2024年12月9日月曜日

『新局玉石童子訓(下)~続・近世説美少年録』曲亭馬琴

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国書刊行会  叢書江戸文庫48  内田保廣/藤沢毅(校訂)
2001年6月発売



★★★★   ❺ 中 絶




2022年の5月に一回目の記事をupした「近世説美少年録」も、いよいよ今回がラスト。たまに当Blogへのアクセス状況を見る機会があるのだけど、続きの記事をずっとお待ちの方がいらっしゃったみたいで、ようやくその責を塞ぐことができる。これまでの内容は下段のマーク左側白文字をそれぞれクリックし、別ウィンドウを立ち上げて御覧頂きたい。

 

 

『近世説美少年録(上)』  ★★★★★

❶ 白 大 蛇  

❷ 阿夏 流離  

 

『近世説美少年録(下)』  ★★★★

❸ 濫 行 邪 淫  

 

『新局玉石童子訓(上)』  ★★★★

❹ 両 者 邂 逅  

 

 

武者修業の身である大江杜四郎成勝と峯張通能は近江を発ち、武芸に長けた者が多いという上野甘楽(今の群馬県)へやってきた。郡司・鏑野範的は腹黒き男にて、この地に逗留している乞丐(かたい=乞食)の如き五十ばかりの瞽者(めしいびと=めくら)の娘・捘手が実は稀に見る美しい乙女だと知り、妾に欲している状況。乞丐親子を助けた成勝と通能はひょんな諍いから韓錦樅二郎/弟・八重作/妹・押絵らと近付きになる。後半、押絵が男勝りの活躍を見せるぐらい、ここは相撲の盛んな里だ。

 

 

捘手に対する手引きを韓錦樅二郎に拒否されたことで逆ギレした鏑野範的は、樅二郎を罠に嵌め投獄。そこへ前巻の近江篇()にて成勝/通能と因縁のあった曽根見伍六郎健宗たちも複雑に絡み、物語は成勝/通能の加勢する上州民 対 甘楽群司の一騎打ちにまでエスカレート。「近世説美少年録」では大がかりな交戦と呼べそうなパートは少なく、数年続いてきた鏑野家の悪政が上州民の決起によって撃滅され、本来あるべき血筋の者に領主の座が戻る本巻の粗筋は、此処に至る一連の流れの中では、やや異色にも思える。

 

 

また上野甘楽篇で注意を引くのは、阿蘇白蛇篇()における幕府軍の侵攻以来、行方知れずになっていた菊池武俊のその後が判明すること。しかも、大内義興の率いる大軍と正面衝突すれば死者を大勢出してしまう事を見越した菊池武俊が自軍の兵を各地に逃がし、自らも出奔してしまうため、阿蘇の山里に取り残された武俊夫人・小芳宜の方に付き添っていたのが捘手の父・鷺森松煙斎(=瞽者の乞丐)、そして韓錦樅二郎の父・間貫佐用六故世だった。

 

 

鏑野家が乗っ取る前の領主も代々肥後の同族だったという縁があり、流れ着いた上州に根を下ろした武俊はあえなく病没したとはいえ、松煙斎しかり樅二郎しかり、菊池ゆかりの者が奇しくも集結。の段階だと武俊は逆徒みたいな書かれ方をしていたし、幕府軍の中に大江杜四郎成勝の父・大江弘元がいたので、読者はてっきり菊池武俊一派を悪者だと思っていただろうが、ここへ来て菊池は一気に善のキャラクターとして認識される。作者は最初からそのつもりだったのか、それとも十三年のブランクが考えを変えさせたのか、定かではない。




 

 

「近世説美少年録」としてスタート、「新局玉石童子訓」と改題の上、再開されたこの長篇も、残念ながらここで中絶してしまい、曲亭馬琴は八十二でその生涯を閉じる。結果的に悪の主役・末朱之介晴賢は本巻では一度も出番が無く、上野甘楽篇の決着が着いたあと作者が今後の再登場を匂わせているのみ。朱之介はうだつの上がらない小悪党から脱皮できぬままだし、善の主役・大江杜四郎成勝もまた一介の武者修行者ゆえ、仮に馬琴が健在で物語がこのまま続行していたとしても、いっぱしの軍を率いて朱之介と成勝が雌雄を決するのは、ずっと先の話になりそう。

 

 

江戸川乱歩の「大暗室」を昭和の「近世説美少年録」とみる説があることは以前述べた。でも、大曾根龍次/有明友之助のエッジの立ち具合に比べれば、本作を読了した人の殆どが〝末朱之介晴賢と大江杜四郎成勝のキャラはあそこまで強力ではない〟と感じるんじゃないかな。やはり悪の主役なら、最低でも中里介山の「大菩薩峠」序盤で輝きを放っていた机龍之助ぐらいの凄味がなくちゃ、ここまでの朱之介じゃあ到底成勝の敵にはなれそうもない。

 

 

本巻(『新局玉石童子訓(下)』)には参考資料として、「近世説美少年録」の始まる十三年前に発表された、本作の初期構想と思しき「月都大内鏡」を併録。

 

 

 

(銀) 自作漫画をエンディングで綺麗に着地させることの不得手な永井豪が国枝史郎の「神州纐纈城」を例に挙げ、「中絶ってカッコイイ!」などと言ってるのをどこかで読んだ。ワタシは全く賛同できないね。

 

 

『近世説美少年録(上)』の月報に掲載されている須永朝彦の寄稿「稗史演劇の美少年」末尾にこんな文章がある。

 

『美少年録』の書替もあり、即ち江戸川乱歩の『大暗室』がそれである。有明友之助、大曾根龍次といふ美貌の異父兄弟が正邪に分れて互に闘ふ話で、身体に密着した黒装束(眠り男ツェザーレ!)を絡つたり「腰部に何かけものの皮を巻きつけたほかは全裸体」といふ姿を曝したりする「ギリシヤ彫刻のアドニスのやうな美青年」にして「悪魔の申し子」たる龍次の方が「正義の騎士」たる友之助よりも強力な魅力を放つてゐる。おまけに彼等が鳥居峠の断崖上で争ふ場面は『八犬伝』の芳流閣楼上決闘の場さながらである。嘘だとお思ひの方は、読み比べてご覧なさい。

 

たびたび私、このBlogで「大暗室」と「近世説美少年録」の近似性を口にしているけど、それを最初に言い出したのは誰だったのか、今頃になって気になり出した。乱歩本人ではない筈。そう思ってちょっくら調べてみると須永朝彦の発言が数点見つかる以外に該当するものが無い。結局須永ひとりが力瘤を入れつつ吹聴していたものと見ゆる。

 

 

今迄この近似性をあまり疑いもせず信用してきたわりに、「近世説美少年録」に関してBlog記事を書き連ねてみると、異を唱えたくなる部分も多いことに気付かされる。願わくば末朱之介晴賢も大江杜四郎成勝も美形プラスアルファのオーラが欲しい。彼らが大曾根龍次対有明友之助ほどに竜虎の対決を繰り広げられるかといえば、未完に終わったこの時点で判断するなら答えはNO。特に悪の星が輝いていなければ、この種の小説は盛り上がらない。どうも須永朝彦はアドニスな外見にばかり気を取られ過ぎていたようだ。






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