2021年1月29日金曜日

Chapter One Complete !

NEW !





私が2009年から2020年の間にAmazon.co.jpへ書き散らかしてきたレビューのうち、探偵小説に関連するもの全てBlogへサルベージする作業も、八ヶ月かけて昨日ようやく完了した。最初はAmazonへ既に書いた文章をBlogに移し替えるだけのことだと気楽に考えていたのだが、毎日その作業を続けていると元の文章に変な言い回しや雑な表現が次々目に付くので、レビュー原文をそのままコピペするのではなく書き直したり、またBlogなので文字や記号に色付けしたりと妙に凝り出し、ひとつのAmazonレビューを一日分の記事に仕立てるだけでも当初考えていた以上に時間がかかるようになった。




Blog開設時には、できるだけ毎日更新したいので、スタート前からあらかじめ数日分の記事を前倒しして書き溜めておき、徐々にupしていった。発売されたばかりの新刊本で早く記事をupさせたい場合には、書き上げると即日upしたものもある。そんな調子で、昨年の8月どうしても時間がとれず23日休んだ以外は、連日ずっと更新を続けることができた。Amazonレビューのストックは昨日を最後に使い切ったので、これからは毎回が NEW ! つまりどれも一から書き下ろさなければならない。


 

 

これまでの NEW ! マークの記事は、上記で述べた(いわゆる出たばかりの)新刊だけでなく、全体のバランスを取るため、入手・読了してから時間が経っている既読本の中からもアバウトに(その時の気分で)選び、内容を思い出しながら記事を書いてきた。新刊以外に既読本の記事も載せるというやり方は今後も続けたい。ただ如何せん、一日のうちでBlogを書くのに使える時間は非常に限られており、今までのような毎日の更新はとてもできない。これからこのBlogをどういう風に継続していくか、相変わらず手探り状態なのはこれまでと変わらない。




Amazonに書いてきたレビューをBlogに纏めてみて初めて解ったのだが、昨日までの記事を仮にChapter Oneと呼ぶなら、私にとってその期間とは ❛ 論創社の隆盛と凋落 ❜ だったようだ。
(なんか『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』みたいだな
 
昔の『少年マガジン』の漫画みたいに「四角いジャングル篇」とか「東京滅亡篇」とかサブタイトルを付けて、区切りのアピールをするつもりは無いが、次回からChapter Twoの始まり。世間は今コロナウィルス一色で、「ワクチンさえ開発できたらなんとかなる」などと識者は言っているが果してどうなっていくのか。2021年は各出版社もどれだけ新刊本を発売できるのか気になるところではある。



 

2021年1月28日木曜日

『The Complete Series One/Ultra Q』

2020年1月29日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

Mill Creek Entertainment     Blu-ray Box(4枚組)
2019年10月発売



★★★★★  北米盤BD-BOX(2019)と
       国内盤LD-BOX(1993)ではこんな違いが




定価が40,000円以上もした『ウルトラQLD-BOX(その頃から特典映像はあった)を所有しているので、異常に高すぎる国内盤ブルーレイBOXを再び買う気はなかったけれど、北米盤のプライスとクオリティーには抗えなえず。


 

 

   これから 北米盤ブルーレイBOX を買う場合


ウルトラ・シリーズ北米盤ブルーレイBOXは通常盤と限定盤の2タイプでリリースされている。『ウルトラQ』の場合だと、

 

通常盤   
ケースの軸受け部一箇所にディスク一枚だけはめてある(日本ではこれが普通)

限定盤   
軸受け部一箇所にディスクを複数枚はめている(海外のBOXものにある悪い慣習)

 

これが原因で輸送時にディスクが軸受けから外れてケース内で動くため当然記録面にキズが入りやすくなり、結果「新品で買ったのにエラーが発生する」報告は通常盤よりも限定盤の方が多いと思われる。『ウルトラQ』のトラブル・レポートは少ないが『マン』『セブン』に多いのは、あちらはディスク枚数が多いためケースの軸受け部一箇所に無理やり何枚もはめる仕様になっているから。

 

 

私の買った『ウルトラQ』通常版の梱包ビニールにはMade In Mexicoと印刷。Amazon.co.jpの新品で3,000円未満だった。北米盤ブルーレイBOXは国内盤のように特典映像はない。そして、限定盤とは言っても収録内容は通常盤と同一のようだし、単にアウターケースがスチールブックという缶の素材になっているだけ。となるとトラブル・レポートが多く値段も高い限定版は避けて通常盤を選択するほうが賢明。

 

 

今回のリリースで私がもっとも気にしていた権利問題も、Indigo(英)+ Mill Creek(米)と円谷プロがちゃんと契約を交わしているクレジットをパッケージ上で確認できて安心した。『ウルトラQ』 は予算・時間・叡智を正しく使った日本TV史上最高の番組だから、こりゃ買ったほうがいい。

 

 

 

   北米盤ブルーレイBOX(通常版)を全話視聴した感想 

 

【 音声 】 オリジナル・モノラルでないのに否定的な声もあるが、北米盤ブルーレイの疑似ステレオをコンポのスピーカーに通すと、石坂浩二のナレーションがあたかも目の前で囁いているように聞こえるし怪獣どもの地響きも段違い。「宇宙からの贈り物」の、離島に到着するシーンで今回ハッキリ聞こえる波音はLDでは全く聞こえなかった。私のように、これまで2000年以降の映像を見ていなかった人には映像よりむしろ音でビックリするかも。

