2020年11月19日木曜日

『世界神秘郷』高橋鐵

2014年11月14日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

戎光祥出版 ミステリ珍本全集⑤ 日下三蔵(編)
2014年10月発売




★★★★   もっと下世話なエンターテイメントにしていれば




全て戦前の作。戦後のセクソロジストというイメージからエロティシズムを連想するには、その色合いは殆どない。またレアな作品が読めるようになったという点以上に、作者の込めるエネルギーのマグマみたいなものはそんなに感じられなかった。

 

 

『南方夢幻郷』なら水底狂人患者の妄想の源に迫る「浦島になった男」、人間の若い女と海底の大魚のハイブリッドで妖人魚を製造せんとする「怪船人魚号」『世界神秘郷』なら北極の氷の中に眠っていた謎の女を蘇らせる「氷人創世記」あたりはそれなりに面白く読めた。思っていたほど秘境・探検ものばかりという訳ではなく、二十代の頃は女性といろいろあったようで高橋鐡なりの悲恋要素もあったりする。文章が特別下手な訳でもない。

 

 

幻奇小説という割には表現が淡泊で、現実から異空間へ引きずり込むような映像が読んでいて頭に浮かんでこない。どの作もお上品に小さく纏り過ぎて見える。変な喩えだが『ウルトラQ』的に、語り口であれ文章の演出であれ、もっと下衆にハッタリをかました方がよかったのでは?そしてこの中途半端さこそ、今までこれらの作品が再発されることもなく埋もれてきた原因ではなかろうか?小栗虫太郎・香山滋あたりが好きな人にはいいかもしれないが、恐怖・幻夢の忍び寄る影が感じられないのが、高橋鐡に限らず総じて秘境ものに対する私の不満の理由だ。

 

 

性科学者・性風俗研究家としての彼に私は詳しくないから、そっち方面からの本巻への批評も知りたいと思う。本巻で良かった点はエッセイ寄稿者が不快な古本ゴロではなく横田順彌が書いてくれている事(もう一人は黒田明)。高取英のエッセイは『新文芸読本 高橋鐡』からの転載。書き手不足なのかコスト削減の為か単なる手抜きかはよく知らないが、最近新しい書下ろしでなくこういう既存のエッセイ・評論の流用が多いなと感じる(横井司が自分の言葉で論じる意識が薄まってきた論創ミステリ叢書とか)。

 

 

それはともかく、昔ヨコジュンがこの高橋鐡も含め島津書房から出そうとして一冊でオジャンになった幻の「奇想小説シリーズ」全12巻。もし完走していたら、どんなラインナップになっていただろう?



(銀) 戦後あれだけの著書を遺し、あまとりあ社久保藤吉と設立したりもしていながら、2020年10月9日の記事で取り上げたあまとりあ系探偵小説の著書が高橋鐵に無いのは意外な気がする。本書のような秘境ものが頭打ちで終わったとしても、朝山蜻一のように性風俗の要素を探偵趣味とミックスさせたような耽奇小説を書く気にはならなかったのか。




2020年11月18日水曜日

『文藝別冊/夢野久作/あらたなる夢』

2014年2月26日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

河出書房新社 KAWADE夢ムック
2014年2月発売



★★★★    新たなチャプターに入った久作研究




なぜ今、河出の文藝別冊で夢野久作を取り上げたか? 安藤礼二×中島岳志による政治性の濃い対談を冒頭にもってきたところから、編集部の思惑が見えるような気がする。



久作の野球エッセイ「親馬鹿ちゃんりん」、腹違いの妹・森あや子宛の情味あふれる久作書簡、手帳に書き留められていた「猟奇歌」、2013年に発見された「ドグラ・マグラ」草稿画像(その原稿用紙裏面は久作の長男・杉山龍丸によって再利用されている!)など単行本初収録のものは見逃せない。

 

 

