2022年10月18日火曜日

『マヒタイ仮面』楠田匡介②

NEW !

湘南探偵倶楽部叢書 臨増版4号
2022年8月発売



   テキスト崩壊



 前回の記事【① 湘南探偵倶楽部が販売してきたもの】からのつづきである。本日はいよいよ湘南探偵倶楽部が先月発売した同人本『マヒタイ仮面』(楠田匡介)の実態に踏み込む。
このところ彼らは楠田匡介の未刊ジュヴナイル作品を立て続けに刊行しており、今回はそれまでのサイズよりもグッとコンパクトなA5判に変更。全145ページ、梁川剛一の挿絵も収録。価格については次回の記事 にて記す。初出誌情報などは何も記載されておらず、ネットで調べたらこの作品は『少学六年生』昭和324月号から翌年3月号まで連載との情報があった。

 

 

 

 湘南探偵倶楽部が制作・販売する同人本は前回も書いたように、原本をそのままスキャン(コピー)して作られるのが主だったが、最近は自らテキストを打ち込んだ体裁の本も多くなり挿絵がある作品であればその部分を原本からカットアウト + 複写 + ペーストした紙面になっている。この『マヒタイ仮面』も同様。原本を1ページ1ページ丸のままスキャン(コピー)するのであれば見栄え的には問題無いが、PCを使ったテキスト・データ作りとなると、このレーベルの制作者は洗練された編集スキルを持っている人がいないのか文字組みが下手だったり、場面転換する箇所なら底本では改行して適当なスペースが空けられているはずなのに、それが全くなされていなかったり、旧漢字が意味もなく混じっていたり、はたまた漢字であるべき単語をひらがなのまま入力していたりと、非常に読みにくいこと甚だしい。

 

 

 

参考までに、これも最近横溝正史ファンの人達が自主制作した『偏愛横溝短編を語ろう』という同人誌があるので、それの紙面と『マヒタイ仮面』の紙面とを見比べてもらおう。画像クリックすると拡大して見ることができる。

       

               
              『マヒタイ仮面』の紙面



 
  
『偏愛横溝短編を語ろう』の書影と紙面

表紙だけでなく中のページもコーティングされているような良い紙質が使われており、
こちらはちゃんと校正がされ、誤字脱字なども無さそうに感じた。
『マヒタイ仮面』と同サイズのA5判/全104ページ/新刊売価2,000






Web上では伝わりづらいかもしれないが、『偏愛横溝短編を語ろう』の紙面はテキストが非常に読みやすく組まれているのに対し、『マヒタイ仮面』は文字間隔がギチギチで窮屈。もちろん、小説ではない前者と(ジュヴナイルとはいえ)れっきとした小説である後者を比べるのはフェアじゃないかもしれないが、どっぷり小説を復刊している盛林堂ミステリアス文庫あたりの紙面と比較してみても、湘南探偵倶楽部の本作りには素人っぽさが漂う。このようなPCの作業だと年齢が若い制作者のほうがテキパキ進められる傾向は確かにある。だがプロの出版人の仕事ではなくフツーの素人がやっている事なのだし、そこを問題にして責めているのではない。





同人本を作っている人のすべてが編集作業に秀でていたり良い印刷業者を使っている訳ではないから、本の見た目の多少の拙さには目をつぶるべきだろう。しかし、だ。この『マヒタイ仮面』のテキストの無惨なザマは決して他人様からお金を頂けるような代物ではない。いちいちページをめくり入力ミスを拾い出すなんて面倒臭くてイヤなのだけど、事実は事実として、このような本を買わされてしまう被害者が出ないよう世の中に伝えなければならない。善渡爾宗衛の作った本以上に発生している『マヒタイ仮面』の大量な入力ミスをここにお目にかける。


以下、上段の『マヒタイ仮面』の紙面上に入力されている文章。
下段のは正しい底本の、というか本来あるべき文章。
下線は私(銀髪伯爵)が記した。(私は底本となる『小学六年生』は一冊も所有していない)
頭を抱えるほどの数だから心して御覧頂きたい。

 

 

 

● は七日でまだ正月気分から     320行目

● 今日は七日でまだ正月気分から

 

 

● 「まあ、いいタクシーで帰ろう」     518行目

● 「まあいい、タクシーで帰ろう」

こういうミスは数えだすとキリがない。

 

 

● ころげ落ちたんです」     924行目

● ころげ落ちたんですか?」

この会話は木綿子の説明に対し警官が疑わしそうに問いかけている言葉なので、
語尾は〝ですか?〟でないとおかしい。

 

 

● してあったんです」「ですもの、ナンバーなんかで     108行目

● してあったんですもの、ナンバーなんかで

このように会話のカギカッコを置く位置ががメチャクチャだったり、〈、〉〈。〉など句読点の打ち方が間違っている箇所は全体にわたってあちこちに見られる。その他にも !(=感嘆符)が文字化けみたく ▢ となっている箇所もある。

 

 

● 「だれ一人いないが、    1119行目

● 「だれ一人いないが、」

 

 

● ギョとしたように     1124行目

● ギョとしたように

〝フフっ〟とされている箇所もある。
カタカナ小文字〝ッ〟の打ち方がわからないのだろうか?