 

 

【 映像 】 wowowは見ていないが、つい最近のファミリー劇場オンエアよりも綺麗に思えた。例えば「ゴメスを倒せ!」OP直後の、ゴメスの頭の爪の下に生えている毛がなんともクリアに見える。レストア時に消せなかった(?)キズ・ホコリ・ピアノ線は僅かにあるが、LDと比べると何倍も鮮明。モノクロだからこそ『マン』以降にはない怖さがあるし、怪物のヌメヌメ感も一層リアルに見えるのであって〝総天然色〟化は邪道な加工。これだけのレベルなら普通のユーザーで文句を言う人はいまい。




【 いくつかの個人的なチェック・ポイント 】 


➤ Thanks to japanese Ultra Q fansite!

➤ 北米盤ブルーレイBOX = BDと略す   

➤ 劇伴の異同は煩雑になるから触れない

 

 

「五郎とゴロー」

当然ながらLDBDとも〝青葉クルミ〟ヴァージョン
(「甘い蜜の恐怖」も両方〝ハニー・ゼリオン〟ヴァージョン)


「猿きちがい」「エテキチ」「唖(おし)」「土人」のワード → LD BDとも削除無し

LD  OPテロップでの金城哲夫/有川貞昌/円谷一のクレジットがそれぞれ単独ではない

BD  三人のクレジットがそれぞれ単独になっている

 

 

「宇宙からの贈り物」

LD  OPの長さが1分数秒、海外吹替版「宇宙からの贈り物」OP(特典映像)も同様

     テロップなしOP(特典映像)は50秒弱と短い

BD  上記のテロップなしOPと同じ50秒弱の短いヴァージョン

 

 

「マンモスフラワー」

〈マンモスフラワー対策本部〉の看板が大写しになる直前、ビルが崩れ落ちるシーンにて

LD  画面右上にスタッフの手らしきものが映っている

    (わかりにくくて私は今迄ずっと知らなかった)

BD  スタッフの手が無いかのように修正

 

 

「育てよ、カメ」

LD  OPに少年のしゃべりが入ってない

BD  OPに少年のしゃべりが入っている

 

 

「クモ男爵」

洋館炎上時にスタッフの手がはっきり見える、有名な迷シーン

LD → 手が見えている

BD → 手が見えないように修正

 

 

「地底超特急西へ」

LDBDとも、OPで曲が始まる直前に急ブレーキ音が入っている

初期DVDにはこの効果音が抜けているという話だが・・・

 

 

「バルンガ」

奈良丸博士が自転車でやってきた万城目と由利子に語るセリフ

LD  「きちがいじみた」という部分が抜かれている

BD  「このきちがいじみた都会」という本来あるべき言葉へ戻されている

 

 

「カネゴンの繭」

カネゴンになってしまった金男が友達の家で笑われるシーン

カネゴンの口から一瞬見える中の人の顔がLDではぼやけてわかりにくいが、

BDでは綺麗に見える

 

 

「ゴーガの像」

岩倉が倒れてきた像の下敷きになった直後、ゴーガが巨大化するシーン

LD  画面下、ゴーガの貝殻をつかんでいるスタッフの手(?)が見える

    (これも今迄私はずっと知らなかった)

BD  人の手らしきものは見えない

 

 

「悪魔ッ子」

石坂浩二のEDナレーションがまったく別物

LD  「いったい、子供が犯罪を犯すものでしょうか?・・・」

BD  「リリーは悪魔ッ子ではなかったのです・・・」




(銀) Amazonへ投稿した探偵小説関連のレビューを当Blogに掲載するのも今日がラスト。 探偵小説が中心なのだからそれにふさわしい名書で最後を飾りたかったのだが、運悪くピッタリくるものが無かった。最近、心躍るような新刊になかなかお目にかかれなくなっていたのも理由のひとつ。よって私がAmazonの利用を止めてしまう真際に書いたレビューで、なおかつ今まで投稿してきたものの中でも「役に立った」票が最も多かったこのアイテムを当BlogのChapter Oneにおける締め括りにしたいと思う。



ウケが良かったとは言っても特に私の文章が優れていた訳ではなく、ウルトラ・シリーズの根強い人気があっての事。しかも近年は海外商品についてのAmazonレビューで、「役に立った」票が日本国内で多い場合は欧米Amazonの同商品レビュー欄にも反映されるシステムになっているらしい。サイトが日本語を勝手に英訳するので海外のユーザーもこのレビューに「どれどれ」と興味を示した、その結果なのであろう。『ウルトラQ』は我が国では本当に数少ない、テレビ・コンテンツの宝。




2021年1月27日水曜日

『死の濃霧/延原謙翻訳セレクション』

2020年4月16日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創海外ミステリ 第250巻 中西裕(編)
2020年4月発売



★★★   この人は翻訳仕事だけで評価してあげればいい



『延原謙探偵小説選Ⅱ』は論創ミステリ叢書のワースト5に入りそうな相当出来の悪いものばかりだった。延原謙の場合は素直に翻訳作品を楽しむのが正解なのだ。戦前海外探偵小説の単行本を買う時に、訳者のクレジットがこの人だったらどこか安心感があるし。『新青年』をはじめ雑誌編集長経験も持つ、融通の利かないところがあるこの男が翻訳した短篇ばかりで構成されたアンソロジーを読む。延原の翻訳業だけ評価するのなら☆5つ。