やはり私は、久作を語るに相応しい研究者諸氏の近年の動きがわかる西原和海×川崎賢子×浜田雄介「夢野久作の読み方」が最も興味を引く。そうか、問題の雑誌『黒白』は未だに発掘が進んでいないのか・・・・。玄洋社の遺族の方々、旧家にあの雑誌のバックナンバーが残っていないでしょうか? 本書寄稿者中、杉山家関係者である久作の孫・杉山満丸のエッセイにはもっと頁を割いてほしかった。その他、全集月報や雑誌でしか読めなかった寄稿文の再録もある。

 

 

こういったムック本によくある信者のオマージュや論考なんぞは全然要らないのだが、まあ良しとしよう。しかし巻末の「夢野久作作品リスト」はミスが多くて残念。例えば「狂歌師 赤猪口兵衛」が収録されているのは、葦書房『夢野久作著作集』(作品集ではない)ではなく三一書房版全集では? 著作一覧は『著作集』第六巻で読むことができるので、今回は著書目録を作ってほしかった。

 

 

本書に触れてある通り、地元・福岡で夢野久作の研究が盛り上がることは今までなかった。だが2013年「夢野久作と杉山3代研究会」が立ち上げられ、杉山満丸も積極的に助力している。本書の刊行には、この研究会の活動も大いに影響を及ぼしている筈。




(銀) KAWADE夢ムックでは過去に江戸川乱歩/山田風太郎/久生十蘭を特集した。例えば、乱歩の号だと芦辺拓や喜国雅彦のしょうもない腐れ記事がある反面、その昔少女雑誌にて三津木春影が中絶させてしまった「悪魔が岩」の後編を、読者が描いてくれるよう編集部が募集した時に、若き日の乱歩がせっせと執筆した旧い草稿が復刻されており、今以て此処でしか読めない。また未だに往復書簡集として世に出ていない横溝正史宛の乱歩書簡も掲載。つい忘れがちだけど重要な記事が載っていたりする。






2020年11月17日火曜日

『消すな蠟燭』横溝正史

2012年7月29日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

出版芸術社 横溝正史探偵小説コレクション⑤
2012年7月発売



★★★★   正史を取り巻く安易な企画が腹立たしい




れまで横溝正史探偵小説コレクションではレアものをキッチリ押えてきたのに、どうして今回は「岡山もの」なんてテーマにしたのか? 改悪がまだ無かった二つの講談社版横溝正史全集以前のテキストを使用し比較を行った校訂なので、まあ買う価値が無い訳ではない。大甘な評価だが★4つにしたのはそれだけが理由。




「神楽太夫」「靨」「泣虫小僧」「空蝉処女」等の六短篇は戦争の抑圧から開放された時期の作ゆえ、情念とトリックを具えたその内容は読み応えがある。一方、休養に訪れた金田一耕助を磯川警部が事件に巻き込んでしまう「鴉」と「首」は冒頭のシチュエーションが殆ど同じ作品なので並べてしまうとせっかくの魅力も半減する。




『横溝正史研究』3号の目玉だった加筆版「首」のミスをここで訂正したかったようだが、『横溝正史研究』に掲載して世に出す段階で正しい校訂ができていない事自体が問題であり、校訂し直したテキストを本書に再録するという考えがいかにもテキトー過ぎるし、前巻『迷路荘の怪人』に続き本巻も誤字が気になる。


123頁上段6行目 「そうで、そうです。」→ ×  「そうです、そうです。」→ 〇

2446行目   「同署」→ ×         「同書」→ ○


浜田知明はたしか校正業が本業だった筈だが、ちゃんとテキストの最終チェックしているのか? 収録作の方針も含めてますます信用できない。

 

 

但し、「正史生誕百十年」にかこつけて言葉狩りテキスト及び(山前譲が関わった数冊を除き)元々あった解説も新しい解説もないという最悪の横溝本「金田一耕助ファイル」の不良在庫へ杉本一文の旧版文庫に使われていたイラストをまるでカラーコピーしたような雑な画質のカバーを掛けただけの角川文庫よりはまだ全然マシ。出版芸術社はこんな中途半端なセレクトにするぐらいなら、金田一もの、由利・三津木ものを除くノン・シリーズの探偵ものを全て読めるように詳細な校訂で網羅すればよかったのに。 装幀がダサい「ふしぎ文学館」の『鬼火』も一旦バラして再編集するとかして。角川が横溝正史に対して誠意が全くないのは誰の目にも明白なのだし。

 

 

今度リリースされる映画『犬神家の一族』(76)ブルーレイも相変わらず最善のリマスターではないという前評判ではないか? タイアップすれば売れるなど、もはや前世紀の発想にすぎない。この本も岡山県真備町での珍妙なコスプレ・イベントを意識してこんなんなっちゃったのかね?『横溝正史研究』といい本書といい、安易な連動商売はやめてくれ!




