸

 

鬼編集同人

香山滋/香住春吾/川島郁夫/高木彬光/武田武彦/角田実/永田力

岡田鯱彦/大河内常平/山田風太郎/山村正夫/飛鳥高/天城一

三橋一夫/白石潔/島田一男/島久平


本格作品といえるものを書いていない人が混じっている点に注目。そして大下宇陀児の名はありながら、本格長篇をあれだけ書いていた横溝正史の名が大王としても四天王としても掲げられていないというところにも。



 

(銀) 永田力は画家。戦後の探偵小説界にて、装幀や挿絵の仕事で貢献。
wikipediaを見ると亡くなったのは平成26年というから、つい最近まで健在だったんだ。



冒頭にも書いたように、一冊の頁数や総冊数が多い探偵雑誌だと復刻版が出ても買うのは無理。自分的には『探偵文学』→『シュピオ』あたりなら是非欲しいと思う。あれなら復刻本にしてもそこそこのボリュームで収まりそうだし。しかしもう少しリーズナブルな価格にならんものか。部数が極端に少ないので値段を下げられないのは、わかっちゃいるけども。