2021年1月20日水曜日

『蒼き死の腕環』長田幹彦

NEW !

ヒラヤマ探偵文庫 10
2020年11月発売



★★★    山手の裏街いばらの地の果てに
            噂のシンジケート謎の影



解説を書いているのは『新青年』研究会の湯浅篤志。同人出版を活用して、論創ミステリ叢書等では扱うのが無理そうだけど探偵小説として一応発表された作品を掬い取る、みたいな狙いか。長田幹彦は谷崎潤一郎とほぼ同世代で、「蒼き死の腕環」は大正13年の女性雑誌『婦人世界』112月号に連載された長篇。初めての単行本収録。

 

 

物語にもあるように半年前にはあの関東大震災が発生している。探偵文壇で江戸川乱歩が「D坂の殺人事件」に名探偵明智小五郎を登場させるのは翌大正14年 1月の事。まだ日本の探偵小説がヨチヨチ歩きの揺籃期に『新青年』ではなく一般女性誌で〈探偵小説〉の角書きを付けた長篇、しかも一年連載とは、時流に乗っかっただけだとしても、手を付けたのは早かったほうだ。


 

 

【 探偵趣味の度合 】

あってもサスペンスぐらい。探偵 vs 犯人の構図も無いし、お宝争奪ものでもなければどんでん返しも無し。なんでもいいから最後まで引っ張るアトラクティヴな謎がないと・・・。


 

【 ストーリー 】

異国に売り飛ばされ曲芸のジプシーとして生きてきた房江は混血児の美少年ヨハンを連れて帰朝した。目的はヨハンの父を探す為。ところが並外れた肢体を持つ日本娘を肴にひと儲けしようと企む秘密結社の手中に房江は堕ちてしまう。いうなれば「メリケン情緒は涙のカラー」(© 桑田佳祐)的な筋書き。


 

前半はあっけなく悪党どもに弄ばれ「これ悲惨小説みたいになるのか?」と思って読んでいると途中で潮目が変わって房江の逆襲が始まる。悪党によって囚われの身となった房江とヨハンを載せた客船が横浜から一路米国に向かう途中、救いの主が現れ二人がたちまち日本へと戻されるあたりなどはバブル時代のジェットコースター・ドラマみたいでどうにも都合良すぎ。


 

危なっかしい綱渡りな感じから一転する房枝の後半の変り身にもやや戸惑うし、タイトルにもなっている彼女の〈腕環〉にプロットの背骨となりうる深い因縁でもあればよかったのに。地震で横浜の街もかなり被災している筈だが、この物語の中ではそうでもないどころか、数年後のエロ・グロ・ナンセンス絶頂期と錯覚しそうな退廃感さえ先取りしている。大正末期で米国の排日運動なんて言ってるから「え? ちょっと時期が早くないか?」と思ったら、この頃あちらじゃ〝排日移民法〟とかが盛んに行われてたって訳ね。

 

 

【 総 評 】

時代が時代だけに長田幹彦が探偵小説を正しく理解して執筆したとは言い難いけれど、気軽に読むぶんには以前このヒラヤマ探偵文庫からリリースされた『九番館』同様、退屈はしなかった。花柳小説で腕をふるった人ゆえ、きっと文章/語り口が安定しているからだろう。これらに比べたら、似たポジションにあって本書の解説でも言及されている久米正雄「冷火」のほうがずっとツマラナイ。「冷火」の初刊本、高い金払ってまで読むもんじゃないですから。

 

 

少し時代が下って昭和5年、やはり女性誌に〈探偵小説〉の角書きで連載された三上於菟吉「銀座事件」にしても、その内容を探偵小説と呼ぶにはキツイ内容だった。非探偵作家だと、短篇ならまだ読めるものもあるとはいえ長篇は難しいわなあ。




(銀) 湯浅篤志が雑誌『映画論叢』に書いている、昭和初期に公開された探偵小説映画の記事がある。あれ、映像化に全く関心の無い私でも楽しめそうな内容だし、纏めて一気に堪能したいので単行本化されるまで読むのを我慢している。早く一冊にならないかな。



 


2021年1月19日火曜日

『甲賀三郎探偵小説選Ⅳ』甲賀三郎

2020年4月24日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第123巻
2020年4月発売



★★★    未だ読めない甲賀作品が多いのに
           なぜ次女の創作をねじ込む必要が?
  