(銀) これだけAmazonのレビューで散々言い続けたせいか、由利・三津木ものを纏めた(ジュヴナイルは除く)「由利・三津木探偵小説集成」とノン・シリーズの短篇探偵小説を纏めた「横溝正史ミステリ短篇コレクション」がいずれも柏書房から刊行された。あまりにも遅すぎる集成仕事だったし、あれは日下三蔵が動いたから実現できた訳で、決して正史研究者達のおかげではない。



本だけではなく横溝正史に関する商品ってどれもこれも甘っちょろいものばかりで、金田一耕助は原作(小説)の熱心な読者でもない層の便利な遊び道具にすっかり成り果ててしまった。




2020年11月16日月曜日

『金来成探偵小説選』金来成

2014年7月5日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第76巻
2014年6月発売



   〈探偵小説の理知〉とは対極にある韓国人の〈恨の文化〉




本の中で謳ってこそいないが、論創ミステリ叢書は基本的に日本国内(戦前の植民地等も含む)の媒体で発表され、必ずしも日本人でなくても構わないが明治~昭和30年辺り迄にデビューした作家が日本語で書いたレトロスペクティブな日本の探偵小説を集成するものだと思っていた。

 

 

第50巻と第51巻の間に出た『怪盗対名探偵初期翻案集』は畑違いな内容だったが、本巻も通常と様子が違う。朝鮮(現:韓国)出身の金来成は昭和6年に日本留学する前から江戸川乱歩や日本/西洋の探偵小説に惹かれていたそうで、昭和10年『ぷろふいる』に二短篇「楕円形の鏡」「探偵小説家の殺人」を、『モダン日本』には掌編「綺譚・恋文往来」を発表している。日本語で執筆された小説はたったこれだけしかない。『ぷろふいる』出身のアマチュア作品は金来成といい、左頭弦馬その他といい「出来の悪いものしかないなあ」という印象がある。


                   


で、本書の殆どを占める長篇「思想の薔薇」は日本語で執筆(未発表)→ 韓国語で戦後改稿して発表 → 今回(著者・金来成ではない)第三者により再び日本語に翻訳され本巻に収められるというややこしい経過を辿っているのだが、ハッキリしているのは当初の原稿は日本語だったかもしれないが、結局は韓国語で書き上げられ韓国にて発表された作品だということ。



精神不安定で、母の持金で生活し、気位ばかり高く他人を信用できない男性主人公・白秀は先代からの悲恋の宿命に悩み、唯一の友人であるお人好しの司法官試補・劉準を振り回す。女優殺しを告白し「友情って何だ!」「愛とは何だ!」と理屈ばかりを捏ね回し、あげくに拳銃を奪い、酒場のマダムを掻っ攫って逃走。そんなドンキホーテな主人公に加え大仰な「思想」というワードを乱用する著者にこちらは全く感情移入できない。トリックめいた部分もない訳じゃないが、木々高太郎風に人間を描く韓国人的芸術派作品は私にとって滑稽すぎた。


                     


内容が戴けないのは他の巻の日本人作家でもある事だし、百歩譲ってこの長篇も著者自らが再翻訳したものだったらまだ解るが、他人の訳述であるのなら論創海外ミステリやその他で出すべきでは? 金来成が探偵作家として認められたのはあくまで母国・韓国での話。いくら日本探偵小説の落穂拾いを表明しているからといって、日本人作家を押し退けてまで論創ミステリ叢書でわざわざ一巻使う必然性が無い。どうしても出したいのなら上記に挙げた日本語による三短篇と随筆だけを第50巻『戦前探偵小説四人集』のように他の作家と抱き合わせにするだけで充分だった。