 

 

絵画を求める者/仲介者/絵画所有者のトライアングルを巡る、
長篇とは違った味わいのクロフツ「グリヨズの少女」


キャッチーなスリルさは控えめだけれども、
ダイヤ盗難アリバイ崩しを描くヘンリ・ウェイド「三つの鍵」


憎みあう二人の男、そして殺人に纏わるガジェットとの紐付けが面白いリチャード・コネル「地蜂が蟄す」


非本格ながら、蜘蛛と獲物を比喩にした闘争劇のビーストン「めくら蜘蛛」 

 

上記の四篇が優れている。




この他「深山に咲く花」オウギュスト・フィロン「妙計」イ・マックスウェル
「十一対一」ヴィンセント・スターレット「古代金貨」アンナ・キャサリン・グリーン
「仮面」メースン「五十六番恋物語」スティーヴン・リーコック
「ロジェ街の殺人」マルセル・ベルジェなど、珍品もあり人情ものあり。
メースンは『矢の家』の作者だけに、この作は少し期待を下回ったかな。

 

 


上級者向けの論創海外ミステリだけに、いくら延原の代名詞が〝ホームズ完訳者〟で、次に挙げるふたつのホームズものが新潮文庫の最終完成形以前のヴァリアント訳とはいえ、コナン・ドイル「死の濃霧」(大正期に粗っぽく訳された「ブルース・パーティントン設計書」)「赤髪組合」(こちらは戦後の訳だがワトソンが語り手になってない、同じく粗い抄訳)、そしてマッカレーの地下鉄サムから「サムの改心」といったベタすぎる三篇は願わくば他でやってもらえたらな。


 

 

編者・中西裕曰く、当初はクリスティーも収録を考えていたそうだが、ハヤカワの翻訳権独占に阻まれ断念したとの事。解説には生前延原が作成していた、自分の訳による海外ミステリ・アンソロジー草案というのが載っていて、本書のセレクトとは殆ど重なっていないが、その中にはコール夫妻やアントニー・バークリーがあったりして、そっちを入れればよかったのに。他にも素性の知れないような作家でも良いものがあれば、上記のベタな三篇より優先して採ってほしかった。

 

 

一方、論創社の校正は相変わらずまるで駄目。人名さえ正しく表記する意識が欠けているので、大きく☆2つマイナスとする。


例: CDHM・コール  ×   GDHM・コール  〇


編集部の人間は改善するつもりがこれっぽっちもないのか?



(銀) どんなに良い内容の本を作ろうとしても毎回こう間違いだらけでは・・・と、同じことを何度も書くのにも疲れた。前にも書いたかもしれないが論創社の本が誤字まみれになり出したのはコロナ・ウィルスの発生以前の話で、決してコロナ騒ぎでこんなになったのではない。あとになって「いや~、あの時はコロナのせいでウチも本作りが大変になって・・・」などと、彼らに嘘八百並べさせないよう、改めてここでも述べておく。



ていうか、論創社の出版に関わっている人間がスマホ脳でどんだけ毎日アタマが疲労してるのか知ったこっちゃないけど、注意力のまるで欠如した連中に本作りの仕事をやらせること自体が土台無理な話だ。




2021年1月26日火曜日

『モダニズム・ミステリ傑作選』長山靖生(編)

2019年8月30日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

河出書房新社
2019年8月発売



★★★   評論とアンソロジー、セットでの表現 ②



 M2

「長山靖生も河出も、評論(『モダニズム・ミステリの時代』)とアンソロジー(本書)を一緒に出すとは攻めてますね。」

 

 

 M1

「ああ。『モダニズム・ミステリの時代』はためになったけど、でも探偵作家と非・探偵作家の 作品を同列に収録したこのアンソロジー『モダニズム・ミステリ傑作選』は残念ながらイマイチだった。戦前のモダニズムをあらゆる角度から照射してみようとする意欲は買う。ただミステリ的な内容として扱うとなると、今回セレクトされた非・探偵作家の小説はお行儀よく見えてしまって、発想も表現もやっぱり探偵作家に負けちゃうんだよね。」

 

 

 M2

「探偵作家は海野十三・小酒井不木・甲賀三郎・夢野久作・江戸川乱歩の五人ですか。」

 

 

 M1

「乱歩の【妖虫】は三頁しかないエッセイだから置いといて、海野十三【三角形の恐怖】も小酒井不木【鼻に基く殺人】も犯罪動機はなんじゃそれ!レベルなんだけど、そのトホホっぷりさえ サスペンスへ強引に持っていく力技は探偵小説の味でさ。甲賀三郎【発生フィルム】はあれだ、『熱海の捜査官』ていうドラマの中で映像を映したカセット・テープが出てきたけど、その逆パターンだわ。」

 

 

 M2

「そうですかあ?【猟奇の街】の佐左木俊郎は本来プロレタリア/農民文学の人なのに探偵小説の著書もあって、本書の中では唯一、ちょうど中間の立場ですね。富裕層への怨念が濃いな~。夢野久作の【怪夢】もプロレタリア寄りな話。本書にトリックどーのこーのを求めちゃ野暮ってものです。」

 

 