 

 

● 1220行目から【死面(デスマスク)】という新しいチャプターが始まっているのに、改行さえされていない。

 

 

● あの時だって、まったまったくわからない話である。     1416行目

正しい文は何だったのか、さっぱり見当が付かない。

 

 

● さすが顔色を変えていた。     1423行目

● さすがに顔色を変えていた。

 

 

● さめてから聞いてみたが         1517行目

● 彼らの目がさめてから聞いてみたが

 

 

 「だっだってえ、     1610行目

 「だってえ、

 

 

● でたらめいうからさ ・ 幽霊が出るなんて・・・・・・」     172行目

● でたらめいうからさ。幽霊が出るなんて・・・・・・」

〈。〉でないとしたら〈、〉にすべきだろう。

 

 

● ずいぶんと古風なことを言って     189行目

● ずいぶんと古風なことを言って

 

 

● ミシリ・・・。と、また、     2212行目

なぜこの〝ミシリ〟という擬音に〝みしり〟とルビを振る必要があるのか?

 

 

● 《 っ。 っ。》     2314行目

28頁の記述からして、《フッ。フッ。》とするのが正しいと思われるのに・・・。

 

 

● 柱時計鳴る音もハッキリ聞いたわ」     289行目

● 柱時計の鳴る音もハッキリ聞いたわ」

 

 

● お世話にっております。どうぞ。」    297行目

● お世話になっております。どうぞ」

 

 

●  不平言う     3514行目

●  不平を言う

 

 

 「大原さん、会社?お父様だけ」(3527行目)という木綿子の問いのあとには大原運転手の返事が来るべきで、もしかすると一~二行分欠落している可能性もある(微妙)。

 

 

● とっくに此所には着いているはずである。     4218行目

● とっくに此所には着いているはずである。

 

 

● しい|んと静まり返っている。     447行目

● しいーんと静まり返っている。

 

 

● 考え込んでいた。とっ。少しずつわかってくるような     4524行目

地の文で〝とっ〟って何よ?

 

 

● みな殺しにする計画ためだったんです」     4724行目

● みな殺しにする計画のためだったんです」

 

 

● なにを夢見ていらっしゃる。     5716行目

● なにを夢見ていらっしゃる。

 

 

● 「あっ!と叫び声をあげた。     588行目

● 「あっ!」と叫び声をあげた。

 

 

● 獄門だがゆらいで竹竿が     6621行目

● 獄門台がゆらいで竹竿が

 

 

● 無気味さをいっそうにもちもちとくにかいしている。     755行目

???

 

 

● 「それより、あんたのことだわ?よ?」     768行目

● 「それより、あんたのことだわよ」

 

 

● 逃げ出す工夫をしなくっちゃ。     7710行目

● 逃げ出す工夫をしなくっちゃ。

 

 

● ないわけなでしょう。     782行目

● ないわけないでしょう。

 

 

● 三浦君がそう言っ。     7915行目

● 三浦君がそう言って、

 

 

● 見たことがある?と知らせてくれた。     8715行目

● 見たことがあると知らせてくれた。

 

 

● 五つの良夫をのぞく寝台の人は、     922行目

楠田匡介ジュヴナイルのレギュラー・キャラ小松良夫少年が五歳ってことはありえないし、
五つめの寝台という意味ではないのか?

 

 

● 殺人犯がこの船に今乗っているんですよ。     9513行目

この時点で小松良夫たちの一行はまだ寝台列車に乗っている筈なのに、
〝この船〟などと訳わからんセリフが飛び交っている。

 

 

● 明日の朝森入港まであと三時間です。     9517行目

● 明日の朝青森駅到着まであと三時間です。

 

 

● 杏子はノート取っている。     968行目

● 杏子はノートを取っている。

 

 

● 「あれっえ!」杏子ちゃんが悲鳴を上げた。     992行目

● 「あれえっ!」杏子ちゃんが悲鳴を上げた。

 

 

● 剛造氏が書いた肖像画あった。     10025行目

● 剛造氏が書いた肖像画があった。 

 

 

● 金田一耕助のような吃音が特徴の漫画家・金近たかしがチビ連隊に話しかける際にはいつもタメ口だったのに、【マヒタイ族】のチャプター(101頁~)になると、なぜか丁寧なですます調に変っているのが不自然。おそらくは104頁に登場する豊福鉱山の案内人の口調とごっちゃにしてしまっている。

 

 

● 日本のとがった木の枝     1055行目

● 二本のとがった木の枝

 

 

● かなり金近さんのグループを詳しいようだ。     1071行目

● かなり金近さんのグループを詳しいようだ。

 

 

● 尊敬の目で改めて見るのった。     1166行目

● 尊敬の目で改めて見るのだった。

 

 

● 行く方向示すものです。     1252行目

● 行く方向を示すものです。





(銀) これ程までにテキストが崩壊状態の本をシレッと売る者がいて、それを読みもしないかあるいは何も気付かずにワッショイしている莫迦が現実に存在しているのである。まあ楠田匡介のストーリー執筆、そして『小学六年生』編集部の校正無視ともどもやっつけ仕事な訳だから、上に挙げた事例のうち湘南探偵倶楽部の責任ではない箇所も、あるにはある。それにしたって、入力したテキストがこんなんなっているのに、どうして彼らはデータが打ちあがった時点で再度見直しをしたり、あるいは印刷業者から本が出来上がってきて売りに出す前に一冊でもチェックしようとしないのか?悪いけど頭がおかしいとしか受け取りようがない。


この擁護のしようがない数の入力ミスばかりか、湘南探偵倶楽部の本作りにはそれ以上の悪質な疑いが発覚している。その疑いとは? 


