2022年3月9日水曜日

『江戸川乱歩(作)上野友夫(演出)【連続ラジオ小説】魔術師』

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NHKラジオ第一
1979年12月3日~12月29日放送



★★★★★   シリーズ中、一番の出来といったら



前作『黄金仮面』がリスナーに大歓迎され、スタッフもこの路線に手応えを感じたようで、広川太一郎を明智小五郎役に据えた当シリーズは年末のレギュラー化が決定。全十五回放送から全二十回へ一週間拡大されたぶんドラマの展開にゆとりができ、当時の流行歌を含む昭和初期の時代背景紹介も(話の邪魔にならぬ程度に)豊潤になった。

二作目ともなるとツボを心得たもので登場人物に対する各声優陣のキャラ付け、場面場面における効果音や短い劇伴素材など、よりキメ細かに演出されているのがわかる。そして、つい聴き流してしまいそうな部分ながら、玉村妙子/花園洋子といった令嬢達が演じられる際、戦前のセレブな日本女性の喋り方をそれっぽく体現できているところなど、そこはかとなく耳をそばだててしまうのだ。

 

 
 
『魔術師』の音源は数年前までネット上にupされていたのだが、今回探してみたら削除されていた(だから、こういうのはあるうちに聴いとかなきゃ)。たまたま本作は1979年の初回放送時、全回カセット・テープに録音していたこともあり、運良く記事にすることができてヨカッタ。

なにせ困るのはカセット・テープを再生するデッキの経年劣化。この記事を書く為に『魔術師』を録音したTDK120分テープを聴き始めてみると、最初のうちは大丈夫だったのが、だんだんキュルキュルと変な音がし始めて、なんとか最後まで聴くことはできたものの、私のカセット・デッキの寿命はもはや無きに等しい。誰かがなるべくコンディションの良い音質で『魔術師』upしてくれるといいのだけれど。

昔このラジオ・ドラマを録音していた人は皆、カセット・テープが手元に残っていたとしても、再生機が無いので聴くに聴けず、それゆえネットにupしたくてもできないに相違ない。LDとかVHSとかカセット・テープとかオールド・メディアを〝ないがしろ〟にするから、再放送だけでなくソフト化さえ見込めない過去の良質なコンテンツは次々と失われてゆく。クソッタレ。

 
 

 

それでは『魔術師』の全サブタイトルと主要な声の出演者を。

第一回「3の数字は殺しの予告」

第二回「獄門舟が隅田を下る」

第三回「何を笑うか西洋道化師」

第四回「まさか、明智が死のうか」

第五回「8の記号は殺しのナンバー」


 

第六回「悪魔の棲処は幽霊塔」

第七回「その時洋子は蒸発した」

第八回「美女解体は鹿鳴館」

第九回「恋は闇路というけれど」

第十回「恋の逢瀬も束の間に」


 

第十一回「地下室へどうぞ」

第十二回「君よ死の踊りを踊れ」

第十三回「殺しの罠は出口にあった」

第十四回「二つの顔を持つ男」

第十五回「悪魔の呪いは地上に残る」


 

第十六回「またも殺しの笛の音が」

第十七回「闇の中で待つ男」

第十八回「真紅の部屋に犯人が」

第十九回「殺人魔術の仕掛人」

最終回「女は最後に変身する」
 
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 声の出演 

 

語り手         中西龍

 

明智小五郎      広川太一郎

浪越警部       木下秀雄

 

玉村善太郎        巌金四郎

玉村一郎        青砥洋

玉村二郎                   高橋亨

玉村妙子       吉野佳子

 

福田得二郎        前沢迪雄

花園洋子       神保なおみ

 

牛原耕造       庄司永建

玉村幸右衛門       巌金四郎

奥村源次郎        庄司永建

 

文代         倉野章子

奥村源造       庄司永建


主題歌は三船浩「恋は魔術」。挿入歌は無し。

 

                           ☽      

 

進一少年の役は声優を特定できなかった。
『黄金仮面』の時と違ってサブタイトルは原作の章題に準拠しなくなり、サブタイトルを文字にして一覧にするとなると、音源から聴きとらねばならない。ところが、中西龍の語り方は独特の雰囲気を出すため、各回のサブタイトルを言う時に語尾がよく聴き取れない場合がある。この『魔術師』においても、何度注意深くヒアリングしても、第四回は「・・・死のうか」であっているのか確証が持てないし、最終回は「・・・変身する」と私は受け取ったけれど「翻心する」でないとは言い切れない。演出担当の上野友夫(=川野京輔)もしくは「NHK番組発掘プロジェクト通信」のwebサイトが正確なデータを教えてくれればなあ。

 
 

 

『黄金仮面』→『魔術師』→『吸血鬼』→『人間豹』→『地獄の道化師』→『化人幻戯』と続く当シリーズ。原作の評判が良いのはやはり最初の二作なので【連続ラジオ小説】でも人気が高いのは『黄金仮面』か『魔術師』となるのだろう。主題歌だけなら『黄金仮面』が一番良いのだがドラマの出来で選ぶのであれば『魔術師』がもっともバランスの良い完成度に仕上がっていると私は思う。そもそも「魔術師」という長篇は原作からして密室トリックが弱いとか、厳重警戒が敷かれた玉村邸に忍び込んで一郎に罠を仕掛けたり花園洋子を拉致できたのは一体誰なんだ問題があったりするのに、それでも面白く感じさせるのだから実に不思議な作品だ。





