▼
▼
ギデオン・フェル博士長篇第一作。それ迄の筋立てとは変化を付け、男女のロマンスを織り込むカー。そのカップルは本作の主人公のアメリカ人青年タッド・ランポールとドロシー・スターバース嬢なのだが、『夜歩く』『髑髏城』等アンリ・バンコラン・シリーズの直後だからか〝
代々監獄の管理を務めてきたスターバース家の長は首の骨を折って死ぬ 〟という不気味なゴシック伝説がここでも挿入されている。
物語の中心となる沼沢地は独特の腐敗臭を醸し出し、チャターハム監獄のそばにある絞首台の真下には処刑された罪人を投げ捨てたという深い〝 濠 〟があり、そこでは昔コレラ等の疫病も発生したというから、よく読むと不衛生なエグイ舞台状況だ。我らがフェル博士はこの辺鄙な村に住居を構えている。
さて『妖女の隠れ家』だが十分リーダビリティはあるものの、絶品の域まではもう少し。あれやこれや設定を複雑に拵えるため自然な見え方がしない処がある。スターバース家を引き継ぐ者はわざわざ〝 25歳の誕生日の深夜に一時間、監獄の所長室に必ずいて特殊金庫の中の秘密を確認しなければいけない 〟という法律みたいな遺言とか、読んでいて「えっ、相続するのにそんな面倒な手続きを?」と私は思ってしまった。
それとフェル博士がもつれた糸を解きほぐすクライマックスで、読者の先読みをも押し倒してやるという作者の自信があったからだとも想像できるが(あまり深く考えて読んでいない読み手はともかく)、読者に犯人を感づかせる手掛かりが早い段階で露わにされていて、どうだろう? そこは好みが分かれるかも。よってやや☆3つ寄りの☆4つという事で。
▽
▽
本作のタイトルは、早川書房から出ている本だと『妖女の隠れ家』、それ以外の出版社の本では『魔女の隠れ家』とされている。私が本稿を書くために読んだのは昭和56年初版のハヤカワ・ ミステリ文庫。2020年のいま現行本は無し。なんでカーほどの巨匠がこんなにあれもこれも現行本がないのか、実にゆゆしき問題じゃないか?
(銀) 本文でも書いたが、作品の多くが現行でいつでも読める状態にないのもネックとなってカーの新しい評論書がちっとも刊行されないのでは?本書などまさに旧い訳の文庫版なのだが、H・M/フェル博士/バンコラン/ノン・シリーズに短篇集、せめて歴史もの以外の作品ぐらいは誰でもいつでも読める状況になるよう(勿論歴史ミステリだって大切だが)そんな願いも込めて新刊本・古本問わずちょくちょくカーについて書いていくつもりでいる。