次回の記事  ③  へつづく。




2022年10月17日月曜日

『マヒタイ仮面』楠田匡介①

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■ 湘南探偵倶楽部が販売してきたもの



 Blogではプリント・オン・デマンドとか商業出版とか同人出版とか関係なく、捕物出版/大陸書館に論創社、そしてなによりも盛林堂書房周辺で販売している善渡爾宗衛の制作する本が購買者をまったく馬鹿にした杜撰なテキストであること、特に善渡爾宗衛の本作りは話にならぬレベルであることを忖度無くレポートしてきた。だが、善渡爾宗衛の酷さを超えるぐらい読むに堪えない本が作られ非常識な金額で売られている事実が今回また新たに判明。その内容を正しくお伝えするため数回の記事に分けて発信したいと思うので、そのつもりでお読み頂きたい。

 

 

 

 神奈川県在住の奈良泰明という(かなり高齢と思われる)人物がいる。この人はヤフオクがまだyahooオークションという名称だった頃から探偵小説関連古書を毎週出品 + 販売していて、遊楽洞の屋号を名乗っていたが古本屋を営業しているでもなく、森英俊のように世間で売られている珍しい古本をセドリしてきて転売しているようにも見えず、それなのに稀少かつ状態の良い古本を長い間売り続ける事ができていたから「なんでこの人は本を手元に置かずヤフオクで処分しまうのだろう?」と私はずっと不思議に思いつつ観察していたものだ。

 

 

 

2012年頃だったろうか、この奈良氏とはまた別のヤフオクIDを使用している松澤勲という人物が一緒になって、湘南探偵倶楽部というレーベル名で探偵小説関連の同人出版本の販売を始めた。つまり奈良・松澤両氏のヤフオクIDにてお得意様だった古本落札者への各連絡先をメーリング・リストにして、ごく内輪の好事家向けに通信販売を始めたという訳だ。昔のヤフオクは取引ナビなんて機能がまだ無くて、出品者も落札者もおのおののメールアドレスから住所・電話番号まで全部明らかにされるシステムだったから、そういう事も可能だったのである。

 

             

 

 湘南探偵倶楽部の最初期のアイテムとしてすぐ思い浮かぶのは、(もしかしたら『初期創元推理文庫 書影&作品 目録』のほうが先だったような気もするが)フィリップ・マクドナルドがマーティン・ポーロック名義で発表した「殺人鬼對皇帝」を『新青年』が1939年に掲載した井上良夫の翻訳(本日の記事の冒頭に掲げてある書影がそれにあたる)


湘南探偵倶楽部が刊行した『殺人鬼對皇帝』のテキストは、底本である雑誌『新青年』をそのまま挿絵ごとコピーというかスキャンして印刷されており、スキャンの際に取りこぼしミスでもない限り、復刊本としてテキスト・ミスなど発生のしようがない作りになっていた。この時はレーベル・スタートの餞だったのか新保博久が解説を寄せていて、その部分だけは制作者がPCでタイピングしている。盛林堂が自分の店でも同人出版本を出すようになるのは翌2013年。今にして思い返すと湘南探偵倶楽部は今世紀に入って通販の形で継続的に探偵小説やSF関連の同人本を制作販売する〝先駆け〟だったかもしれない。

 

 

 

湘南探偵倶楽部着目する作品は昭和初期以前の海外ミステリ翻訳本が多く、中では戦前の黒白書房「世界探偵傑作叢書」や春秋社版翻訳探偵小説あたりの復刊が特に印象深い。彼らの同人本というのはおそらく原本を裁断・分解しキレイにスキャンして作られており原本そのままの装幀が再現され、かつテキストも当時の旧仮名のままの状態だったから、製作者がテキスト入力する際にやりがちなタイプ・ミスなど起こりようがないのはアドバンテージであった。


                                                        

    当時の『新青年』の紙面をそのまま転載して制作された『殺人鬼對皇帝』
             98ページ/新刊売価1,300



ただ、遠慮なしに原本を都合よく丸のままスキャンしているから、果して彼らは著作権を守っているのだろうかという疑惑も無くはない。戦前の探偵小説全集の附録である月報等を復刻したりもしているが、それは製本などされておらずホントウに只のコピーに過ぎない。また現在に至るまで、印刷業者がキチンと製本するカタチではなく、まるで会議に使われる資料のような、印刷されたままのペラペラ用紙を綴じただけのものもレーベル開始時から平気で販売されていて、「こういうのって・・・。」と私は首を傾げざるをえなかった。


最近では束(つか)のある製本された本よりも、その手の複写コピーばかりを販売し、本というより紙資料みたいなものに1,000円以上のありえない売価を付けて売っているので、いつしか私は醒めた目で湘南探偵倶楽部を見るようになっていた。



                     

          『銀座不連續殺人事件』大河内常平

      たった26ページのペラペラ紙資料に売価3,300円って・・・
            いったいどれだけの利益が?   