黄金仮面の久松保夫、人間豹の尾藤イサオ、悪役キャラはいずれも文句の付けようが無いぐらい原作どおりのイメージに演じてくれており、その中でも魔術師・奥村源造を演じた庄司永建は(牛原耕造/奥村源次郎の演じ分けも含めて)本当に素晴らしい。明智と文代/明智と妙子それぞれのシーンは原作に適度に色付けしてあるが、文代のセリフで「愛しています」を言わせ過ぎなところも。だって魔術師一味は海上の怪汽船へ明智を拉致してきて、文代はその時初めて名探偵に会ったばかりなのに、明智の怪汽船脱出シーンで「愛しています」と告白するのは、心の中で惹かれているとはいっても、ちょい早すぎるんじゃないの?などと言いつつ、本作がシリーズのベストであるのは間違いない。 




(銀) 文代役は『魔術師』で演じてくれた倉野章子でそのまま継続してもらいたかったのに、この後声優が二転三転。上野友夫によれば、動かせないレギュラーである中西龍や広川太一郎とスケジュールが合わなかったんだって。余談だが倉野章子は角野卓造夫人でもある。



『黄金仮面』では山村正夫解説があったが、あれがあるとドラマの流れを止めてしまうし、なによりも「蜘蛛男」の発表を昭和3年と言ったり、「文代」を「ももよ」と言ったりしていたので、無くして正解。




2022年3月7日月曜日

『南総里見八犬伝㊀』曲亭馬琴

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岩波書店 小池藤五郎(校訂)
1984年11月発売



★★★★★   如是畜生発菩提心




 岩波書店版『南総里見八犬伝』全十巻には函入り単行本と文庫の二形態がある。小池藤五郎の校訂による岩波版はもともと戦前に刊行されていたもので、それを昭和59年に改訂版として再発。テキスト本文は旧仮名遣い表記のまま変えず、漢字を新字体に手直ししたり誤植を訂正するだけでなく原書の挿絵を漏れなく収めたので、我々は江戸期におけるこの長篇伝奇小説をより深く味わえるようになった。

 

オリジナルどおりの文語体テキストで近年流通している「南総里見八犬伝」はこの岩波書店版の他に新潮社版もあるけれど、現代語に訳されたものになるとどうしても抄訳が多く、これぞ現代語完訳の決定版!といえそうな書籍はいまだに無い。私のBlogで『南総里見八犬伝』を取り上げるなら現代語訳のほうが理解され易いのだろうが、やっぱり原書どおりの内容を押さえている本でないと嫌なので、ここでは岩波版を使う。

 

 

 

◕ 曲亭馬琴が書いたオリジナル「南総里見八犬伝」には沢山の口絵・挿絵が入っている。それだけなら珍しくもないけれど、本を作る際に馬琴は挿絵画家へ入念な指示をしていたようで、物語の文中に言い表されていない情報が挿絵の中に巧妙に込められている箇所も見られる。この事を馬琴は〝文外の画、画中の文〟と呼び、挿絵の意味も解読するよう読者に求めた。〈読本〉と呼ぶにふさわしい七五調のリズミカルな文章に加え、絵の謎を読み解く楽しみが隠されているといった趣向だ。

 

ひとつ例を挙げてみよう。
この第一巻の冒頭には〈両手を広げて微笑む丶大法師(=金碗大輔孝徳)、それに相寄る幼児期の八犬士〉を描いた口絵がある。この絵が描かれた〈肇輯〉はまだ伏姫八房譚の真っ最中で、犬江真平やら犬山道松などと名付けられている八人の幼児がいったい何者なのか、当時の読者は何も知らされていない。つまりここでの口絵はその時点で物語に現れていない、長く壮大な物語を彩る犬士たちの登場を暗に予告しているのだ。タイトな締め切りに追われ、時には画家がやっつけな挿絵を描かざるをえないこともあった近代の雑誌・新聞連載小説とは全く異なり、実に手の込んだ演出ではないか。その口絵がこちら。












◕ 第一巻は結城合戦に敗れた里見義実が主従と共に安房へ逃れるところから始まる。源氏の流れを汲む里見。奇しくも、房総半島に渡って再起を図るパターンは源頼朝とそっくり。オリジナルを読めばあまり知られていない、義実が滝田城主になるまでのエピソードもじっくり描かれていて、そういうとこがまた面白い。金碗八郎孝吉と出会い暴君・山下定包を討ち取り、定包と共に悪業の張本人であった玉梓に対し義実は「命だけは助ける」と一度は伝えるも、金碗八郎の諫言によって元通り毒婦は斬首の刑に。これを聞いて玉梓曰く「殺さば殺せ。児孫まで、畜生道に導きて、この世からなる煩悩の、犬となさん。」

『新八犬伝』では最終回まで登場する玉梓だが、本来の出番は序盤のみ。犬士たちの行く手を阻むため「われこそは玉梓が怨霊~ッ」なんて言って度々出てくるシーンは原作には存在しない。


伏姫が役の行者から授かった数珠に連なっている八つの玉にはもともと「仁義礼智忠信孝悌」の文字が浮き出ていたのだが、八房と共に伏姫が城を出る時に従来の文字が消え、「如是畜生発菩提心」の不吉な文言が・・・・。


かくして富山における悲劇の名場面を迎え、物語はいよいよ犬士列伝へ。
第一の犬士・「孝」の玉持つ犬塚信乃が生まれる前の話、すなわち祖父・大塚匠作三戌もまた結城合戦に敗れた者のひとりで、里見義実とは近い関係にあった事が読者に知らされる。本巻では父・犬塚番作を失った信乃が蟇六・亀篠夫婦の下男にされていた額蔵(=のちの犬川荘助)と打ち解け、彼が「義」の玉を持つ兄弟であることを知るところまでを収録。




