2022年4月17日日曜日

『月を消せ』藤澤桓夫

NEW !

東方社
1962年5月発売



★★      タイトルの意味を知ってコケた


                                                   

藤澤桓夫はプロパーの探偵作家ではないのだが、この本には〈長篇推理小説〉と角書きがある。主人公のBG(=今でいうOL遠山梨花子は身寄りがなく一人暮しなのだが、ブンヤの好青年・東本孝吉と交際しており、タイピストとして大阪梅田にある化学薬品会社に勤めている。梨花子は自社の入っているビルの窓から双眼鏡で外を見ているうちに、真向かいのビルの窓の撲殺事件を偶然目撃してしまい、先方も見られたことに気付いたらしく、梨花子の胸の内には不安が広がる。

 

 

 

そこへ同僚の大山美加子が腹を刺されて重傷を負い、ある理由から「自分と間違われて美加子は襲われたのではないか?」と梨花子の不安は恐怖に変わってゆく。そこへ見知らぬ男が現れて、梨花子が七千万円という(当時の価値でいうところの)莫大な遺産の相続者である事を告げる。「なんかこういう粗筋、最近記事にしたなあ」と思ったら、2021年12月14日upした西條八十『白百合の君』のシチュエーションにすごく似ていた。

 

 

 

ヒロインの初期設定が『白百合の君』と酷似していたのも運が悪かったけれど、プロットが弱いのは事実。梨花子の身は案の定危険にさらされるのだが、ミステリ的な面白みも薄い。梨花子の亡姉・百合枝は敗戦後の日本に四~五年滞在していた米国人RC・ジェーミスンのオンリーだったのだが、彼女の描き方には暗さが無くて、コテコテの関西人藤澤桓夫らしくヒロイン梨花子の大阪弁は自然でチャーミング。彼女には孝吉という恋人がいるのを知っていながら梨花子に惹かれてゆく元スポーツマンで弁理士の早川史郎の活躍は女性読者が読んだらウケるのかもしれないけれど、私の小説の好みからするとストーリーがちょっとさわやか過ぎる。

 

 

 

一番マズイのが「月を消せ」というタイトル。どんな意味があるのだろう?と考えながら読んでいると、後半部分で悪人の別宅に夜半潜入した早川が敵に見つかった時、月の光によって己の姿が敵の側から露わになるので、自分が見えないよう「おい、誰か、月を消せ!」と早川が心の中で叫ぶ、ただそれだけ。なんやねん?こんな理由があって八十の『白百合の君』ほどにはあまり楽しめなかった。大阪が舞台というだけでも私なりに評価はしたかったんだが・・・。 

 

 

 

(銀) 藤澤桓夫の書く探偵小説の主人公がみな若くて健康的な女性ばかりなのは、なにか営業的な意図があるのだろうか。藤澤は漫才作家・秋田實とも交流があるし、藤澤の評伝がもし刊行されたら、私は彼の小説よりも積極的に読んでみたい。




2022年4月15日金曜日

『南総里見八犬伝㊅』曲亭馬琴

NEW !

岩波文庫 小池藤五郎(校訂)
1990年7月発売



★★★★     八百比丘尼の幻術



 冨山に登った里見義実の前に現れた犬江親兵衛はわずか九歳ながら十七、八歳と見まがう程の偉丈夫に成長していた。幼い親兵衛が神隠しにあったのも伏姫神女の庇護によるもので、荒芽山を襲撃された姨雪与四郎(=世四郎)と音音の夫婦、そして曳手/単節も霊験によって富山へ誘われ、伏姫の墓がある富山の岩室にて彼らは秘かに親兵衛を育てていたのである。




◕ 本巻から暫くの間は親兵衛中心のエピソードが続く。ここで明らかなのは、(今後も新たに姿を見せるキャラはいるにはいるが)主に既巻にて顔見せ済みのキャラがまた登場してきたり、それまでの伏線回収だったりして、前巻の七犬士集結までを仮に第一部とするなら、物語の折り返しとなる蟇田素藤/妙椿篇以降は第二部といった趣きがあること。