   
長篇「姿なき怪盗」中編「体温計殺人事件」「妖鳥の呪詛」短篇「機智の敗北」「小手川英輔の奇怪な犯罪」「情況証拠」「波斯猫の死」「天才提琴家の死」。 数十年間、新刊本収録の出番が巡ってこなかった作品というだけでなく内容的にも文句のないセレクション。新規読者は『甲賀三郎探偵小説選』なら本巻『』、そして『』に入っている優れた作品群をまず押さえて頂きたい。その上で初めて『』『』に載っている作品や河出文庫に入った長篇『蟇屋敷の殺人』も楽しめるというもの。




収録作をひとつひとつ楽しく賞味するレビューを書きたかったのに、論創ミステリ叢書が100巻を過ぎた辺りから本作りにブレが目立つ論創社の不甲斐無さが(今回も)そうさせてくれない。論創社の本といえば躊躇うことなく☆☆☆☆☆進呈していた数年前までの全幅の信頼がまるで嘘のよう。

深草淑子は2018年夏、父・甲賀三郎のもとへ旅立った。彼女が執筆活動を始めたのは晩年の話で(申し訳ないけれど)冷静に見て彼女の創作はプロの作家としては厳しいものがある。編集部は本巻の甲賀作品の中に彼女の作も入れることで藤雪夫・藤桂子と同じような扱いにしたのだろうが、同時代で一緒に作家活動を行った藤親子とは状況が全く異なる。極端な喩えだが、もし長嶋茂雄写真集の中に一茂単独のページがあったり、ジョン・レノンのコンピレーションにジュリアンやショーンの曲が入っていたら、ミスターやジョンのファンは喜ぶだろうか? 答えは「No」のほうがきっと多い筈。


 

 

昨日の記事でも書いたが、新刊で入手できる甲賀三郎の著書はいまでもホンの僅かにすぎない。なのに、編集部は読者が求めている甲賀作品を押し退けてまで次女の手慰みのような遺作七篇を収録する意味があるか?

(唯一重要な新しいエッセイ「父の思い出」は3ページ強という未完のまま掲載)

深草淑子を追悼するつもりならば、生前彼女が好きだった父の作品で「二川家殺人事件」(原題「黄鳥の嘆き」/創元推理文庫『日本探偵小説全集 1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集』で読める)と共に挙げておられたロマンティックなゲレンデ・ミステリ「霧夫人」をどうして収録しなかったのだろう?

それ以上に(本巻でも)目に余る問題点。最近の論創社の本作りは杜撰だと『幻の探偵作家を求めて 完全版(上)』での惨状以来ずっと私は言い続けているが、彼らには全く通じていない。編集部だけの問題でもないのかもしれないけれど。


 

本巻中いくつも見つかる誤字群の一例:


● 「姿なき怪盗」の兇賊の名は三橋龍三が正しいのに本巻では3頁の表記だけ〝龍三〟で、
  そのあと何度も出てくる三橋の名はずっと〝竜三〟にされてしまっている


●  解題・奥付にまでミスがある

解題(430頁)  七十九歳で作家ビュー  ×   七十九歳で作家ビュー  〇

奥付(453頁)  法学部法律  ×        法学部法律学科  〇

 


こんなに出す本出す本間違いだらけというのは、素人が作る私家本・同人誌でもめったにない。論創ミステリ叢書では前巻の飛鳥高『Ⅴ』から責任の所在を明確にする目的なのか、奥付に校正者名を記載するようになり、本巻の担当が横溝正史研究家の浜田知明なのは判断できるけれど、正確な校正(というより校閲か)による誤表記の解消には全くなっていない。

 

 

ある時期、論創ミステリ叢書は増税とも関係なくページ増量してもいないのに値上げを続けた。論創社はそうやって儲けて天狗になったのか、以前より出す新刊の数を増やし論創ミステリ叢書/論創海外ミステリ以外にもミステリ関係の本をやたらと乱発しているように私の眼には映る。結果、ちゃんと目配りが行届くキャパシティをオーバーフローしてしまい誤字だらけの本ばかり出している状態に陥っているのではなかろうか。