(銀) こうして原作を見てゆくと白井喬二の現代語訳版(河出文庫)などより、ついつい『新八犬伝』と比べてしまいがち。例えば原作では里見義実の奥方・五十子は娘・伏姫の身を案じて早々に亡くなっているし、それとは逆に伏姫の弟・里見義成は原作ではこのプロローグ編から顔を見せている。本巻で玉梓の斬首を進言するのは金碗八郎孝吉であるが、人形劇では八郎の息子である金碗大輔孝徳が父の役回りまでも担っていた。




2022年3月3日木曜日

『江戸川乱歩(作)/上野友夫(演出)【連続ラジオ小説】黄金仮面』

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NHKラジオ第一
1978年12月11日~12月29日放送



★★★★★  【連続ラジオ小説】にて広川太一郎が演じた
        懐かしい名探偵明智小五郎シリーズの第一作



NHKに入局し、ラジオ文芸部の演出家として多くのラジオ・ドラマを制作してきた川野京輔こと上野友夫。【連続ラジオ小説】の枠で彼は江戸川乱歩の作品を毎年ドラマ化。本日取り上げる『黄金仮面』より前にもNHKラジオ第一で『黒蜥蜴』(声の出演:唐十郎/李麗仙)を放送していたが、名探偵明智小五郎=広川太一郎として定着するシリーズはここから始まった。放送時間帯はAMラジオの月曜~金曜215分から2120分。




乱歩作品を映像化したところで、原作の素晴らしさの再現など望むべくもない。理由は簡単。彼の小説はあの語り口に類い稀なる魔力が込められているのに、TVドラマや映画だと、その部分はすっかり失われてしまうのだから、面白くなる道理が無いのだ。その点、上野友夫はこの【連続ラジオ小説】で乱歩の〝地の文〟における語りを極力活かし、1928年生まれである中西龍アナウンサーの語りも探偵小説に〝うってつけ〟だったから、凡百の映像とは違って原作らしさと戦前の時代の雰囲気が楽しめた。

 

 

 

毎年12月、乱歩作品が【連続ラジオ小説】にて放送されることを本作初めて認識した人が多かったのか、『黄金仮面』以前の音源を録音している人は非常に少ない気がする。私もまた『黄金仮面』については第十回と最終回しかカセット・テープに残せていない。愚かなるNHKは私の観たい(聴きたい)番組に限ってどれもこれも保存しておらず、当シリーズの商品化はおろか、NHKラジオで再放送されることもなく、そうなると余計に年を重ねるにつれ、もう一度全ての回を聴きたくてたまらなかった。

ところがなんと、探偵小説の神様(?)のお導きか、こむこむさんという方がネット上に『黄金仮面』をupして下さっているのを発見!!あまりに嬉しくて仕事を放り出し、懐かしのラジオ・ドラマに聴き入ってしまったのである。(こむこむさんに感謝! 但し残念ながら第六回と第十回は欠落せしむ)

 

 

 

すべての回のサブタイトル、及び主要な声の出演者を記しておく。

第一回「金色の恐怖」

第二回「金色の守宮(ヤモリ)」

第三回「浴槽の美女」

第四回「ALの記号」

第五回「鎧武者」


 

第六回「(ネットにupされていないので不明)」

第七回「月光の怪異」

第八回「死体紛失事件」

第九回「赤き死の仮面」

第十回「ルパンは何処に」


 

第十一回「開けセザーム」

第十二回「アトリエの怪」

第十三回「白き巨人」

第十四回「大爆発」

最終回「勝負はいずれに」 

殆どのサブタイトルが原作の章題に準拠しているので、おそらく第六回のサブタイトルは「恋の魔力」ではなかろうか。そして第六回のストーリーに本来入るべき、小雪を殺して逃亡した賊を追う途中、明智小五郎が仮病を使ってトンズラするくだりは省かれているものと想像する。



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◖ 声の出演 ◗


語り手          中西龍

 

明智小五郎          広川太一郎

浪越警部                      木下秀雄

 

鷲尾正俊侯爵           巌金四郎

美子姫                           川口京子(*)

小雪             友部光子

大鳥不二子          川口京子(*)

エベール               須永宏

 

黄金仮面           久松保夫

 

特別出演           山村正夫



(*)のかわぐち きょうこ氏は漢字表記がこれで正しいのか、確かなデータが得られなかった。また、声優名を記さなかった登場人物もいるが、数少ない人数で掛け持ちして演じていることが多いため、やむをえず省略している(例えば川村雲山や川村絹枝など)。読者諒せよ。



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数十年ぶりに聴いたもんだから、本物の山村正夫が解説の為に数回出演しているのなんて、すっかり忘却していて驚いた。探偵作家同士の付き合いがあり、川野京輔が頼んだのだろうか。広川太一郎演じる明智シリーズの第一作だし、放送一週目の第一回から第五回までは、演出サイドも声優サイドもまだ型が定まってない感じがする。

それと二点文句を言うとしたら、大鳥不二子が恋人に呼びかける時「アルセーヌ」「ルパン」「黄金仮面」と呼び名をコロコロ変えるのはイヤだ。せめて「あなた」で統一してほしかった。あと天理教の教師・木場(広川太一郎)は剽軽なイメージじゃないんだけどな。『黄金仮面』は全15回ゆえ余計な肉付けも無く原作どおりの進行とはいえ、もうこの時から原作の書かれた年代に国内で流行していた歌(「すみれの花咲く頃」ほか)を劇中で流している。