 M1

「冒頭の五頁しかない正岡蓉【ころり来る!】はポオやマルセル・シュオッブ風って言うと褒め過ぎだが、導入部としては合格。浅草十二階を住処にした【手をつけられない子供】の堀辰雄はサナトリアムもの以外にこういうのも書いてるんだな、という発見は一応ある。【ウォーソンの黒猫】の萩原朔太郎もそうだけど、ショックな部分があればいいのに。この作だと撃たれても死なない黒猫の描き方とかね。尾崎士郎【幻想の拷問室】も大陸ものの井東憲【魔都の秘密地図】も雰囲気一発以上のSomethingはなかったな。」

 

 

 M2

「横光利一【マルクスの審判】は濱尾四郎みたいな法廷劇か? と盛り上がりかけたんですけど、自分の判決に悩む判事の、エンディングで辿り着いた結論の根拠が〝 社会主義のせいだ!ってなるんで椅子から落ちそうになりました。【奇怪なる実在物】の富ノ澤麟太郎という人は初めて読んだかも。」

 

 

 M1

「モダニズムのテーマには合ってても探偵小説読者は安西冬衛みたいな散文詩を読みたい訳じゃないと思うんだ。そこが難しいところで、編者にとっては渾身のセレクトなんだろうけど、この本を読んで感じるのは、探偵作家も非・探偵作家も同じ時代に執筆していて共通するモダニズムの色を纏っているような考えに陥りがちなこと。語り口の妙とか読者に与えるショック度/情感には、探偵作家にしか書けない ❛ 独特な何か ❜ があるんだけどな。

 

探偵小説は流行していた反面、同時にいかがわしいもんとして白眼視されてた時代だからね。非・探偵作家がミステリっぽい作品を書いていたって、それはたまたまだったり一時的なもんでしょ。文豪みたいな大家よりも、知名度が低かったりどこか虐げられた雰囲気を持っている作家のほうに探偵趣味的な素養があって面白かったりする。モダニズムの範疇には入らないかもしれないけど、犯罪歴のある倉田啓明とかさ。なんにせよ探偵作家と非・探偵作家の間には深くて暗い河があるんだな、と。」

 

 

 M2

「野坂昭如みたいなこと言ってオチにしないで下さいよ。僕はこれでも長山氏を応援してるんですから。」




(銀) 昨日の記事で褒めた『モダニズム・ミステリの時代』だが、あの評論をアンソロジーの形でも表現する試みは面白いと思うし、マイナーな作家で渋いところを狙っているのも十分理解できるけど、自分的にはそこまで作品に耽溺しにくいセレクションだった。



この半年、Amazonに約十年間投稿したレビューをBlogへ移植する作業を毎日続けていると、2000年以降マニアックな探偵小説新刊書籍の出る数が圧倒的に増え、更にその上、古書まで読み耽っているのだから、いつの間にか私はなまじっかなものでは感心できぬ横着な読み手になってしまっている。




2021年1月25日月曜日

『モダニズム・ミステリの時代』長山靖生

2019年8月26日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

河出書房新社
2019年8月発売



★★★★★   評論とアンソロジー、セットでの表現 ①



◙ 探偵小説とは、近代戦争が発生するところまで文明が進化してきた時代だからこそ誕生したものだと、ある作家がそんな意味のことを云っていた。

 

 

大正~昭和のモダニズム小説をいわば准・探偵小説として捉え、江戸川乱歩・小酒井不木・甲賀三郎ら、すなわちプロパーな探偵作家の作品と同じ俎上に載せ、双方の価値を等しく鑑みて戦前日本の尖端文化を論じる。本書と同時発売されるアンソロジー『モダニズム・ミステリ傑作選』、この二冊における隠れテーマは『新青年』に代表される探偵雑誌ではなくて、戦前に新潮社が出していた文芸誌『文學時代』だ。詳しくは本書第10章を見よ。

 

 

・・・論理的ナ謎解キダケガ、探偵小説ヲ読ム楽シミデハナイ・・・

 

 

◙ 感触としては野崎六助『日本探偵小説論』に近い。プロレタリア的感情を秘めつつ、野崎は探偵小説側へ准・探偵小説を適宜取込みながらの論述だったが、本書は逆に准・探偵小説が隠し持つ魅力を啓蒙するため、プロパーな探偵小説をサンプルとして引用している。ここでのメイン・キャストは川端康成・稲垣足穂・佐藤春夫・堀辰雄・横光利一達。

 

 

全体の感想から書くと、面白くとても勉強になった。やっぱり長山靖生はあちこち寄り道せずにSF科学小説とかモダニズム探偵小説とか、こっちの世界け才能と時間を費やしてほしい。〝ロボット〟の章で海野十三・平野零児と一緒にフェザンディエの日本における翻訳作をサラリと示すあたりはさすが。

 

 

とはいうもののMr. 怪談=東雅夫を追うように、最近の長山までが文豪ものに手を出すのはどうしたものか? 私からすると教科書に載っている文豪なんて今更ビートルズやストーンズを聞かされるようなものだし、東や長山には彼らにしか扱えないようなもっとマイナーでマニアックな作家を本にしてもらいたいのだ。

 

 

◙ 本書の中でいうと横光には一目置くとして、龍膽寺雄・高田義一郎・石濱金作・大泉黒石は気になる。最近文豪ネタの新刊はよく見るが、プロレタリア作家の書いた短篇探偵小説を集めたアンソロジーって意外と誰も作ろうとしないな。

 

 