(銀) 本巻『Ⅳ』については既に、2020年6月28日/甲賀三郎『緑色の犯罪』の項であれこれ書いたので興味があればそちらもご覧頂きたい。一~二度のミスならともかく何度も同じ失態を繰り返しているというのに、論創社の社長が何も危機感を抱いていないのであれば、この会社は出版社として失格だ。



こうなってみると横井司は過去の担当編集者と組んで上手くやっていたし、現在の状況になって改めて彼の存在の大きさを感じる。横井が中心となって統括しないんだったら論創ミステリ叢書は100巻で終了しといたほうがむしろ良かったのだ。黒田明が特に使えないと見るよりも、探偵小説の知識といい仕事の的確さといい、横井のポテンシャルがあまりに高かったという考え方もできるし。なんにせよ横井氏よ、仕事の質を落とさないよう、あまり多忙にはなり過ぎないで。





2021年1月18日月曜日

『甲賀三郎探偵小説選Ⅲ』甲賀三郎

2017年3月4日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第104巻
2017年3月発売



★★★    探偵小説講話



 『Ⅲ』は王道を踏まえた収録内容。初めて本叢書の甲賀の巻を読むならまずこれを。



指揮杖を携え西洋妖婆のような異様の風貌を持ち、事件解決後なにがしかのお宝をネコババする怪弁護士・手塚龍太シリーズを九作網羅。うち三作が傑作集的な『緑色の犯罪』(国書刊行会)と重複している事からも、このシリーズの評価の高さが窺えよう。

 

ノン・シリーズものは、

「日の射さない家」「水晶の角玉」

「郵便車の惨劇 () 「幽霊屋敷 ()

「木内家殺人事件」 

()  はおそらく単行本に初めて収められる。

 


本巻の主役は雑誌『ぷろふいる』に一年間連載されたまま纏めて読む事ができず、その名ばかりが先行していた評論「探偵小説講話」。ここでの甲賀の提案を一言で表すなら「本格を探偵小説と呼ぶべきであって変格はショート・ストーリィと呼んで区別した方がいい」この提案の行末は誰もが知るところであるが、甲賀は度々「自分は決して変格を認めないと言っている訳ではない、ただ区別をすべき」だと諭す。

 

 

何か変わったことを言うと、なぜか感情的になってキレる幼児的な探偵小説読者が存在するのは昔も今も変わらないらしくて。ただ、甲賀の物言いは他人の怒りを誘発させそうな部分もあり、森下雨村に疎まれてしまったりとか、そこで損したことも多いのは否定できない。

 

 

もうひとつの目玉である甲賀三郎著作リストをじっくり眺めて感じるのは、探偵小説が好きなら思わず読みたくなるような作品タイトル・ネーミングの上手さ。こういう例を出すのは好きじゃないが誰も言わないのであえて言うと、東野圭吾が「ガリレオ」でやったことに、はるか昔から手を付けていたのは甲賀だ。


 

 

☬ 惜しむらくは気短な性格からくるものなのか文章やその構成が性急だったり、はたまた代表作「琥珀のパイプ」等にも見られる傾向で、せっかく良い物理トリック・理化学トリックを生んでいながら、同じ作中に雑多な要素を詰め込みすぎて、印象を薄めてしまう弱点がある。それも個性と言ってしまえばそれまでだが、江戸川乱歩ほど寡作でなくてもいいけれど、執筆数を絞り一作一作に重みを持たせられていれば・・・。

 

 

それでも甲賀三郎を好きな理由は、戦前人気探偵作家としての〝華〟があるから。長篇をはじめ通俗っぽさが強くてもそれが甲賀らしさなのだから、強引に目をそむけるのもおかしい。実話物の「支倉事件」が甲賀長篇No.1とされているのを私はどうしても肯けない。


 

 

☬ ファンサイト『甲賀三郎の世界』の実績から本巻の解題を担当する話が舞い込んできた稲富一毅の甲賀認知活動が少しでも報われるよう、中身を吟味した良い甲賀本の続報を待つ。獅子内俊次シリーズ長篇のうち「姿なき怪盗」は次の巻『Ⅳ』に、「印度の奇術師」は同人出版の盛林堂ミステリアス文庫にて読めるようになったけれど、「犯罪発明者」「乳のない女」「死頭蛾の恐怖」「雪原の謀略」はいまだ土中に眠っている。