歌といえば、主題歌「黄金仮面」挿入歌「悪魔のように」を唄う三人組女性ユニットのギャル。黒木真由美・目黒ひとみ、そしてもう一人の石江理世は1978年に脱退しているそうだから、この頃にはもう中世古明代にメンバー・チェンジしていたのか。いやそれよりも、ネットを見て意外だったのは、この二曲のアレンジを「ビーイング」設立者として後年有名になる長戸大幸が担当していたとは。人に歴史あり。【連続ラジオ小説】の次なる乱歩作品『魔術師』以降、主題歌・挿入歌はどれもムード歌謡っぽいものばかりになってしまうけれど、「黄金仮面」はノリのあるポップ・チューン、「悪魔のように」はしんみりしたバラードであり、その点でも『黄金仮面』は華やかなイメージがあった。




(銀) ネット上にUPされた音源はいつまでもある訳じゃなく突然削除されたりするので、興味のある方はなるべくお早めにチェックされたし。どうせだったらこのシリーズ、明智の登場する通俗長篇第一弾「蜘蛛男」から始めてもらいたかったけど、明智の出番がかなり後のほうになるから上野友夫は着手しなかったのか。惜しい。それにしても【連続ラジオ小説】を当Blogで取り上げたからには、次作の『魔術師』も記事にしないといかんだろうなあ。



放送期間中、聴取者に配布された番組主題歌・挿入歌の楽譜画像を見るには、
下記にある  〝川野京輔〟ラベル(タグ)をクリックし、『猿神の呪い』の記事をご覧あれ。





2022年3月1日火曜日

『第8監房』柴田錬三郎

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ちくま文庫 日下三蔵(編)
2022年1月発売




★★★   どう贔屓目に見ても〝傑作〟ではない




  「柴田錬三郎って最初から時代小説/剣豪小説の書き手として君臨していたイメージが持たれているけど、キャリア初期の頃は〈なんでも屋〉みたいなところがあって、ジュヴナイルもせっせと書いている。そういう出自のせいなのか、彼のミステリ作品を読んでると〈他と違う個性〉というよりは〈どこかしっくりこない感じ〉が残るんだ。あまりよろしくない意味での〈プロパー探偵作家の書くミステリとは明らかに異なる書き方〉とでもいうか。」

 

 

  「【幽霊紳士】にしても〝なんで喪黒福造みたいな幽霊なんだよ〟とか〝どうしてそんなにたびたび再発されるのか全然ピンとこない〟っていつも言ってますもんね。今回ちくま文庫から出た『第8監房』はどうです?」

 

 

◆ 甲  【平家部落の亡霊】なんてすごく面白そうじゃん?飛騨の山奥を走っていたバスが突然故障して、乗り合わせていた乗客達がやむをえず〈平家部落〉と呼ばれる、幽霊が現れると噂のある僻地に足止めされる。こんな設定があれば読み手は断然橘外男や大河内常平みたいなおどろおどろしいホラーを期待するのに、なんだか訳アリな乗客達のゴタゴタのほうがメインになってしまって亡霊の怖さが全然無く、最後に露顕するお化けの正体ときたら・・・期待外れ。」

 

 

◆   「なるほど。【盲目殺人事件】は〈めくら〉で性的不能者の画家を夫に持つ、箱入り娘として育った四十代の妻との逢曳を重ねていた不良青年がカネ欲しさに画家を意図的に穴に落下させて亡き者にしようとします。なんだか一時期のとんねるずのような事をしてますが、これは〈ムダな部分〉も無く、まとまっているような気がしましたよ。」

 

 

◆ 甲  「うん。その〈ムダな部分〉があると思わせるのが問題なんだ。【銀座ジャングル】は物書きの疋田壮一が手相見に〝銀座の裏面を見てみろ〟と云われ、零落れたスター・守屋与詩子の死に巻き込まれる話で、別れた疋田のカミサンは頭の足りぬ若い女とペアになって街娼をしており、疋田はわざわざカネ払って彼女たちを買ったりもするんだけど、一短篇の中にいろいろ枝葉を増やし過ぎ。もう少しシンプルでいいのに。このBlogの前回の記事に取り上げたNHK連続人形劇『新八犬伝』の次作だった『真田十勇士』も原作はシバレンだったんだけどさ、あそこでも宮本武蔵や佐々木小次郎が出てきて。果してこのふたりを出す必要はあったのかとも思うし。」

 

 

  「でも『新八犬伝』の脚本を石山透が請け負っていたように、『真田十勇士』の脚本はシバレンじゃなくて成沢昌茂らが担当していましたから彼らが付け足したのかもしれませんよ。話を戻して【第8監房】も〈枝葉が多い〉作品なんですかね。普通に考えるなら【第8監房】は 高森八郎という裏社会の一員に落魄れているけれど本来は仁義に厚い軍人という設定があって、プロットを彼寄りに絞り込んでもいい気はします。」

 

 

◆ 甲  「だろ?「【三行広告】は一応短篇ではあるけれど章立てが三つもある。美男美女の夫婦が互いに倦怠しきっており、おまけに彼らの家には夫婦の険悪な仲を中和させる為に夫の兄が娘を寄宿させている状況。この夫が怪しい出会い・体験を斡旋する秘密クラブに足を踏み入れるという、まあなんだか映画『アイズワイドシャット』みたいなところもある内容で、こうして見ると本書は風俗ミステリ的な側面も多分にあるね。」