「南総里見八犬伝」の読者には共通して、ここから先の親兵衛譚は評判が悪く、現在河出文庫になっている白井喬二の現代語訳『南総里見八犬伝』でも(元々この本は最初からかなり端折っているところが多いのだが)バッサリ省略されまくっている。

 

 

 

それぞれ不遇な少年時代を送ってきた他の七人に比べると、ひとりだけ伏姫に守られていたり、全ての犬士が揃うまで他の七人は里見家に接見するのを固辞しているのに、親兵衛は特別扱い。何故馬琴は「仁」の玉の持ち主にこういう特性を持たせたのか、一応八犬伝研究書で識者の推論を読んではきたけれど、久しぶりに原作を読んでみてもやっぱり親兵衛にはどうしても好印象を持ちにくい。とりたててイヤな面が描かれている訳でもないのに「これ!」という魅力に欠けているし、馬琴が妙に親兵衛をヒイキしている(?)のが行間から透けて見えるぶん、なんだか逆効果な感じがする。

 

 

 

◕ それと、もうひとつ。前巻までの犬士列伝はどんな悪役が出てきても、それらは殆ど生身の人間だったし、例外といえるのは伏姫八房篇の玉梓の祟り及びニセ赤岩一角の化け猫ぐらいで、スーパーナチュラルな現象を起こすのは伏姫もしくは役行者、つまり善の側のほうが目立っていた。ところが蟇田素藤の軍師でもあり愛人でもある妙椿があやつる妖術の手練手管は、それまでの悪役とは比べものにならない。

なんせ〝甕襲の玉〟という禍々しい物を持っており、かつて甲斐國で継母だった夏引の霊を持ち出して浜路姫を奇病をしたり、はたまた親兵衛から「仁」の玉を遠ざけたり、親兵衛と浜路姫がまるで密通しているようなニセの艶書を里見義成に見つけさせて怒りを誘発し、義成はその詭計にまんまと嵌まって「他の犬士を連れてくるように」と建前上命じてはいるものの、親兵衛は里見家から暇を出される立場に追い込まれるのだから。

 

 

 

◕ 一度は里見勢に捕えられ、親兵衛の寛大な諫言によって斬首されずに追放された蟇田素藤とその家来達。だが、彼らはまたしても妙椿の力を借りて館山城を占拠した。その頃、親兵衛は上野原にいて、自害した河鯉権佐守如の息子・河鯉孝嗣の死刑執行を耳にする。

河鯉守如は扇谷家のため犬阪毛野に籠山逸東太の暗殺を依頼したのだが、逸東太に通じた佞臣どもが管領扇谷定正に「孝嗣は犬士達と内通している」などと出鱈目な情報をもたらした為、激怒した定正は孝嗣に釈明の余地も与えず、このような断罪へ。父・守如同様に孝嗣も主君に対する厚い奉公心を持っているのは前巻に書かれているとおり。

 

 

 

死刑執行の瞬間、越後からやってきたという箙大刀自の一行が現れ、すんでのところで河鯉孝嗣は命を救われた。しかし、その箙大刀自一行は煙のように姿を消してしまう。「神の御加護か」と思いつつも早々にその場を立ち去った孝嗣は親兵衛と出会う事に。
といったところで第六巻ここまで。

 

 

 

 

(銀) 突然だけども、今も現行本で入手できる新潮社版『南総里見八犬伝』はこちら。
全十二巻。手軽な文庫という形態にこだわらないのであれば、これも決して悪くはない。







ただ80年代に出ていた岩波書店の函入り単行本が、一冊あたり1,000円未満の価格だったのに対し、新潮社の函入り単行本は一冊あたりの価格が税込で3,000円前後。しっかり作られた造本とはいえ、十五年ほどの年月の間に「本の相場はこんなに高くなったんだな」という事を改めて思い知らされる。

 

 

 

