2020年8月16日日曜日

『四つの凶器』ジョン・ディクスン・カー/和爾桃子(訳)

2020年2月4日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫 名作ミステリ新訳プロジェクト
2019年12月発売



★★★    アンリ・バンコラン 最後の事件



平成以降に生まれた方、「おさんどん」という言葉わかりますか? 新しく訳し直されたこの文庫の中で何度か出てくるのですが、同じ80年前の小説でも日本のものならともかくカーの世界では違和感を覚えます。この「おさんどん」について昔の本の『四つの兇器』ではどう訳されていたか確かめようと思ったのに、わが家のライブラリーを探してもポケミスが見つからない・・・。

『夜歩く』『髑髏城』・・・悪魔的ムードの長篇でイメージが定着していたアンリ・バンコランも予審判事の現場を退き、すっかり毒気が抜けたオジサマとなっての最後の事件。シリーズのレギュラーだったジェフ・マールがいないのは少し寂しい。


 

ピチピチのマグダ・トラー嬢と早く結婚したくて元愛人である高級娼婦ローズ・クロネツとの関係を完全精算すべく、裕福な青年ラルフ・ダグラスは弁護士リチャード・カーティスを伴い彼の別宅を訪れたところ、問題の元カノであるローズはそこで殺害されており、残されていたのは拳銃・短剣・剃刀・睡眠薬・・・。


                   

 

前半はオーソドックスな事情聴取で、筆名「オーギュスト・デュパン」を名乗る新聞記者の横槍もありつつ、バンコランが見立てを語り始める13章あたりから容疑者紛糾、我々の目が離せなくなってくる。本作の原題を直訳すると「四つの偽の兇器」。その意味を考えつつ読んでみたい。


 

幾つものの兇器が残っていた真相もさながら大詰めではバンコランがある罠をしかけ、アリバイ問題が急浮上してくるところなど一筋縄ではいかないのだけど、それまでバンコランが手掛けた事件と比べれば物語のスケールがこじんまりしているし、結末の衝撃度もピカイチと呼べるほどではない。


 

しかし本作は昔のポケミス以来の新訳かつ初文庫化により誰でも入手しやすくなった(この調子で全作品を現行文庫で読めるようにしない事には、ブランニューなカーの評論やガイドブックはいつまで経ってもリリースされんぞ)。ポケミス時代の訳者が私の嫌いな村崎敏郎で今回は和邇桃子。新訳にこういう問題はつきまとうものだが、戦前の小説に例えば「バレバレ」なんて言葉遣いは・・・読み易さも大事だが全体的に品格が欲しい。

本書しかり、今やっている「名作ミステリ新訳プロジェクト」の帯はゴチャゴチャ文章が踊っていた前の赤帯の時よりスッキリした見栄えになった。(どうして日本人は帯にまで煩く宣伝文句を詰込みたがるんだ?)でも同プロジェクトで解説のページ数が減らされてしまったのは困る。解説も愉しみのひとつ。これらの変化って東京創元社の社長が変わったことと関係が?




(銀) ジェフ・マールしか出てこない『毒のたわむれ』を別にすると、シリーズの前作『蠟人形館の殺人』から五年。ここでのアンリ・バンコランは今迄の妖気フェロモンが失せ、それこそ『夜歩く』よりも前に書かれた短篇時代の雰囲気に戻っている感じ。バンコランの復帰はカーにとって前向きなものではなく、懐古的な姿勢で書かれたのだろうか。


 

ちょっとした部分ではあったが、結局最後まで和邇桃子の訳はズレた言葉選びを払拭することができず。カー以外の翻訳仕事ではどういう評価を受けているのか知らないが、藤原編集室も東京創元社も何故この人をカーの訳者に起用したのか私にはよくわからん。こういう訳し方しかできない人は古典ミステリの翻訳には使わないでほしい。




2020年8月15日土曜日

『蠟人形館の殺人』ジョン・ディクスン・カー/和爾桃子(訳)

2020年4月16日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫
2012年3月発売



★★★    カー独自の様式美を模索している頃




スタンリー・キューブリック監督映画『アイズワイドシャット』では、素性を隠した男と女のいかがわしい目的の為の、余計な詮索をすると災いをなす仮面パーティーの館が出てきます。本作の中でパリの夜を牛耳っているエティエンヌ・ギャランの経営するナイトクラブもきっとあれに近い情事の場をセッティングする魔窟なのでしょう。世間体を重んじる上流階級の人間は特にこんな世界と関わりを持ってはいけない訳で・・・。

