今まで生きてきて、幸いにして幽霊というものを見たことがない。その手の話で想い出すのは、当時の大宮の外れに住んでいた大学の同級生が口にしていた笑い話だが、そいつの地元の友達が ❛ 田んぼの中に鎧武者が立っているのを見た ❜ なんていうゴシック(?)な又聞きの恐い話とか、あとこれも大学の友人から聞いたエピソードで、彼は逗子の桜山に住んでいたのだが、自分の部屋で寝ていると、たまに金縛りに遭うらしい。で、ある日やっぱり金縛りにあったその時、亡くなった彼のおばあさんが出てきたそうだ。彼は作り話でホラを吹く人では全然なく、又聞きでもない自らの体験談であって、その話を聞いた頃にはもう国内での超能力とか超常現象のブームは過ぎていたから、前者の鎧武者はともかく、後者のおばあさんみたいな霊現象は人によって実際あるものなんだな、みたいな程度に受け取っていたのだった。
この『屍衣の花嫁』は昭和30年代に東京創元社が出した「世界恐怖小説全集」全12巻の最終巻を文庫化したものだが、その内容は旧世紀欧米における幽霊話の実話集で、いつも言っているように犯罪実話だろうと怪奇実話だろうと、実話ものはオリジナリティーが少ないのでひっかかりが弱いまま流れていってしまうから、ちっとも心に残らない。平井呈一翁の翻訳であろうとそれは変わりがないみたい。
(銀) 平井呈一の手掛けた作品を読むのなら私は他のものを薦めたい。いたずらに余分な蔵書を増やしただけで、少なくともこれは自分の買うべき文庫ではなかった。この本がつまらなかったから本文中でも幽霊の存在を全否定気味に書いてはいるが、幽霊譚でも探偵小説枠の中でもっと出来の良いやつはいろいろある。