前巻の地の文でも、馬琴は「大団円が近い」と書いていたし、本巻でもそのような文章はある。にもかかわらず親兵衛譚が長くなるのはどうしてだったのだろう?蟇田素藤/妙椿篇だけをとっても他のエピソードより尺が長い。

本巻に収録されている分の話が発表される前年には、馬琴の一人息子・滝沢宗伯(=興継:のちに失明する馬琴の執筆活動を、口述筆記で支えるお路の夫)が四十にならない若さで亡くなっている。馬琴自身も既に七十になろうとしており、右眼だけでなく左眼の視力までもが低下しつつある。こんなヘビーな状況でも、彼はまだ「南総里見八犬伝」を終わらせるつもりはなかった。





2022年4月13日水曜日

『南総里見八犬伝㊄』曲亭馬琴

NEW !

岩波文庫 小池藤五郎(校訂)
1990年7月発売



★★★★★    七犬士邂逅




 管領扇谷定正の勢力圏にありながらも、定正には属せずにいる穂北の郷士・氷垣残三夏行。その娘・重戸は『新八犬伝』では犬山道節の恋人に設定されていたが、原作では落鮎余之七有種という婿がちゃんと居て、この落鮎有種は元豊嶋の残党ゆえに、実は道節とは近しい関係。本巻の序盤で犬士達は氷垣残三との繋がりができており、道節は穂北を拠点にして定正の動向を窺っていた。

 

 

 

 石禾の指月院を長らく預かっていた丶大法師は後任の老僧がようやく見つかり、「南総里見八犬伝」の物語の前奏でもある〝結城合戦〟で命を落とした人々の菩提を弔うため、石禾を発ち彼の地へ向かう。その途中、妖術師・鵞鱓坊に供物を巻き上げられ苦しんでいる村人を救うべく丶大が一人で悪党成敗する珍しいエピソードも。

 

 

 

 坐撃師(いあいし)・放下屋物四郎として湯嶋天神で客を取っていた犬阪毛野は扇谷定正の内室・蟹目前の飼っている猿を救った事から、定正の忠臣・河鯉権佐守如に腕を見込まれ、ある男の暗殺を依頼される。その標的というのが、奇しくもずっと毛野が仇として探しており、長尾家から扇谷家へ寝返って定正に取り入ったものの、蟹目前や河鯉守如のような真っ当な人々からは獅子身中の虫と見られていた、竜山免太夫と名を変えた籠山逸東太

毛野は守如の依頼を受諾するのだが、この密談を耳にした犬山道節は「毛野が逸東太を討ち果たしたら、きっと定正は毛野を捕えようと城から出てくるに違いない」と見て、襲撃の準備をしていた。他の犬士や落鮎有種が加勢を決意しているのは言うまでもなし。

 

 

 

籠山逸東太は数十名の雑兵を従え、相模の北条家へ密議の使節として出立。その中には鰐崎悪四郎猛虎なる三十人力の武勇の使い手もいる。鰐崎悪四郎はNHKの人形劇では道節の父を殺した仇の一人として出雲の城主に格上げされていたけど、原作では逸東太の腹心。そこへ現れた毛野、逸東太と直接対決。この知らせを聞いて予想どおり毛野を召し捕らんと数百の勢を率いて五十子城から出撃した定正に対し、道節をはじめ犬士達が斬り込む。

 

 

 

如何せん手勢が少なかった定正は犬士達にしてやられ、五十子城は崩壊。道節は定正を追い詰めるが、もう一歩のところで逃してしまう。この道節たちの思わぬ襲撃により、秘かに毛野に逸東太暗殺を依頼していた蟹目前と河鯉守如は定正へ顔向けできなくなり、両人とも自害。斯様にして信乃/荘介/現八/道節/小文吾/毛野/大角(=角太郎)の七人が顔を揃えた訳だが、手痛い敗北を喫した定正の胸には「全ての犬士達を排除せねば」という遺恨が生じるのだった。

 

 

 

