2021年10月27日水曜日

『冷たい眼』楠田匡介

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光風社
1960年2月発売



★★★   恐怖! クラゲ男!



☾ 作者、初の長篇。当初は「模型人形殺人事件」のタイトルで書き下され、楠田匡介自身の版元と云われる白夜書房から昭和24年に発表された。その初出テキストを底本に用いた光文社文庫『大下宇陀児  楠田匡介 ミステリー・レガシー』が現在流通しているので、ここでは昭和35年の改題再発版『冷たい眼』のほうを見ていきたい。『ミステリー・レガシー』での山前譲解説によるとたい眼」は若干の加筆訂正がされているというが、パッと見た感じ章題のいくつかの変更、それと文中において〝探偵小説〟という言葉が〝推理小説〟へ書き換えられている点ぐらいしか違いはなさそう。(徹底したチェックはしていない)



女のマネキン人形があたかも密室で銃殺殺人を引き起こしたかの如き導入、人間と見間違うほど精巧に作られたマネキン、そしてそのマネキンの化身のような生身の女の暗躍もあり、プロットがある程度整っていればカーのような怪奇性のある本格に肉迫できたのかもしれないけれども、作者が枚数の多い作品のボリュームに適応しきれていないのか、見せ場の整理ができていない。のちに楠田のレギュラー・キャラクターとなる田名網幸策警部が登場していながら通俗風の結末で終わるのも、読む人によっては意見が分かれそうだ。

 

 

今回は光文社文庫『ミステリー・レガシー』を論じる主旨ではないが、光風社版には〝片目〟というワード(『冷たい眼』457行目)に〝めっかち〟のルビが振ってあるのに、光文社文庫の『ミステリー・レガシー』テキストにはそれが無い。これは言葉狩り/改変には当たらないとはいえ、作者が意図的に振ったルビを勝手に抹消してはいけない。

 

                  

 

☾ 「模型人形殺人事件」はそれほど頁数の無い長篇だからか、光風社版『冷たい眼』には短篇「水母」が併録されており本日の記事のメインはむしろこっち。室内プールを拵えた別荘を稲毛海岸に所有するほどの豪商である里見家には複雑な血筋を持つ三姉妹がいる。その中でも文武に長け、美貌の持ち主でありながら非常に厳しい気性の長女・江見子が自分の誕生パーティーの夜にいなくなり、浜辺で水着姿の彼女の屍体が発見される。しかも、江見子の体の腹部から太腿にかけてべったり纏わりついていたのは・・・。

 

 

よくある姉妹同士の血の争いで表面上煙幕を張った犯人捜しがテーマかと思いきや、イカモノ作家の栗田信が書きそうなトンデモないエログロ怪作でひっくり返る。決してこういうのが楠田匡介のメインストリームではないんだけど、「冷たい眼」の出来がそれほどでもない分だけ、突拍子もない「水母」のほうが皮肉にも印象に残りがち。この「水母」は昭和27年雑誌『妖奇』に二回連載で発表された。内容が内容だけに、この時どんな挿絵が付されていたのか、ちょっと気になる。

 

 

 

(銀) 楠田匡介(本名:小松保爾)は北海道の生まれで、戦後になり探偵作家としてデビューするまではさまざまな職を転々としており、ある意味苦労人だったのかもしれない。60代に入った年齢で交通事故に遭って逝去、不幸な最期を迎えた。

 

 

〈論創ミステリ叢書〉でも〈ミステリ珍本全集〉でも彼の巻は出されなかったために、近年の再発でフォローされている作品となると、ほんのちょっとしか無い感じがする。時代小説も書いているがそっちを先に再発するのはどうかとも思うし、読者が楠田に求めているのがあくまでも探偵小説のほうなのは言うまでもないが、捕物出版のような時代小説に特化した専門レーベルは別にして、こうして時々注意しておかないとヘンテコな優先順位を持ちだす人がいるので。




2021年10月23日土曜日

図書館は郵送複写サービスがそんなにもイヤなのか?④

NEW !

国立国会図書館



◆ 普通に利用できていた図書館のサービスが
            これから使えなくなっていくのか




🐌 『九州日報』を所蔵しているところに申請し続けるも、公共図書館どころか大学図書館まで軒並みアウトで、残る選択肢は福岡の久留米大学のみ。HPに説明されている学外者利用案内を丁寧に読む気にもならず、こちらの大学には電話にて問い合わせたところ、WOW !! 約50日ぐらい無駄に費やしてしまったが、やっとの事で良心的な図書館に辿り着いた!「最寄りの公共図書館を通して申請すれば、複写件数を制限せず『九州日報』をコピーして郵送してあげますよ」とのお言葉を賜ったのだ。


公共図書館の相場に比べたら白黒コピー1枚ぶんの複写代は40円と高いものの、もうそんな贅沢は言ってられない。先方が発送してくれるまで一ヶ月ぐらい待たされたが、ついに「女妖」江戸川乱歩/横溝正史)新聞連載時のコピーを入手する事ができた。久留米大学御井図書館の担当者さん、アリガトウゴザイマシタ。 


 

 

🐌 これで春陽文庫とのテキスト比較作業に入れると思いきや、
実は久留米大学に行きつく前から、薄々判明してはいたのだが、
どの図書館に所蔵している『九州日報』のマイクロフィルム(或いはDVD)にも、
欠号が二回、テキスト1/3欠落した号が二回、
同じくテキスト部分左端一行が欠落した号も二回あるらしい。
その計六回分のテキストもできることなら調達しておきたいし、
ここに至って、ようやく国会図書館を使ってみる気持ちになった。


アカウントを作って六回分の『九州日報』をバッチリ複写してもらえるかどうか、返事を待つ。北海道立図書館のように、自分とこの複写依頼を盥回しする不届き者がいるから、回答だけでも国会図書館は時間がかかるんだろうなあ、と予想しながら。

 

                    

 

八日後、返信が来た。
国会図書館の所蔵する『九州日報』も同じ日付に欠号/欠損があるのは一緒らしくて、問題の六回分を複写してもらう事は叶結局わなかった。別に本を制作するつもりで底本に使う資料を準備している訳ではないから、わずかに揃わない部分があってもそれほど支障は無いのだけど、初めて国会図書館を使ってみて、細かい手順にやっぱり融通が利かないし、申請を受け付けない場合にはわざわざ〝謝絶〟なんて仰々しい言葉を使ってるぐらいだから、最初から〝断ること前提〟で郵送複写の業務をやってるんだなあ、という印象を受けた。
なによりも、この条件を見よ。        


国会図書館HPの複写サービスに関する説明を読むと

 マイクロフィルムをA3サイズ白黒で複写するなら一枚あたり単価が110円(!
 新聞小説複写の場合、一回ぶんを一件として申請せ
 一度に申請できる上限は30件(新聞小説だったら30回分

だそうである。国会図書館がいつからこのルールを施行しているのか知らないが、これだったら今まで一切利用してこなくて大正解だな、としみじみ胸を撫で下ろした事だった。





🐌 古い小説を掘り起こし新刊で出すとなれば大概、
国会図書館に御百度踏むのを強いられる。
それは好きでなければとてもやってられない、辛気臭い作業だ。
世の中には探偵小説の書誌を調べるのが趣味だとおっしゃる御仁もいるけれども、何年も前から各地の図書館が所蔵している新聞の調査を続けてきたその手の人達は、ここ数日書き連ねてきたコロナ下における図書館の現状に、どう対処しているのだろう? 


