日本だとこの手のものは「四谷怪談」の印象が強く、因縁・因果の怨念に端を発していると云われがち。デヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』とて、あれは森に潜んでいる霊を怖れる一種の怪談とみることもできる。海外では骨董趣味としての建築 → 小説という流れでゴシック趣味が生まれてきたり、〝恐怖の起源〟は一様じゃない。M・R・ジェイムズからオスカー・ワイルドまで、十三の怪奇幻想譚が本書を手にした貴方にそれをネットリと教えてくれる。
平井呈一は横溝正史と同じ明治35年生まれだが、戦前は師・永井荷風の逆鱗に触れたり苦しい雌伏の時期で、ここに収められているような数々の麗しい翻訳や中菱一夫名義で書いた創作『真夜中の檻』が世に知られるのは昭和30年以降まで待たなければならない。そのオールドネスを好む人も好まない人も、平井がそういう世代である事を知っておくのは無駄ではないだろう。「個性的な文学者が蒙りがちの毀誉褒貶もあった」と紀田順一郎は言うが、ゴースト・ロマンティックな 平井の言霊は時間をかけて少しづつ効いてくるのである。
本書の企画・編集は名手/藤原編集室。ボーナス収録の平井と生田耕作による「対談・恐怖小説夜話」や同人誌『The Horror』等のエッセイ・書評といったコンテンツはゴシック小説の読書に役立つものばかりで、特に「英米恐怖小説ベスト・テン」はビギナーが次に読む本の参考になる。さすが藤原編集室、ただ闇雲に附録ページを増やす愚行はせずに厳選したものを収録している。見事。
『幻の探偵作家を求めて 完全版』も、鮎川哲也のスピリットを正しく継承し、尚且つ1990年代にリリースされた『探偵クラブ』シリーズ全十五巻(国書刊行会)を編纂した藤原編集室にこそ担当してほしかった。有能でリア充な人物は、本業ほったらかしで日々SNSやヤフオクに張り付いて大事な時間を無駄になどしないものだ。