 ガラリと場面は変わって、第一巻以来久しぶりに登場する里見義実。義実は若い嫡男の義成に家督を譲り、滝田城で静かな日々を送っていた。また前巻(第四巻)の四六城木工作篇に登場した義成の五の姫・浜路はあれから無事安房へ帰り、姉妹の中でも一番の美しさを誇っている。

ここにまた、西の近江では但鳥跖六業因という極悪人の盗賊が跋扈していた。この但鳥跖六が胎児を蒸して啖ったことから天罰が下り、京で捕えられる。跖六の息子・但鳥源金太素藤は身の危険を感じ、一味の金を持ち逃げして東国へ。房総に流れ着いた素藤は蟇田権頭素藤と名を変え、不思議な悪運も手伝って、愚政を行っていた小鞠谷主馬助如満の館山城を乗っ取る。

 

 

 

その素藤の前に現れたのは、人呼んで若狭の八百比丘尼・妙椿。妙椿は素藤に浜路姫の幻影を見せ、一目ぼれした素藤は里見家へ浜路姫を嫁にもらいたいと申し出るも、きっぱり断られる。逆ギレした素藤は里見義成の嫡男であり、まだ幼い義通を人質に取って浜路姫の身柄を要求。直ちに里見勢は館山城を包囲するが、人質を取られていては強硬な手段に出ることもできない。

この巻では、遂にあの船虫にも年貢の納め時が訪れる。その船虫と入れ替わるが如く表舞台に現れた妙椿。義通を人質に取られた里見義成はどうする?そは次回の記事に解分るを見て知らん。といったところで第五巻ここまで。 

 

 

 

(銀) 八犬士の中で誰が一番好きかと訊かれたら、原作だったら私は犬阪毛野。女田楽師/乞食/坐撃師と次々に姿を変える華があり、さしたる欠点は見当たらない。女と見間違うような外見なのに牛若丸並みの身のこなし、知力武力とも持ち合わせていて、犬山道節が血気に逸るのとは対照的に沈着冷静。あまり人と群れない感じがあるのもいい。道節は原作では、自分が八犬士の一人だと知って火遁の術を捨ててしまうんだよねえ。『新八犬伝』みたいに最後まで修験者・寂莫道人肩柳としての顔を持ち続けていたほうが活躍の場が広がったのに。原作の道節は直情的で、度々他の犬士から諫められる場面が目立つ。そこが人間的でもあるのだけれど。



ちょっとした疑問。いつのまにか蟹目前までもが箙大刀自の娘になっているけど、箙大刀自の娘は大石憲儀の妻と千葉介自胤の妻じゃなかったっけ?

                 




2022年4月8日金曜日

『青白き裸女群像』橘外男

NEW !

名曲堂
1950年7月発売



★★★★★   悪趣味なエログロばかりが本作の売りじゃない



                                                   

「青白き裸女群像」には同テーマの別作品「双面の舞姫」「地底の美肉」がある事は、当Blogにおける20201128日の項にて記したとおり。三作のうち一番最初に書かれたこの「青白き裸女群像」は仏蘭西が舞台で、大富豪ジュール・ド・ヴィラン老人が自分の娘を生贄にされた俄かには信じ難い前代未聞の誘拐事件をパリ警視庁へ持ち込み、応対した捜査二課長メイニャール警視に一部始終語るところから物語は始まる。

 

二十二年前ヴィラン一家が南佛オーヴェルニュ高原地方へ旅行した折、美人の誉れ高き令嬢カトリーヌが行方不明になり、ありとあらゆる捜索が行われたが犯人から身代金などの要求も無く、なすすべもないまま時が過ぎていった。ところが昨年の大晦日の夜、突然カトリーヌを名乗る中年の女性がよろよろとヴィラン家に帰ってきた。彼女は肌という肌を黒布で隠しているものの、その眼は膿み爛れ、全身からは烈しい異臭が漂ってきた、と老人は言う。

 

 

                   