更に湘南探偵倶楽部の本はたとえキチンと製本されたものでも、後発同人出版と比べると細かいところでクオリティに見劣りがする。それは制作者が自分で仕込むテキスト・データの作り方が拙いからなのか、それともそのデータを受け取って製本作業を行う印刷業者の質がよろしくないのか・・・。たぶん前者だと私は見ている。ではどういったところに見劣りが?そしてどういう風に酷いテキスト入力がなされていたのか?今回の記事の題材である湘南探偵倶楽部の最新刊『マヒタイ仮面』(楠田匡介)について、次回以降の記事にて細かく見ていきたい。




(銀) 奈良泰明/松澤勲両氏のヤフオクIDは承知しているが、ここには書かないでおく。またその他にも湘南探偵倶楽部の関係者と思しき人物がヤフオク上にはちらほら見受けられる。近頃は以前と違って、古書を売るというより論創社から送られてくる「論創海外ミステリ」や「論創ミステリ叢書」の最新刊献本分、あるいは湘南探偵倶楽部刊行物の売れ残りをヤフオクに出品しているようだ。



次回の記事 つづく。




2022年10月14日金曜日

『毒虫』宮野村子

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盛林堂ミステリアス文庫
2022年10月発売



★★★★    そろそろ長篇も




まだまだ続く盛林堂ミステリアス文庫の宮野村子未刊作品集。本書の半分近くは雑誌『宝石』に発表されたものだし、それほど残りカスな感じは無い。その辺は制作者が最初のほうに良いものを集めすぎて後から出す本はクズばかりにならないよう塩梅しているのかもしれない。収録順は時系列に並べられている。

 

 

 

 「花の死」

戦前作を除くと、わりとキャリアの初期(昭和24年)に発表されたもの。この頃はまだ宮野叢子名義。戦争で身寄りの全てを失い、一人で生きていかなければならない冬子。仕事を求めて職業安定所に足を運んでいた冬子の前に現れた、上品で鄭重な老婦人の目的とは?てっきりドイルの某短篇翻案かと思いきや、また別のドイル短篇みたいな様相を一瞬呈しかけ、結局 (マナーとして伏字にしておく)の悲劇だった事がわかる。 を扱った短篇を集めて一冊のアンソロジーができるぐらい、日本探偵小説にはこのテーマがちょくちょく使われている。

 

 

 

❖ 「切れた紐」

これはもう探偵小説というより悲惨小説と呼んだほうがふさわしく、悲惨小説のアンソロジーがもしあったら是非入れてもらいたいほど救いの無いストーリー。本作に登場する不幸な娘・ナミに近い素材をかつて夢野久作も手掛けたことがあって、彼の作品は淡々とドライかつシニカルな視点で書かれていたが、宮野村子の場合はナミの母・お幾の心情が当時者としてドロドロに曝け出されているため、久作作品と対比してみるとその違いが興味深い。「切れた紐」は久作の某作よりずっと枚数が多いので、クドさも大盛り。

 

 

 

❖ 「轟音」

財産が目当てで片足が跛のハンデを持つ美根子と結婚した竜二。その財産もすっかり使い果してしまい、非情な竜二にとって美根子は最早邪魔な存在でしかなかった・・・。鮎川哲也だったらこのシチュエーションならきっと凝ったトリックをこさえるだろうし、大下宇陀児だったら子供をうまく動かしただろうな・・・と思う。その辺にちょっと食い足りなさが残った。

 

 

 

❖ 「一つのチャンス」

宮野には珍しく女性誌『新女苑』に書いた一篇。読者層を意識したのか、事件は舞踏劇「香妃」が開催されている歌舞伎座で発生。毒入りチョコレートのロシアン・ルーレット。

 

 

 

❖ 「花の肌」

事業に成功して金には困らない中高年男性が甘く柔らかい香りを放つ若い女に夢中になり、強引に再婚。しかし同居している(前妻の残した)長女が若妻に敵意を持ったり、些細な事から若妻に対して男は嫉妬と疑惑を持ち始めたり・・・といったありがちなパターンの展開は皮肉な末路を辿って、因果応報なThe Endへ。

 

 

 

❖ 「玩具の家」

中河家の人間関係や犯罪発覚の顛末よりも、明夫少年におみやげとしてプレゼントされた積木の玩具が私は気になってしょうがない。さまざまな形の木片を組み立てるこの玩具、数色のペンキというか塗料が付属していて、子供が好きな色に塗り変えられるというが、こんな塗料を小さな子供に持たせたら部屋の中がベトベトに汚されてしまうんじゃないんかい?

 

 

 

❖ 「護符」

宮野は少女時代を満洲の大連で過ごしたという。その頃、実際耳にしていた話なのか、それともフィクションなのかは判らないが、満鉄(南満洲鉄道株式会社)の社員を登場させている。これを当時リアルタイムで書いていたら日本人批判など絶対に許されなかっただろう。ここからクライマックス?というところでブツンと終わってしまうのが疑問。

 

 

 

❖ 「神の悪戯」

ウブな峰子は真面目な青年・行雄とつきあっているが積極的な恋愛行動を執れずにいる。そこへ学生時代の友人・千枝子と再会、若くして上流夫人になっていた千枝子は生来の我儘かつ歪んだ性格が増長しているらしく、峰子のカレである行雄に手を出したり、ホモの男達がホストとして集っている秘密クラブ「黒い薔薇」へ無理矢理峰子を連れてゆく。一応〝倒叙〟な結末ではあるけれど、千枝子や「黒い薔薇」に表現される汚れた世界とのバランスが不均等というか、うまく溶け合っていない感じがした。

 

 

 

❖ 「毒虫」

本書のタイトルにされてはいるが、それほど飛び抜けた佳作でもない。毒虫というのは言うまでもなく〝ゆすり〟を働く者の形容。

 

 

 

 

