138頁しかないので文字のフォントはかなり小さく、印刷が鮮明でない古書に慣れていない人は読むのに難儀しそう。巻末には手帖文庫のリストも載っていない。定價二十三圓。
「飛妖」
江戸川亂歩編『黄金の書①/日本探偵小説傑作集 第一輯』(昭和22年6月刊)収録
元々この作品のタイトルは「蒼魂」といい、初出誌は『日本評論』昭和12年4月号。現行本だと『角田喜久雄探偵小説選』で読むことができる。その後敗戦を挟みタイトルを「飛妖」と変え、テキストにも若干手を加えた新しいヴァージョンが上記のアンソロジー『黄金の書』に登場。翌昭和23年には手帖文庫における角田喜久雄の巻が刊行され、初めて「飛妖」が角田名義の著書に収められた。
メリイ・セレスト號に乗っていた人間全員が姿を消したのと同じく、当時の最優秀八人乗旅客機フオッカーから乗客が消え失せる大空の怪談かと思わせといて、そこには金に纏わる一族の欲望が絡んでおり、少々強引ながらも謎の核心を犯罪へ持っていくのが面白い。初出発表が戦前とは思えぬ空中での手に汗握る展開も、一歩間違えたら007みたいなテイストに陥りシラけてしまいそうだけど、ギリギリの線で探偵小説のサスペンスを保てている。
「印度林檎」
明石良輔ものの中ではややトリッキーな作品。本書版「印度林檎」よりも先に、鳥飼美々は夕刊新東洋における良輔の同僚女性記者として長篇「歪んだ顔」と「虹男」に登場していた。角田がもっと美々の存在を活かそうと考えて、「印度林檎」のヒロインを由利から美々へと書き変えたのかもしれないが、「印度林檎」では恋人同士に発展しそうな気配が漂っていた良輔と美々だったのに、「歪んだ顔」「虹男」では男と女のムードは感じられない。以後美々が登場しなくなることから考えても、角田の美々への思い入れはそれほどでもなかったみたい。明智小五郎と文代の例を挙げるまでもなく、探偵に美人の恋人を助手に付けると色々使いにくいのかも。
「エンマと芳公」
~「ペリカンを盗む」/『探偵』昭和6年6月号発表
~「浅草の犬」/『探偵』昭和6年7月号発表
これはヴァリアントと言っていいのか分からないが、初出時は「ペリカンを盗む」「浅草の犬」のタイトルで個別に雑誌掲載された。また春陽堂書店の日本小説文庫『下水道』(昭和11年10月刊)にて初めて単行本に入った時も同様に、二短編セパレート形式。それが本書手帖文庫に再録の折、二短篇を一つに纏めて「エンマと芳公」と題し、第一話「ペリカンを盗む」第二話「浅草の犬」という構成になった。「浅草」にはエンコ、「犬」にはカメと、それぞれルビが振られている。内容は角田のホーム・浅草を舞台にしたユーモアもので、特記すべきことは無い。