遠くの県まで出かけるとなれば労力も金もかかるし、ちょっとした旅になってしまうが、本来なら文献の複写というのは、郵送ではなく自らその図書館に出向くのが理想なのよ。著作権の範囲なら、小うるさい複写制限など気にせずコピーできるし、目当てとする文献の中に思わぬ発見があったりもする。なまじ郵送依頼で頼むと、稀に複写漏れがあったりするんでね。でも殆どの人はそこまで自由に動きがとれないから、郵送複写サービスを使わざるをえない。

 

 

 

🐌 四回にわたって、図書館を利用した新聞の郵送複写が随分やりにくくなった話をしてきた。世間を見渡しても、民営の日本郵便を例に挙げるまでもなくサービスの低下は顕著になる一方だし、全国の図書館というのは所詮、楽する事しか考えていない公務員が確固たる指針もなく職員の首のすげ替えを繰り返しながら運営しているのだから、コロナによる閉塞など関係なく、郵送複写サービスみたいな業務を嫌がって受け付けなくなるのは当り前なのかもしれない。


各県の公共図書館に設置してあるマイクロフィルムリーダーや通常のコピー機の数は限られてもいるし、昨今のように図書館がクローズされ郵送複写依頼が増えると対応が難しくなるのは容易に想像できる。とはいえ、いくら複写に使うキカイの数は限られていたって、図書館をクローズしているんだったら普段来館者の応対をしている職員は手が空くのだから、その分リファレンス関係の業務に回せばいいんじゃないの? ていうか、制限ルールを改訂しなけりゃならんほど郵送複写の依頼件数ってそんなに増加しているのか?偽りの無いエビデンスを示してくれなくちゃ、とても信じられないな。


それに、半年分の新聞小説を複写するっていったら確かにすごく面倒臭そうに聞こえるけども、複写希望記事は何新聞の何年何月何日から何日まで、という情報を事前にわかってさえいれば、あとは只コピーしてゆくだけだし、特別なスキルだとかアタマを使う必要は何も無い。むしろ、新聞名は特定しているが誰それの作家のこういう小説が載っているかどうか、とりあえず調べてほしいというレファレンス等のほうが時間がかかって、ずっと大変だろ。

 

 

 

🐌 無能な役人が街の図書館を単なる無料貸本屋だと思っているのなら、日本全国の図書館が次世代に残していかねばならないものは悉く消滅していってしまうし、私のように探偵小説が好きな人間にとっても、その存在を知られず長い間眠ったままの新聞小説を気軽に掘り起こす作業さえ出来なくなったら、由々しき問題である。


おとといの記事にも書いたように、
私が遭遇した文献複写郵送サービスの縮小なんていうのは、
あくまでもコロナに起因する一時的なやむをえない処置であるべきで、
惰性でそのまま平気で続けていたり、あるいは文科省が更に酷いサービスの低下を進めようものなら、それこそ許すべからざる悪政だ。

 

 

 

(銀) よく「コロナが蔓延して世の中は変わってしまった」なんてしたり顔で語って、時代の変化(=悪化)を受け入れるべきなどと、のたまっている頭の悪い奴がいますね。彼らが自分の頭の中にそういう考えを持つのは勝手だが、他人にまで押し付けるのは御免被る。



図書館の郵送複写サービス縮小をはじめ、レジ袋の有料化、郵便配達業務の縮小、ゆうちょ口座同士の送金なのに、ATMでも手数料をいちいち搾取するゆうちょ銀行etc・・・。一刻も早く一掃して、元の状態に戻さないとな。ただでさえ顔がムズムズするのに、年中マスクなんかしてられるか。




2021年10月21日木曜日

図書館は郵送複写サービスがそんなにもイヤなのか?③

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北海道立図書館



◆ よその県に住む者からの複写依頼を拒否する北海道立図書館




担当者が変わって福岡県立図書館は一回の複写件数をやたら限定するようになってしまい、熊本県立図書館には「女妖」を掲載した新聞の所蔵が無かった。公共図書館にこだわるのならば『九州日報』だと便利な複写依頼先が無いし、もう『北海タイムス』でもいっかな~と日和って南から北へ狙いを変え、『北海タイムス』を所蔵している北海道立図書館へ郵送複写依頼のメールを送ったところから、昨日の続きを始める。過去に北海道の図書館へ複写依頼をした事はない。

 

 

 

📧 いや~、福岡県立図書館の時も「たいがいにせえ」と思ったけど、
上には上のしょっぱい公共図書館ってあるもんですな。
次にお見せするのは(例によって一部分のみ)、北海道立図書館一般資料サービス課 K氏から送られてはきたがSPAMだと認識されて迷惑メールフォルダに入っていた返信である。文字の色付けによる強調は私によるもの。

 

 

大変恐れ入りますが、北海道外にお住まいの方の郵送複写サービスのお申込みについては、
北方資料(資料情報の詳細画面で所蔵館:北方資料と表示されるもの)と、
当館のみが所蔵している資料に限り、お受けしております。

(中略)

複写を希望されている『北海タイムス』昭和4521日~同年1228日について、
国立国会図書館でもマイクロフィルムの所蔵があるようです

(中略)

ータ上では夕刊の欠号情報はありませんでしたので、
国立国会図書館の遠隔複写サービスをご案内させていただきます
し訳ございませんが、ご理解のほどお願いします。

(中略

なお、国立国会図書館から複写不可と回答があった場合、
不可の分は当館複写サービスをご利用いただけますのでその旨お知らせください。

 



以前からこんな対応をしていたのか知らんが、複写件数の制限どころではなく拒否だぞ、拒否。「国会図書館を利用しろ」とおっしゃるが、『北海タイムス』はおたくの地域だけで発行された新聞じゃないんかい?他県の人間は郵送複写サービスお断りって、どういうつもりなんだ?やらなくてもいい業務なのに、いたずらに地方から押し付けられている事実を国会図書館は承知しているのだろうか。もしもワタシが国会図書館の偉いポジションにいて、地方の公共図書館がこのように横着しているのを知ったら絶対許さんけどな。

 

 

 

📧 やれ困った。
北海道立図書館がこれほど排他的なのであれば、当初の予定どおり『九州日報』狙いに戻るしかない。公共図書館は使いもんにならず、残る所蔵機関は大学図書館。福岡市西部にある九州大学の図書館が『九州日報』を所蔵しているようで、九大附属図書館HPの利用ガイドをじっくりと読み込む。


へ?


