2022年10月14日金曜日

『毒虫』宮野村子

NEW !

盛林堂ミステリアス文庫
2022年10月発売




★★★★    そろそろ長篇も




まだまだ続く盛林堂ミステリアス文庫の宮野村子未刊作品集。本書の半分近くは雑誌『宝石』に発表されたものだし、それほど残りカスな感じは無い。その辺は制作者が最初のほうに良いものを集めすぎて後から出す本はクズばかりにならないよう塩梅しているのかもしれない。収録順は時系列に並べられている。

 

 

 

 「花の死」

戦前作を除くと、わりとキャリアの初期(昭和24年)に発表されたもの。この頃はまだ宮野叢子名義。戦争で身寄りの全てを失い、一人で生きていかなければならない冬子。仕事を求めて職業安定所に足を運んでいた冬子の前に現れた上品で鄭重な老婦人の目的とは?            てっきりドイル某短篇の翻案かと思いきや、また別のドイル短篇みたいな様相を一瞬呈しかけ、結局 (マナーとして伏字にしておく)の悲劇だった事がわかる。 を扱った短篇を集めて一冊のアンソロジーができるぐらい、日本探偵小説にはこのテーマがちょくちょく使われている。

 

 

 

❖ 「切れた紐」

これはもう探偵小説というより悲惨小説と呼んだほうがふさわしく、悲惨小説のアンソロジーがもしあったら是非入れてもらいたいほど、救いの無いストーリー。             本作に登場する不幸な娘・ナミに近い素材をかつて夢野久作も手掛けた事があって、彼の作品は淡々とドライかつシニカルな視点で書かれていたが、宮野村子の場合はナミの母・お幾の心情が当時者としてドロドロに曝け出されている為、久作作品と対比してみるとその違いが興味深い。「切れた紐」は久作の某作よりずっと枚数が多いので、クドさも大盛り。

 

 

 

❖ 「轟音」

財産が目当てで片足が跛のハンデを持つ美根子と結婚した竜二。その財産もすっかり使い果してしまい、非情な竜二にとって美根子は最早邪魔な存在でしかなかった・・・。鮎川哲也だったらこのシチュエーションならきっと凝ったトリックをこさえるだろうし、大下宇陀児だったら子供をうまく動かしただろうな・・・と思う。その辺にちょっと食い足りなさが残った。

 

 

 

❖ 「一つのチャンス」

宮野には珍しく女性誌『新女苑』に書いた一篇。読者層を意識したのか、事件は舞踏劇「香妃」が開催されている歌舞伎座で発生する。毒入りチョコレートのロシアン・ルーレット。

 

 

 

❖ 「花の肌」

事業に成功して金には困らない中高年男性が甘く柔らかい香りを放つ若い女に夢中になり強引に再婚。しかし同居している(前妻の残した)長女が若妻に敵意を持ったり、些細な事から若妻に対して男は嫉妬と疑惑を持ち始めたり・・・といったありがちなパターンの展開は皮肉な末路を辿って、因果応報なThe Endへ。

 

 

 

❖ 「玩具の家」

中河家の人間関係や犯罪発覚の顛末よりも、明夫少年におみやげとしてプレゼントされた積木の玩具が私は気になってしょうがない。さまざまな形の木片を組み立てるこの玩具、数色のペンキというか塗料が付属していて、子供が好きな色に塗り変えられるというが、こんな塗料を小さな子供に持たせたら部屋の中がベトベトに汚されてしまうんじゃないんかい?

 

 

 

❖ 「護符」

宮野は少女時代を満洲の大連で過ごしたという。その頃実際に耳にしていた話なのか、それともフィクションなのかは判らないが、満鉄(南満洲鉄道株式会社)の社員を登場させている。  これを当時リアルタイムで書いていたら日本人批判など絶対に許されなかっただろう。ここからクライマックス?というところでブツンと終わってしまうのが疑問。

 

 

 

❖ 「神の悪戯」

ウブな峰子は真面目な青年・行雄とつきあっているが積極的な恋愛行動がとれずにいる。そこへ学生時代の友人・千枝子と再会、若くして上流夫人になっていた千枝子は生来の我儘かつ歪んだ性格が増長しているらしく、峰子のカレである行雄に手を出したり、ホモの男達がホストとして集っている秘密クラブ「黒い薔薇」へ無理矢理峰子を連れてゆく。一応〝倒叙〟な結末ではあるけれど、千枝子や「黒い薔薇」に表現される汚れた世界とのバランスが不均等というか、うまく溶け合っていない感じがした。

 

 

 

❖ 「毒虫」

本書のタイトルにされてはいるが、それほど飛び抜けた佳作でもない。           毒虫というのは言うまでもなく〝ゆすり〟を働く者の形容。

 

 

 

 

(銀) 巻末には「現在も宮野村子の著作権継承者を探しています。ご存じの方がいらっしゃいましたら、編集部までご連絡を頂けますと幸いです。」とある。宮野は新潟生まれだと云われており、裕福だったかどうかはわからないが平均水準以上の家庭で育ったと思われる。けれど晩年は視力を失い立川の老人ホームに入っていたようで、施設に入っていたから寂しい最期を迎えたと決めつけるのはよくないが、津野家の親族はもう完全に絶えてしまっているのだろうか。それとも盛林堂の人間が著作権継承者を探しきれていないのか・・・。正当に作家の印税を受け取るべき人がおらず、古本ゴロばかりが私腹を肥やすなんて絶対あってはならない事だ。

 

 

盛林堂書房はあと二冊(一冊は子供向けの作品集)宮野の単行本を出すつもりらしい。既に未刊作品短編集が四冊出ているから、マンネリ防止のためにもそろそろ「血」「流浪の瞳」など既刊長篇をかましてみるのも悪くない。が、店主小野純一によればそれらの既刊長篇をもし仮に復刊するとしても、現在の未刊作品短篇集を出し終わった後にしたいそうだ。そりゃそうだろうな。彼らにとっては長篇を復刊することで、5ケタの高値がまかりとおっている宮野村子既刊本の古書市場価格が下がってしまう状況は決して望んでいないだろうから。