2020年2月4日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿
平成以降に生まれた方、「おさんどん」という言葉わかりますか? 新しく訳し直されたこの文庫の中で何度か出てくるのですが、同じ80年前の小説でも日本のものならともかくカーの世界では違和感を覚えます。この「おさんどん」について昔の本の『四つの兇器』ではどう訳されていたか確かめようと思ったのに、わが家のライブラリーを探してもポケミスが見つからない・・・。
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『夜歩く』『髑髏城』・・・悪魔的ムードの長篇でイメージが定着していたアンリ・バンコランも予審判事の現場を退き、すっかり毒気が抜けたオジサマとなっての最後の事件。シリーズのレギュラーだったジェフ・マールがいないのは少し寂しい。
ピチピチのマグダ・トラー嬢と早く結婚したくて元愛人である高級娼婦ローズ・クロネツとの関係を完全精算すべく、裕福な青年ラルフ・ダグラスは弁護士リチャード・カーティスを伴い彼の別宅を訪れたところ、問題の元カノであるローズはそこで殺害されており、残されていたのは拳銃・短剣・剃刀・睡眠薬・・・。
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前半はオーソドックスな事情聴取で、筆名「オーギュスト・デュパン」を名乗る新聞記者の横槍もありつつ、バンコランが見立てを語り始める13章あたりから容疑者紛糾、我々の目が離せなくなってくる。本作の原題を直訳すると「四つの偽の兇器」。その意味を考えつつ読んでみたい。
幾つものの兇器が残っていた真相もさながら大詰めではバンコランがある罠をしかけ、アリバイ問題が急浮上してくるところなど一筋縄ではいかないのだけど、それまでバンコランが手掛けた事件と比べれば物語のスケールがこじんまりしているし、結末の衝撃度もピカイチと呼べるほどではない。
しかし本作は昔のポケミス以来の新訳かつ初文庫化により誰でも入手しやすくなった(この調子で全作品を現行文庫で読めるようにしない事には、ブランニューなカーの評論やガイドブックはいつまで経ってもリリースされんぞ)。ポケミス時代の訳者が私の嫌いな村崎敏郎で今回は和邇桃子。新訳にこういう問題はつきまとうものだが、戦前の小説に例えば「バレバレ」なんて言葉遣いは・・・読み易さも大事だが全体的に品格が欲しい。
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本書しかり、今やっている「名作ミステリ新訳プロジェクト」の帯はゴチャゴチャ文章が踊っていた前の赤帯の時よりスッキリした見栄えになった。(どうして日本人は帯にまで煩く宣伝文句を詰込みたがるんだ?)でも同プロジェクトで解説のページ数が減らされてしまったのは困る。解説も愉しみのひとつ。これらの変化って東京創元社の社長が変わったことと関係が?
(銀) ジェフ・マールしか出てこない『毒のたわむれ』を別にすると、シリーズの前作『蠟人形館の殺人』から五年。ここでのアンリ・バンコランは今迄の妖気フェロモンが失せ、それこそ『夜歩く』よりも前に書かれた短篇時代の雰囲気に戻っている感じ。バンコランの復帰はカーにとって前向きなものではなく、懐古的な姿勢で書かれたのだろうか。
ちょっとした部分ではあったが、結局最後まで和邇桃子の訳はズレた言葉選びを払拭することができず。カー以外の翻訳仕事ではどういう評価を受けているのか知らないが、藤原編集室も東京創元社も何故この人をカーの訳者に起用したのか私にはよくわからん。こういう訳し方しかできない人は古典ミステリの翻訳には使わないでほしい。