(銀) アイナットのwebネームで呼んだほうがしっくりくる稲富一毅。webサイト『乱歩の世界』『甲賀三郎の世界』では沢山楽しませてもらったからAmazon.co.jpのカスタマー・レビューで厳しい指摘はしなかったけれど、彼の提供した甲賀三郎著作リストは三つ四つ程度ならともかく、ちょいとミスが多すぎ。執筆が本業ではないし、仕事やプライベートで忙しかったのかもしれないが、せっかく作品のセレクトはgoodなのに本巻そして次の『』の解題等でも再びミスが多くて残念。

 

 

こういうのを見てしまうと、いくらその作家の専門家でも、誤記などミスの多いテキスト・データを提出してしまいがちな一般の人間にアウトソーシングするのってどうなんだろう?そもそもゲラが上がる前、そういうミスに気付いて直すのが編集部の仕事と違うの? もっとも稲富は間違いに気付いて自分のHPですぐ訂正していたから、四六時中ネットしかしておらず本のミスをそのまま放置しているどこかのオッサンよりずっとマシだがね。  

 

 

昨日の記事でも論創社への疑問を書いたが、まだあるぞ。論創ミステリ叢書はこの後、加納一朗や藤原宰太郎の巻まで出すようになってしまった。佐左木俊郎『Ⅰ』の帯には斎藤栄の予告があって、この叢書は私の考える探偵小説とは全然違う方向へ進んでいるらしい。加えて佐左木俊郎は荒蝦夷から任された企画なのに、『Ⅰ』だけ出して『Ⅱ』は出さないつもりなのか?論創海外ミステリは普通に新刊を発売し続けているから、いま論創ミステリ叢書が一冊も発売されないのはコロナ禍のせいとは言わさんからな。



今まで意識したことはなかったが、自分がAmazonのレビューを書くようになったキッカケは、論創ミステリ叢書なり論創社という存在があったから。その論創社への信頼も本巻が出た頃には崩壊しつつあり、その後は探偵小説のレビューをAmazonへ投稿する気持が冷めて、音楽関係のレビューばかりになっていくのだった。





2021年1月17日日曜日

『甲賀三郎探偵小説選Ⅱ』甲賀三郎

2017年2月4日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第103巻
2017年2月発売



★★    新刊で出すチャンスは
           そう何度もあるものではない




🕷 たった1~2冊の論創ミステリ叢書で全キャリアをカバーできるマイナー作家と違い、生前(戦前)の甲賀三郎は多作を物した売れっ子だった。そんな甲賀も時を経るにつれてなかなか再評価のポイントが見つからず、平成以降は手軽に読める現行本もほんのわずか。本人が自信を持っていた代表作「姿なき怪盗」からして通俗だと見下され、もう30年以上単書再発されていないという現状には言葉も無い。

 

 

決して十全とはいえぬ、没後に出された湊書房版「甲賀三郎全集」の複写製図書館本(日本図書センター)があるにはあるが、高額過ぎる定価といい(原本の湊書房版自体からして)読み難い文字といいお薦めはできない。当時の人気と現代の扱いにかなりの隔たりがあるという、不幸にして難しい状況をまず知って頂いた上で、本巻の吟味に移ろう。


 

 

🕷 今回、数少ない良かった点。甲賀の次女で作家でもある深草淑子のエッセイ「父・甲賀三郎の思い出」、これが一番グッときた。私達は甲賀について知らない事が多すぎる。今回はたった四頁だが、彼女にはお元気なうちに父上の評伝を出してほしい。聞書きでもかまわないから。

 

 

次に甲賀晩年の中篇「朔風」。発掘された話は聞いていたが、ようやく読める時が来た昭和18年のこの作は帝都下の敵国スパイ暗躍を描き、棺の中の屍体入れ替えとか探偵趣味も少々。本巻の解題担当は浜田知明で、『緑色の犯罪』(国書刊行会)同様に解説内容はツボを押さえている。欲をいえば「朔風」が連載された幻の樺太発雑誌『北方日本』についても言及がほしかった。


 

 