本作でいつも取り沙汰されるのは、美女を次々と誘拐して獣のように彼女達を犯し続ける謎の地下宮殿に君臨する首領の猟奇性、そしてその宮殿に住む者達が皆レプラを病んでいるという有り得べからざる設定、この二つである事が多い。

確かにレプラの描写は(現代と違って、昔はまだ治療のメソッドが発達しておらず、不幸な認識が当り前のように存在していたとはいえ)目を覆いたくなる程の陰惨さだ。その上首領が美女の身体も魂も蹂躙するばかりか、✕✕✕✕✕(伏字部分は本を読んで確認して頂きたい)を美女に注射するのだから、なんともはやである。

メイニャール警視はヴィラン老人の話が絵空事だとはとても思えず行動に移ったものの、同僚のライバル/捜査一課長デュアメル警視には馬鹿にされ、これという手掛かりも掴めぬまま事件は迷宮入りするかに思えた。

 

 

 

ところが仏蘭西中を騒がせていた怪盗が逮捕された時の、カトリーヌ嬢誘拐とは全く関係の無い事件調書をたまたまメイニャール警視が読み耽っていたことから形勢は一変。前半があまりにもダークだったぶん、ここから地下宮殿の謎が徐々に暴かれてゆくさまは手に汗握る面白さ。「青白き裸女群像」はこの急転直下のドラマ性があるからこそ、エログロ一辺倒になりそうな〝やりきれなさ〟を免れている。

あと後半は冒険小説みたいなサスペンスがあって、レプラの巣である地下宮殿に古代ヨーロッパの歴史ロマンが隠されているのもいい。〝虚構のフィクション〟をまるで自分が見聞したかの如く語り綴るホラ吹きテクニック、これぞ橘外男の真骨頂。

 

 

                    



重ねていうけどレプラの描写は現代においてはあらぬ誤解を招きやすいし、扱いには十分配慮が必要であろう。だからといって、本作が二度と再発されなくなるような事態になるのはこれまた間違っている。(数年前に河出書房新社が再発して以来、「青白き裸女群像」は現行本の流通が無い)

まごうことなき橘外男の代表作なのだから、古本オタではない人でも手軽に読めるような状況であってほしい。



(銀) レプラという題材をショッキングに扱った小説は他に例が無い訳ではない。それにしたって、どういうつもりで橘外男はここまでグロ風味にしたんだろう。単純にこの人のドス黒い〝クドさ〟から来ているのは否定のしようがないんだけども。



橘外男の著書は古書店では探偵小説として扱われる事が多い。でも本人は自分が探偵作家である意識もないし、他の探偵作家との交流もなさそう。作品だけでなく作者自身そのものが異端児であり、頭の中を覗いてみたい人だ。




2022年4月6日水曜日

『狂人館』大下宇陀児・外

NEW !

東方社
1956年10月発売



★★★★    戦後派作家の活躍




本書に収録されている三つの中篇はどれも、探偵作家三名が 前篇中篇後編 を分担して書いているため一見リレー小説のように見えるが、三篇とも同じ雑誌・同じ号に一挙掲載されているので、事前に三人でおおまかな打ち合わせをした上で書かれている可能性はある。初出誌に当たっていないから、この企画の詳しい事情については何とも言えないけれど、通常のリレー小説のように方向性も文体もバラバラな感じが無くて、スッキリ読める。




                     





「狂人館」【『読切小説集』1955年3月増刊号】

上)大下宇陀児

(中)水谷準

(下)島田一男

 

 

三船紀子は小さな食料品会社に勤め、新聞記者の戸沢信一とつきあっている。信一とのデートの途中、弟に貸す約束をしていたカメラを会社に置き忘れたのに気付いた紀子が事務所に戻ると、会社の社長・疋田文平が見知らぬ男二人女一人と密談を交わしていた。それというのが他人に聞かれてはまずい話だったらしく、彼らは紀子を脅して車に押し込み、ある場所へと連れてゆく。その建物はまるで狂人が設計したような奇妙なビルだった。

 

 