酒・シンガー・踊り子・楽隊。ムーラン・ルージュに彩られたジャズ・エイジたちの退廃の街。そして「表」と「裏」の顔が存在している淫楽の空間。そこで予審判事アンリ・バンコランは知ることになる。オーギュスタン蠟人形館で目撃された後に姿を消した令嬢オデット・デュシェーヌが死体となってセーヌ川に浮かび、オデットの親友クローディーヌ・マルテル嬢までが刺殺され、蠟人形館の中で怪物サティロスの像に抱かれているのを。


 

令嬢殺しの〝ある伏線〟は最初の数章に張ってあり、再読し確認する愉しみの形は出来ているが入り組んだプロットよりもまだムード作りのほうが先行。のちのカーの傑作だったら怪奇極まる前半のパートを後半の推理パートが切れ味鋭く追走していくのだが。


 

以前は抄訳ゆえに、いろいろ問題があって正当な評価を下すのが難しかったこの長篇。本書にて初めての文庫化というだけでなく完訳がなされているという。ちなみに昭和20年代に妹尾アキ夫が訳したポケミス版と今回和爾桃子が訳した本書、各章のタイトル訳を比べてみる。


◇ ポケミス版      → ◆ 本書=創元推理文庫版


 

◇ 茶色の帽子      → ◆ 幽霊は茶色い帽子をかぶる

◇ 緑の灯影       → ◆ 緑光の凶行

◇ 赤い滴        → ◆ 通路の血だまり

◇ 幻の女        → ◆ 幻が現実に

◇ 秘密クラブ      → ◆ 銀の鍵クラブ

 

◇ エステル嬢      → ◆ 歌手エステル

◇ デュシェーヌ夫人   → ◆ 第二の仮面

◇ 棺のそば       → ◆ 棺越しの密談

◇ ドミノの家      → ◆ ドミノの家

◇ 黒い影        → ◆ 死の黒い影

 

◇ あの声!       → ◆ 赤鼻氏のお道楽

◇ クラブへ侵入     → ◆ 潜入捜査

◇ 屏風の陰       → ◆ ジーナの反抗

◇ ナイフ        → ◆ ナイフ!

◇ 二重生活       → ◆ 秘そやかな愉しみ

 

◇ 死人、窓を開ける   → ◆ 死人が窓を押しあける

◇ 腕時計        → ◆ 蠟人形館の殺人者

◇ 黒いケイプの男    → ◆ 正々堂々たる一撃

◇ スペイドの三     → ◆ 青酸にカードを一枚

 

カーの原文は同じ筈なのに、何故こんな違いが生じてくるのだろう。全ての読者が旧訳本を所有しているとは限らないので、今までどこが省かれていたのかを解説で丁寧に指摘し誰でもわかるようにしてほしかった。更に私はこの訳者の言葉遣いのセンスが気になってしょうがない。相変わらず和爾桃子が作品のムードにそぐわぬ日本語を当てるのには萎えてしまうのだ。

バンコランの相棒であり語り手でもあるジェフ・マールが後半危地に潜入する緊迫した場面での 独白で(216頁)、ドロシー・セイヤーズのハリエット・ヴェインみたいな女性キャラクターならともかく、ジェフは大のオトコなのに〝 おでこ 〟なんて言うか? 〝 額(ひたい)〟だろ?英語から日本語へ translateする時に正しい言葉を選べなければプロではない。




(銀) 1932年に発表されたアンリ・バンコラン・シリーズ第四長篇。何十年も現行本で読めず古書のポケミスやジュヴナイル本で渇きを潤すしかない不遇な作品だっだ。

 


訳者の変な言葉選びはさておき、昨日取り上げた『絞首台の謎』よりはプロットの細部がだいぶ整理されつつある。カーらしいインポッシブル・クライムはまだまだだが次のステップへの予感も漂う。クライマックスにて真犯人に対峙するバンコランの態度をいつものように冷血だと見做している読者が多いようだが、古畑任三郎『すべて閣下の仕業』ラスト・シーンにおける古畑の行動、あれを〈憐れみ〉と見るのであれば此処でのバンコランにも同じ気配がないとは言えぬ。


 