複写料/白黒一枚あたり60

申込件数/1名につき、1ヶ月に5件程度が上限

 

 

白黒複写で160円もさながら、1回の申請でたった5件まで? マジで言ってんのか?
念の為、メールで確かめてみる。
以下、九州大学附属図書館 利用者サービス課 参考調査係の氏からの返答。

 

 

誠に申し訳ございませんが、当館においても他の図書館と同様に、
1の依頼でご依頼をお受けすることはできず、全てが完了するまで
半年もしくはそれ以上のお時間をいただきます
お申込の単位ですが、新聞につきましては、
日付ごとに件数を分けてお申込みいただくのが原則となっております。

 

 


📧 ・・・・・・。
「北海道江別市文京台東町41と福岡県福岡市西区元岡744にはレベル10級のコロナ・ウイルスが蔓延してまえ!」と心の中で強く念じながら、粛々と次の図書館を探す。私立の熊本学園大学が『九州日報』を持っており、すでに半分以上やる気が失せつつも交渉。そしたら今度は熊本学園大学附属図書館レファレンス係の女性曰く、

 

 

「大変申し訳ありませんが、現在当館はずっとマイクロフィルムの機械(リーダー=投影機のことだろう)が故障しておりまして、マイクロフィルムを閲覧する事ができません。いま業者へ修理に出す申請を出しているところなんです。」

 

 

このやりとりをした時は、コロナのせいでどこの図書館も一律入館お断り状態になっていたし、あちらこちらでダメダメダメダメ言われるものだから、しばらく様子を見ることにした。一ヶ月ほど過ぎて再び熊本学園大学へ「もうマイクロの機械は使えるようになりましたか?」と訊いてみる。そしたら「まだ業者に出してないんです」だって。
ダメだ、こりゃ。
いつからリーダーが壊れていたのかまでは聞かなかったけれど、使えないのに放置したままで、その間マイクロフィルム閲覧ができなくて困る教授や学生は一人もいないのかね、この大学は?

 

 

 

📧 新聞は所蔵していながら、従来みたく複写依頼を受け付けてくれる図書館がない。それほど気長ではない私がよく我慢して最終的にコピーを入手できたもんだと自分でも感心するけれど、ではどうやって最終的に『九州日報』のコピーを取り寄せる事ができたのか。それは次回の記事にてお話ししよう。

 

 

 

(銀) 「そんな状況だったら四の五の言わず、さっさと国会図書館を使えばいいのに」と思われた方もいらっしゃるだろう。いや、一応あそこにもコンタクトはしたんですよ。
それも含めて、(☜)へつづく。





2021年10月20日水曜日

図書館は郵送複写サービスがそんなにもイヤなのか?②

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熊本県立図書館




◆ 公共図書館の郵送複写サービス大幅制限は
        コロナ騒ぎのどさくさに紛れて行われていた




 それまで各地の公共図書館が提供する文献郵送複写サービスを利用してきて、「いま混んでいるから」等の理由ごときで複写件数を制限された事なんて一度もなかったのに、以前利用させてもらった福岡県立図書館に今回また郵送複写の申請をしたら、1回の申請につき10件(新聞連載小説の場合ならば10日分)しか受けない」と云われたため、コピーを入手するには他をあたらざるをえなくなったところから、前回の続きを始めよう。

この時点ではまだ、こんなサービスの制限をやっているのは福岡ぐらいだろうと軽く考えていたが、そうではない事がだんだんわかってきた。




一枚あたりの文献複写料金は、やっぱり公共図書館のほうが安い。
それを考えると近年、小栗虫太郎「亜細亜の旗」が『九州新聞』、横溝正史「愛馬召さるゝ日=(雪割草)」が『九州日日新聞』、いずれも現在の『熊本日日新聞』の前身たる戦前二紙に掲載されていた事実が明らかになっていたし、もしかして昭和45年あたりで熊本の新聞のどこかに「女妖」が掲載されているかもしれず、『九州日報』は所蔵されていないものの、試しに熊本県立図書館へも問い合わせてみた。

 

 

 

メールが返ってきて「熊本の戦前の新聞にどんな小説が連載されていたか、といった調査はしておらず昔の新聞記事のデータ管理もしてないから、内部でも検索のしようがない」との回答が。そっかあ、福岡の場合だと戦前の福岡で発行されていた新聞にどんな小説が連載されていたか、某ローカル資料にてリスト化されていたから、あるいは熊本も・・・と期待したんだが、玉砕。

と思ってたら、二週間経って再び熊本県立図書館のリファレンス係からメールが届いた。
わざわざマイクロフィルムを見て、1929(昭4)年9月から翌1930(昭5)年12月までの『九州日日新聞』及び『九州新聞』に連載されている小説を調べて下さったらしく、一覧表が添付してあった。アリガトウゴザイマス。

これはこれで嬉しいけれども、残念ながらその一年ちょっとの間に、私の求めている「女妖」ばかりか自分的に興味を引く小説は掲載されていなかった。むう~。(唯一、『九州新聞』に連載された畑耕一「悪魔暦」だけが少し気になるが、『光の序曲』と同一作品だろうか?)

 

 

 

ちょいと話が横道に逸れるけれども、
何年も前に、戦前のどの新聞に何という小説が連載されているか調べたくて利用した一冊の書籍があった。国書刊行会が出している『新聞小説史年表』というのがそれで、昭和62年に刊行され平成8年には新装版が出ている。良い本なんだけど惜しい事に、調査の対象とされているのはホンのごく一部であり、その本に載っていない多くの新聞小説がいまだに日の目を見ないままでいるのだ。

全国の図書館が自分達の属する都道府県の新聞小説を(大正末から昭和30年代まででいいから)すべて洗い出して調査したデータを持ち寄り、『新聞小説史年表』のヴァージョン・アップした決定版みたいな本が完成したなら私は大喜びで買うのだが、日本全国の図書館がそんな前向きな作業をするなんてまずありえない。所詮、夢物語でしかないのである。

 

 

 

♰ 本題に戻ろう。
複写依頼を申請しなかったとはいえHPを見ると、なんと熊本県立図書館までもが郵送複写は「一回の申込は10件以内かつ合計枚数100枚以内とする」と謳っているではないか。てことは、どの公共図書館も横一列で郵送複写サービスを縮小させているのか?

熊本県立図書館の人に、この件についてさりげなく訊いてみるも、ゴニョゴニョと要領をえず、本当のところがわからない。県立図書館の後ろ盾といったら県庁だ。こうなったら真実を知るためにも、一体どういう理由で図書館がこんな制限を設けたのか福岡/熊本両方の県庁へ電凸して訊いてみるしかない。どこのセクションに訊けばいいのかわからなかったが、どっちの県庁も電話の対応は至極丁寧、「大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。よく調べて御返事差し上げます。」と言うんで、どんな弁解が返ってくるかお待ち申し上げていましたよ。

 

 

 

すると熊本県庁はNo Ansewer。都合が悪いからシカトしたのか。
一方、福岡県庁からは十日ほど過ぎてメールに添付された回答文書が届いた。
これも参考までに必要な部分だけ、手を加えないままでお目にかけよう。
メールの発信者は福岡県教育庁社会教育課だが、回答してきたのは福岡県立図書館。



いつも福岡県立図書館をご利用いただきありがとうございます。
複写サービスについてお問い合わせいただきました件について、回答させていただきます。



館の所蔵資料については、県内外を問わず、多くの皆様からご利用いただいており、
文献の複写依頼についても、毎日多数のご依頼をお受けしております。
当館といたしましては、公共図書館として、利用者の皆様からのご依頼に対しては、
できるだけ速やかに、かつ、公平に対応すべきと考えております。