〝狂人館〟と名付けられた建物は普通の雑居ビルとは全然違う怪しい造りになっているが、そこまで読者に印象付ける程のものでもない。

このメンバーゆえ、どうという事もないスリラーだけど、ひとつ感心したのは三番手の島田一男が、大下宇陀児と水谷準の蒔いた種をすべて丁寧に回収している事。紀子が信一を呼ぶ時「信一さん」と言っていたのが島田の回のみ「信さん」になっていて、これだけはご愛嬌。

宇陀児/準からすると島田一男は探偵小説界の後輩ではあるが、水谷準と殆ど年齢に差は無く、単にシーンへのデビューが遅かっただけに過ぎない。連作や合作の場合、回収し忘れる些末事はいつもありがちなのに、それが無い点は褒めていい。〝狂人館〟が雰囲気作りの為だけのものでなく、何かしら必然性のある意味合いを持たせられれば、尚良かった。


 

                     

 


「鯨」【『探偵実話』19537月号】

発端篇/血染の漂流船      島田一男

捜査篇/血しぶく女臭      鷲尾三郎

解決篇/血ぬられたる血潮    岡田鯱彦

 

 

漁業仲買人・津上専吉には、お新という年齢が十四も違う若い女房がいる。
お新は男好きのするところがあって、貞淑とはいえぬ女で人の評判もよくない。
専吉の船・第三半七丸に乗り共に働いているのは専吉の弟でギャンブル好きの与太者・啓次と、男前だが最近胸を患っている雇人の坂田為蔵。この二人、あわよくばお新を自分のものにしたい魂胆を抱いている。ある日の午前、第三半七丸が本来戻るべき木更津ではなく、東京港から品川~お台場を経由、南の方角に向かっているのを他の船が目撃。そのまま船は大森へ航進し、大勢の海水浴客が遊んでいる砂浜へと暴走する。それなのに乗り上げた船は無人状態、船倉には大量の鮮血が・・・。

 

 

この作にはトリックがあるので、本書の中では一番興味を引かれた。
「狂人館」では上手くラストを締め括った島田一男が、今度は一番手。
スリラーに設定してもイケそうな発端ではあるが、先程も申したとおり三作家が事前にキッチリ打ち合わせして書いたと云われても納得いくような、スムーズに謎解きを提示する展開を見せている。「鯨」というタイトルから、読み手はある程度犯人の企みを予想できるかもしれないけれども、それだけでは終わらないのが良い。

 

 

                       



「魔法と聖書」【『探偵実話』1954年2月号】

前篇 ― 小心な悪漢    大下宇陀児

中篇 ― 五階の人々    島田一男

後篇 ― 三つ巴の闘い   岡田鯱彦

 

 

丸金商事の外交員・浅井新吉は自分の会社が入っているビルのエレベーター・ガール南条市子を情婦にしている。二人とも悪い意味でのアプレで、新吉はホテルで市子とセックスするか、パチンコ屋に入り浸るかの日々。そんな新吉の行くところに妙な男の影がチラつき、市子はエレベーターの中でセクハラをしてきた丸金商事のエロ支配人が往来で死体となっているのを目にする。彼らの周りでいかなる悪事が進行しているのか?

 

 

う~ん、これは「狂人館」よりもイマイチ。
〝赤と青のインクじみが沢山付いた碁盤縞のハンカチ〟と〝支配人の持ち物だった聖書〟に、
二つで一つとなる秘密を持たせるとしても、あまり有機的なカタルシスは生まれていないかな。ここまで読んで思うのは、トリックに興味が無い宇陀児のような戦前の先輩作家と、戦後デビューした後輩作家を組ませて異世代のケミストリーを狙わせる・・・それもひとつの面白いトライだと理解はできるけれど、こんな企画が持ち上がった時「(戦前の本格派)濱尾四郎が生きててくれれば」とか「蒼井雄がバリバリ本格ものを書き続けてくれていたらなあ」とか、叶わぬ望みが湧いてくるのである。


 

 

 

(銀) なんにせよ、島田一男/岡田鯱彦/鷲尾三郎といった戦後派の作家が頑張っているのはよくわかる。奥付を見ると、本書の著者検印は大下宇陀児のものだった。著者名は大下宇陀児・外になっているし、年長者を立てるということか。





2022年4月4日月曜日

『南総里見八犬伝㊃』曲亭馬琴

NEW !