バンコランとジェフ・マールのコンビはこれをもって最後となり、『毒のたわむれ』でジェフはパット・ロシターと共に登場するも、『四つの兇器』でバンコランは予審判事の職を退いておりジェフの出番はない。1933年になるといよいよ『妖女の隠れ家』でフェル博士シリーズが、 翌1934年には『黒死荘の殺人』でヘンリ・メリヴェール卿シリーズがスタートする。




2020年8月14日金曜日

『絞首台の謎』ジョン・ディクスン・カー/和爾桃子(訳)

2020年3月28日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫
2017年10月発売



★★★   新訳が柔らかすぎて
         原文の雰囲気を削いでなければいいのだが




キャリア初期の長篇第二作目だからか、話がこなれておらずカタルシスが得られない。また読んでいて登場人物に感情移入しにくいのも苦しい・・・実際に最後まで読み終わった方ならおわかりだと思いますが本作は波瀾万丈な展開ではなく、江戸川乱歩や横溝正史の通俗長篇ほどエンターテイメントに振り切れている訳でもありません。

ジェフ・マールやサー・ジョン元警視庁副総監らの目の前で死人の運転する大型リムジンがストリートを暴走したり、終盤の犯人露見シーン、大団円の多幸感さえないエンディング、部分部分で見せ場はあるのだが、ギデオン・フェル博士やHMシリーズにおける傑作と比べて、散らばった謎の欠片が徐々に回収されてゆく快感にも欠けるし、論理的解決を控え悪夢のような幻想味を活かしてポオみたいな余韻を残す物語を成しているかといえば、アンリ・バンコランによって一応謎解きされるが為にそっちにも徹底できていない。『絞首台の謎』といえばコレだ!みたいな決め手になるものが欠けている。

 


解説にて「〝ルイネーション〟という何処にも存在しない街のもやもや感が物語の牽引力となっている」とあるが、少なくとも私にはちっともピンとこない。英国人だったらグッとくるものがあるんだろうか。

 


創元推理文庫が2010年以降出しているアンリ・バンコラン・シリーズの新訳版はどれも同じ訳者に任されており、その事自体はとても結構なのだが、残酷な場面で機嫌良く鼻歌を歌っていたりするバンコランという男は魔王 ~ メフィストフェレスみたいな側面を持つ人物でしょ?新訳として読み易さを重視するにしても和爾桃子の訳は(地の文はまだしも特に会話において)カジュアル過ぎてバンコランの特徴や作品そのもののグルーサムなムードを伝わりにくくしてはいないだろうか?

私の頭の中には旧訳の文体が染みついているというのもあるけれど、それを差し引いてもバンコラン・シリーズは古めかしい語り口の訳で攻めたほうがカーの原文を活かせるのではないかね?もしも可能なら是非一度旧訳版で読んでみてほしい。



(銀) HM、フェル博士と比べるとまだ習作感が残る初期のバンコランもの。その中でもこれは読み進むのがしんどかった。これだったら出来の良い歴史ミステリのほうがまだ楽しめる。



翻訳を担当した和爾桃子は某webサイト上で「アンリ・バンコラン・シリーズは山田風太郎好きなら楽しめることうけあいです」「バンコランは超絶美形」「私は本来の年齢より二世代ほど上の明治末期~大正初期ぐらいの言語感覚で育っております」なんて事を語っているが、しっくりこない訳文のせいか、どうにもイタイ人にしか見えない。




2020年8月13日木曜日

『皇帝のかぎ煙草入れ』ジョン・ディクスン・カー/駒月雅子(訳)

2020年4月11日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫
2012年5月発売



★★★★   向いの邸の窓の殺人現場を
           目撃したヒロインにまさかの容疑が




〝 かぎ煙草入れ 〟とはどういう用途のものでどんな形状をしているか知らない人のほうが多いでしょう。初読の方はあらかじめ知った上で読めば、知らずに読んだ人より満足を得られるかもしれません。でも〝 かぎ煙草入れ 〟でググると本作のネタバレを書いたサイトを開いてしまうかもしれないのでご注意を・・・。

若くして父の遺産を相続し、容貌も良いけれどオトコを見極める目がないのが欠点の主人公イヴ・ニール。彼女は魅力があって頭は切れるが問題の多い前の夫ネッド・アトウッドと別れ、ローズ家の息子で銀行勤めのトビイを知る。

 

 