このため、お一人様のお申し込みが大量となる場合は、当館HPに記載しておりますように、
分割してお申し込みいただくようお願いしております。
現在、1回のお申し込みにつき10件を上限として対応させていただいておりますが、
このことについては、HP等で明確に表記しておらず、
利用者の皆様に対する周知が不十分であったことをお詫び申し上げます。
利用者の皆様にご理解いただけるよう、今後HP等の表記の見直しを行いたいと思います。


ご覧のとおり私は「何が原因でこのような制限にしてしまったのか?」と訊いているのに、責任回避なのか知らんけども、結局県庁は回答を図書館側へ丸投げしたらしく、わざわざ県庁へ電凸して質問した意味が全くない回答しか得られなかった。ついこの前まで普通に行われていたサービスを、何故ここまで縮小する意味があるのか?こっちはそれが知りたいんだけどね。






 これは明らかに、2020年初頭に始まったコロナ騒ぎを原因とする緊急事態宣言等のせいで、文献資料のコピーを直接図書館まで入手しに行けなくなった人々が郵送複写サービスへと流れた余波であることぐらい、いちいち先方に訊かなくとも承知している。パンデミック拡大防止の為に図書館のサービスがやむなく一時的に縮小されるのを、私はガミガミ責めているのではない。問題はそこじゃないのだ





熊本県立図書館のHPには、郵送複写サービスの規定を改訂した日付が2020615日だとハッキリ書いてある。この年、安倍晋三が最初の緊急事態宣言を発したのはたしか春先だった。福岡と熊本以外にどれだけの県立図書館がサービスを制限してしまったのかまでは未調査だし、コロナ前と比べてどれほど郵送複写サービス申請の数が増したのか私の知るところではないが、このサービスの制限を改訂するにしても、ずいぶん手回しが早過ぎるんじゃないのかね?

公務員という生き物は基本的に、住民のプラスになるようなことにはとかく対応が遅いくせに、こういう自分達が仕事をしないで済むように変えることについては、行動が異常に迅速過ぎるんじゃないの? って私は感じた訳よ。





これじゃまるで、環境保護が好きな嫁の趣味に感化された小泉進次郎のセクシー志向とやらで実施されたレジ袋有料化導入の影に隠れて、ビニールではない紙のレジ袋まであつかましく有料化しやがった奴らとやってる事は全く同じではないか。
そもそもパンデミックだからって、なんで図書館はルール改訂までしなくちゃならんのか?
事態が収まるまでの郵送複写サービス縮小という応急処置ではどうしていけないのか?
単に自分達にとって都合よくするためだけのテイのいい詭弁じゃん。






(銀)世の中には更にタチの悪い図書館というのがあって、それはまた次回。


(☜)へつづく。






2021年10月19日火曜日

図書館は郵送複写サービスがそんなにもイヤなのか?①

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福岡県立図書館




◆ 福岡県立図書館の郵送複写サービスが
              以前と比べて劣悪になっていた!





国内の古い新聞に連載された小説の複写コピーを入手する機会というのは、たかが知れている程度の回数だけど私にもありまして。

自分で手元に置いておきたい小説が載っている古雑誌なんかも、昔は「部分的にコピーで済ませばいいや」と思っていたのだが、何度か某文学館へ郵送複写を依頼するたび、窓口となる担当者がいつも同じ鬱陶しい奴で、そんな人間と毎回やりとりを重ねるのは不毛だったし、単に趣味なのだから複写コピーを手に入れるのに慌てる必要など無い。

だったらいっそのこと、目当ての古雑誌をたまたま見つけた時そっくりそのまま一冊買っちゃうほうが賢いのではないか?ある時そう悟って、以来よほどの hard to find な難物でないかぎり、読みたい小説の載っている古雑誌は現物を買うようにし、コピーでの入手は止めてしまった。

けれども古い新聞となると、全国紙なら縮刷版を出しているからそれに当たればいいが、地方紙ではそういう訳にはいかないから、どうしても所蔵機関に複写を依頼する必要が出てくる。







Blogでは2021723日から103日の記事にて、戦前の地方新聞に連載された長篇探偵小説「女妖」(江戸川乱歩/横溝正史)のテキスト検証を行った。それをやるためには、小説が掲載されている昔の新聞のコピーを図書館へ複写依頼して入手しなければならない。

そのサービスを利用するのは久しぶり。最後に図書館や文学館へ文献複写の郵送依頼をしたのはもう何年前の話だったけ・・・などと悠長な気分でいたら、図らずも今回Blogのネタとして絶対書いておかなければ」と怒りたくなるような状況に出くわしてしまった。そっちがそう来るなら・・・ということで『クローズアップ現代』ばりに問題提起すべく、本の話は一時休止して全国の図書館に噛み付いてやろうと思い立ったのであります。

れから書く事は、図書館の郵送複写サービスを普段しょっちゅう利用している人にとっては何という事もない、わかりきった事実かもしれない。でも、このサービスをまだ一度も使った事のない方、私のようにここ数年利用していなかったせいで以前とは状況が変化、いや悪化している事にまだお気付きでない方もきっといらっしゃると思う。そんな方々に向けて、サービス低下が著しい図書館のの現状が伝われば幸いだ。






 先に挙げた「女妖」という作品を書籍化したのが春陽文庫『覆面の佳人 或は「女妖」 』で、その底本には「覆面の佳人」のタイトルで連載された初出新聞『北海タイムス』のテキストが用いられているようだったから、春陽文庫と比較するテキストには『北海タイムス』以外の新聞を使ってみたい。それで『九州日報』のコピーを入手する事に決めた。

古雑誌の郵送複写依頼に関し、某文学館の担当者が実に塩対応だったとさっき書いたけれども、新聞小説の郵送複写依頼に関しては、運が良かったのか、今迄どこの図書館でも普通にトラブルの無い対応をしてもらった記憶しかない。(いつも手順はいちいちメンドーだなぁとは思うが)

複写依頼先で最もボーダイな所蔵を持つ機関といったら当然国会図書館になるのだが、あそこは日本全国かなり多くの人が複写依頼をしていそうで、私は一度も利用した事が無い。ていうか、なんとなく避けていたかも。雑誌と違って新聞だったら発行していたご当地の図書館に申請するのが好ましく、毎回そのやり方を続けてきた。

 

 

 

♰ 『九州日報』は福岡の新聞である。
この新聞を複写依頼できる所蔵機関をネット検索してみたら、過去にも利用した事のある福岡県立図書館に所蔵があったので、ここに申請した。そしたら福岡県立図書館の「ふくおか資料室」というセクションを担当しているらしい K という男性から返信メールが送られてきて、それを見た私は目を疑った。その文面の肝心な部分をご覧頂こう。下線は私によるもの。


 

「当館では、郵送複写サービスの受付は、110件までとなっております。
この10件というのは、今回の連載小説の場合、10日分ということになります。

 