 

 

   「そして後半の三篇、【日露戦争を起した女】【生首と芸術】【神の悪戯】は実話ものです。こんなのも書いてるんですね。」

 

 

◆ 甲  「本書の359頁に〝私は、もともと、フィクションとノン・フィクションを劃然と区別するのはおかしいと思っている。(中略)いかなる実話も、筆者の想像が加えられない筈はない。〟と語るシバレンの考え方が載っているけど、んなこたぁない。不肖私は〝フィクションとノン・フィクションを劃然と区別するのはおかしい〟と思うことのほうがおかしいと思っている。」

 

 

   「そんなややこしい物言いで字数を無駄に増やさないでください。」

 

 

◆ 甲  「でもね、探偵小説と探偵実話は全然別個のもんだと常に主張しているこの私でさえ、明治時代の少年臀部肉切り事件で名高い野口男三郎を描いた【神の悪戯】のほうが前半の創作五篇よりスッキリしていて引き込まれるもの。この事が柴田錬三郎の創作ミステリの弱さを暗に象徴してるんじゃないのか?だからシバレンについてずっと前から小説よりも人形劇『真田十勇士』を石森章太郎/すがやみつるが漫画化した学研刊『真田十勇士』全八巻(19751976年)をオリジナルのまま復刻しろって言い続けてるのに。」

 

 

   「あ~、でも大河ドラマで『真田丸』をやった年にもそんな話は浮上してきませんでしたし、なんかいろいろ裏事情があるみたいですから、あのマンガを復刻するのは相当ハードル高そうですよ。」

 

 

◆ 甲  「・・・・・・・。」




(銀) ネット書店のWEBサイトで調べてみると、2000年以降「眠狂四郎」を中心にコンスタントにシバレンの新刊は出ていて「へえ~」と思った。需要あるんだな。




2022年2月26日土曜日

『発掘!ラジオアーカイブス連続人形劇〝新八犬伝〟』

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NHKラジオ第一
2022年2月放送




★★★★★  視聴者に物語の基調を反芻させるため
           総集編は毎回伏姫八房譚を再現したのか




一話でも多く観たくて観たくてしようがない「新八犬伝」。また新たに発掘された回がNHKラジオで放送されるという。え、ラジオ?
なんでも番組関係者から提供された(全464回中の)第320回(1975826日オンエア)音源だそうで、この度のアーカイブ放送は残念ながら映像は無し。当時の視聴者で番組の音声をカセットテープに録音していた人のエピソードは噂に聞いていたが、関係者にもそんな御仁が?この第320回は当Blogの以前の「新八犬伝」関連記事で紹介した86(本日の記事の最下部にある「曲亭馬琴」のラベル〈タグ〉をクリックして頂ければスキップできる)と同様に、通常の15分から40分に拡大して放送された総集編。



「孫子の代まで、祟ってやるう~ッ」 


226日土曜午後15分。ドキドキしながらradikoで録音しつつ『発掘!ラジオアーカイブス』を聴く。なにせ時は1975年、テレビの録画ができるVIDEOなんてものはまだ殆どの家庭に普及しておらず、余程の金持ちは別として、世の視聴者はラジカセぐらいしか番組を保存できる手段が無かった。ラジカセをテレビと接続コードで繋がずに、テレビの前にただ置いて録音するだけだと部屋の中に聞こえる雑音まで拾ってしまって、クリアな録音にするのはなかなか難しいのだが、今回オンエアされる音源は関係者提供だからかマスター・テープ並みのハイ・クオリティ。

 

 

 

320回は犬士を探して犬村角太郎が琵琶湖へ赴く「石見太郎坊」篇が一段落したところ。「新八犬伝」ノベライズ本(初刊/日本放送協会版全三巻)でいうなら『下の巻』の序盤。『NHK連続人形劇のすべて』を開いて放送データを確認すると総集編は第86回と、この第320回しか制作されていないようだ。

 

 

 

さて気になる第320回の内容なんだが、
話はかなり後半だというのに(いやだからこそなのか)長い物語のプロローグである伏姫八房譚がまたしても繰り返され、犬士たちの活躍は観られ・・・いや聴けず。だってさあ、このプロローグ部分は劇場版DVDや以前の記事でも紹介した第86回の総集編で十分見られるじゃないの。(第86回はテレビでアーカイブ放送されたけれども、現段階では未だにソフト化されていない)ということは全464回のうち、第86回及び第320回における総集編と題され時間拡大した回は、根幹をなす発端伏姫八房パートを改めて視聴者に復習させるためのものだったのか。これだったら40分の拡大回じゃなくてもいいから、準・総集編といえそうな第176180回「新春顔見世」篇(信乃・額蔵・現八・道節・小文吾・舟虫エピソード紹介)や第405406回「新春いろはかるた上・下」篇(〝いろはかるた〟になぞった「新八犬伝」の各キャラクターとそのエピソード紹介)のほうが聴きた・・・いや観たかったぞ。


 

                    🐕

 


などと、つい繰り言を漏らしてしまったが、たとえ辻村ジュサブローの人形が見れなくとも極上のラジオドラマとして楽しむ事ができるのは言うまでもなく、音声だけで聴くと改めて確認できる声優陣のなんと素晴らしい演技よ。時たまネットで「新八犬伝」をリメイクしてほしいとの声を見かけるけれど、ヴィジュアル面のみならず声の演技/音楽そして脚本に至るまで、旧き良き日本文化である歌舞伎/能/講談のポップな魅力を結集させたこの作品を、デジタルでアタマが退化した現代人が再現するのは逆立ちしたって無理。