(銀) 巻末には「現在も宮野村子の著作権継承者を探しています。ご存じの方がいらっしゃいましたら、編集部までご連絡を頂けますと幸いです。」とある。宮野は新潟生まれだと云われており、裕福だったかどうかはわからないが平均水準以上の家庭で育ったと思われる。けれど晩年は視力を失い立川の老人ホームに入っていたようで、施設に入っていたから寂しい最期を迎えたと決めつけるのはよくないが、津野家の親族はもう完全に絶えてしまっているのだろうか。それとも盛林堂の人間が著作権継承者を探しきれていないのか・・・。正当に作家の印税を受け取るべき人がおらず、古本ゴロばかりが私腹を肥やすなんて絶対あってはならない事だ。

 

 

盛林堂書房はあと二冊(一冊は子供向けの作品集)宮野の単行本を出すつもりらしい。既に未刊作品短編集が四冊出ているから、マンネリ防止のためにもそろそろ「血」「流浪の瞳」など既刊長篇をかましてみるのも悪くない。が、店主小野純一によればそれらの既刊長篇をもし仮に復刊するとしても、現在の未刊作品短篇集を出し終わった後にしたいそうだ。そりゃそうだろうな。彼らにとっては長篇を復刊することで、5ケタの高値がまかりとおっている宮野村子既刊本の古書市場価格が下がってしまう状況は決して望んでいないだろうから。





2022年10月11日火曜日

『橘外男日本怪談集/蒲団』橘外男

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中公文庫
2022年7月発売



★★★   線香を焚きながら読みたい




「蒲団」

時は明治。舞台は上州多野郡とあるから今でいう群馬県高崎~藤岡あたりか。町の古着屋が東京で、掘り出し物の上質な四枚一組からなる青海波模様の縮緬蒲団を仕入れてきた。以来その古着屋の景気はどういう訳か下り坂になり、ある大雨の夜、丸髷を結った物凄いほど美しい一人の女が店を訪ねてくる。応対した店の主人の妻によれば、芸妓らしい腰巻(ゆもじ)姿のその女の顔は蠟のように青白く、腰から下が血に染まっていたそうで・・・。

 

昭和12年の傑作。橘外男の頭の中には阿部定事件がモチーフとしてあったのかもしれない。阿部定が逮捕されたのは「蒲団」が雑誌『オール讀物』に掲載される前年のこと。

 

 

 

「棚田裁判長の怪死」

旧藩城代家老の家柄である棚田家の先祖には癇癖が強く残忍な者がおり、家老職の力を振り翳し気にくわない下の身分の人間をたいした理由も無いのに虫ケラ同然に手討ちにしていた。棚田家の裏手にある杉の森や沼の近くにはその昔仕置き場があって、無惨に殺された人達の怨霊が今でもさまよっているから決して近づいてはいけない・・・というのが古老の口癖だった。

 

主人公の前島は数年ぶりに旧知の棚田晃一郎に会うべく九州の棚田家を訪ねる。彼は司法官試験に合格して判事にまで出世、今は名古屋に居るという話であった。それから数年が経ち、前島が海外の医療機関を視察するため西独逸のボンに滞在している時、晃一郎をよく知る判検事の集団と顔見知りになる。彼らの話では晃一郎は三浦襄のペンネームで作曲家としても才能を発揮しているそうなので、ドイツ一のピアニストとして知られる親日家のリーゼンシュトック教授にぜひ晃一郎の曲を弾いてもらおうと頼んでみたのだが、教授は異様な反応を見せる・・・ 。 

 

これも「蒲団」同様、『オール讀物』に発表された短篇。棚田家の所在地は九州大村とあるから長崎か。そういえば「双面の舞姫」にも長崎は出てきてたっけ。

 

 

 

「棺前結婚」

解説で「棚田裁判長の怪死」は〝構成的にやや緊密さを欠くきらいはある〟と評されているが、私はこの「棺前結婚」における杉村青年の描き方のほうが少々気になる。多少病弱である以外は家柄・ルックス・性格すべて非の打ちどころがない娘・頼子を娶らせてもらったのに、彼の母親がろくでもない奴でいたいけな頼子を追い詰め、杉村青年は頼子の苦悩に気付きもせず助けようともしなかったために悲劇が訪れる。悲劇が起こる前の杉村青年は悪い意味の真面目な学問バカで思いやりの欠片さえ見せなかったのが、悲劇の後では随分キャラが変化しているように見え、この作を読むたびに私は「母親も相当アレだけど、この朴念仁の杉村青年が後半こんな風に変貌するのはやや無理がないかなァ」と思ってしまう。

 

 

 

「生不動」

本書収録の他の短篇よりもかなり枚数が少ない作品。北国で起こった火事の物語だが、ここでは死者の〝念〟は描かれてはいない。

 

 

 

「逗子物語」

あの辺りをご存知ない方からすると、逗子は湘南のさわやかなイメージしかないかもしれないが小坪のお化けトンネルが有名だったり(トンネルの上には火葬場がある)、意外にコワイ側面も持ち合わせている土地なのである。逗子~葉山の後方にはこんもりとした山があって、かつてはこの作品みたいな現象が起きても不思議ではなかったに違いない。

 

 

 

「雨傘の女」

これも小品。『ミステリ珍本全集⑥ 私は呪われている』にも収録。

 

 

 

「帰らぬ子」

これはミスター・タチバナが語り手となって進行する橘家(?)の物語。怪談というよりは作者の子煩悩さ全開な、ラストにはほっこりさせられる内容。令和の時代でも山にて遭難する事故は発生しているから、くれぐれも登山にはご注意を。


 

 