🕷 さあ、収録意図に納得がいかないのはこの後。濫造ともいえる数多い甲賀のシリーズものの中のひとつ「気早の惣太」七短篇。人情深い夜盗探偵笑説は普通の読者にとって最も読み易いかもしれない。その一方で、この手の和製「地下鉄サム」は久山秀子や三木蒐一のスリ師物語とか色々存在していて、特段甲賀らしさが秀でているものでもない。このシリーズは前述の湊書房版「甲賀三郎全集」にも収録されている。

 

 

初期の橋本敏探偵譚二短篇。「真珠塔の秘密」は異稿ヴァージョン、「カナリヤの秘密」は得意の理化学トリックだが、前者は『「新趣味」傑作選』(光文社文庫)、後者は『琥珀のパイプ(初刊復刻版)』(春陽堂)で容易に読めるし、また突出した完成度でもなし。


 

 

🕷 中篇「ビルマの九官鳥」は日米開戦前夜の国策少国民教育向け冒険ジュヴナイル。私のこれまでの古書による甲賀諸作の読後感からすると、彼のジュヴナイルは乱歩はおろか小酒井不木や森下雨村の後塵をも拝していると思う。14年前の『甲賀三郎探偵小説選 Ⅰ 』に採られた長篇「電話を掛ける女」しかり、初刊の一度きりしか本になっていないレア作なのはよくわかるが、なんで今ここに収録を?

 

 

「暗黒街の紳士」は〝素人作家武井勇夫 vs 私立探偵春山誠〟、いわゆる「暗黒紳士」シリーズのひとつと見做したようだが、それならばどうして他の五短篇「毒虫」「夜の闖入者」「黒衣の怪人」「証拠の写真」「救われた犯人」と一緒に纏めなかったのか?この叢書では判明しているシリーズものは、(短篇なら特に)一堂に会するのが常じゃなかったっけ?

 

 

「凶賊を恋した変装の女探偵」にしても怪盗・葛城春雄シリーズのひとつだと類推している割には『Ⅰ』で漏れた葛城シリーズをすべて収録するでもなく・・・。まあ葛城シリーズは長いものもあるからしょうがないけど。代わりに重要度の思いっきり低そうな未刊小品「銀の煙草入」「都会の一隅で」「池畔の謎」「街にある港」、これらは犯罪実話風とか戯曲であって、復刊に値する作がこれしか残ってないのならともかく、もっとマシな甲賀作品はいくらでもある。


 

 

🕷 似たような立場の『大下宇陀児探偵小説選 Ⅰ/Ⅱ』がまだバランスよくセレクトされていたのに比べると、良心的な作品選択からは遙かに遠い。解題の中で浜田知明が、「作品の選択・構成は論創社編集部による」と書いていたっけ。「俺のセレクトじゃないからね」ってことか。

 

 

論創社のtwitterで「もし甲賀の続巻を出すならば、時代物の〝怪奇連判状〟や〝別尾夫婦+陸津説男ユーモア科学シリーズ〟を収録予定」と言っているのを見かけたが、それらが世間で需要があるのなら結構だが、大して出来のよろしくないものばかり優先収録してどういうつもり?

 

 

甲賀びいきの私としては久しぶりの甲賀本で大いに楽しみにしていたのに・・・・本巻で初めて甲賀を読む方はどうかこれだけで判断しないでほしい。甲賀三郎完全版全集刊行など夢のまた夢だし、数少ない機会は大切にしてもらいたい。新刊本さえ出れば中身は何でもいいという訳ではない。





(銀) 2013年の仁木悦子の巻を最後に少年小説コレクションのリリースがパッタリ止まった時から疑ってはいたけれど、前回の保篠龍緒に続いて甲賀三郎の本巻『Ⅱ』そして『Ⅳ』、さらに本来は少年小説コレクションで出す筈だったジュヴナイルを無理やり押し込めてしまった『鮎川哲也探偵小説選 Ⅱ/Ⅲ』を見て、論創社の編集担当・黒田明に論創ミステリ叢書や日本探偵小説関連書籍の舵取りをやらせるのはマズイのではないか?・・・と本気で思い始めた。



「朔風」は初めてのお目見えだからまだ新鮮に読めるけれど、戦時下という似たような状況下の長篇を並べ、しかもそれが、(言っちゃ悪いが)駄作でしかない少年物の「ビルマの九官鳥」。こんなセレクトをする事自体「レアものさえ与えとけば、御得意様オッサン連中は喜ぶだろう」みたいな浅はかな考えだ。





2021年1月16日土曜日

『時代小説盛衰史』大村彦次郎

NEW !