 

 

 

86回しかり、第320回も総集編であれ新たに撮影はしなおしているみたいだし、従来の回の映像を再編集したものでは決してないと思う。第86回は語り手・坂本九を全面的にフューチャーし彼が挿入歌を唄うシーンなどがあったが、第320回は純粋に人形劇のみで進行。伏姫の死に至るまでのストーリーを駆け足で見せた後、この時点ではまだ登場していない「仁」の玉を持つ犬江親兵衛を除く七犬士、そしてこれまで登場してきた悪役キャラクター達の紹介が!(ここだけは何が何でも映像で観たかった)



第320回の内容とは完全一致していないが、悪役キゃラ集合の図



DVDや第86回で鑑賞できる玉梓が怨霊、悪女舟虫、さもしい浪人・網乾左母二郎、蟇六・亀篠夫婦はもちろん、第320回総集編exclusive、この豪華な悪役の顔ぶれを見よ。


関東管領扇谷定正(!)とその奥方・蟹目前(!)

四六城木工作の後妻・夏引(!)

馬加大記(!)

海賊・漏右衛門(!)

赤岩一角(!)

犬玉梓之介(!)

虬〈ミヅチ〉の悪霊・矇雲(!)

石見太郎坊(!)

 

箙大刀自(!)

彼女は原作『南総里見八犬伝』に出てくる〝そこそこ重要な大物〟なのに『新八犬伝』ノベライズ本ではその存在が割愛されてしまっていた。こうして第320回を聴くことでオンエアではちゃんと登場していたのが判明した訳だ。



                    🐕



今回のラジオ・アーカイブを聴いて「あれっ?」と思った点。犬飼現八の声を演じた声優は三人おり(井上真樹夫 → 穂積隆信 → 関根信昭)、第320回の時点だと私の記憶ではこの頃はもう三代目の関根信昭が演じていたはずだったのに、radikoから聞こえてくる現八が口上を述べる場面で穂積隆信らしき声が。なぜ現八役は二度も声優が変わったんだろう?そして声優がチェンジした正確な時期はいつだったのか? 

        




(銀) 「新八犬伝」と「ウルトラQ」はテレビ史上に残る永遠のマスターピース。今回のオンエアの中でも触れていたが、第320回の他にも視聴者から「新八犬伝」を約200回分ほど録音したテープの提供があったそうだ。NHKはこの名作をしっかり録画しておかなかった罪滅ぼしとして、提供されたそのープを全て最新の技術を駆使して丁寧にマスタリングし、我々に聴かせる義務がある。



最後に犬玉梓之介の雄姿(?)をどうぞ。本日の記事につきCarina氏、辻村寿和氏、その他すべての関係者の方々に深い感謝を。

彼の名前をよくよく見てみれば・・・。




2022年2月24日木曜日

『劉夫人の腕環』甲賀三郎

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大陸書館(楽天ブックス POD)
2022年2月発売




★★★★   テキスト入力さえ完璧なら満点だった




大陸書館のコンセプトにぴったりな甲賀三郎作品がセレクトされ、彼の著書に初収録となるものもあって嬉しい。大陸を舞台にした内容ともなれば、そこには大なり小なり戦前日本の拡大方針が描かれているため、本書に収録されている作品は戦後は再録される事がなく、読むに読めない状態が続いてきた。そういう点を重視して本来なら迷わず☆5つなのだが、ここでもテキスト入力ミスがちらほら見つかり、読書への耽溺を邪魔される。とりあえず一作ずつの概況、及び読んでいて気がついた誤入力箇所を記していく。私がミスだと思った箇所の正しい表記(○)は初出誌ではなく、(過去の著書に収録されている作品については)単行本テキストを参照している。

 

 

 

支那服の女」(『雄弁』昭和1010月号発表)

昭和12年の単行本(大白書房)表題作になった事もある短篇。尚子は真面目で身持ちの固い女。貧しい家の出だったが一介のタイピストから東亜探偵局へとひっぱり上げられ、今では秘かに女間諜でもある。その尚子に女学校時代の旧友・綾子から「自分は支那の金持ちの妻になったのだが、ぜひ助けてほしい事があるから上海まで来てほしい」という手紙が届いた。折しも東亜探偵局の上司から上海出張を告げられ、早速向こうで綾子と再会する尚子。すると綾子は昔の男に強請られていると告白し・・・。

 

 

 

「劉夫人の腕環」(『新青年』昭和158月号発表)

これも昭和17年に出た単行本(長隆舎書店)の表題作。国際都市上海のエムパイヤホテル。タイトルから予想されるとおり、新政府筆頭要人・劉秀明の妻が所有する腕環をめぐる攻防。

 

「うでわ」という単語をPCで普通に打つと、どうしても「腕輪」と出てくるから仕方がないのだけれど、本書では文中に出てくる「うでわ」という漢字が全て「腕輪」とタイプされてしまっている(中には「腕輸 ―うでゆ― 」になっているところも)。「環」という字は別に旧字ではないから、書名や章題同様に文中の表記も「腕環」で統一すべき。長隆舎書店版の初刊本を調べてみたが、やはり「腕輪」ではなく「腕環」だった

 

あと、この本の制作者は老眼なのか、カタカナの「ペ」と「ベ」を見間違えるようで。

ベン皿(✕) 54頁上段6行目

ペン皿(○)

 

婚約【ルビ/おおなずけ】(✕) 60頁上段2行目

婚約【ルビ/いいなずけ】(○)