流れといたしましては、まず受付後1週間以内に最初の10件分の見積書を作成し、
依頼者様が見積内容を確認後、代金と依頼書(見積書に記入項目が印刷されています)を当館に発送していただき、代金が到着したのち、こちらから発送するという形になります。
1回目の複写物の発送が完了したのち、
2回目のご依頼が上述と同じ流れで始まることになります。
3回目以降も同様です。」

 


はあ? 1回の依頼で連載小説の場合は10日分?
2016年の秋に福岡県立図書館へ戦前の『福岡日日新聞』に半年間連載されたある長篇小説の郵送複写をお願いした時には、そんなおかしな制限なかったぞ。なんで、たった10日分(=10回分)しか受けてくれなくなったのか?
すぐさま私は五年前、貴館にじような新聞連載小説半年分の郵送複写をにお願いした時は、郷土資料課のTさんという方が一度の申請で何の問題もなく全回分複写して下さいましたが、何故このような制限をなさるのでしょうか?」と質問メールを送った。しかし、その「ふくおか資料室」のKという担当者は納得のいく説明をするつもりがさらさら無く、「当館までお越し頂ければ・・・」などと再びメールに書いてよこしてきた。

アホか、サクッとそっちに行けるようだったら、とっくに行っとるわ。
(特に、この申請をした時はコロナによる全国の規制がまっさかりだった)
福岡まで行ってられないから、こうしてお願いしてるのではないか。




(銀) 全部で180回近くもある長篇の複写を申請するのに、18回にも分けて郵送複写依頼などしていられるか。手間もしかり、どんだけ送料がムダになると思ってんだ?





(☜)へつづく。




2021年10月14日木曜日

『日本ルパン/名刑事と怪盗』保篠龍緒

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同星出版社
1953年12月発売



★★    和製ルパンを拵えても本家には遠く及ばず



❉ ルパン → 龍伯(りゅうはく)。前回につづいて今回も保篠龍緒にスポットを当てる。彼の創作の中には謎の侠盗・黄龍伯を主人公に据えたシリーズがあって、その第一長篇「妖怪無電」(大正15年発表)は『保篠龍緒探偵小説選Ⅰ』に収録されていたから、ご記憶の方もきっとおられるだろう。いわんや保篠流アルセーヌ・ルパンとして考案されたキャラが黄龍伯であり、「妖怪無電」では、
〝彼の生立は知らぬ。彼の経歴は知らぬ。
ただ嘗ては日露役の傑物華大人の懐に抱かれて北満の野に眠ったともいう。
また嘗ては欧米に流浪して将軍カランザの帳幕に長剣を撫したともいう。〟
と紹介されていた。彼は支那馬賊の首領であったらしい。

 

 

この黄龍伯シリーズは戦後も本になり、〈日本ルパン〉の名称が付けられるようになる。戦前に発表した黄龍伯ものを改稿して再発したり、もともと黄龍伯とは関係なかった作品でさえ〈日本ルパン〉シリーズへ編入したものもあるそうで、本日取り上げるのは戦後に書かれたと思われる〈日本ルパン〉シリーズのひとつだ。帯に新作推理長篇と明記してあるから、まさか戦前作の再録ではなかろう。黄龍伯には仮の名がいくつかあるのだが、本書では主に成瀬隆太郎と名乗っている。また本書では竜伯と表記されているけれど、ここでは漢字を戦前の龍伯表記にして話を進める。


 

 

❉ 黄龍伯の成瀬隆太郎は、賀川なる人物が一千万円という(当時の)巨額な金を保有していることを知って胡散臭さを感じ取り、その金を盗みとるべく賀川の持ち家である洋館三棟のうち、売りに出されていた一棟を買い上げ、隣人として住みつつ機会を伺う。その賀川家で思わぬ殺人と盗難が起こり、龍伯が首を突っ込むのは勿論、裏の世界でその名を知られた美しき女侠客・紅水栓までもが事件に一枚噛んでくる。

 

 

買い取った洋館を改築するために雇った蒼白い青年設計士・大原昇が実は自分の息子であると知った龍伯は柄にもなく動揺し・・・と書けば、この長篇はルブランのどの作品をサンプリングしているのか、どなたでもすぐにピンとくるだろう。

となると、その息子を意図的に悪の道へ進ませたあの人物の存在が本作ではどういう扱いになっているのか気になるところだが、本作だって将来もしかすると再発されるかもしれないし、これから読む方のためにあれこれ詳しく述べないでおくけれども、あの人物の底知れぬ復讐心云々については過剰に期待するべからず、とだけ言っておく。


 

 

❉ ところで本書はなんだか変な構成になっていて、全284ページ221ページで上記の長篇が終わってしまう。書名は『名刑事と怪盗』だけども、警察サイドの中心人物・東警部はちっとも龍伯と敵対してなかったではないか・・・と思ってたら、222頁から短めな別の中篇が始まる。こちらは龍伯と東警部の戦いが描かれていて、つまり前半の長篇と後半の中篇にはそれぞれ別々の作品タイトルが付いていなければならないのに、それが無いものだから目次の表記はあたかも長篇一作ぶんだけの章題が並んでいるようにしか見えない。いい加減だよなあ。

 

 

だもんで『保篠龍緒探偵小説選Ⅱ』巻末の【保篠龍緒著作目録】を捲ってみた。本書の中篇には雪峰の香炉というお宝が出てくる。ルパンで香炉といったら「ユダヤのランプ」か。すると【著作目録】には、昭和511月から三ヶ月『講談雑誌』に連載された「龍鬼大盗傳」という作品が「ユダヤのランプ」の翻案だと書いてあった。

『講談雑誌』の12月号は持っているから早速見てみると、満蒙の大馬賊王・東洋のアルセーヌ・ルパンという角書が付いた「龍鬼大盗傳」の第二回が載っていて、私の推測したとおり、やはり本書の中篇はこの作品と同一であるのが判明。初出時は黄龍伯じゃなく洪龍伯となっていたり、戦前の言葉/文字遣いが本書では戦後向きに書き換えられていたり、筋はいじってないけど細かいところには手を入れてあるようだ。本書でも、本来ならば中篇のほうのタイトルは「龍鬼大盗傳」るいは「名刑事と怪盗」とでもすべきだったのにね。

 

 

そうなると、前半の長篇には初出時どんなタイトルが付いていたのか?本日の記事の左上にある本書の書影をクリックしてご覧頂きたいのだが、帯には、


〝西日本新聞・夕刊フクニチ・中部日本・北海道新聞・名古屋タイムス外数紙連載〟


とある。この長篇は新聞連載小説だったみたいで、帯が残っていたからこそわかる情報だ。もう一度『保篠龍緒探偵小説選Ⅱ』【著作目録】を開き、それらしきものを探してみたが、新聞連載で該当しそうな作品がひとつも無い。【著作目録】を作った矢野歩もこの長篇の初出は確認できなかったらしく、結局、本書前半に収録されている長篇の初出時のタイトルはわからなかった。本気で調べるのなら、帯に書かれていた五つの新聞に直接当たればいいのだけど、果たして本書が発売される直前の昭和3233年あたりにフツーに連載されてるかどうか。話の中に ❛ 焼け跡 ❜ というワードがあるから、昭和20年代に書かれた可能性も考えられる。