イヴはトビイと婚約しローズ家でも信頼を得ていたが、ある晩イヴの部屋に離婚した筈のネッドが現れる。新しい幸福を失いたくないイヴと、不法侵入をしておきながら「元鞘に戻れ」と迫るネッドが揉めていたところ、ふたりは目の前の邸の窓辺にローズ家の長/サー・モーリスの異変を目撃し・・・。

 

 

その後いろいろあってイヴはサー・モーリス殺しの容疑をかけられ孤立無援の立場に追い込まれるのだが、例によってカーのあくどいトリックが殺人目撃シーンにおける細かいセリフのやりとりに仕込まれており、そこの部分で煙幕を張る演出は評価できる。運悪く日本の超有名探偵作家の 某作品を先に読んでなければフーダニットの面でもハウダニットの面でも「おお~」とビックリできるかもしれない。

 

 

イヴの窮地を救うため行動を開始するのは、顔の片側に手術の跡があるので外見は怖く見えるがジェントルで思慮深いダーモット・キンロス博士。たいていの作品でツッコミどころの多いカーではあるけれど、本作の中でどんなに寛容にみても私がしっくりこない点がふたつある。

 

 

まず、ひとつめ。いくら近所だからって、別々の家族が住んでいる邸の×が(一応、探偵小説のマナーとして伏せておく)共通して使えるなんて、1940年代のフランスでは普通のことだったのかもしれんけど、私はどうしても首を傾げてしまう。

 

 

ふたつめ。ネッドとトビイ、最初は対照的に思えた男ども。イヴにからむ場面が全くスマートに非ずクドい。カーがドラマを盛り上げたいというか笑いをとりたいのかもしれないが、この二人の言うことが鬱陶しくてトリック以外の物語の部分に少しかったるさを覚えた。いつの世であれしつこい男はみっともない。

総評として、ジョン・ディクスン・カー名義で執筆された非シリーズものなら、これよりも『火刑法廷』のほうに軍配を上げたい。


 

 

(銀) 発表は1942年。カーはHMものを続けて書いていた時期で『仮面荘の怪事件』と同時期の作品。本作のトリックが初めて披露された時、読者はさぞかし驚いたことだろう。江戸川乱歩の高評価がその後も長く影響を及ぼした作品のひとつだ。

 

 

確かに人間のちょっとした隙を衝くトリックそのものは巧妙で面白い。しかし、本文にも書いたとおりヒロインをとりまく二人の男の言動がいけすかないし、人より少し疑り深い自分としてはトリックに関わる根幹、すなわち「暗示にかかりやすい」という部分が、安易とまでは言わないけれど、やや都合が良すぎるかも。

 

 

探偵役のダーモット・キンロス博士はアクの強いカーの他の探偵達に比べると、優しくて良い人なぶん印象が薄く、なんだか損している感じも。結局のところネッド・アトウッドとトビイ・ローズだけでなくヒロインのイヴ・ニールを含めたトライアングルといい、私は本作のキャラクターの設定がそんなに好きじゃないんだな、きっと。






2020年8月12日水曜日

『白い僧院の殺人』カーター・ディクスン/高沢治(訳)

2020年1月29日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫 名作ミステリ新訳プロジェクト
2019年6月発売



★★★★  〈白い僧院〉の見取図が付された新訳版



有名になったスターを「自分があいつを BIG にしてやった」なんて思っている人は得てしてよくいるものですが・・・。

この長篇における女優マーシャ・テイト殺しの真犯人・動機・雪上に残された(脱走形跡がない)侵入方向だけの足跡の理由もそうだが、いたいけな読者が目を剥きながら丁寧に話の筋を追ってみても、H・Mが終盤に謎を解き明かす前に真犯人が使った兇器をズバリ当てるのは相当難しい。序盤でシレっとその手掛かりが提示されてはいるが流石にこれは解らないと思う。真相を知って「ああ、やられた!」と一杯喰わされて頂きたい。

 


舞台となる〈白い僧院〉。本館・屋根付き車寄せ・常緑樹の並木道・厩舎・別館(ここが屍体の発見現場となる)・・・それらの位置取りはやっぱり図があったほうが解り易く、実際に本書を読んでいないレビュアーは知らんだろうが(Amazonに毎日のようにレビューを投稿している輩はこういう奴ばかりだ)、翻訳者・高沢浩原案による見取図が8頁に載っている。

 


本作は『黒死荘の殺人』(プレーグ・コートの殺人)後の事件。主人公はアメリカからやってきた外交官で、ヘンリ・メリヴェール卿の甥っ子でもあるジェームズ・ベネット青年。冬の早朝〈白い僧院〉に到着したベネット青年は別館の戸口にいたジョン・ブーン(屋敷の主・モーリスの弟)によって〝 蝶よ花よ 〟的な扱いをされている女優の死を知る。毒入りのチョコレートを使った脅迫という前奏はあったが、誰が何のために・・・?