 

 

 

「カシノの昴奮」(『新青年』昭和1411月号発表)

上海の賭博場における恋とイカサマのギャンブル泣き笑い話。こうしてみると甲賀って、上海という舞台が結構お気に入りなのかしらん。

 

 

 

「不幸な宝石」(『冨士』昭和72月号発表)

エスピオナージ小説を甲賀はいくつも書いているし、本作が満洲事変直後の執筆とはいえ、昭和ヒトケタのタイミングで、退役軍人は別にして、関東軍やら現役の軍人を描いた探偵小説は珍しく、後年甲賀が日本文学報国会の一員になる事を思うと色々考えさせられる。

 

 

 

「血染のパイプ」(『雄辯』昭和748月号連載)

昭和7年刊改造文庫(改造社)の表題作だった中篇。改造文庫冒頭の解題で、甲賀は「血染のパイプ」について、このようにコメントしている。

 

〝「血染のパイプ」は探偵小説の本道から云ふと、稍傍道に外れている所があり、多分にスリリング(戦慄)小説の要素を含んでゐる。舞臺を満洲に取つてあるので、意外な結末と共に、時節柄讀者諸君の好奇心を十分滿足せしめると信ずる。〟


 

日本が満洲という新国家を建設しつつある時、千万長者蜷川良作老の娘・瑠璃子が悪の秘密結社赤蠍団に誘拐された。美しく汚れのない瑠璃子の彼氏である『満洲新報』の青年記者・楠本瑞夫は良作に頼まれて瑠璃子を救い出そうとするのだが、知り合ったばかりの友人・井内健太郎/楠本の通報を受けてやってきた民野警部とその部下/現地警察/怪支那人趙儀之、すべて信用できぬ者ばかり。このままでは満洲国は赤蠍団の背後にいる敵国に乗っ取られてしまう。八方塞がりな中で楠本は蜷川家の巨額の財産が赤蠍団に流出するのを防ぎ、瑠璃子を救出できるか?

 

二人は日本によってはならいのじゃ。     (✕) 119頁下段14行目

二人は日本に止(とゞま)つてはならぬのぢや。(○)

 

女関の床に手紙らしいものが(✕) 148頁下段16行目

玄關の床に手紙らしいものが(○)

 

わしにはよじ登る事が出来ね(✕) 191頁上段16行目

わしにはよぢ登る事が出来ぬ(○)

 

 

 

「イリナの幻影」(『雄辯』昭和115月号発表)

春秋社『甲賀・大下・木々傑作選集 霧夫人』に収録。民国政府顧問で親日家のヴィンセント・カスタニエ伯爵は日支提携のため来朝していたが、帰任するその前日にホテルの一室で机に凭れかかって死んでいるのが発見され、その上にはフィルムを取り出そうと後部の蓋を開けた状態のカメラが。イリナという妖婦のエロティシズムに加え、甲賀十八番の理化学トリックも。

 

 

 

「特異体質」(『雄辯』昭和169月号発表)

当時日本の統治下にあった台湾。高砂大学の蒲原医学博士と助手の宮本医学士は検察局から依頼され検死を行う。姜という医師が鎮静剤ブローム・カルシウムを丹毒患者に注射したところ、異常反応を起こし絶命したためなのだが、姜医師はあくまで自分には手落ちは無く患者の特異体質のせいだと主張する。これも一種の理系ネタ。

 

 

 

「海からの使者」(『キング』昭和164月号発表)

昭和12年刊『支那服の女』(大白書房)に収録。都内で医師として働く主人公の〝私〟は過去に患者として面倒を見た矢柄平太なる男の急な訪問を受ける。彼は秘密厳守を前提として、国防を匂わす奇妙な任務を〝私〟に受諾させた。待ちかねていた『華北日報』上の秘密通信を確認すると〝私〟は娘の宮子を連れて、ダットサンを走らせ九十九里浜に向かう。雨の降る真夜中の海辺にやってきた者とは?

 

入力ミスではないけれど〝三月〟〝二月〟という表記が出てくるが、これはMarchFebruaryではなく〝三ヶ月〟〝二ヶ月〟の意味。甲賀の書き癖がまぎらわしい。

 

 

 

「靴の紐」(『満洲良男』康徳912月号発表)

康徳とは満洲国の元号。よって康徳9年は日本でいう昭和17年。編者曰く、これは大陸小説ではないが、掲載紙『満洲良男』が関東軍による機関誌という特異な雑誌なので、附録として収録したとの事。本作は探偵・木村清シリーズものなのだが、実は『甲賀三郎探偵小説選Ⅲ』に収録されていた「郵便車の惨劇」(『キング』昭和412月号発表/探偵役は杉原潔)のリメイク。『満洲良男』はその全貌がよくわかっていないだけに、掲載された探偵小説がひとつでも多く判明するのは有難い。




いつもアイナット氏運営のHP「甲賀三郎の世界」にはお世話になっている。今回もいくつか初出情報を確認させてもらった。感謝。




大陸書館(=捕物出版)の長瀬博之は魔子鬼一『牟家殺人事件』を再発する時に、これまで犯人の名前がいつも誤植されていた事を強調していたぐらいだから、本書に見られる入力ミスの数々は不注意というより年齢からくる視力・集中力低下の問題とは思うが、こうしてどの版元からも立て続けに発生する探偵小説新刊のテキスト入力ミスを見ていると(中には最初からこうした作業には完全に不適格な人間もいるが)、テキストの制作方法が昔のようなアナログな手作業ならきっと起こり得なかっただろうに、PCみたいなデジタルな工程では無意識のうちにタイプミスを犯しがちなのが明々白々。

毎回言っているけれども、刊行ペースはゆっくりでいいから、一度テキストを入力し終えたなら時間をかけ再チェックした上で印刷・製本に回してほしいんだってば




(銀) 上記でも述べたように甲賀三郎は日本文学報国会に加入しているほどだから、探偵作家の中ではいわゆる保守寄りだったのかもしれないし、関東軍の創刊した『満洲良男』への作品提供も、そう不思議な話ではない。逆に、かなりリベラルな横溝正史が『満洲良男』に「三行広告事件」を提供したのには、どういう経緯があったのだろう?横溝オタも金田一の話ばかりしてないで、たまにはこういう事を真面目に調べてみてはどうか?