(銀) 本書前半収録の長篇が各地方新聞に掲載されていたと知って、又しても私は大系社/池内祥三の関与が頭をよぎってしょうがない。何のことだかわからない方は、当Blogにおける『女妖』(江戸川乱歩/横溝正史)⑬~⑯、加えて『覆面の佳人~或は「女妖」~』(江戸川乱歩/横溝正史)、それらの記事を読んでみて下さい。



どんなに和製ルパンを作りあげようとも、保篠龍緒の嗜好からして(暗号はそうでもないようだが)トリックや論理的な趣向に興味が無い上、小説家として決して上手い人ではないから、本家ルパンの魅力には遠く及ばない。やはり物語る力はルブランのほうが勝っているし、なにより本家ルパンの魅力はフランス/ヨーロッパの汲めども尽きぬ流麗な歴史と文化。講談調チャンバラしか書けない保篠に、空洞の針(奇厳城)や三十棺桶島に匹敵するほどの読書欲をそそる舞台装置の創出まで求めるのは無理筋というものだ。




2021年10月12日火曜日

『七妖星』保篠龍緒

NEW !

盛林堂ミステリアス文庫
2021年9月発売



★★★★   保篠龍緒といったら、やはりコレ



保篠龍緒の創作につきまとう欠点については『保篠龍緒探偵小説選Ⅱ』の記事に書いているのでそちらをご覧頂くとして、論創ミステリ叢書が「翻案だから」というよくわからん理由でスルーしてしまったこの長篇が、昭和34年の『キング』に連載された時の初出テキストを用いて再発された。本作を創作扱いとして発言したら「創作ではない、あくまでも翻案だ」などとヤジを飛ばす輩がいるかもしれないが、完全な翻訳作品ではないので便宜上そう呼んでいるだけである。


                   

 

例の モーリス・ルブラン「カリオストロ伯爵夫人」を下敷きにしてはいるけれど、一から十までアルセーヌ・ルパン物語そっくりそのままではなく、部分部分でその要素を取り込んだプロットになっているところに注目したい。保篠は森下雨村とほぼ同年代ゆえ、使う文体が江戸川乱歩ら下の世代よりも古めかしいのだが、この「七妖星」においてはそれが珍しく良い成果に繋がっている。

相変わらず話の展開がせっかちなのが難点で、例えば登場人物の心理面などを丁寧に描いたり、翻訳者として同業だった妹尾アキ夫の創作みたいに余韻を残せる文章を書けていたなら、保篠自身ルパン・シリーズの翻訳者として認知されていただけに、ひょっとして「七妖星」が戦前日本の通俗長篇探偵小説を代表する一品になる可能性だって決してゼロではなかった筈。

『講談倶楽部』で乱歩が「蜘蛛男」の連載をスタートさせるのは、『キング』の「七妖星」連載が完結した直後の事。講談社の雑誌にて乱歩の通俗長篇探偵小説が大輪の花を咲かせるお膳立ては(本作のおかげとばかりは言い切れないにしろ)すっかり整っていたのだ。



 

 

さらに「七妖星」成功の要因を挙げるなら、主人公の品川隆太郎青年を名にし負う怪盗紳士ではなく法学士の快男児に設定したことで、アルセーヌ・ルパンという鋳型を読み手にそれほど意識させずに済んでいるし、舞台を東京という殷賑都市ばかりに限定せず鎌倉や京都といった古都の山深い寺を使ったり、前面に押し出した〝和の趣き〟もまた物語の彩りにプラス作用している。この長篇の面白さはすべからく品川隆太郎 vs 石波艶子一味 vs 小笠原重光一味という、卍巴の闘争が起きているからではなく、仮にもし品川の敵キャラがひとりだけだったとしても、ある程度成功しただろう。
 

                    



カバー絵に描かれているナイフを持った水兵服の人物が誰の事で、どのシーンで登場してくるかも探してみてほしい。唯一、解説が北原尚彦なのが減点の対象。ルブラン研究者とかもっと適任者がいるだろ。北原は書き漏らしているが、「七妖星」昭和5年の初刊本を刊行したのは平凡社。ちょうど「七妖星」が連載されていたその最中、折しも同社からは保篠が翻訳を手掛ける『怪奇探偵 ルパン全集』がリリースされていた。だから(本のサイズは違えど)「七妖星」を初めて単行本化する際にも平凡社から出したのかな。



 

(銀) 本書は盛林堂ミステリアス文庫として発売されており、善渡爾宗衛メインでは制作されていないから、ここ最近の鷲尾三郎本に見られるあまりにも杜撰なテキスト入力ミスは(少なくとも私の見る限り)見当たらず、旧漢字などもちゃんと活かした校正がされていて、それが一番嬉しかった(何でこんな当たり前の事で喜ばなくちゃならないんだ?)。解説担当者だって場当たり的に選ばず、妥当な人選にしていれば迷わず満点にしたのに。





2021年10月10日日曜日

『皇帝溥儀/墓碑銘』橘外男

NEW !

幻戯書房 銀河叢書
2021年10月発売




★★★★★   版元から三冊すべて購入すると
            先着で特典冊子『墓碑銘』が進呈



帯には〝満洲残影篇〟とあり、満洲を題材に使った作品を集めている。シリーズ三冊目の本書は少々気になるマイナス・ポイントがあって、橘外男を殆ど知らない人がいきなり手に取って読むにはあまり適さないところがあるかも。だから今回は、記事の後段でふれる特典冊子『墓碑銘』と合わせ技で満点にしたい。

 

 

 本書全体の半分を占拠している長篇「皇帝溥儀」は、実在の人物に対して突拍子もない話を拵えてしまったため読者からクレームが来たらしく、いよいよこれから!という時に中絶させてしまっている。連載時の角書は【問題小説】と題されていた。

 

極東国際軍事裁判に証人として呼ばれた溥儀の「私が満洲の皇帝だったのは全部日本のせいで、自分は何の罪も無い被害者であります」的な、別に間違いではないんだけど「元清朝皇帝として一片のプライドもおたく持っていないんかい?」と茶々を入れたくなるような証言がいきなり冒頭に鎮座。

映画『ラストエンペラー』と似たような演出で、満洲国が崩壊した戦後のシーンから始めるのかなと思って読んでいると、ミスター・タチバナが貿易業で知り合った華僑実業家親子から「是非読め」と勧められたというペナンの新聞に連載された「瓜爾佳の児子」なる世にも奇妙な読物が出てきて、これが皇帝溥儀」本篇となり、ストーリーは二重構造化してゆく。

 

溥儀の侍女だった支那娘が書いたその手記はベルトリッチの映画と何の共通点も無いばかりか、人々が崇めている溥儀は替玉で、いつも黒眼鏡をかけている謎の学者・欽禧こそ本当の溥儀らしい。完成していれば一体どんな結末を迎えたのか・・・隔靴搔痒なところで終わってしまった。


 

 