筑摩書房
2005年11月発売



★★★★    時代小説を通して見た大衆文学の歴史





ちょうど『怪奇探偵十一号室の怪 ― 今日泊亜蘭怪奇探偵小説集― 』を読み終わったところなのだが、全体の2/3の作がつまらんというか自分の趣味に全然合わなかったため、感想を書く意欲も湧かずネタを急遽チェンジ。で、もう十六年も前に出たものだが数日前に記事にした池田浩士『大衆小説の世界と反世界』においていまひとつ食い足りなかったものを補填する意味もあり、故大村彦次郎のこの本を取り上げる。
 

                    


これはいわば岡本綺堂「半七」野村胡堂「平次」横溝正史「佐七」佐々木味津三「右門」城昌幸「若さま」、いわゆる五大捕物帳の読書の入口になったりするガイドブックではない。時代小説を表向きにしてはいるが著者が明言しているように語るべき対象とする期間を、
 
中里介山「大菩薩峠」から司馬遼太郎の登場まで
雑誌『講談倶楽部』の創刊から終焉まで

に設定した日本の大衆文学ヒストリーと呼べる内容だ。時代小説とその作家ばかりでなく、探偵小説を含む非時代小説/作家の話も沢山盛り込まれ、『都新聞』『雄弁』『文藝倶楽部』『文藝春秋』『改造』『中央公論』『講談雑誌』『新青年』『苦楽』『サンデー毎日』『週刊朝日』『大衆文藝』『キング』『日の出』『モダン日本』など、雑誌・新聞の発表媒体から円本全集に至るまで、文学界裏話であふれかえっている。 

 

                   


別に時代小説には詳しくなくとも全然OK。勿論メジャーな時代小説や上に挙げた雑誌名などを知っていれば、より楽しめる。中里介山という人はタチの悪い偏屈な性格の持主だし、自分的に目に留まった小ネタは、〝 本位田準一は吉川英治「宮本武蔵」の笑われ役・本位田又八のモデルではないか 〟という噂があったということ。


 

 

巻末には人名索引と共に参考資料が記されており、筆者はあらゆる大衆文学史関連書籍、各作家の自伝、出版社の社史などを読み込み、そこから得た知識からネタをコラージュして本書を執筆したに違いない。言い方を変えれば膨大な引用から組み立てられた一冊であって、著者の引用元である全ての文献を熟知していれば、新しい知見は無いのかもしれない(私にとって中川右介『江戸川乱歩と横溝正史』が何のsomething newも無いのと同じように)。

 

 


だが幸か不幸か、私は時代小説について作品/作家名はある程度知っていても、実際どれだけ読んだ経験があるかと訊かれたら、ちっとも読んでないのだ。そんな自分のような浅い人間には特に、著者の ist / ism的な主張が無いぶん肩が凝らずに楽しめる本であった。




(銀) この本は2012年に上下巻セットのちくま文庫としてリイシューされた。ここに紹介した初刊の単行本が発売された2005年は街の書店状況が今よりまだマシで、あてもなく新刊コーナーを物色していたら偶然見つけた拾いもの。本書もそうだし、同じ頃出た小谷野敦の『谷崎潤一郎伝―堂々たる人生』もパラパラ中身を立ち読みして気に入った本で、自分がいつもチェックしているサイトだけ見ていたら気付かないままだったろう。



書店へ新刊をチェックしに行くこともほとんど無くなってしまった。探偵小説やミステリのジャンルでは発売されない面白い新刊をきっと私はいくつも見逃しているに違いない。藤原編集室HP「注目の近刊・新刊」に載っていないものでも自分にとって重要な本はあるということを再認識すべく、本書を取り上げた。


 