2022年2月22日火曜日

『薔薇仮面』水谷準

NEW !

皆進社 《仮面・男爵・博士》叢書 第一巻
2022年2月発売



★★★★★   佐々木重喜、再始動




あの『狩久全集』を制作した佐々木重喜(皆進社)が長い沈黙を破って再び動き出した。それだけでも私にとってはめでたいニュース。でもまさか水谷準のこのシリーズものを新刊として出してくるとは予想外だった。本書に収録されているのはどれも相沢陽吉という主人公が活躍する戦後発表作品。相沢陽吉の職業に目を向けると新聞記者だったり、その新聞社系列の雑誌記者だったり、意味もなく所属セクションが微妙に変化している。

 

 

 

今回は収録順とは逆に、長篇の「薔薇仮面」から俎上に載せていこう。
他の探偵作家の新聞記者キャラ、獅子内俊次(甲賀三郎)三津木俊助(横溝正史)明石良輔(角田喜久雄)といった顔ぶれに比べると、どの角度から眺めても、悲しいかな相沢陽吉という人物の存在感は貧弱。記者という職業がうまく物語に活かされているでもなし、犯人をはじめ回りを固める登場人物にしたって、何かしらの魅力があったり特徴を持つキャラがいない。

本格テイストでなくとも、サスペンス・スリラーとして面白く読ませるのであればそれでもいいが、プロットさえも平坦なのだから読んでいて気分が盛り上がらず。探偵小説のプロパーでない作家が書いたものならまだ許される余地もあるけど、水谷準クラスがこれでは苦しい。そもそもタイトルを「薔薇仮面」とする必然性が無いのが一番の問題点。





不満は短篇「三つ姓名の女」「さそり座事件」「墓場からの使者」「赤と黒の狂想曲」にも残念ながらチラつく。海外物の翻案は水谷準もやっているが、ここでは「三つ姓名の女」にて誰でも知っている超メジャー仏蘭西人作家が書いた連作短篇のアイディアに頼っている。『新青年』の歴代編集長が書いた創作探偵小説を振り返ってみると、森下雨村と横溝正史はさておき他の面々は作家としてどうだろう?水谷準初期の幻想系短篇は確かに良い。でも作家としてのトータル・キャリアを見た場合、戦後の作品の中から際立ったものを見つけるのは難しい。


 

 

疑問を抱いているのは私だけかもしらんけど、水谷準って世間で云われているほど『新青年』編集長として本当に名伯楽であっただろうか?江戸川乱歩に『新青年』復帰を促した「悪霊」の時だって、確かに乱歩という人は小説を書かせるのに普通の作家の何倍も手が掛かったとはいえ、結局その気にさせて完成させる事ができなかった訳だし、だいいち昔から準は他人の作品を一向に褒めない性格だったんでしょ。(褒めりゃいいってもんでもないけど)編集長の資質としてはそれでよかったのかな?

 

 

 

よって本書の解説もあまりベタ褒めだといかにも嘘臭くなる。解説を執筆した西郷力丸によれば水谷準の意図する「ユーモア」とは普段我々がイメージする〝クスッと笑えるような〟という意味合いではなく「高踏的姿勢」なんだって。「高踏的」という言葉をネットで調べると〝世俗を離れて気高く身を保っているさま〟〝独りよがりにお高くとまっているさま〟とあった。制作サイドとしては無理にでもポジティヴにまとめるしかないからとやかく言う気は無いが、戦後の準はゴルフに没頭してもいたし、探偵小説の仕事に情熱を傾けていたとは言い難い。


 
 
 
 
(銀) 小説の内容が褒められたものではないのに満点にしているのだから「内輪褒めか!」と勘繰られそうだが、私は本書の制作者・佐々木重喜の探偵小説への愛情には敬意を払っている。今回ばかりは特別に佐々木の復帰を喜び、御祝儀の気持ちを込めた。また本書に収録されている作品は入手難なものばかりで、内容うんぬんよりも手軽に読めるようになった事を重視しての★5つと受け取って頂きたい。探偵小説の世界に詳しくない人が今日の記事を読んだら「この★5つは間違いじゃないのか?」って思われるだろうが、いろいろ意味があるのよ。

 

 

 

もっとも(見つけたのは一箇所だけだったが)76ページに「名刺」とすべきところが「刺」になってて正直「皆進社もか」と一瞬怒りかけた。盛林堂周辺や論創社の本で誤字テキストにはもうほとほとウンザリしているから、皆進社の本に今後こういうミスは無いようにしてほしい。それと、いくら本書の購買層が中高年に集中しているとはいっても「秘密戦隊ゴレンジャー」を序文(新田康)の引き合いに出すのは読んでてサブい、というかこっちが恥ずかしくなる。