 


これから読む人は〈白い僧院〉回りの状況、そして「雪の降っていた時/やんでいた時」「飼われている猛犬テンペストの動き」に気を留めながら、物語を追っていくといい。それと現場には絡んでこない新聞界のドンについてもしっかり把握しておかないと、終りのほうで明かされる〝もうひとつの人間関係〟がイマイチ理解できなくなる。

作品自体は★5つで順当なのだが、折角リニューアルした2019年新訳版なのに、ヤフオクにて(レアだけどボロ同然の状態の)探偵小説古本の転売を止めぬ人間に解説をいまだ書かせているのには呆れる。心ならずも減点したのはこれだけが理由。





(銀) 本書の解説を書いているのは森英俊という古本乞食で、こいつを古本神とか呼んでいるコバンザメのような莫迦もいる。古本屋や即売会で見つけたレア本を長年ヤフオクで転売し続けており、昔の 2ch(今だと 5chか)に立てられていた「ヤフオクでボロ儲け! 森英俊って」というスレッドはググれば今でもヒットするようだ。


 

森英俊はネット上でも古本狩りをしているらしく、コソコソ隠れて仕込んでいる転売ネタの尻尾を掴んだことがある。いつだったか私は「日本の古本屋」で新規にupされた相当珍しい戦後貸本探偵小説の古本を見つけた。自分で欲しいものならすぐ買ってしまうけれど、既に持っていたり必要の無いものだったらいくらレアで手頃な価格であっても買わない。あいにくと既に所有済みの本を転売=カネ目的で何冊も買うほど貧乏臭い人間ではないもんでね。



その本がupされて二、三日が過ぎ、再び「日本の古本屋」を見たら売り切れている。すると更に数日後今度はそれと全く同じ状態の古本がヤフオクで森英俊によって転売されているのを発見。threecoffinsというIDが森であるのは、ヤフオクにて探偵小説古本の出品状況を長い間見てきた人なら周知の事実。この本は「日本の古本屋」で書影画像を添付して売られていたからヤフオク画面と見比べてすぐに同じものだと判明。「森英俊はこうやってレア本を転売しているのだな」と手口が明るみに出た訳だ。


 

こんな人間にカーの新刊本が出ると平気で翻訳をさせたり解説を書かせているのだから、日本のミステリ・ギョーカイがどれだけ腐っているか。しかも森や喜国雅彦周辺、探偵小説に関する古本を小銭稼ぎの道具だと勘違いしている連中が排除されるどころか日本推理作家協会メンバーになっているのだから、江戸川乱歩をはじめ先人達が苦労して経営してきたこの団体も今では名ばかりで何をか言わんや、である。





2020年8月11日火曜日

『黒死荘の殺人』カーター・ディクスン/南條竹則・高沢治(訳)

2020年3月22日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫
2012年7月発売



★★★★★  例えばH・M全集とか、
          名探偵ごとに作品を集成した本が欲しい




「仄暗い中でなにかが首筋に触れた。あれは短剣の柄(つか=グリップの部分)だった。じゃあその人物は刃の部分をどうやって握っていたんだ?」と一同が慄くシーンがあります。まあ後でオチがつく訳ですが、これ、試しに何かでやってみて下さい。アナタに絶対見えないよう第三者がアナタの首筋を或るモノで撫でたとして、それが何だったか、撫でられたほうはそこまでハッキリ分かるでしょうか? 

▼ 

『プレーグ・コートの殺人』『修道院殺人事件』、以前そのタイトルで訳されていたものを最新の創元推理文庫では何故『黒死荘の殺人』『白い僧院の殺人』としてアップデートしたか、理由を解説にて戸川安宣が短く述べている。新訳は高沢治がひとりで訳する時と比べて語り口は若干堅めな感じがする。南條竹則の影響?  