銀) 論創ミステリ叢書で朝鮮人作家を取り上げるのならば、戦後の日本で探偵小説を幾つか発表した野口赫宙(=張赫宙)のほうが金来成よりもまだ読む意味がある。探偵小説に分類可能な彼の著書では『黒い真昼』と『湖上の不死鳥』があるが、なぜか短篇は本になっていないので纏めて読んでみたい。



本巻所収「思想の薔薇」はいかにも韓国人の〈恨の文化〉がモロに表に出た内容で、「やっぱり韓国人の本質はこういうものなんだな」という現実を学ぶには最適の教材かもしれないが、私を豊かにしてくれるものは何も無い。日本に恨み骨髄ゆえ政治における国同士の約束ひとつも守らないわ、公正平等なはずの司法においても国民感情に流されて白いものまで黒だと言うのが今の韓国人。そんな彼らの頭で探偵小説の観念が理解できるとは到底思えない。論創ミステリ叢書の中でダントツのワースト1。





2020年11月15日日曜日

『りら荘事件/増補版』鮎川哲也

NEW !

光文社文庫
2020年10月発売



★★★★★    「呪縛再現」から「りら荘」へ



 順番を逆にして、追加収録された中篇「呪縛再現」の方から触れていく事にする。
これは1953SRの会同人誌『密室』第10号に前半の宇多川蘭子【挑戦篇】、
11号に中川透【後編】として発表された。
単行本だと『密室』のアンソロジーである『甦る推理雑誌 5「密室」傑作選』(光文社文庫)に入っており、その前は出版芸術社『赤い密室 名探偵・星影龍三全集〈1〉』にも収録されていたから「え、今回も入れるんだ?」と思ったが、調べてみると後者はともかく、前者までも現行本流通が無くなっているので「なるほど、それならば」と納得したのだった。




「呪縛再現」の舞台は鮎川哲也が戦時中に疎開していた熊本県南部球磨郡に程近い人吉。前半の【挑戦篇】を発展させたものが「りら荘事件」になるのだが、氏名や役割が変更された登場人物もいて、そっくりそのままな設定での改稿ではない。しかも「呪縛再現」では、星影竜三(本書では龍三ではなく竜三表記なので、この項でもそちらを使用する)だけでなく鬼貫警部も出演、詳しくは書けないけど、これを読んだら星影贔屓な人は良い気はしないかも。いずれにせよ長篇に生まれ変わって、星影竜三が名探偵としての実力を存分に見せつける「りら荘事件」のほうが断然面白いのは言うまでもない。


 

 

♡ では次にメインの「りら荘事件」。埼玉と長野の県境、影森駅を下車して徒歩二十分の位置にあるその山荘は元証券会社の辣腕社長が建てたものだったが、その社長は事業失敗で自殺したため日本芸術大学が買い取り、レクリエーション施設として芸術家の卵である学生達に開放されている。そんな長閑で周辺に人家も無いりら荘に、突如巻き起こる謎の連続殺人事件。

 

 

捜査陣などを除く事件の中心人物一覧を作って、「呪縛再現」と「りら荘事件」ではどう違っているのか眺めてみよう。「呪縛再現」の時の学生は熊本市の九州芸術大学所属、そして邸宅の名称は緑風荘となっていた。
 

 

♧「呪縛再現」             「りら荘事件」


管理人 田ノ上(夫)          管理人 園山万平

管理人 田ノ上(妻)          管理人 万平の妻・お花

 

柳なおみ                尼リリス

牧村光蔵                牧 数人

行武栄助                行武栄一

横田義正                安孫子宏

日高鉄子                日高鉄子

橘 和夫(婚約)            橘 和夫(婚約)

松浦沙呂女(婚約)           松浦紗絽女(婚約)

 

                    二条義房

  炭焼き/須田佐吉



また今回の光文社文庫は、鮎川が生前入朱した最終版ともいうべき講談社文庫版テキストを底本にしており、初刊の光風社版テキストとの違いも、ホンの少しだけだが紹介しておく。