2021年1月15日金曜日

『定本夢野久作全集/第1巻』夢野久作

2016年11月16日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

国書刊行会  西原和海/川崎賢子/沢田安史/谷口基(編)
2016年11月発売



★★★★    手放しでは喜べぬ新全集




本巻発売の数週間前に版元より配布された内容見本を見ると、この全集における単行本初収録作はごくごく僅か。てっきり例の雑誌『黒白』未発見バックナンバーが完全に揃ったからこその新全集だと思っていたのだが、未だに探索中という。となると今回の全集の意義は三一書房版全集+ちくま文庫版全集+葦書房版著作集+α の小説その他をジャンルごと発表順に並べ直し、旧仮名遣いを用いたテキストという事になる。

 

 

第1巻は 【小説Ⅰ】1917-1931。『黒白』『猟奇』初出の短いものと『新青年』登場から「悪魔以上」(連作「江川蘭子」久作篇)迄を収録。初期の童話は第六巻に入る予定。解題では戦前の初出誌+著書テキストをつぶさに校異しており、とりあえずこの部分は見ごたえがあった。 

 

                   


ところで当全集の配本開始後に「夢野久作と杉山3代研究会」facebook からステイトメントがあって、杉山家現当主・杉山満丸のものと思われるが、

 

「全集について事前に国書刊行会から話はあったけれど、諸般の事情により杉山家に遺された一切の資料(写真含む)提供を遠慮させて頂く。夢野久作の遺稿・スケッチ・書簡・日記・遺品等の提供は遺族としてお断りさせて頂いた。」

 

というのだ。例えば絶版になって久しい『夢野久作の日記』(葦書房)は今回絶好の復刊機会だったのに内容見本に載っていなかったのも、全集の巻頭口絵ページといえば普通は作家の在りし日の写真がふんだんに紹介されるものなのに本全集にはそれがないのも、はたまた久作研究の第一人者で本全集編集委員の西原和海が「夢野久作と杉山3代研究会」に全く不参加なのも、ずっと疑問に感じてはいたがこんな声明が出されるということは何がしかの対立が起こっているとしか考えられないではないか。

 

                    


もう少し具体的な例を挙げると、同じく「夢野久作と杉山三代研究会」 facebook で杉山満丸は「❛ 夢野久作 ❜ というペンネームを〝うすらばかほどの意味〟などと書いている人が夢野久作本の編集に加わっているのを見るとかなしく、情けなくなります。ペンネームの意味も理解しないで夢野久作の作品の出版に関与し、評論を書き続けているのです。」ともコメントしている。

 

 

これって誰がどう見ても西原和海の事だろ? 西原が久作研究を始めてもう数十年にもなるのに、なぜ近年になって突然杉山満丸はこんな事を? 同時に、杉山茂丸についてwebサイトにて研究や発言をしてきた坂上知之へも批判めいた言葉を口にしておられたので、そういうウルサ型の杉山家研究者と呼ばれる人間に対し、許し難い何かがあったのかもしれないが・・・。
(当全集の編集方針での食い違い、また西原が「夢野久作の存在を世間に広めたのは自分だ」と放言したのを知って満丸が気分を害したという情報もある)

 

                     


その原因を知る由も無いが、一冊壱万円もして〝定本〟をブチ上げた決定版ならそれに相応しいものにならなければならない。ローカルというハンデを物ともせず、空疎なブームに踊らされもせず、草の根的に大衆に浸透し過去二度も全集が編まれてきた夢野久作なら尚更。


 

 

作品数が相当に多いとはいえ、横溝正史が山田風太郎のようにカテゴリ別全集さえ出してもらえず、正しい校訂どころか改悪テキスト本のほうが多く流布している現状を思えば、久作はかなり恵まれているのだ。簡単に事が収束するとはとても思えないが、全集完結予定まで四年。誰もが納得のいく内容で終わるよう願うしかない。





(銀) この記事は当全集の配本が全て終了してから扱いたかったが、現在リリース済みなのは第7巻迄で、残すラストの第8巻発売告知はまだ出ていない。あれから事態が良くなる気配も無いまま、本来この全集を彩るべき資料は(昨日紹介した)『民ヲ親ニス』の方へごっそり行ってしまった感がある。



それまでの全集/著作集と違って、西原和海が一人で書いていた過去の解説の方が楽しめたし、今回は月報の内容がとにかくつまらない。第7巻までで印象に残っている寄稿といったら佐左木俊郎宛夢野久作書簡が発見された情報しかない有様で。



本当はもっと物申したい事があるのだがここはグッとこらえて、最終巻並びに全巻購読者特典とやらを全て読み終えた上で発言するとしよう。ともあれ、上記のレビューをAmazonへ投稿した時は祈るような気持で★5つを付けたけど、巻を重ねるごとに私のテンションは右肩下がりなので当Blogでは★4つに変更した(本当はもっと★を減らしてもいい程)。





2021年1月14日木曜日

夢野久作と杉山三代研究会会報『民ヲ親ニス/第4号』

2016年11月11日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

「夢野久作と杉山3代研究会」事務局
2016年11月発売



★★★★★    遂に全国発売!



