2014年11月14日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿
全て戦前の作。戦後のセクソロジストというイメージからエロティシズムを連想するには、その色合いは殆どない。またレアな作品が読めるようになったという点以上に、作者の込めるエネルギーのマグマみたいなものはそんなに感じられなかった。
『南方夢幻郷』なら水底狂人患者の妄想の源に迫る「浦島になった男」、人間の若い女と海底の大魚のハイブリッドで妖人魚を製造せんとする「怪船人魚号」、『世界神秘郷』なら北極の氷の中に眠っていた謎の女を蘇らせる「氷人創世記」あたりはそれなりに面白く読めた。思っていたほど秘境・探検ものばかりという訳ではなく、二十代の頃は女性といろいろあったようで高橋鐡なりの悲恋要素もあったりする。文章が特別下手な訳でもない。
幻奇小説という割には表現が淡泊で、現実から異空間へ引きずり込むような映像が読んでいて頭に浮かんでこない。どの作もお上品に小さく纏り過ぎて見える。変な喩えだが『ウルトラQ』的に、語り口であれ文章の演出であれ、もっと下衆にハッタリをかました方がよかったのでは?そしてこの中途半端さこそ、今までこれらの作品が再発されることもなく埋もれてきた原因ではなかろうか?小栗虫太郎・香山滋あたりが好きな人にはいいかもしれないが、恐怖・幻夢の忍び寄る影が感じられないのが、高橋鐡に限らず総じて秘境ものに対する私の不満の理由だ。
性科学者・性風俗研究家としての彼に私は詳しくないから、そっち方面からの本巻への批評も知りたいと思う。本巻で良かった点はエッセイ寄稿者が不快な古本ゴロではなく横田順彌が書いてくれている事(もう一人は黒田明)。高取英のエッセイは『新文芸読本 高橋鐡』からの転載。書き手不足なのかコスト削減の為か単なる手抜きかはよく知らないが、最近新しい書下ろしでなくこういう既存のエッセイ・評論の流用が多いなと感じる(横井司が自分の言葉で論じる意識が薄まってきた論創ミステリ叢書とか)。
それはともかく、昔ヨコジュンがこの高橋鐡も含め島津書房から出そうとして一冊でオジャンになった幻の「奇想小説シリーズ」全12巻。もし完走していたら、どんなラインナップになっていただろう?