宇野浩二など文体を乱歩・正史に丸パクリされるほどの人なのに、探偵趣味を含む作品を集めた文庫が一冊も出ないのは、作中の人物達がたとえビザールな考えを頭の中に持っても、実際それを行動に起こさないからなんだろうか? 乱歩の「押絵と旅する男」とて、凌雲閣の上空から遠眼鏡で〝恋する対象〟を発見しなかったら話は動き出さない。発明であれ犯罪であれ恋愛であれ、小説の中でビザールなアクションが起きなければ探偵小説とはなりにくい。

 

 

・・・長山靖生ニハ、藤元直樹・會津信吾ト組ンデ『蘭郁二郎全集』ヲ作ッテホシイ・・・




(銀) 評論とアンソロジーをセットでリリースするアイディアって長山靖生からの提案? 本書は面白かったけれどこういう感じのテーマはもう腹一杯なので、次の長山の仕事はこちらの予想を裏切るような切り口のものを望みたい。小鳥遊書房の本も、もっとフリーキーな作家を扱ってくれないですかね?



 


2021年1月24日日曜日

『近代出版史探索』小田光雄

2019年10月27日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創社
2019年10月発売



★★★     700頁のうち半分程は探偵・幻想小説に言及した
          作家+出版人+出版社の秘められし逸話




本好き、とりわけ重度の古書中毒者でなければ理解しにくい昭和以前の作家~出版人~出版社に纏わるあまり知られていない書誌的エピソードを著者・小田光雄が掘り起こしてゆく一大評論。ここに収められた文章は著者自身のweb連載における「古本夜話」というパートがオリジナル。(ちなみに著者がゾラの翻訳もしているという事は世間で知られているのだろうか)




700頁以上/全項目数200にも亘るため登場する全固有名詞をとてもここで紹介できないので、私の興味を引いたもののみに限定させて頂くがご了承願いたい。

 

 

『奇譚クラブ』『裏窓』『あまとりあ』『マンハント』村山知義梅原北明坂本篤倉田啓明武侠社「平凡社版世界猟奇全集」南方熊楠江戸川乱歩岩田準一矢野目源一南柯書院平井功松村喜雄花咲一男平井蒼太春秋社夢野久作森下雨村「改造社版世界大衆文学全集」渡辺温松本泰コナン・ドイル黒岩涙香春山行夫「近代社版世界短篇小説大系」『文壇照魔鏡』『騒人』「筑摩書房版大正文学全集」(未刊)大泉黒石麻生久窪田十一木村毅エミール・ゾラ武林無想庵成光館井上勇

 

 

これだけ挙げても全体の半分程度に過ぎず、とても内容を知りたい方の参考にはならない。けれども上記の固有名詞を見て察してもらえると思うが、本書は大なり小なり探偵・幻想系の分野に700頁中の半分近く踏み込んでいるので、その筋の好事家は見逃すべきではない。例えば、『真珠郎』初刊本を発売した六人社〟を採り上げる項目があるが、こういうテーマだと金田一ミーハー目線から一向に抜け出せない横溝正史研究ではまず発生しないであろうから。

 

 

内容だけでなく見た目もドッシリしていてヘヴィーな外観だが、律儀に最初から読まずとも自分の興味がある項目から( or だけを)読むことができるので読む疲労感は意外に少ない。但し、一言申したい点はある。

 

 

 この手の書物は特に正確でなきゃいけないと思うし、著者は謙虚に執筆に取り組んでいると信じたいが、319頁で平凡社『現代大衆文学全集』全60巻中ひとりで三巻も出た作家として挙げているうち国枝史郎と大佛次郎は正しいけれど、それ以外は江戸川乱歩ではなく白井喬二・吉川英治・本田美禅では? 最近の論創社の出す本は信用ができないので、これ以外にも間違いが無いとは言い切れない。

 

 

 最初に書いたとおり本書収録テキストは元々数年前にweb連載として発表されたもの。本書のあとがきでは「単行本化にあたって加筆修正や削除は施しているけれど、これ以上大部にできないので残念ながら後日譚や新しい出版情報にはふれていない。」と筆者は記している。それは仕方ないことだし問題ではない。

 

 

この本が出たのでweb上にあった文章はどうなっているのかを見てみたら、本書に掲載した分も相変わらずアップされたままだった(言い忘れたが、著者は今でもwebでの連載をコツコツ継続している)。そりゃ本好きな人間は紙の本を喜んで買うかもしれないけど、「webでタダで読めるからいいじゃん」って思って本書を買わずにネットで済ませる人がいても著者は困らないのかな?




(銀) 著者と編集者、誰が悪いのか知らんがミステリ関係以外の書籍でも間違いを無くせない論創社。皓星社もそうだけど、論創社もかなりのリベラ左派に染まっている様子で、twitterを使ってさかんにつぶやいている社員(おそらく黒田明ではない)の話題は毎日毎日自民党政権批判オンリー。それはそれで結構な事だが、他人を声高に罵ってばかりいて自社の間違いだらけの本作りは改善する気が無いんじゃ、蓮舫とかと同じ穴の貉で所詮口先だけ。保守側のいう事はすべて悪い/間違っているだとかリベラルなら何を言っても正しいとか、一面的な考えしか出来ない人間は政治をやらせても出版業をやらせても、たかが知れている。