✹ 「灯は国境の町に消え」は大陸進出の代償として悲惨な目に遭う日本人の哀れな恋の物語。「東條元首相の横顔」は軍人一家・橘家を通して思い出されるA級戦犯東條英機のエピソード。「大僧正と天使」は生臭坊主のようなアンドレーイッチ神父が主人公。一目惚れした清純なロシア娘とねんごろになりたいのだが、借金があってピーピーしている。そんな彼が頼まれたアルバイトは観客の前で本番行為をしなければならぬ見世物だった。笑えるけれどもお下劣極まりない短篇。



✹ 「明けゆく道」は上記四篇と異なり少女雑誌に掲載され、【純情小説】と銘打たれている。元は倖せだった姉妹だが、姉が吹き矢で妹をめくらにしてしまい、その上日本が戦争に負けて、ふたりは零落し流れ者の旅芸人になってしまった。失明ですっかり心がひねくれてしまった妹のため、姉はやってはならない悪事に手を染めてしまう。「大僧正と天使」も多少そんな感じはあったが、この「明けゆく道」は倖せだった頃の姉妹が 生活していた土地が満洲というだけで、それほど満洲の要素を必要としないのがやや弱い。


本書の中で私が最も残念に思ったのは、「橘外男ワンダーランド」全六冊を監修していた山下武の解説「橘外男の満洲物考察」をまたしても再録している点で。これ山下の著書『書斎の憂愁』にも入ってたでしょ? 旧いネタの使い回しをせず今回の解説はオール書き下ろしで行ってもらいたかった。



 『燃える地平線』の記事にも書いたとおり、版元から今回送られてきたゆうパケットには、シリーズ最後となる本書と共に三冊予約購入特典冊子の『墓碑銘』が封入されていた。『皇帝溥儀』収録作と違ってこちらは戦前の作品、かつ満洲を題材にしたものではない。昭和15年『少女の友』に連載された、日本人の出てこない外地冒険長篇小説。アフリカ大陸をコロニーとしか見ていない白人と、現地人の尊厳を守ろうとする白人。少女小説であっても、そのテーマは一年前に書かれた「燃える地平線」に近いものがある。




(銀) よくある探偵小説書籍特典冊子の場合、コピー用紙に印刷してホチキス止めしただけのペラペラ仕様だったりすると「え~っ、製本もせず、この程度のもんなのか」とガッカリする。しかし、今回の特典冊子『墓碑銘』はちゃんと製本され、ボリュームとしてもしっかりした作りだったので、こういうおまけなら手に入れる価値は十二分にある。


ただ今回の企画は、ネット情報を事前に掴んでないと入手できない特典だった。特典を入手できなかった人を「情弱だからお前が悪い」などと見下すのはSNS中毒者の独善。世の中みな仕事があって、本キチガヒな奴らのように暇ではないのだからな。だから以前私は「こういうやり方はあまり好きじゃない」と書いた。何も知らず、発売日に書店で一冊づつ買って揃えていった読者からしたら「そりゃ差別だ!」って思うよね。twitter経由でしか申し込めません」などと云ってる版元のキャンペーンがよくあるけど、twitterなんてやらない読者はあんたらの客じゃないのかと恫喝してやりたくなる。


CDなどの音楽ソフトに付いてくる特典だって、バッジやトートバッグやクリアファイルをもらったところで、こちとらありがたくもなんともない。今回の『墓碑銘』のように、せっかく特典を付けるのならユーザーがもらって嬉しいものにしてもらわないと。



              


2021年10月3日日曜日

『覆面の佳人ー或は「女妖」ー』江戸川乱歩/横溝正史

NEW !

春陽文庫 名作再刊シリーズ〈探偵CLUB〉
1997年10月発売




★    もともと失敗作ではあったが、
     この酷評は春陽文庫の校訂・校正方針に対してのもの




本当の意味での初出媒体にあたる『北海タイムス』にて昭和45月から12月まで連載された「覆面の佳人」を底本に使用した春陽文庫『覆面の佳人―或は「女妖」―』と、『九州日報』にて翌昭和52月から8月までタイトルを変えて再掲載した「女妖」のテキストを各章ごとに一字一句比較してきた訳だが、平成7年に初めて書籍化された春陽文庫版で読んだ時にはすっかり見落としていた点にも気付けたり、とても勉強になった。とはいえ有難くない発見のほうが多かったのも事実なのだが。

 


この記事を進める前に断言しておかなければならないのは、本書を含む春陽文庫〈探偵CLUB〉シリーズのテキストはまるで信用できない、ということ。戦後のある時期以来、春陽堂書店が刊行する本の校訂・校正は悪化の一途を辿っていったから、このシリーズだけに見られる現象では決して無いとはいえ、せっかくの嬉しい企画をどうしようもないテキストでダメにしてしまう、正にその悪い例だ。そういった面も含め、今回はこの「覆面の佳人」(=「女妖」)という作品について総括してみたい。

 

 

 

▼ 翻案か? そうではないのか?

2021723日における当blog記事(⓪)に転載した本作連載予告の江戸川乱歩【作者の言葉】に「種本はAKグリーン女史のもの」と書いてあったため、あたかも本作はAK・グリーン作品の翻案であるかのごとく伝えられてきた。しかし、①~⑰の記事で述べてきたとおり本作の粗筋に、小説として黙認し難いほどの矛盾点が生じている事実はどうにも否定できない。A・K・グリーンであれ誰であれ、もし翻案の元ネタが明確に存在していたなら、ここまでプロットの破綻を露呈する事もなかったのではないか。オリジナルの原作は特定できず、翻案とも創作とも呼びにくい奇妙な長篇になってしまっているのだから、どう贔屓目に見ても、これは失敗作としか言いようがない。



「覆面(ヴェール)の佳人」とは誰の事だったのか?初めのうちは綾小路浪子かと思われたが、物語が進むにつれ、もうひとつのタイトル女妖」の意味合いのほうが拡大し、最終的に覆面の佳人しかり女妖とは、母娘二代にわたる悪女を指すものとして結末を迎えた。でも彼女たちの出番が無くなった最終章のクライマックスをもうひとりの悪役・千家篤麿が飾っているようでは、タイトルの意味が活かされないんだよね。

 

 

 

 無惨なるテキスト

「女妖」の連続検証企画を始める以前、このBlogにて春陽文庫〈探偵CLUBシリーズ〉の中から取り上げていた本は、水谷準の『殺人狂想曲』と江戸川乱歩名義の代作『蠢く触手』の二冊だ。どちらもいわゆる〝差別用語〟とされる表現を隠蔽したり、無意味に漢字を開いたりしていたから、春陽堂のテキスト改変の対象はその程度だろうとたかをくくっていたが、その程度では済まないほど方針が意味不明なのもよくわかった。 


 

なにしろ春陽文庫の底本である『北海タイムス』とほぼ同じである筈の『九州日報』からして、非常にテキストが粗くて閉口。当初この企画を終える際には、「春陽文庫の校訂では話にならないから、たとえ内容は支離滅裂でも、一度ぐらいは真っ当な校訂で出し直してもらいたい」と提案して〆るつもりでいた。ところが想像以上に『九州日報』テキストからして問題が多く、安易に再発を唱えていいのかどうか考え込んでしまった。