♠ 最終章「カードの秘密」の冒頭部分(本書388頁)

光風社(初刊)   だれも少しも睡気は感じていなかつたが、客間の暗闇のなかで

本書        だれも一向に眠いとは感じていなかったが、応接間の暗闇のなかで


♠ 本書388頁最終行  ❛ ときおり遠くのほうで光る程度であった ❜  の後に続く文章

光風社(初刊)   「さてつぎの犠牲者、つまり三番目に殺された(以下略)」

本書        「さてつぎの犠牲者」というセリフが出てくるのは390頁5行目

            つまり初刊テキストと比べるとこの間に1頁4行分の書き足しがある





という具合に、鮎川哲也の場合もテキストのヴァージョン違いが多くて、底無し沼に入り込むと抜け出せなくなりそう。解説の山前譲も言っているが、地の文での「星影」と「星影氏」って、当時執筆していた鮎川の頭の中ではどんな違いがあったんだろう?




(銀) ミステリー文学資料館の文庫って、軒並み現行本の市場から姿を消しているんだなあ。あと鮎川の光文社文庫も、2014年以前リリースのものだと流通が無くなっている。鮎川の文庫は まだブックオフとかで古本を見つけやすいけれど、昨今、文庫の寿命が短くて実に世知辛い。



 


2020年11月14日土曜日

『戦後の講談社と東都書房』原田裕

2014年8月2日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創社 <出版人に聞く>⑭
2014年7月発売



★★★★★   半世紀以上に亘る業績を追うには頁数が足りぬ




原田裕といえば講談社 → 東都書房 → 出版芸術社と、終戦直後から現在に至るまで探偵小説に縁の深い名編集者。ゆえに今回は特に楽しみにしていたのだが、探偵小説に関する話は半分位か。帯に書いてあるほど、全編ミステリがらみのインタビューではない。





社内の懸念に反して山岡荘八『徳川家康』(!)をベストセラーにしたエピソードや、昔の編集者は営業・経理のことを全く慮っていない猛者ばかりだったという懺悔はとにかく痛快。ミリオン・ブックスにロマン・ブックスといった懐かしの新書版の成立ちを語れるのも氏だからこそ。

 

 

斯様にして、探偵小説以外の部分では発見も多い。彼が手掛けた「書下し長篇探偵小説全集」「日本推理小説大系」「東都ミステリー」「現代長篇推理小説全集」についても当然言及はされているが、探偵小説にうるさい読者にとっては、ディープな部分までつっこんで話を引き出せていない不満も。「閑話休題(あだしはなしはさておきつ)」と端折ったところにきっと我々が知りたい未知の話があったと思うのだが・・・。

 

 

「出版人に聞く」シリーズは毎回興味深いネタを取り上げているけれども、一冊の総ページ数・情報量が少ないのが残念なのと、聞き手の小田光雄が出版総論はともかく各分野(本書でいえば探偵小説)の深いところまで詳しい訳ではないので、「その筋の専門家のヘルプが必要だなア」と感じてしまう。

 

 

欲張り過ぎかもしれないが、88年に原田が会社を立ち上げ今も良い本を出して頑張っている出版芸術社の話が僅かしかフォローされていないのも残念。これまでの編集者人生を語った冒頭の2頁目にも紹介されているような〈雑誌でのインタビュー〉をアーカイブしたり、作家達との交流を新たに語り下ろしたものを纏めて、もう一冊分の本を作り業績が顕彰されてもおかしくないほどなのに。原田会長、この本だけでは全然物足りないので自社から出すのは気恥ずかしいかもしれませんが、いっそ出版芸術社から、ご自身と探偵小説界との繋がりを網羅した本を出してくれませんか?