2021年1月23日土曜日

『平林初之輔佐左木俊郎/ミステリー・レガシー』

2020年2月7日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

光文社文庫 山前譲(編)
2020年2月発売



★★★★★    戦前の階級社会と処女崇拝




「ミステリー・レガシーのシリーズはミステリー文学資料館の閉館に伴い、企画編纂が資料館編集委員の山前譲氏になりました」という巻末の一言が寂しい。このシリーズは毎回楽しみに買っているので、光文社はおとなしく山前譲の言う事を聞いて今後も継続して頂きたい。でも光文社文庫のアンソロジーの場合、私の好むシリーズほど短命に終わってしまうのが難点。


                   


今回登場するのはプロレタリア寄りの作家。ふたりとも編集者経験があるのも特徴。

 

 

■■ 「悪魔の戯れ」は平林初之輔の連載長篇(昭和4年)。
富、そして女の貞操・・・・搾取する側の貴族民と搾取される側の平民の間で女と男がねじれる物語。格差社会への批判を込めつつ、なんともメランコリックな話はエロ・グロ・ナンセンス時代によく流行したパターン。

 

 

探偵小説評論では鋭い洞察を発揮していた平林初之輔でさえ、長篇になるとこういうのを書いているんだなあ。戦前日本の女性は処女でなくなったら、人の妻に収まらなければ〝ヨゴレ〟扱いされるという考えが貧しい。色魔たる子爵が抵抗できぬ女の躰を食いものにしてゆくという設定は戦後になって、横溝正史の某長篇にパクられる。そういえばこの長篇の初出誌の編集長は横溝正史その人だった。

 

 

本書を★5つにした理由は、いかに探偵趣味が希薄でも、この「悪魔の戯れ」が初単行本化ゆえ。ミステリー文学資料館(編)の頃から、作品を採ってくる雑誌が何かと『新青年』ばかりに偏りがちなところへ、今回は同じ博文館とはいえ『文藝倶楽部』に載ったものが多めなのも好事家にとっては嬉しい。

 

 

昔の日本の探偵小説が新刊文庫で復刊されると、「古い」とか「論理性がない」と批判する人がいるが、そんな人には特に向かない一冊かもしれない。逆に戦前の倫理観を楽しめる人ならサクサク読めるはずだ。


                  

 

 ■■ 一方、佐左木俊郎は一中篇+五短篇。夢野久作みたいな猟奇ローカリティも彼の特徴だ。例えば葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」の感じが好きなら、この作家もしっくりくると思う。ローカルな素材はダイナマイトと狩猟をめぐる「猟犬物語」と、轢死する女がどうにも哀れな「機関車」

 

 

それ以外の作は都会が舞台で「仮面の輪舞」は代表作中篇だが〝女の貞操〟を巡る点においては「悪魔の戯れ」と一緒。あとは肖像画が心の不倫を語る「秘密の錯覚幻想」、芝居の稽古だと偽って人を殺める「謀殺罪」彼には珍しいブラック・ユーモアがある「指と指輪」

 

 

カバー画には平林佐左木と同じ時代を生き、彼ら同様に若くしてこの世から姿を消した版画家藤牧義夫の「赤陽」を使って本書のコンセプトを強調しているのに、センスの欠片も無い帯が超ダサいなあ。それはともかく、ミステリー・レガシーは二作家で一冊を成す構成なので、このシリーズには当てはまらないけれど、次は宮野叢子の『流浪の瞳』やボリュームのある『血』をぜひ文庫で読みたい。





(銀) 大手で発行部数も多い光文社がいくらこのシリーズを山前譲に任せているといっても、山前が戦前の探偵趣味をあまり感じない毛色の変わった作品を選んだら、編集者や営業部の人間が「そんなんじゃ売れませんよ」とか難色を示しそう。それでも企画を通して商品化できているのは偉い。




つい先日取り上げたヒラヤマ探偵文庫による長田幹彦『蒼き死の腕環』も探偵趣味の薄い作品をわざわざ本にする無謀な挑戦をしており、あちらは同人出版だから自分達の採算がどうにか取れさえすれば、作品の選択は何を選ぼうと自由だが、光文社文庫にて平林初之輔の未刊長篇「悪魔の戯れ」を出すとなれば、編集サイド少しはネゴシエートする必要が山前にあったのでは?と想像される。いずれにしてもgood job





2021年1月22日金曜日

『幻の探偵作家を求めて【完全版】下』鮎川哲也

2020年5月19日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ・ライブラリ  日下三蔵(編)
2020年5月発売



★     論創社とミステリ業界の堕落



前回の上巻から一年近くも経って下巻発売。これだけ時間をかけたのだから今度こそテキストはほぼノーミスなんだろうなと不安を抱きつつ読んでいったら、やっぱりおかしな箇所が。



ぼんやり者の私でさえ目に付いた誤字の一部がこちら  


 

26頁/  城崎竜子 ハルピンお竜行状記→ ×    城崎龍子 ハルピンお龍行状記→ 〇

250頁/『詰めパラ』→ ×          『詰パラ』→ 〇
  


268頁/ 寶石    雑誌『宝石』の表記について

間違いではないが、引用文扱いでもないし他は石〟表記なのになぜ統一しない?