 

(銀) この文庫の帯には「日本のポー」とか「現代ホラー界の先駆者」と書かれているが、本書に収められている橘外男怪談作品のルーツはポオのような海外ものではなくて、三遊亭圓朝など日本人ならではの信心深いマインドから来ているような気がする。ホラーって怪談と同義のように扱われているけど、情緒感が全然違うと思うのダ。

 

 

「雨傘の女」以外の、本書における底本は中央書院版『橘外男ワンダーランド』(1)と(6から採られている。今回の作品選定を行ったのは中公文庫編集部みたいで、探偵小説にあまり詳しくない人の仕事だから仕方ないけど、できれば底本は手抜きせずに初出誌から採ってほしい。作品の出来は文句なく満点だけど、その点に関しては★ひとつマイナスで、次回以降の本作りに活かしてもらいたい。

 

 

解説欄にて朝宮運河は〝外男の怪談をもっと読んでみたいという方には、山下武責任編集〈橘外男ワンダーランド〉全六巻がまずはおすすめである。〟と書いているが、この本は古本屋やヤフオク等でホイホイ簡単に買える程よく見かけるものではない。全国の図書館でもどれぐらい所蔵されているのだろう?だから橘外男の新刊は(精査されたテキストで)今後もリリースされなければならないのよ。





2022年10月3日月曜日

『sumus 第5号/第6号』

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編集人代表 山本善行
2001年1月発売〈第5号〉 2001年5月発売〈第6号〉




★★★★   熊谷市郎と『ぷろふいる』特集




2000年頃sumusというリトル・マガジンがあって、どこかの出版社に依存するでもなく、本好きな人たち数名の手で自主的にインディーズな形で発行されていた。このBlogでいつもなら版元を記している欄に編集代表人として個人名を表記しているのは、そういう理由があるから。今回紹介するsumus5号と第6号の奥付にクレジットされている顔ぶれは次の八名。

生田誠/岡崎武志/荻原魚雷/扉野良人/林哲夫/松本八郎/山本善行/吉川登






昨日の記事の主役だった九鬼澹は雑誌『ぷろふいる』に編集長として迎えられる。博文館から刊行されていた『新青年』と違って『ぷろふいる』は大手出版社がバックに付いておらず、関西の或る一人の探偵小説好事家が金主となって創刊した探偵雑誌だった。その金主というのが京都老舗呉服店の長男として生まれた熊谷市郎。80年代、西宮で古書店を営んでいた彼に接触した人があり、戦前~戦後に亘る探偵小説界での出版活動について老境を迎えていた熊谷にインタビューを行い、テープにしっかり録音していた。

そのテープの文字起こしをベースに、sumusが第5号でKIMM(くまがい・いちろうず・みすてりい・まがじん)~熊谷市郎氏の探偵小説出版~>と題されたレポート、第6号で<『ぷろふいる』五十年 熊谷市郎氏インタビュー>といった二つの特集を組んでいる。幻の探偵作家を追った企画はありがちだけど、このように出版人へと目を向けた資料は少なく、とびきり貴重で面白い読み物だ。






昭和12年に熊谷は事業でしくじりを犯してしまい、『ぷろふいる』は終刊に追い込まれる。その時彼は夜逃げ状態で京都を後にしたらしい。それでも探偵小説の出版をあきらめず、新しく熊谷書房を立ち上げ単行本を出し続けた。戦争で関西が焼け野原になっても、彼は大和郡山から神戸へ毎日通いながら再起を図る。結局『ぷろふいる』の権利は譲渡する事になったが、かもめ書房しかり、熊谷の出版に対する情熱の火が消えてしまうことはなかった。

昨日取り上げた九鬼澹の単行本『戦慄恐怖 怪奇探偵小説集』は八千代書院という版元から出ている。この八千代書院は竹之内貞和という人がやっていた赤本問屋だそうで、熊谷書房名義の単行本の中には熊谷がタッチしていないものが存在し、それらの本も竹之内貞和が資金を出していたと云う。既存の文献に書かれていた内容とはちょっと事情が異なっていたりもするので、こういう証言は有難い。






『ぷろふいる』は原稿料がかなり安かった。それが原因で「横溝正史も濱尾四郎も佐左木俊郎も延原謙も書いてくれんかった」と熊谷はボヤく。博文館の社員だった作家は(随筆なら結構寄稿してくれた水谷準以外は)小説を書いてくれなかったみたい。それにしても熊谷市郎はどっぷり関西の人でネイティブな関西弁を喋るため、文字に起こす際には細かいニュアンスを伝えるのが結構難しかったろうなあ、と第6号のインタビューを読んでいて感じる。

話の聞き手は川島昭夫と横山茂雄。文字起こしをしたのは扉野良人。横山茂雄は大阪の生まれだから、インタビューの会話の中で熊谷に合わせて関西弁を喋るのはいいとして、文字に起こした時に聞き手の言葉にまで関西弁が混じっていると若干紛らわしく見える。聞書きを文字に起こす作業というのは、方言で喋る人がいる場合には、いつも以上に繊細な作業が必要なんだなあ、とつくづく思った。






(銀) 当時の紙面では本名の熊谷市郎ではなく熊谷晃一と名乗っているが、『sumus』の特集記事においては熊谷市郎の名前で呼ばれているので、この記事でもそちらを踏襲している。この『sumus』第5号と第6号、古本市場でもそこまでバカ高い古書価格にはなっていない筈だから、興味のある方は是非見つけて読んでほしい。他の号にも面白い記事が載ってるヨ。





2022年10月2日日曜日

『戦慄恐怖怪奇探偵小説集』九鬼澹

NEW !