 

 

かつて黒死病に脅えた旧時代の絞刑吏ルイス・プレージの影が残る幽霊屋敷、そして呪いの短剣。70年代に本作の翻訳者として平井呈一に白羽の矢が立ったのもむべなるかな。ゴシック・ムードに演出され心霊学者ロジャー・ダーワーズが誰も入れない石室でズタズタの屍と化す前半、そしてヘンリ・メリヴェール卿が呼び出され霊媒オカルトを論理的に暴いてゆく後半、その潮目の変化がこの長篇の醍醐味。 

 

 

更に起きる第二の事件。人肉の焼ける匂いを嗅がされたハンフリー・マスターズ警部達は暫くの間マトン料理を見るのもイヤだったろうな。真犯人の暗躍手段は本格にしてはややルパンティックだし、ある人物がその従犯だったのはそりゃわからんわ。って、いちいち作者のカーにツッコミたくなるのが読者の悪い癖。 

 

 

〝 幽霊犯人 〟というワードが出てきて、つい私は戦前本格派の驍将と云われた甲賀三郎のことを思い浮かべる。実質甲賀は本格の理想論だけで、バキバキの本格ものを創作小説で作り出せぬまま病死してしまった。本作の石室殺人に使われているような〇〇〇トリックを考案して、本作ぐらいのクオリティの長篇をたったひとつでも遺せていたら、日本の探偵小説史における甲賀の評価(小酒井不木でもいいのだが)は根底から変わっていたと思う。

これはH・M最初の事件。巻末解説でヘンリ・メリヴェール卿の人物像や登場作品等が紹介されておりHM登場作をチェックしたい方には便利。カーをフル・コンプリートした全集が企画されてしかるべきだと思うけれども、先の見えない今の不景気ではまず無理。せめてH・M全集やギデオン・フェル博士全集といった、名探偵ごとに作品を纏めた書籍が欲しいものだ。どこかの奇特な出版社が企画してくれないか?もちろん電子書籍ではなく紙書籍で。 

 

 

 

(銀) 『黒死荘の殺人』は第二次大戦が始まる前に書かれている。先の大戦の頃は英国陸軍省諜報部長として活躍していたH・M、今では暇そうなポストで時間を持て余しているという設定での記念すべき初登場。また語り手のケンウッド・ブレークもこのあとH・Mが手掛ける事件に何度か登場する機会があるのだが、小ネタを気にする人は『黒死荘の殺人』『一角獣殺人事件』『パンチとジュディ』『ユダの窓』の順番に読んで頂きたい。 

 

 

日本における本作歴代翻訳者の顔ぶれを見ると岩田賛西田政治長谷川修二平井呈一仁賀克雄南條竹則・高沢治てな感じで、なかなか味わいのある顔ぶれなのだが、残念ながら初期の頃は完訳が徹底されておらず、特に初心者にはどの訳でもオススメとは言い難い。



 

 

2020年8月10日月曜日

『いやいやながらルパンを生み出した作家~モーリス・ルブラン伝』ジャック・ドゥルワール/小林佐江子(訳)

2019年10月5日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

国書刊行会
2019年9月発売



★★★★  待望のルブラン伝だが、
         完全版ルパン全集が出ないことには



『戯曲アルセーヌ・ルパン』を読んで、私はルパン研究の先鋒ジャック・ドゥルワール教授の存在を知った。本国フランスでは彼のルパン~ルブラン研究文献、例えば今回の評伝なんて89年に発表されていながら、我が国では三十年経ってようやく邦訳版が刊行される有様だし、ルパンのほぼ全てのエピソードを収めた全集となると偕成社の子供向け書籍しかない状況。この分では大人向け決定版ルパン全集の刊行なんて夢のまた夢。

 

 

ルパン第一作「アルセーヌ・ルパンの逮捕」が世に出る前からルブランは非ミステリというか心理小説に拘っており、圧倒的にそっち方面のサクセスを求めていたようで、ルパン・シリーズは金を稼ぐための手段だったみたい。伝記というと、主人公が最初の成功を掴む迄の雌伏の時代は華やかさが無く、その部分は我慢して読まねばならない場合もあったりする。「ある女」や「死の所産」などの非ミステリ小説は今後も日本で翻訳されないだろうから、そのアウトラインだけでも知りたいのだけど、あの「青い鳥」で有名なメーテルリンクの恋人だったルブランの妹ジョルジェットの流転のほうが著者ドゥルワールからすると重要らしくて。