305頁/ 用人棒→ ×             用心棒→ 〇

313頁/ 言 薬→ ×             言 葉→ 〇

341頁/ 靴時中→ ×             戦時中→ 〇



杉山平一の阪神・淡路大震災体験記なんて50行にも及ぶのに、全く同じ文章が本文273頁と解題476頁に意味もなく二度も掲載されており、トータルなゲラの最終チェックを誰もしていないのが見え見えだ。

 

 

編者・日下三蔵は「上巻の校正担当者がミステリに詳しくなかったので下巻の校正は浜田知明に頼んだ」と言うが、『甲賀三郎探偵小説選 Ⅳ 』のレビューにて指摘したとおり浜田は漢字の〝龍〟と〝竜〟の区別がつかないらしい。

 

 

城崎龍子の場合は初出にて〝竜〟と書いてあったのを踏襲したのかもしれないけど、この「ハルピンお龍行状記」はつい最近同人出版されたばかりなので、それを読んだ人は〝龍〟のほうが正しいと御存知の筈。しかも同じく浜田が校正をしている刊行中の春陽堂『完本人形佐七捕物帳』でも〝佐七〟を〝左七〟としている箇所があった。校正スケジュールがタイト過ぎるのか、それとも老いて集中力が衰えてしまったか。

 

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そして下巻には本来予定に無かった〈索引〉が付けられたが、それも呆れるような経緯なので、今後探偵小説関係の新刊書が制作される時に、こんな事が繰り返されない為の参考として記しておく。

 

- ある日のSNSでのやりとり(大意)-

 

▽ 新保博久

東雅夫との会話の中で「最近は索引の必要性が軽んじられている」という話題になり、鮎川哲也のこの復刊においても「付録を削ってでも索引を優先すべきでは?」と日下三蔵へ問いかけ


▼ 日下三蔵  

「索引作成するには金がかかる訳で」「大した金額でなければ付けていますよ」と反論

 

▽ 新保博久  

金額・分量・日数を仮定し「索引が全然ないより遥かに望ましいのでは?」と再度問いかけ

 

▼ 日下三蔵  

「そこまでおっしゃるなら上下巻共通の索引を下巻に付けますので、ぜひ作成をお願いします」

 


こんなやりとりがあってシンポ教授は上下巻共通の〈索引〉を作らされる立場に。〈索引〉作成が面倒な作業なのは素人とて理解できるけれど、日下が編集費の半分を新保に支払うったって、他者へ丸投げするその厚かましさが私には信じられん。 編集者と日下の最初の打ち合わせで、〈索引〉の作成はそんなにもウザがられたんだろうか?

 

 

外部からの口出しだったかもしれないけれど、鮎川哲也の「幻の探偵作家を求めて」シリーズは単なる尋訪記に終わらない資料性を内包する内容だから、新保の言い分のほうが100%正しいと私は思う。今回の論創社版では付録、つまりボーナス収録の扱いで鮎川の〈アンソロジー解説〉まで載せてしまい、シリーズのコンセプトが見えにくくなったことは上巻のレビューで述べた。下巻は紙幅の都合で、92年以降の〈アンソロジー解説〉は全てスルーしたと日下は言うが、鮎川マニアなら当然それらだって読みたかっただろうに。

 

 

だ・か・ら今回は〈アンソロジー解説〉なんて無理して収録せずに、将来企画されるべき(「幻の探偵作家を求めて」シリーズ以外の)『鮎川哲也随筆集成』みたいな本のリリースまで待って、一気に纏めるほうが理想的だったのだ。で、こう書けば日下一人が悪いように見えるけれど問題はそう単純じゃない。

 

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ここ最近、もう何回「頼むから誤字の無い本にしてくれ」と論創社に言い続けただろう? 
横井司と過去の担当者が論創ミステリ叢書の立ち上げ時からずっと築き上げてきた、信頼に足る論創社の本作りは崩壊しつつある。

 

 

より適切な収録内容にするための〝なあなあ〟ではない編纂者との意見交換、正確なテキストを作る校正者の人選とそのスケジュール管理、そして最終チェック。そういったディレクションの必要さを現在の論創社編集担当と上層部の人間は理解しているのか?日下のような立場の編纂者がどんなに頑張っても、出版社側の人間が無能では最終的に全てが駄目になる。

 

 

少年小説コレクションは放り出し、鮎川の少年ものを論創ミステリ叢書へ押し込んでしまって、あんな復刻の仕方で鮎川ファンは本当に喜んだろうか?そして今回の『幻の探偵作家を求めて【完全版】』・・・。アンソロジー採録に際し、他人の作品でさえ納得がいかなかったら加筆や訂正を提案する程の気概を持っていた鮎川哲也。その鮎川スピリットを論創社と日下三蔵は少しも継承していない。





(銀) 『鮎川哲也探偵小説選 Ⅱ/Ⅲ 』について、上記で「あんな復刻の仕方で鮎川ファンは本当に喜んだろうか?」と書いたのには理由がある。この二冊、発売後しばらくして(他の巻に比べると)中古本として出回ってるのを一時よく目にしたのだ。それらは単に私の気のせいで、買った人がつまらなくて次々と手放したのでなければいいけれど。

 

 

今回の企画でも校正者として情けない結果しか残せなかった浜田知明と、論創社の作る日本探偵小説関連書籍への信頼をすっかり地に落としてしまった編集部員・黒田明。これまで彼らは横溝正史だけでなくルパン/高木彬光の研究でも、ニコイチで名前を見かけてきた。偏見でも何でもなく、二松学舎大学のセンセイにしろ横溝専門家と見做されている顔ぶれには、「仕事が出来るなあ」と感心できる人材がひとりもいないのは何故なんだろう? 謎だ。