八千代書院
1947年5月発売




★★★    復刊するなら選りすぐりの短篇集にするか
               あるいは長篇「キリストの石」か




この人、昭和初期にはもう甲賀三郎の家に書生扱いで弟子入りしていて意外に日本探偵小説史への登場は古い。しばらくすると雑誌『ぷろふいる』編集長を務め、戦後には病死した甲賀三郎の全集刊行にも尽力している。九鬼が生前に発表した自著は(その多くが時代小説とはいえ)数十冊にものぼるというのに、今世紀に入って彼の探偵小説が一冊の本として復刊されることは一度も無く、アンソロジーに時々セレクトされるだけ・・・・といった状況。

 

 

 

昭和22年に出たこの『戦慄恐怖 怪奇探偵小説集』は戦前/戦後発表の短篇が混在。殺人方法に機械的ギミックを取り入れた「緑の女王」や、数ある豹助シリーズの一発目となる「豹助、町を驚かす」には師・甲賀三郎の影響が少し伺えるのが微笑ましい。だが本書に収められている短篇は多少荒っぽくても光るものがあればよかったのだが、コクが無いというのか読み終わったあと作品の残像が頭に残らなかった。

「神仙境物語」は北アイルランドの王家を舞台にした童話のような小品。「崩れる幻影」は一人の女性の自死を取り巻く男達の心理闘争。「三色菫」、この作にはA一號という名のスパイが登場することから、『ぷろふいる』昭和95月号より九鬼澹 →左頭弦馬 → 杉並千幹 → 戸田巽 → 山本禾太郎 → 伊東利夫というメンバーで書かれた連作小説「A1號」のうち、九鬼が担当した第一回〈密偵往来〉を改題したものだと思われる。

 

 

 

九鬼澹の場合、『ぷろふいる』あるいは甲賀三郎関連しか話題にならず、彼自身の作品の評判がちっとも聞こえてこないというのは探偵作家としてダメだということなのだろうか?いや、でも戦後の「キリストの石」(=「女と検事」)を古本で読んだ時そこまでつまらなくはなかった記憶があるし、あの辺の長篇、もしくは中短篇の一番よさげなものばかりを厳選した新刊本を一冊出して、改めて世に問うてみてもいいと思うけどね。

ただ、九鬼澹の長篇探偵小説の中には昭和10年代の防諜スパイ小説や昭和30年代のアクション・スリラーみたいなものも含まれるので、注意は必要。鮎川哲也『幻の探偵作家を求めて』の中で九鬼は「小栗虫太郎の短篇を代作したことがある」なんてショッキングな発言をしていて。それがどの作だったのか鮎川は作品名を明らかにしないまま亡くなったため、今も真相は藪の中だ。『「新青年」趣味』あたりでどの虫太郎短篇が九鬼の代作だったのか、アンケートを取ってみるのも面白い。え、私はどれだと思うかって? ム~、思い当たる作品が全然無いわい・・・。





(銀) 今日の記事に取り上げた『戦慄恐怖 怪奇探偵小説集』は、薄っぺらくて質の悪い仙花紙本だったから読んだ後の印象があまりよくなかったのかもしれない。新刊本で読んだらだいぶ景色が変わるかも。この本、普通の仙花紙本より文字のフォントが大きいのも好みじゃなかったしな。とはいえ本の再校をするのが面倒だなどと言う奴の同人出版なんかで復刊してもらいたくはないが。



九鬼澹というのは彼の最も旧いペンネームで、九鬼紫郎/三上紫郎と名乗っている時もあった。本名は森本紫郎。当Blogのラベル(世間のブログでいう〝タグ〟のこと)にはどの名前を使うか考えたが、彼が作家デビュー時に使った九鬼澹の名を登録する事にした。今後、九鬼紫郎や三上紫郎名義の本を取り上げる際にもラベルは九鬼澹としているので読者諒セヨ。





「豹助、町を驚かす」で始まった豹助シリーズ。豹助は「曙感化院」収容者のひとりで〝をかしなことに十五六の少年にも見えるし、獨特なデコ額や別個の生物のやうな兎耳を見てゐると二十すぎの若者とも思へる〟探偵小説が飯よりも好きな元・浮浪少年らしい。このシリーズも全部発表順に集めた本で読んだらどう映えるのか、気にかかる。





2022年9月26日月曜日

『川野京輔探偵小説選Ⅲ』川野京輔

NEW !

論創ミステリ叢書 第128巻
2022年9月発売



★★   まがりなりにも出版人の端くれならば
            校正ぐらいちゃんとしろ論創社編集部 




本巻278頁に載っているエッセイ「放送局と私」の中で川野京輔は〝世間によく、ブンヤ物と称する新聞記者物があるように、ラジオ、TVを舞台にした放送局物と云うジャンルを作り上げたいという野心も持っている〟(ママ)と書いており私は苦笑した。この人の探偵小説はそういった設定で書かれているものがあまりに多く、ちょっとカンベンしてほしいぐらいなのだが、御本人がそれほど意識的であったのなら、もう諦めるしかない。