(銀) 本書で探偵小説関連のエピソードが引き出せていないという不満は、翌2015年にリリースされた新保博久『ミステリ編集道』の中の原田裕インタビューにてかなり解消される。2018年秋、原田はその生涯に幕を下ろした。享年94、堂々たる人生。また20冊目にあたる『「暮しの手帖」と花森安治の素顔』をもって、<出版人に聞く>シリーズは2016年にとりあえず完結している。




2020年11月13日金曜日

『探偵作家発見100』若狭邦男

2013年3月18日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

日本古書通信社
2013年2月発売



    サインを入れた自著をヤフオクで自ら売り捌いて




『探偵作家追跡』『探偵作家尋訪』(以下『追跡』『尋訪』と略)に続く新刊。『追跡』のレビューでは処女出版の事もあって数ある欠点にはあえて目をつぶった。だが三冊目にもなって改善する気配が全く無いので今回は触れざるをえない。

 

 

既刊二冊はインタビューもあったが基本的に著者の本はデータを見せるものだから、その情報は正確さが命のはず。本書111頁でも北町一郎『鉄十字架の秘密』を『鉄十字架の謎』などと誤記するような凡ミスは困る。若狭邦男と日本古書通信社には推敲とか再校とか、あるいは最低限の原稿見直しを行う当たり前のルーティーンさえも共有されてないのか?

 


『尋訪』で著者は「戦前の翻訳家・伴大矩とは耶止説夫(=八切止夫)である」と開陳したが、その後一部の識者からネット上で「伴大矩は大江専一の筆名であって、八切止夫は大江の翻訳下請けメンバーの一人にすぎないのでは」と指摘があった。それに対して、本書の耶止説夫の項で訂正も反論も無いのは不自然。古本オタの集まるBBSへ、男爵探偵や広島桜というペンネームで出没してきた若狭が上記の指摘をしているサイトに気付かなかったとはとても考えにくい。



伴大矩の素性がややこしいのは理解できるけれど、この例から見ても若狭の物言いは功名心が強すぎて勇み足の感。他にも「誰々と誰々が同一人物だった」と述べている項で、どうやってそのような結論に至ったかを示す経過が独り合点でわかりにくい。こんな書き方では今後若狭の言う事は信用されなくなる。どうも慎重さと謙虚さに欠ける。比較する古書蒐集家の格が違い過ぎるけれど、あの島崎博はこんなイージーな仕事は一度もしなかった。

 

 

更に執筆業が本職ではないとはいえ、句読点の打ち方が滅茶苦茶だったり同じ事を繰り返し書いたり、とても市販の本とは思えない程の読みにくい悪文。ただこれは著者だけの責任ではなく、日本古書通信社の編集者が原稿に手を入れてやるなり、何故アドバイスしてやらないのだろう? 一番の責任はここにあるのかもしれない。これでは長年蒐集した古本が泣いている。




(銀) 私だけでなく他からも「若狭の文章は酷い」とずっと云われていたのに、本書の次に出た著書『探偵作家発掘雑誌 第一巻』でも相変わらず。自分の国語力を恥じるどころかヤフオクで自著にサインを入れて、毎週毎週叩き売りしていたのだから情けないというかダメだこりゃ。それも即決価格販売ならともかく競売形式で出品していたため、レアな価値などなんも無いのに定価以上の金額をツッコむなんとも愚かな入札者もいて、若狭もさぞ内心ほくそえんでいたことだろう。



地元広島で若狭は名士扱いでもされているのか、「蔵書処分に至る」という8回のエッセイが2018年に中国新聞の文化欄で連載され、例によって探偵小説コレクターとしての自己アピールがつらつらと。ここでは不思議と読み易い文章になっているのは、あまりに若狭の原文がひどくて記者の人が第三者にも読み易いようにせっせと添削したのか。



かく言う自分自身の文章だとて、それは褒められたものではない。今までAmazon.co.jpへレビューを投稿してもそのまま書いたら書きっぱなしで、後になってそれを見返す事なんて全然していなかった。それがここへ来て、過去投稿してきたレビューをこのBlogへ移植する作業を続けていると、「うわ、なんじゃこの物言いは?」とヘンな箇所を見つけては自分の御粗末さに呆れるものだ。しかしそんな私の悪文でさえ、若狭の文章と比べたらはるかにマシに見える。