2021年1月21日木曜日

『幻の探偵作家を求めて【完全版】上』鮎川哲也

2019年7月2日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ・ライブラリ  日下三蔵(編)
2019年6月発売



★      鮎川哲也と幻の探偵作家達に
       もっとリスペクトを込めて復刊してほしかった



鮎川哲也の仕事として小説以上の大功績であり、日本探偵小説評論書 Best 3に入る永遠の名著。あまりに遅すぎた復刊を心から喜びたかったのに・・・逆に怒りさえ感じている。

 

*        *        *        *        *

 

昭和40年代の時点で現行本入手不可だったり忘却されていた不遇な国内の探偵作家を、鮎川哲也と島崎博が(バディ役は後に交代する)苦心して彼らの消息を調べ、珍道中よろしく各地を尋訪するというシリーズ。

 

 

音楽/映像ソフトでも、再発時のボーナス・コンテンツはそりゃあ無いよりあったほうが嬉しいに決まっている。しかし今回は本書全体の半分近いページ数を無駄に使用し、鮎川が生前監修した各種〈日本探偵小説アンソロジー〉の為に書き下された〈解説〉までボーナス収録してしまい、あまりにもその量が多すぎて、「幻の探偵作家を求めて」シリーズ本来のコンセプトがすっかり 見えにくくなってしまった。

 

 

その膨大な〈アンソロジー解説〉で扱われているのが本書とリンクする〝幻の探偵作家〟ばかりならまだしも、誰もが知ってるメジャーな大物:江戸川乱歩/横溝正史/海野十三/夢野久作らまで出てくる。鮎川の書いたものなら洗いざらいブチこんでやれという、いかにも日下三蔵的なやり方で、全体の構成を無視してでも鮎川ファンが喜ぶならそれもいいだろう。

 

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とにかく誤字が多い。それも本編よりボーナス収録した〈アンソロジー解説〉部分のほうが顕著に多い。従来、作家の書き癖を活かすために引用する底本で変な物言いがあってもそのまま復刊することは別に間違いではない。けれども本書は小説ではないし、引用する底本に鮎川の書き癖とは思えない明らかな間違いがあるのなら、それは訂正してあげるべきでは?最終決定稿ならぬ「完全版」と名乗っているのだから。

 

 

「辛(つら)い」を「幸(さいわ)い」とか、その程度のタイプミス数か所だったらそこまで気にしなかったろう。「高橋鐵」→「高橋鉄」もありがちだし許す。でも「山禾太郎」→「山禾太郎」「小松龍之」→「小松龍之」ほか、こんなにも固有名詞の間違いが多いと、さして目ざとい人間でもない私でさえ読んでいてどうしても気になる。最も酷いのはアルセーヌ・ルパンのイニシャル「A・L」を「AN」と間違えていたり、これじゃあ初めて本書を読む人がいたら「鮎川哲也という人はアルファベットもろくに知らず、なんと粗雑な作家だろう」と誤解されてしまうではないか。

 

                      

新刊本を買っても twitterで入手アピールしたらそれっきり、ちゃんと読まない人が多い。
(何が「本が届いた。今日は良い日だ。」だ)
加えてこの業界は厳しい事をいう人がおらず〝なあなあ〟な空気が蔓延しているせいだろうか、制作側に緊張感が欠落しているとしか思えない。他ジャンルの本で、ここまで酷いミスに出会うなんてまず有り得ないし。

 

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論創社の担当者に言う。決定もしないうちから早々にtwitter「今後この作家をこの収録内容で刊行します」などとふれ回ったり、一般発売日よりもずっと前から神保町の一部書店等で新刊を先行発売して、そこへ買いに行けない人達の飢餓感を煽ったりするヒマがあったら、まず最初に信頼できるテキストの本を作れ!

 

 

そもそも本書のみならず、復刊仕事をなんでもかんでも日下三蔵と論創社にばかり依存していて大丈夫なのか? 日下が急にポックリ逝ってしまわないとも限らないし論創社が突然傾く事だって「無い」とはいえない。現に光文社グループの厄介者扱いされていたのか、ミステリー文学資料館は閉館が決定してしまったではないか。これでいいのか?





(銀) 当Blogをスタートさせて、事あるごとに最悪の例として触れてきたこの本の記事を書くところまでようやく辿り着いたか。ネタではなくマジに、『幻の探偵作家を求めて【完全版】』の編集・構成・校訂に関わった人間が、揃って鮎川哲也の著作権継承者に訴えられようが土下座を要求されようが、不思議でも何でも無い。



なにより驚くのは、 論創ミステリ叢書という企画の原点ともいえる鮎川哲也の稀代の名著が日下三蔵と論創社によってこんな酷い復刊にされて貶められたのに、私以外誰一人として何も疑義を唱えない事だ。(正確にはAmazonのレビューで私の他にも酷評している人は一人いたし、新保博久は「なぜ索引を付けないのか?」と指摘したのだが、それが仇となって彼は索引作成仕事を丸投げされる羽目に)



いずれにせよ皮肉にも今回の件で、私のAmazonカスタマー・レビュー(2020年12月30日蒼社廉三『殺人交響曲』の記事を見よ)に「日下三蔵に対して悪意を含んでいる」などと言っていたさかえたかしや千野帽子をはじめとする頭の悪い日下三蔵信者、またミステリ・マニアと名乗っている人種の目がどれだけ節穴か、滑稽なぐらいハッキリしたようだ。