「丘屋敷の秘密」は雑誌『中学生の友』附録の、42頁小冊子に掲載されたジュヴナイルである。作者・加納十一の著書にはもう一冊、昭和22年に発表された仙花紙本『殺人呪文』(勿論こちらは大人向け作品)が存在する。
◆『キング』◆
「虚実の駒」(昭和11年10月号)※
「最後の機巧(からくり)」(昭和12年3月特大号)
「榎荘の秘密」(昭和12年8月特大号)
「運命の蜘蛛」(昭和13年4月爛漫号)※
「羅馬の指環」(昭和13年7月特大号)
◆『講談倶楽部』◆
「闘ふ詭計」(昭和13年新年増刊「侠艶痛快面白づくめ号」)
※
は『殺人呪文』に収録
現物を手に取り目を通した訳ではないので、全ての作品が探偵小説かどうかは明言できないが、戦前の大日本雄辯會講談社系雑誌に加納十一の作品が六篇掲載されている。これだけ講談社の超メジャー雑誌に短篇を発表し、大手・小学館の中学生雑誌にも「丘屋敷の秘密」を書いているのだから、それなりの来歴があっても不思議じゃないのに、幻の探偵作家と呼ばれる人達の中ではそれほど知名度が高くない。なぜだろう?それはともかく「丘屋敷の秘密」の概況をどうぞ。
港家に代々伝わる〝呪文〟の伝承や、ラストに用意された大どんでん返し。ジュヴナイルにしては手の込んだ設定で、「マスグレーヴ家の儀式」的要素だけでなく、カーっぽい雰囲気もある。それもそのはず、この「丘屋敷の秘密」は単行本『殺人呪文』の表題作長篇「殺人呪文」をリライトしていて、主要登場人物三名の名前・年齢など若干の変更はあるが、基本的なストーリーは同じ。
江戸川乱歩や角田喜久雄あたりの大家には、大人を対象とした作品を児童向けにリライトした本があるけれど、加納のようなマイナー作家でこんな例は珍しい。ジュヴナイルともなると(特にポプラ社の本では)作者本人ではなく第三者が筆を執り、力ずくで内容を低年齢化していることが往々にしてある。そうではなく作者自身の手で「丘屋敷の秘密」が書かれているのであれば、『殺人呪文』が刊行された昭和22年から『丘屋敷の秘密』が雑誌附録として発売された昭和24年頃まで、加納十一はまだ作家として活動を続けていたものと推測できる。
しかし「丘屋敷の秘密」の場合は文字のフォントが非常に小さいばかりでなく、字面や話の流れをとっても(ジュヴナイルのわりには)少々読みにくいのが難点、文章がヘタに感じる。そしてせっかく大どんでん返しが仕込まれているのに、最低限必要な説明が足りないので(詳しく書きたいけどネタバレになるから書けない)、辻褄が合ってるかどうか探偵小説好きな当時の中学生諸君はいまいち承服しかねたのではないか?こういう理由があるので「丘屋敷の秘密」ではなく絶対「殺人呪文」のほうから先に読んだほうがいい。