2021年1月17日日曜日

『甲賀三郎探偵小説選Ⅱ』甲賀三郎

2017年2月4日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第103巻
2017年2月発売



★★      新刊で出すチャンスは
             そう何度もあるものではない




🕷 たった1~2冊の論創ミステリ叢書で全キャリアをカバーできるマイナー作家と違い、生前(戦前)の甲賀三郎は多作を物した売れっ子だった。そんな甲賀も時を経るにつれてなかなか再評価のポイントが見つからず、平成以降は手軽に読める現行本もほんのわずか。本人が自信を持っていた代表作「姿なき怪盗」からして通俗だと見下され、もう30年以上単書再発されていないという現状には言葉も無い。

 

 

決して十全とはいえぬ、没後に出された湊書房版「甲賀三郎全集」の複写製図書館本(日本図書センター)があるにはあるが、高額過ぎる定価といい(原本の湊書房版自体からして)読み難い文字といいお薦めはできない。当時の人気と現代の扱いにかなりの隔たりがあるという、不幸にして難しい状況をまず知って頂いた上で、本巻の吟味に移ろう。


 

 

🕷 今回、数少ない良かった点。甲賀の次女で作家でもある深草淑子のエッセイ「父・甲賀三郎の思い出」、これが一番グッときた。私達は甲賀について知らない事が多すぎる。今回はたった四頁だが、彼女にはお元気なうちに父上の評伝を出してほしい。聞書きでもかまわないから。

 

 

次に甲賀晩年の中篇「朔風」。発掘された話は聞いていたが、ようやく読める時が来た昭和18年のこの作は帝都下の敵国スパイ暗躍を描き、棺の中の屍体入れ替えとか探偵趣味も少々。本巻の解題担当は浜田知明で、『緑色の犯罪』(国書刊行会)同様に解説内容はツボを押さえている。欲をいえば「朔風」が連載された幻の樺太発雑誌『北方日本』についても言及がほしかった。


 

 

🕷 さあ、収録意図に納得がいかないのはこの後。濫造ともいえる数多い甲賀のシリーズものの中のひとつ「気早の惣太」七短篇。人情深い夜盗探偵笑説は普通の読者にとって最も読み易いかもしれない。その一方で、この手の和製「地下鉄サム」は久山秀子や三木蒐一のスリ師物語とか色々存在していて、特段甲賀らしさが秀でているものでもない。このシリーズは前述の湊書房版「甲賀三郎全集」にも収録されている。

 

 

初期の橋本敏探偵譚二短篇。「真珠塔の秘密」は異稿ヴァージョン、「カナリヤの秘密」は得意の理化学トリックだが、前者は『「新趣味」傑作選』(光文社文庫)、後者は『琥珀のパイプ(初刊復刻版)』(春陽堂)で容易に読めるし、また突出した完成度でもなし。


 

 

🕷 中篇「ビルマの九官鳥」は日米開戦前夜の国策少国民教育向け冒険ジュブナイル。私のこれまでの古書による甲賀諸作の読後感からすると、彼のジュブナイルは乱歩はおろか小酒井不木や森下雨村の後塵をも拝していると思う。14年前の『甲賀三郎探偵小説選 Ⅰ 』に採られた長篇「電話を掛ける女」しかり、初刊時の一度きりしか本になっていないレア作なのはよくわかるがなんで今ここに収録を?

 

 

「暗黒街の紳士」は〝素人作家武井勇夫 vs 私立探偵春山誠〟、いわゆる「暗黒紳士」シリーズのひとつと見做したようだが、それならばどうして他の五短篇「毒虫」「夜の闖入者」「黒衣の怪人」「証拠の写真」「救われた犯人」と一緒に纏めなかったのか?この叢書では判明しているシリーズものは短篇なら特に一堂に会するのが常じゃなかったっけ?

 

 

「凶賊を恋した変装の女探偵」にしても怪盗・葛城春雄シリーズのひとつだと類推している割には『Ⅰ』で漏れた葛城シリーズをすべて収録するでもなく・・・。まあ葛城シリーズは長いものもあるからしょうがないけど。代わりに重要度の思いっきり低そうな未刊小品「銀の煙草入」「都会の一隅で」「池畔の謎」「街にある港」、これらは犯罪実話風とか戯曲であって、復刊に値する作がこれしか残ってないのならともかく、もっとマシな甲賀作品はいくらでもある。


 

 

🕷 似たような立場の『大下宇陀児探偵小説選 Ⅰ/Ⅱ』がまだバランスよくセレクトされていたのに比べると、良心的な作品選択からは遙かに遠い。解題の中で浜田知明が「作品の選択・構成は論創社編集部による」と書いていたっけ。「俺のセレクトじゃないからね」ってことか。

 

 

論創社のtwitterで「もし甲賀の続巻を出すならば、時代物の〝怪奇連判状〟や〝別尾夫婦+陸津説男ユーモア科学シリーズ〟を収録予定」と言っているのを見かけたが、それらが世間で需要があるのなら結構だが、大して出来のよろしくないものばかり優先収録してどういうつもり?

 

 

甲賀びいきの私としては久しぶりの甲賀本で大いに楽しみにしていたのに・・・・本巻で初めて甲賀を読む方はどうかこれだけで判断しないでほしい。甲賀三郎完全版全集刊行など夢のまた夢だし、数少ない機会は大切にしてもらいたい。新刊本さえ出れば中身は何でもいいという訳ではない。





(銀) 2013年の仁木悦子の巻を最後に少年小説コレクションのリリースがパッタリ止まった時から疑ってはいたけれど、前回の保篠龍緒に続いて甲賀三郎の本巻『Ⅱ』そして『Ⅳ』、さらに本来は少年小説コレクションで出す筈だったジュブナイルを無理やり押し込めてしまった『鮎川哲也探偵小説選 Ⅱ/Ⅲ』を見て、論創社の編集担当・黒田明に論創ミステリ叢書や日本探偵小説関連書籍の舵取りをやらせるのはマズイのではないか?・・・と本気で思い始めた。



「朔風」は初めてのお目見えだからまだ新鮮に読めるけれど、戦時下という似たような状況下の長篇を並べ、しかもそれが言っちゃ悪いが駄作でしかない少年物の「ビルマの九官鳥」。こんなセレクトをする事自体「レアものさえ与えとけば、御得意様オッサン連中は喜ぶだろう」みたいな浅はかな考えだ。