2021年1月19日火曜日

『甲賀三郎探偵小説選Ⅳ』甲賀三郎

2020年4月24日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第123巻
2020年4月発売



★★★    未だ読めない甲賀作品が多いのに
           なぜ次女の創作をねじ込む必要が?
  


   
長篇「姿なき怪盗」中編「体温計殺人事件」「妖鳥の呪詛」短篇「機智の敗北」「小手川英輔の奇怪な犯罪」「情況証拠」「波斯猫の死」「天才提琴家の死」。 数十年間、新刊本収録の出番が巡ってこなかった作品というだけでなく内容的にも文句のないセレクション。新規読者は『甲賀三郎探偵小説選』なら本巻『』、そして『』に入っている優れた作品群をまず押さえて頂きたい。その上で初めて『』『』に載っている作品や河出文庫に入った長篇『蟇屋敷の殺人』も楽しめるというもの。




収録作をひとつひとつ楽しく賞味するレビューを書きたかったのに、論創ミステリ叢書が100巻を過ぎた辺りから本作りにブレが目立つ論創社の不甲斐無さが(今回も)そうさせてくれない。論創社の本といえば躊躇うことなく☆☆☆☆☆進呈していた数年前までの全幅の信頼がまるで嘘のよう。

深草淑子は2018年夏、父・甲賀三郎のもとへ旅立った。彼女が執筆活動を始めたのは晩年の話で(申し訳ないけれど)冷静に見て彼女の創作はプロの作家としては厳しいものがある。編集部は本巻の甲賀作品の中に彼女の作も入れることで藤雪夫・藤桂子と同じような扱いにしたのだろうが、同時代で一緒に作家活動を行った藤親子とは状況が全く異なる。極端な喩えだが、もし長嶋茂雄写真集の中に一茂単独のページがあったり、ジョン・レノンのコンピレーションにジュリアンやショーンの曲が入っていたら、ミスターやジョンのファンは喜ぶだろうか? 答えは「No」のほうがきっと多い筈。


 

 

昨日の記事でも書いたが、新刊で入手できる甲賀三郎の著書はいまでもホンの僅かにすぎない。なのに、編集部は読者が求めている甲賀作品を押し退けてまで次女の手慰みのような遺作七篇を収録する意味があるか?

(唯一重要な新しいエッセイ「父の思い出」は3ページ強という未完のまま掲載)

深草淑子を追悼するつもりならば、生前彼女が好きだった父の作品で「二川家殺人事件」(原題「黄鳥の嘆き」/創元推理文庫『日本探偵小説全集 1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集』で読める)と共に挙げておられたロマンティックなゲレンデ・ミステリ「霧夫人」をどうして収録しなかったのだろう?

それ以上に(本巻でも)目に余る問題点。最近の論創社の本作りは杜撰だと『幻の探偵作家を求めて 完全版(上)』での惨状以来ずっと私は言い続けているが、彼らには全く通じていない。編集部だけの問題でもないのかもしれないけれど。


 

本巻中いくつも見つかる誤字群の一例:


● 「姿なき怪盗」の兇賊の名は三橋龍三が正しいのに本巻では3頁の表記だけ〝龍三〟で、
  そのあと何度も出てくる三橋の名はずっと〝竜三〟にされてしまっている


●  解題・奥付にまでミスがある

解題(430頁)  七十九歳で作家ビュー  ×   七十九歳で作家ビュー  〇

奥付(453頁)  法学部法律  ×        法学部法律学科  〇

 


こんなに出す本出す本間違いだらけというのは、素人が作る私家本・同人誌でもめったにない。論創ミステリ叢書では前巻の飛鳥高『Ⅴ』から責任の所在を明確にする目的なのか、奥付に校正者名を記載するようになり、本巻の担当が横溝正史研究家の浜田知明なのは判断できるけれど、正確な校正(というより校閲か)による誤表記の解消には全くなっていない。

 

 

ある時期、論創ミステリ叢書は増税とも関係なくページ増量してもいないのに値上げを続けた。論創社はそうやって儲けて天狗になったのか、以前より出す新刊の数を増やし論創ミステリ叢書/論創海外ミステリ以外にもミステリ関係の本をやたらと乱発しているように私の眼には映る。結果、ちゃんと目配りが行届くキャパシティをオーバーフローしてしまい誤字だらけの本ばかり出している状態に陥っているのではなかろうか。




(銀) 本巻『Ⅳ』については既に、2020年6月28日/甲賀三郎『緑色の犯罪』の項であれこれ書いたので興味があればそちらもご覧頂きたい。一~二度のミスならともかく何度も同じ失態を繰り返しているというのに、論創社の社長が何も危機感を抱いていないのであれば、この会社は出版社として失格だ。



こうなってみると横井司は過去の担当編集者と組んで上手くやっていたし、現在の状況になって改めて彼の存在の大きさを感じる。横井が中心となって統括しないんだったら論創ミステリ叢書は100巻で終了しといたほうがむしろ良かったのだ。黒田明が特に使えないと見るよりも、探偵小説の知識といい仕事の的確さといい、横井のポテンシャルがあまりに高かったという考え方もできるし。なんにせよ横井氏よ、仕事の質を落とさないよう、あまり多忙にはなり過ぎないで。