岩波文庫 小池藤五郎(校訂)
1990年7月発売



★★★★    獣人妖猫の怪



(前回の記事で述べた理由により、今回から岩波書店新版文庫を使用している) 

◕ 犬村角太郎の実父・赤岩一角を喰い殺し、その姿になりすまして赤岩家の主に収まっていた庚申山の化け猫。しかし角太郎をはじめ里の人間は誰もその事に気付かず、角太郎の実母の死後化け猫のニセ一角は次々と妻を迎え、窓井という女が(角太郎とは腹違いの)二男・牙二郎を産んだ。後妻達は皆ニセ一角に精気を吸い取られて死んでいったが現在の妻・船虫だけは悪人同士だけにニセ一角とウマが合い、継母の立場で角太郎と許嫁の雛衣をじわりじわりと苦しめる。




 

射干玉(ぬばたま)の闇に、鬼火のように燃えている妖猫の眼。人獣交婚。和のゴシック。魑魅魍魎。江戸川乱歩が「人間豹」を書いた時、この赤岩一角妖猫譚が頭の中にあったとしても何の不思議もない。より読者に戦慄を与えるため、角太郎と犬飼現八をもっと苦戦させるほどの手強さと凶悪さをニセ一角/牙二郎に備えてもよかったと思うが、これでも江戸時代の読者にはかなりインパクトを与えただろうな。


それにしても馬琴は犬士達と縁の深いヒロインには悉く非業の死を背負わせる。伏姫や沼藺はさらなり、浜路に次いで雛衣の運命は特に悲惨。そう思うのはやっぱり犬塚信乃が浜路を悪人だらけの大塚にひとり置き去りにしたのと同様、いくら親のニセ一角と船虫から云われたからって、妻となるべき雛衣を遠ざけてしまう角太郎の行動も影響している気がする。







◕ ここでちょっと、関東及びその周辺の武家の争いについて説明しておこう。『新八犬伝』で目立っていたのは滸我の足利成氏と鎌倉の扇谷定正だったが、原作ではもう少し複雑。関東管領の座には扇谷定正と並んで山内顕定がいる。赤岩一角妖猫譚に登場する籠山逸東太縁連は赤岩一門出身の男で、その武芸を認められて山内家の内管領・長尾判官景春の家臣になっていた。前巻では白井城に扇谷定正が居たのに、何故この第四巻で長尾の者である逸東太が白井城へ向かうのかというと、その後定正は長尾景春に攻め落とされ武蔵國の五十子城へ移っているから。つまり扇谷からしたら長尾は怨み重なる敵なのだ。

 

逸東太はニセ一角と一緒に現八を討とうとしたが、結局化け猫どもは二犬士に退治される。罪人として船虫を長尾家に差し出すよう逸東太は二犬士に指示されていたにも関わらず、色仕掛けによる一晩の同衾を許してしまった逸東太は船虫に逃げられ、おまけに主から預かっていた名刀も掠め取られてしまって、長尾家におめおめと帰れなくなり扇谷定正側へと寝返るのだった。







◕ 犬塚信乃は甲斐國で村長・四六城木工作の養女・浜路と出逢う。ある晩、亡くなった信乃の許嫁・浜路の霊がこの生きている浜路に乗り移って、信乃へ想いを伝える。この第二の浜路、実は里見義成の五の姫で、幼児の頃大鷲に攫われ甲斐の地で木工作に拾われ育てられていた。信乃を逆恨みする泡雪奈四郎は不倫している木工作の後妻・夏引と共に、木工作を殺してその罪を信乃になすり付ける。それを救うのは眼代に化けた犬山道節。石禾の禅寺・指月院には丶大法師と蜑崎十一郎照文が居り、四人は合流。木工作殺しの真相を調べた国主の武田信昌は信乃/道節の人となりを気に入って「自分に仕えぬか」と誘うが、里見家への義がある信乃と道節はそれを丁重に断り、再び旅に出た。