またSFSMというエッセイでは、〝昭和二〇年代後半の風俗雑誌「奇譚クラブ」「裏窓」「風俗草紙」「風俗科学」などに掲載されたSM小説の中には探偵小説と呼べるようなものが多くあった。変態性慾は犯罪か、あるいはそれに極めて近い距離にあり、それをテーマにすれば、それだけで探偵小説といってもいいだろう。少なくとも戦前ならそうである。〟(ママ)とも語っている。

失礼を承知でいうと、川野作品には(小説だけじゃなくラジオドラマでも)❛オンナ好き❜ な性分が滲み出ていて、こういう人のほうが私は親しみを感じるし、逆に恋愛ひとつしようともしない令和の日本人のほうが間違いなく病んでいる。学生時代の投稿癖が抜けないまま、社会人となってからも楽しみつつペンを執り続けた人。そんな川野京輔は永遠のアマチュア作家と言えよう。

 

 

 

本巻に収められた創作探偵小説はこちら。
「暴風雨の夜」「コンクール殺人事件」「犬神の村」(中篇)「手くせの悪い夫」
「二等寝台殺人事件」「そこに大豆が生えていた」「御機嫌な夜」「警報機が鳴っている!!
「愛妻」「公開放送殺人事件 ~一枚の写真~」(未発表中篇) 

その他に単行本一冊分満たすには数が足りなかったのか、非探偵小説な読物が十三篇。
但し「剃刀と美女」はエロネタ探偵小説として扱ってもよかろう。
こういった作品で穴埋めすることを読者は喜んでいるのかどうか私にはわからない。
本巻をはじめ『川野京輔探偵小説選 Ⅰ/Ⅱ』を読むと、探偵小説以外のジャンルにおいても著作を様々残しているのが確認できる。川野にとって本業はNHK、執筆は副業であり、興味の対象をあちこちに向けて、(筆で生活費を稼ぐというのではなく)趣味として書きまくった。

 

 

 

だが探偵小説の出来を求めた場合、どうなのか?
彼の作品はどれも『宝石』のような探偵小説の主戦場でガチに戦えるほどアイディアも文章力も優れてはおらず、重篤な探偵小説読者以外の人々へアピールする訴求力に乏しい。上段に挙げた本巻収録の創作探偵小説にしても、危惧していたほど放送局ものばかりでなく川野なりのヴァリエーションがあるのはよかったのだが、「犬神の村」は単に長篇「猿神の呪い」のプロトタイプでしかなかったりする。昔、中国地方の山村にはびこっていた憑霊を原因とする差別=村八分に関心を向けさせるのはいいとしても、作ごとに何かしら変化は欲しい。

 

 

 

過去の記事に書いてきたように、やっぱり川野京輔にとって誇るべき作品は決して小説ではなくラジオドラマだ。エッセイ「ラジオドラマをアーカイブスへ」を読むと、本名の上野友夫名義で演出しNHKに残したラジオドラマ436本の音源はNHKアーカイブスへ寄贈したそうだ。それは大変嬉しい話だけれども、肝心のNHKがそれらの作品をWEB上でストリーミングできるようにするなり、NHKラジオの中で再放送するなり、活用してくれないことには宝の持ち腐れでしかない。

そのNHKも無駄なBSKチャンネルは残すくせに、現在二つあるBSチャンネルは一つに削減し、地上波のEテレもやめてしまうなど縮小路線へと傾いているのだから、我々が上野友夫演出作品を聴けるようになるのは果していつになるのやら。

 

 

 

(銀) 誰も何も言わないのをいいことに濫造しまくりの論創海外ミステリ。
それとは対照的に、テキストの雑さを銀髪伯爵から突っつかれるものだから、すっかり年に二冊程度しか出なくなってしまった論創ミステリ叢書。本巻も今年の二月に出た『飛鳥高探偵小説選Ⅵ』以来な訳で、一冊出すのにこれだけ時間を取っているのだから、ちっとは真面目にテキスト校正に取り組んでいるのかと思ったら、やはりダメだった。
 

 

 

奥付クレジットを見ると本巻の本編校正は横井司が担当していて、その部分はいいのだけれど、横井の担当ではないと思しき【解題】は相変わらずテキストの打ち間違いが多い。今回【解題】欄の正誤表を本の中に挟み込んだり、論創社の公式HPにupしてはいるが、たかだか15頁程度のテキストにて九箇所も間違いが生じているのだから、横井司以外の論創社編集部の人間がやっている仕事はやっぱり酷いと言わざるをえない。『川野京輔探偵小説選Ⅰ』の【解題】担当だった小谷さえり同様、今回も河瀬唯衣という聞き覚えの無い女性の名がクレジットされていて、論創社編集部/黒田明のペンネームであることは見え見えのバレバレ。




当Blogでも以前取り上げたことがある論創社の刊行物『近代出版史探索』(小田光雄)における校正の問題を、先日SNS上で指摘している方があった。























そのツイートに対する黒田明らしき論創社からの返答がコレ。















「誤植や誤情報につきましては読者様からご指摘を受ける事もございますので参考とさせていただいております。」って、まるっきり自覚の無い他人事みたいな物言いだな。この論創社のツイートを見て、数日前に会見を開いた旧統一教会の勅使河原秀行本部長と福本修也弁護士の白々しさを思い出した。あのさあ~「一箇所たりともミスすんな」なんて無茶は言わんから、せめて私の気付かないようなところでミスするとか、一冊の本で五箇所以内のミスに収めるぐらいの仕事はできんものかね?論創社の本造りの粗さに気が付いている人はただ沈黙しているだけで、上段にて紹介したazzurroさん以外にもきっといる筈だぞ。