 

 

プロットの矛盾だけでなく、横溝正史らしくない悪文も目立つ。⑬~⑮の記事でも紹介したが、本日の記事の後段でも触れる池内祥三追悼記事の中で土師清二は、大系社の創業当時に池内が次のような事を語っていたと回想している。(括弧内の注記は私=銀髪伯爵によるもの)

「ぼく(池内)はガリ版をやめ、一々原稿を原稿用紙に浄書して生ま原稿(ママ)にしてくばった。(中略)三社、五社と取引ができると、ぼくは女房とコタツで差向いで浄書する、徹夜をつづけて、疲れると、ドテラのまま、その場にごろ寝をし、目がさめると又浄書にかかりました」

作家から受け取った原稿をコピーする事もデータ転送する事も、昔は不可能。この土師清二の回想文からすると、作家が書いた元原稿は手元に残しつつ書き写した原稿を各新聞社へ送り出す必要がある訳だし、池内祥三夫妻が徹夜して正史の原稿を書き写す作業の途中で、次第に粗い文章にされてしまったか?とも推理したけれど、毎回そんなに雑な書き写し原稿を送っていたら大系社の信用にも関わるから可能性は低い。正史の書いた原稿そのものの文章が粗かったと考えざるをえない。 

 

 

 

▼ 連名の謎

なぜ江戸川乱歩/横溝正史の連名で発表したのか。 半年にわたる新聞連載をやらせるには、昭和4年当時の横溝正史のネームバリューでは弱いと判断され、乱歩の名前も借りた連名クレジットになったのでは?という岡戸武平のエッセイにおける解釈がなんとなく定説になっている。「正史単独では弱い」と判断する人物となると、各新聞へ小説を配信する業務を運営していた大系社の池内祥三以外にはいないので、彼に関する文献の中に何か情報がないか探したのだが、乱歩/正史の連名クレジットになった理由を匂わせるような情報は見つからなかった。

 

 

一般的に知られている乱歩名義の正史代作となると、本作以前に三つの短篇が存在する。
最初の「犯罪を猟る男」(大正1510月)の場合は博文館に入社したばかりの正史に、餞代わりに乱歩が代作執筆を勧めたものだった。その次の「あ・てる・てえる・ふいるむ」(昭和31月/別題「銀幕の秘密」)は『新青年』を切り盛りしていた正史がずっと乱歩に「小説を書いてくれ、書いてくれ」と頼んでいたのだが、この時期の乱歩はスランプ中で何も書いてくれず、困った横溝正史編集長は自分の書いた作品を乱歩名義で掲載させてくれないかと提案、乱歩もそれを承諾して発表された。

三作目の「角男」(昭和33月)になると、『サンデー毎日』から六大都市を舞台にした作品を一人一篇書いてほしいという企画が耽綺社同人に舞い込むが、例によって乱歩は書こうとせず。耽綺社は五人しかいなかったので元々あとひとりの分は正史が担当する事になっていたのだが、結局正史は自分名義の「劉夫人の腕環」、そして乱歩名義の「角男」の二篇を書くハメに。戦後に正史が書いたエッセイ「代作ざんげ」にて、この三短篇の成り立ちは明らかにされたが、「覆面の佳人」(=「女妖」)だけは何ひとつ触れられる機会はなかった。

 

 

犯罪を猟る男」の頃は正史もまだ上京して間もないし、兄貴分でもあり作家の先輩でもある乱歩の代作提案なら喜んでやっただろう。しかし残りの二篇を書いた昭和3年になると、既に正史は『新青年』編集長のポストにあり、作家としての経験も積んできていたから、「犯罪を猟る男」の時のように嬉々として乱歩の代作をやる気持などもう無くなっていたとしても、それは別に不遜な態度ではなかろう。それなのに、翌昭和4年になって既知の池内祥三から新聞小説連載の話をもらったのはいいが、横溝君、貴方一人の名前では力不足だから、乱歩さんとの合同名義にしてくれませんか?」なんてもし池内に言われていたら、正史だってクサるというか内心やる気を削がれるよな。

 

 

正史は神戸では〝モッサリ〟という屈辱的な扱いをされ、学校を卒業し就職したはいいが、神戸市役所も辞め第一銀行神戸支店も辞め(もしかして馘になったのかも)、その頃自殺まで考えていたと乾信一郎宛書簡にも書いているぐらいだ。それが上京して一転人生が楽しくなり、気の合う仲間もできて毎晩遊興にふけっていた丁度真っ只中に舞い込んできた本作の仕事。たとえ乱歩と連名扱いで、掲載媒体は地方紙であっても、半年にわたる初の新聞連載長篇小説といったら、作家としては十分晴れの舞台なんだがなあ。上記で述べた自分に対しての扱いの低さから、投げやりな姿勢で書き飛ばしてしまったのかな。

 

 

 

▼ 正史も乱歩も本作について一切語らなかった理由

これまでの記事で「ああではないか、こうではないか」といろいろ想像してきた。でも単純に考えると「犯罪を猟る男」「あ・てる・てえる・ふいるむ」「角男」とは比べものにならんぐらい駄作にしてしまったんで、正史は本作の存在を消し去りたかったのかもしれない。なんせ「雪割草」でさえ生前には、その存在をこれっぽっちも匂わせなかったのだから。

イヤ、待てよ。「雪割草」も大系社経由での仕事である可能性が非常に高いという事を2021919日の記事(⑮)にて私は書いた。仮にそうだとすれば、最初に大系社から本作の依頼が来た時に「横溝正史単独のネームバリューじゃ弱い」なんて云われたものだから、プライドを傷つけられた正史は池内祥三にあまり良い印象を持てなくて、本作しかり、別に失敗作ではない「雪割草」までも戦後の読者には知られたくなかったのかな。その辺の正史の気持を乱歩も聞き及んでいたのであれば、内容が不出来過ぎた本作については(個人的な『貼雑年譜』にさえ)わざと書き残さなかったとしても一応納得はできる。

 

 

 

(銀) 否定的な見方に終始してしまったけれど、昭和4年の時点で横溝正史が黒岩涙香調の長篇に挑戦するのが間違いだったとは私には思えない。むしろ絶好のタイミングだった。現に本作が『北海タイムス』で連載開始されたのとほぼ同じ時期に、盟友・渡辺温は正史が編集長を担っていた『文藝倶楽部』で涙香の「島の娘」を補綴連載しているし、江戸川乱歩だって昭和6年に涙香の「白髪鬼」を『富士』にて翻案連載したではないか。

 

 

アイディアとしては悪くなかっただけに、本作の執筆に対して、正史が腰を落ち着けてじっくり取り組まなかった(?)のが何とも悔やまれる。ずっと時代が下って昭和3040年代の沈滞期に金田一ものや人形佐七ばかり改稿せず、むしろ本作をこそ矛盾点を全て綺麗に整えて書き直してくれていたら・・・なんて思うけど、あの頃は社会派ミステリの時代が到来していて探偵小説は古臭いものの象徴だったから、正史が本作を書き直そうなどとはこれっぽっちも考えられそうにない嫌な時代なのであった。