 

 

昨年出たドゥルワール著『ルパンの世界』(水声社/発売からまだ一年しか経っていないのにもう流通が無くなっている!)はガイドブック風でもなければ、ルパン物語のエピソード&キャラクターを掘り下げたりシャーロキアンっぽく事件の時間軸を検証したりする内容でもなかったので、私は梯子を外されたような読後感を持ったものだ。

彼の著書として二冊目の邦訳になる本書はそこまで肩透かし感は無かったもののルブランのことをやたら〝フランスのコナン・ドイル〟と表現している点が目に付く。こういうのってイギリス人に対するフランス人のコンプレックス?

 

 

なにゆえルブランはルパン物語へシャーロック・ホームズを(一度ならず何度も)登場させる愚行に走ったのだろう?皮肉屋のホームズにも会話の中で先達たる探偵ルコックをクサしているシーンがありルパンもあの程度の口撃にとどめておけばよかったのに、エルロック・ショルメスなどと名前だけ変えたって後の祭り。しかもホームズのみならずワトソンまで酷い扱いをされた日にはドイルから抗議されて当り前。世界中のシャーロキアンを敵に廻す必要はなかった。

 

 

本書を読むと、そんな事しなくたって当時ルパンは十分世界で人気を博していたのがよく解る。でもドイルからの抗議とか都合の悪そうなところをドゥルワールはサラっと回避していますな。あと、この著者はフランス人のミステリ作家(ボアゴベやガストン・ルルー)に最低限の言及はあっても、ミステリ自体にはそれほど広く関心を持っていないように思えた。

 

 
 
翻訳担当/小林佐江子のあとがきによれば残存するルブラン関連の資料がかなり少ない状況下で本書は執筆されたらしいし、この評伝が労作であることは特に否定しない。ただなぁ、本書と『ルパンの世界』を読む限り、私の読みたいルパン~ルブランに関する批評は、論創社が出した『戯曲アルセーヌ・ルパン』評論パートのほうがしっかりツボを付いてた気がするけどなあ。

 

 

次は日本人が腰を据えて書いた最新のルパン評論が読みたい。でもその前にまずは詳細な解説・註釈・初出挿絵を付けた大人向けの決定版ルパン全集を出さんことにはどうにもならんじゃろ?





(銀) 「ジャック・ドゥルワールこそ世界屈指のルパン研究家」と聞いていたわりに『ルパンの世界』はさして深くもない情報の列挙ばかりでガッカリした。その余波で本書を見る目も若干厳しくなったかもしれない。

 

 

813の謎』(☜)の記事にも書いたことだが、日本におけるルパン・ファンクラブ「ルパン同好会」って何故もっと読者層を広げようとする努力をしないのだろう?シャーロキアンの前例を挙げれば、長沼弘毅が60年代にホームズ研究書の執筆を開始、それを発展させるべく小林司・東山あかね夫妻が70年代以降、長沼の業績を引き継いで数多の研究書を世に送り出すだけでなく日本シャーロック・ホームズ・クラブの運営にも尽力してきた。

 

 

あそこまでやるのは無理だとしても、ルパン研究者だってもう少し遣り様があったのでは?住田忠久は某所で、「いくら提案してもアルセーヌ・ルパンに関する本の企画を出版社が受け入れてくれない」と怒っていたが、本当に日本の出版社はルパンそしてルブランにちっとも興味を示さないのだろうか? マンガとして私は全然面白いと思わないが、森田崇が『怪盗ルパン伝 アバンチュリエ』に取り組んでいるのもアルセーヌ・ルパンのファンを増やしたいからでしょ。

 

 

小学校の図書室にジュヴナイル本が常備されているぐらいメジャーな存在でありながら、ルパン~ルブランはコナン・ドイル/江戸川乱歩と違って固定客が付きにくい。それは、 

1. 主役が怪盗だから? 

2.   国内におけるルパン研究者の努力が足りないから? 

3. 認知度は十分あるけれど、小説としてもミステリとしても深みが足りないから? 

4. ルパン三世が浸透しすぎて、もう日本人は腹一杯になってしまったから? 

その理由を考えるとすれば、こんなところしか思い浮かばない。2を問うのは酷な気もするけど、いずれにせよ難題ではある。