杉山家の御膝元・福岡で活動している「夢野久作と杉山3代研究会」。強力な杉山家シンパの人々が研究結果を報告していて、会の名が示す如く夢野久作こと杉山泰道だけでなく、久作父・杉山茂丸/久作長男・杉山龍丸も研究の対象となっている。

 

 

この会報誌『民ヲ親ニス』は毎年一回刊行される会報誌で、手に取って見て頂くとわかるが、実に濃すぎる内容。私は正直言って久作以外はからきし詳しくないので、ついていくのが大変なぐらい(特に杉山茂丸関連の記事)。

 

 

これまでは「夢野久作と杉山3代研究会」会員への配布もしくは希望者への通信販売という、限られた範囲での認知だったかもしれないが、第4号完成を機に販売ルートを拡げたそう。Amazon等の大手通販サイトで見つからない時には、(店舗は限られるが)北から南まで一部のジュンク堂ほかの書店取扱もある。とにかく「何を研究したらいいのか」さえもわかっていない『横溝正史研究』とはまるで対照的。『横溝正史研究 』 はずっと発売延期を繰り返してるが大丈夫かね?(翌2017年にどうにか『横溝正史研究 』は出たが、その号で打ち切りになった模様)

 

 

本号においても詳細すぎる久作著書目録や、戦前の日本探偵小説を俯瞰する「書誌:夢野久作の誕生とその作家的地位確立に至る経緯」とか、茂丸派の方には「杉山茂丸<百魔>の書誌と著作年譜」といったページもある。講談社学術文庫版の『百魔』がそんなに言葉狩りや脱落文がある内容だったとは知らなかった。

 

 

14歳の杉山直樹少年(久作の幼名)が福岡の風景を描いたスケッチの紹介もあるし、必読必携な内容に出来上がっている。バックナンバーしかり、なくなる前に是非入手しておいたほうがよろしいかと。




(銀) 私の興味の範疇外なので一度も行ったことは無いが福岡県北九州市小倉には「松本清張記念館」があり、そのwebサイトを閲覧すると、建物自体決してみすぼらしいスペースではないようだ。更に99年から現在に至るまで年一回発行されている研究誌『松本清張研究』のみならず企画展が開催される時には図録も度々販売しているし、紙ベースかどうかは知らないが館報まで制作している。



私の興味の対象となる探偵小説の分野で、これに対抗できている個人探偵作家の施設といったら西池袋旧乱歩邸を買い取った立教大学の「江戸川乱歩記念大衆文化センター」のみ。いくら ❛ 志 ❜ は高くとも潤沢な資金、それと(有能とはいわずとも)そこそこ無能ではない人材がいなければこんな記念館をずっとやっていける筈がない。清張の場合は、彼の戦友ともいうべき元文藝春秋新社の編集者だった藤井康栄が長年「松本清張記念館」館長を務め、運営の充実に力を尽くしてきたという。



「松本清張記念館」には一般会員として年会費3,000円を徴収する友の会があるが、それだけで立派な刊行物を定期的に出し続けられるもんかね? もしくは裏で巨大な金主がバックアップしているとか? 私なんかからすると、清張にそれほど熱狂的な固定ファンが大勢いるようには思えないが、どうやってこの記念館を維持できているのか不思議でならない。



夢野久作には記念館こそないけれど本稿で紹介した「夢野久作と杉山3代研究会」が発足したし、久作の遺品は福岡県立図書館や九州大学で管理されている。とはいえ西原和海は昔から「福岡人はなかなか夢野久作に関心を持とうとしない」と愚痴をこぼしてきたが、久作と清張の福岡県内における扱いを目にすると、その差は否定のしようがない。