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大陸書館(楽天ブックス POD)
2021年12月発売
★★★ 春陽堂版『売国奴』とは収録内容が異なる
✭ 永瀬三吾の現役中に春陽堂書店が刊行した『売国奴』は春陽文庫と探偵双書の二種が存在、いずれも(おそらく)同一の紙型が使われており、表題作「売国奴」の他には、桂井助教授探偵日記(全五話)が併録されていた。
今回の大陸書館版は書名こそ同じ『売国奴』と題し、同作を巻頭に置いてはいるけれども、それ以外の収録作品は全く違っている。私が馴染んできた『売国奴』は探偵双書のもので、今回本書(大陸書館版)と春陽堂版とを比較するため、その本を書棚から引っ張り出してきた。探偵双書というシリーズはおしなべて奥付に発行日が記載されておらず、どの巻も昭和30年代前半に出されたのだろうという曖昧な共通認識がなされている。
本書は〈大陸作品集〉と副題を付け、日本が中国大陸に侵攻していた時代を描く内容の小説をセレクトしており、戦争の色は濃い。「売国奴」は昭和天皇を奪取擁立して紫禁城に移らせる計画だとか、三種の神器のひとつマガタマ(=八尺瓊勾玉)が盗み出されて取引されたりとか、それだけ聞けば壮大なイメージを持つかもしれないけれど、戦時中に永瀬が見聞した日本軍の国策光景を、戦後になってシニカルな目で振り返りつつ書いたんだろうな、という気配が漂っている。夢野久作「氷の涯」の上村作次郎/ニーナと、本作における里宮良介/チェリー、それぞれの行末の違いに思いを巡らせるのも一興なり。
✭ 本書収録作はみな初出誌を底本にしているが、「売国奴」だけは昭和36年に東都書房から出された日本推理小説大系(本書は〝体系〟と表記しているが、違うぞ)第九巻『昭和後期集』のテキストを使っているようだ。これがまた春陽堂の探偵双書とは微妙にテキストに違いがあって気にかかるし、それぞれの「売国奴」オープニング部分だけでも御覧頂こうか。下段における本書テキストに含まれている赤文字は、探偵双書には存在していない語句だ。
(本書=東都書房『昭和後期集』テキスト)
私は終戦後、大陸から追い帰されたところの、いわゆる引揚者で、
その頃の知人達もみんなもちろん私どうように引揚げてきた。
だが、そうなるべき友人の中で二人だけいまだに帰ってこない、
行方不明になったままの者がいる。
(春陽堂/探偵双書テキスト)
私は終戦後、大陸から追い帰された、いわゆる引揚者で、
その頃の知人達もみんなもちろん引揚げてきた。
だが、そうした友人の中で二人だけいまだに帰ってこない、
行方不明になったままの者がいる。
✭ 「長城に殺される」は映画界での男女のもつれに端を発する怪談。
登場人物・月代の名前が本書では間違って〝月夜〟と入力されている箇所あり。
「発狂者」では中国の新聞社・社長だった永瀬の職業が設定に活かされている。
「人間丸太部隊」は、囚人を〝マルタ〟と呼んで人間を化学実験の材料に使った旧七三一部隊をモデルにした、社会的な意味での問題作。旧七三一部隊といったら何はなくともベストセラーになった森村誠一の「悪魔の飽食」シリーズが思い浮かぶ。あれが最初に日本共産党の『赤旗』に連載されたのが昭和50年代であるのを考えると、永瀬が四半世紀も早く、このテーマを取り上げていたのは、彼が生粋のジャーナリストだったからか。
✭ 「あざらし親子」はタイトルどおり、動物の話。
その他には随筆二点。ひとつは「心のふるさとへ」。中国大陸には温泉が殆ど無く、
「中国人は一生に三度しか風呂へ入らない」なんて云われていたそうだ。
確かに日本人は風呂好きだもんな。
もうひとつの随筆「天津の憶い出 国旗をめぐってなど」には、このような一文がある。
〝日の丸は軍閥の表徴でも侵略の合言葉でもなかったのに、敗戦ときまった途端に、
人々はさも汚物でもあるかのように抛り捨てた。
昨日まであんなに感激し尊敬した物がどうしてああ一朝にして憎しみに変えられるものかと
不思議なほどだった。掲揚は禁じられたが溝へ捨てろとは命ぜられなかったのに、
人々は卑屈だった。〟
怒りをぶつけるなら、日の丸国旗じゃなくて必死で戦争を止めようとしなかった天皇裕仁だろ?と私は滑稽に思ったし、これと似た行為を現代でも目にする事がある。
全然レベルの違うテレビの話題ではあるが、「笑っていいとも!」の末期にネット民は、
「マンネリだ!何年ダラダラやってるんだ!とっとと止めろ!」なんて好き放題言ってたし、
「いいとも!」の終了と入れ替わるようにバラエティ番組で売れっ子になった坂上忍に対して、最初のうちは歯に衣着せぬ彼の毒舌にウケてたよな、あいつら。
それが「バイキング」を数年間やってるうち、いつの間にか今度は坂上叩きに変って、
結局あの番組は終わる事になった。あれだけタモリや「いいとも!」をこき下ろしていた連中が手のひら返しで今度は「早くバイキング打ち切れ、いいとも!を復活させろ」だってさ。
タモリにも坂上忍にもシンパシーこそ無いけれど、世に風見鶏の種は尽きまじ。
口先だけのネット民とは一生関わり合いたくない。
(銀) 本書には巻末に「永瀬三吾小伝」というページが附録として載っていて、
それは論創社の編集者である黒田明によるもの。
自分とこの出版社で日本探偵小説に関連する新刊だけはリリースが一切STOPしているのに、よその版元へ寄稿するヒマはあるんだな。