◆ 甲 「柴田錬三郎って最初から時代小説/剣豪小説の書き手として君臨していたイメージが持たれているけど、キャリア初期の頃は〈なんでも屋〉みたいなところがあって、ジュブナイルもせっせと書いている。そういう出自のせいなのか、彼のミステリ作品を読んでると〈他と違う個性〉というよりは〈どこかしっくりこない感じ〉が残るんだ。あまりよろしくない意味での〈プロパー探偵作家の書くミステリとは明らかに異なる書き方〉とでもいうか。」
◆ 乙 「【幽霊紳士】にしても〝なんで喪黒福造みたいな幽霊なんだよ〟とか〝どうしてそんなにたびたび再発されるのか全然ピンとこない〟っていつも言ってますもんね。今回ちくま文庫から出た『第8監房』はどうです?」
◆ 甲 「【平家部落の亡霊】なんてすごく面白そうじゃん?飛騨の山奥を走っていたバスが突然故障して、乗り合わせていた乗客達がやむをえず〈平家部落〉と呼ばれる、幽霊が現れると噂のある僻地に足止めされる。こんな設定があれば読み手は断然橘外男や大河内常平みたいなおどろおどろしいホラーを期待するのに、なんだか訳アリな乗客達のゴタゴタのほうがメインになってしまって亡霊の怖さが全然無く、最後に露顕するお化けの正体ときたら・・・期待外れ。」
◆ 乙 「なるほど。【盲目殺人事件】は〈めくら〉で性的不能者の画家を夫に持つ、箱入り娘として育った四十代の妻との逢曳を重ねていた不良青年がカネ欲しさに画家を意図的に穴に落下させて亡き者にしようとします。なんだか一時期のとんねるずのような事をしてますが、これは〈ムダな部分〉も無く、まとまっているような気がしましたよ。」
◆ 甲 「うん。その〈ムダな部分〉があると思わせるのが問題なんだ。【銀座ジャングル】は物書きの疋田壮一が手相見に〝銀座の裏面を見てみろ〟と云われ、零落れたスター・守屋与詩子の死に巻き込まれる話で、別れた疋田のカミサンは頭の足りぬ若い女とペアになって街娼をしており、疋田はわざわざカネ払って彼女たちを買ったりもするんだけど、一短篇の中にいろいろ枝葉を増やし過ぎ。もう少しシンプルでいいのに。このBlogの前回の記事に取り上げたNHK連続人形劇『新八犬伝』の次作だった『真田十勇士』も原作はシバレンだったんだけどさ、あそこでも宮本武蔵や佐々木小次郎が出てきて。果してこのふたりを出す必要はあったのかとも思うし。」
◆ 乙 「でも『新八犬伝』の脚本を石山透が請け負っていたように、『真田十勇士』の脚本はシバレンじゃなくて成沢昌茂らが担当していましたから彼らが付け足したのかもしれませんよ。話を戻して【第8監房】も〈枝葉が多い〉作品なんですかね。普通に考えるなら【第8監房】は 高森八郎という裏社会の一員に落魄れているけれど本来は仁義に厚い軍人という設定があって、プロットを彼寄りに絞り込んでもいい気はします。」
◆ 甲 「だろ?「【三行広告】は一応短篇ではあるけれど章立てが三つもある。美男美女の夫婦が互いに倦怠しきっており、おまけに彼らの家には夫婦の険悪な仲を中和させる為に夫の兄が娘を寄宿させている状況。この夫が怪しい出会い・体験を斡旋する秘密クラブに足を踏み入れるという、まあなんだか映画『アイズワイドシャット』みたいなところもある内容で、こうして見ると本書は風俗ミステリ的な側面も多分にあるね。」
◆ 乙 「そして後半の三篇、【日露戦争を起した女】【生首と芸術】【神の悪戯】は実話ものです。こんなのも書いてるんですね。」
◆ 甲 「本書の359頁に〝私は、もともと、フィクションとノン・フィクションを劃然と区別するのはおかしいと思っている。(中略)いかなる実話も、筆者の想像が加えられない筈はない。〟と語るシバレンの考え方が載っているけど、んなこたぁない。不肖私は〝フィクションとノン・フィクションを劃然と区別するのはおかしい〟と思うことのほうがおかしいと思っている。」
◆ 乙 「そんなややこしい物言いで字数を無駄に増やさないでください。」
◆ 甲 「でもね、探偵小説と探偵実話は全然別個のもんだと常に主張しているこの私でさえ、明治時代の少年臀部肉切り事件で名高い野口男三郎を描いた【神の悪戯】のほうが前半の創作五篇よりスッキリしていて引き込まれるもの。この事が柴田錬三郎の創作ミステリの弱さを暗に象徴してるんじゃないのか?だからシバレンについてはずっと前から小説よりも人形劇『真田十勇士』を石森章太郎/すがやみつるが漫画化した学研刊『真田十勇士』全八巻(1975~1976年)をオリジナルのまま復刻しろって言い続けてるのに。」
◆ 乙 「あ~、でも大河ドラマで『真田丸』をやった年にもそんな話は浮上してきませんでしたし、なんかいろいろ裏事情があるみたいですから、あのマンガを復刻するのは相当ハードル高そうですよ。」
◆ 甲 「・・・・・・・。」
(銀) ネット書店のWEBサイトで調べてみると、2000年以降「眠狂四郎」を中心にコンスタントにシバレンの新刊は出ていて「へえ~」と思った。需要あるんだな。