❉ ルパン → 龍伯(りゅうはく)。前回につづいて今回も保篠龍緒にスポットを当てる。彼の創作の中には謎の侠盗・黄龍伯を主人公に据えたシリーズがあって、その第一長篇「妖怪無電」(大正15年発表)は『保篠龍緒探偵小説選Ⅰ』に収録されていたから、ご記憶の方もきっとおられるだろう。いわんや保篠流アルセーヌ・ルパンとして考案されたキャラが黄龍伯であり、「妖怪無電」では、
〝彼の生立は知らぬ。彼の経歴は知らぬ。
ただ嘗ては日露役の傑物華大人の懐に抱かれて北満の野に眠ったともいう。
また嘗ては欧米に流浪して将軍カランザの帳幕に長剣を撫したともいう。〟
と紹介されていた。彼は支那馬賊の首領であったらしい。
この黄龍伯シリーズは戦後も本になり、〈日本ルパン〉の名称が付けられるようになる。戦前に発表した黄龍伯ものを改稿して再発したり、もともと黄龍伯とは関係なかった作品でさえ〈日本ルパン〉シリーズへ編入したものもあるそうで、本日取り上げるのは戦後に書かれたと思われる〈日本ルパン〉シリーズのひとつだ。帯に新作推理長篇と明記してあるから、まさか戦前作の再録ではなかろう。黄龍伯には仮の名がいくつかあるのだが、本書では主に成瀬隆太郎と名乗っている。また本書では竜伯と表記されているけれど、ここでは漢字を戦前の龍伯表記にして話を進める。
❉ 黄龍伯の成瀬隆太郎は、賀川なる人物が一千万円という(当時の)巨額な金を保有していることを知って胡散臭さを感じ取り、その金を盗みとるべく賀川の持ち家である洋館三棟のうち、売りに出されていた一棟を買い上げ、隣人として住みつつ機会を伺う。その賀川家で思わぬ殺人と盗難が起こり、龍伯が首を突っ込むのは勿論、裏の世界でその名を知られた美しき女侠客・紅水栓までもが事件に一枚噛んでくる。
買い取った洋館を改築するために雇った蒼白い青年設計士・大原昇が実は自分の息子であると知った龍伯は柄にもなく動揺し・・・と書けば、この長篇はルブランのどの作品をサンプリングしているのか、どなたでもすぐにピンとくるだろう。
となると、その息子を意図的に悪の道へ進ませたあの人物の存在が本作ではどういう扱いになっているのか気になるところだが、本作だって将来もしかすると再発されるかもしれないし、これから読む方のためにあれこれ詳しく述べないでおくけれども、あの人物の底知れぬ復讐心云々については過剰に期待するべからず、とだけ言っておく。
❉ ところで本書はなんだか変な構成になっていて、全284ページ中221ページで上記の長篇が終わってしまう。書名は『名刑事と怪盗』だけども、警察サイドの中心人物・東警部はちっとも龍伯と敵対してなかったではないか・・・と思ってたら、222頁から短めな別の中篇が始まる。こちらは龍伯と東警部の戦いが描かれていて、つまり前半の長篇と後半の中篇にはそれぞれ別々の作品タイトルが付いていなければならないのに、それが無いものだから目次の表記はあたかも長篇一作ぶんだけの章題が並んでいるようにしか見えない。いい加減だよなあ。
だもんで『保篠龍緒探偵小説選Ⅱ』巻末の【保篠龍緒著作目録】を捲ってみた。本書の中篇には雪峰の香炉というお宝が出てくる。ルパンで香炉といったら「ユダヤのランプ」か。すると【著作目録】には、昭和5年11月から三ヶ月『講談雑誌』に連載された「龍鬼大盗傳」という作品が「ユダヤのランプ」の翻案だと書いてあった。
『講談雑誌』の12月号は持っているから早速見てみると、満蒙の大馬賊王・東洋のアルセーヌ・ルパンという角書が付いた「龍鬼大盗傳」の第二回が載っていて、私の推測したとおり、やはり本書の中篇はこの作品と同一であるのが判明。初出時は黄龍伯じゃなく洪龍伯となっていたり、戦前の言葉/文字遣いが本書では戦後向きに書き換えられていたり、筋はいじってないけど細かいところには手を入れてあるようだ。本書でも、本来ならば中篇のほうのタイトルは「龍鬼大盗傳」、あるいは「名刑事と怪盗」とでもすべきだったのにね。
そうなると、前半の長篇には初出時どんなタイトルが付いていたのか?本日の記事の左上にある本書の書影をクリックしてご覧頂きたいのだが、帯には、
〝西日本新聞・夕刊フクニチ・中部日本・北海道新聞・名古屋タイムス外数紙連載〟
とある。この長篇は新聞連載小説だったみたいで、帯が残っていたからこそわかる情報だ。もう一度『保篠龍緒探偵小説選Ⅱ』【著作目録】を開き、それらしきものを探してみたが、新聞連載で該当しそうな作品がひとつも無い。【著作目録】を作った矢野歩もこの長篇の初出は確認できなかったらしく、結局、本書前半に収録されている長篇の初出時のタイトルはわからなかった。本気で調べるのなら、帯に書かれていた五つの新聞に直接当たればいいのだけど、果たして本書が発売される直前の昭和32~33年あたりにフツーに連載されてるかどうか。話の中に ❛ 焼け跡 ❜ というワードがあるから、昭和20年代に書かれた可能性も考えられる。
(銀) 本書前半収録の長篇が各地方新聞に掲載されていたと知って、又しても私は大系社/池内祥三の関与が頭をよぎってしょうがない。何のことだかわからない方は、当Blogにおける『女妖』(江戸川乱歩/横溝正史)⑬~⑯、加えて『覆面の佳人~或は「女妖」~』(江戸川乱歩/横溝正史)、それらの記事を読んでみて下さい。
どんなに和製ルパンを作りあげようとも、保篠龍緒の嗜好からして(暗号はそうでもないようだが)トリックや論理的な趣向に興味が無い上、小説家として決して上手い人ではないから、本家ルパンの魅力には遠く及ばない。やはり物語る力はルブランのほうが勝っているし、なにより本家ルパンの魅力はフランス/ヨーロッパの汲めども尽きぬ流麗な歴史と文化。講談調チャンバラしか書けない保篠に、空洞の針(奇厳城)や三十棺桶島に匹敵するほどの読書欲をそそる舞台装置の創出まで求めるのは無理筋というものだ。