 

このような形で再度浜路が登場してきたのには、当時の読者から「あまりに浜路は不憫過ぎた」とでもリアクションがあったか。四六城木工作殺しを調査するくだりには、現代でいうところの探偵趣味が見られる。







◕ 犬田小文吾は越後國小千谷の里にいた。この地に逃れてきた船虫は盗賊の妻になっており、前の前の夫・並四郎を討たれた復讐をすべく、贋按摩となって小文吾殺害を図る。こちらも越後にやって来ていた犬川荘介(=荘助)は小文吾を支えて盗賊を誅戮するが、なぜか二人は領主に捕えられてしまった。その訳というのが、長尾景春の母である箙大刀自なる老婦人が越後を仕切っており、彼女の娘のひとりが武蔵國大塚の大石家に、もうひとりは石浜の千葉介自胤に嫁いでいる。それゆえ大塚で仲間の犬士に助けられて死刑を逃れた荘介がお尋ね者になっている事、更には対牛楼で馬加大記らを皆殺しにした下手人の旦開野と一緒に逃げたのが小文吾である事も、すべて箙大刀自には筒抜けだったから。

 

 

 

かかる最大の窮地を、ある賢人の詭計によって救われた小文吾は荘介と共に越後を去り、信濃路で相模小猴子(さがみ こぞう)を名乗る乞食に身をやつしていた犬阪毛野と再会。ようやく毛野が「智」の玉を持ち、肘には牡丹に似た痣があるのも判明した。自分が八犬士の一人で、将来里見家に仕える身であることを理解した毛野。だが、彼には馬加大記の他にもまだ討たねばならぬ親の仇がおり、置き手紙代わりの詩歌を残して、小文吾と荘介が熟睡している間にそっと宿を後にしたのだった。といったところで第四巻ここまで。

 

 

 

(銀) 戦前の刊行から新版が出るまで、昭和の時代に流通していた『南総里見八犬伝』の旧版岩波文庫がコレ。カバーは無く帯が巻いてあるのみ。本文が旧仮名遣いなのは新版も同じだが、文字間隔も行間も若干狭く、挿絵は少ししか入っていない。



 

 









現八と角太郎が見逃してやった籠山逸東太縁連こそ犬阪毛野の求める仇敵だったのだが、二人はまだその事を知らない。そして越後で盗賊征伐がなされた際にも淫婦船虫はまたまた逃げおおせる。雛衣の掻き切った腹から「礼」の玉が飛び出して、これでようやく(読者には)全ての霊玉の持ち主が明らかになった。

 

 

次の第五巻に収録の〈第八輯〉下帙が出版される頃から、作者馬琴は右眼の視力に異常を感じ始めていたらしい。





2022年4月1日金曜日

『南総里見八犬伝㊂』曲亭馬琴

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岩波書店 小池藤五郎(校訂)
1985年1月発売



★★★★★    仇討刺客



 犬士の中には親の仇を取るべく、刺客として生きてきた者もある。それはピュアな孝行心から来る行動なのだが、いつしか他の犬士達をも巻き込む事態に陥ってゆく。




◕ 心の汚れた人間ではあれ、自分の主人には違いない蟇六/亀篠夫婦を斬り殺した陣代・簸上宮六を討った額蔵(=犬川荘助)は筋違いな数々の濡れ衣を着せられ、拷問の果てに処刑されようとしていた。しかし犬飼現八(=見八)/犬田小文吾、そして故郷の大塚へ帰ってきた犬塚信乃が額蔵を救出。何かと味方になってくれた矠平という船頭の提案で、追われる身の彼らは(関東の北西部に位置する)上野國荒芽山へとひた走る。

 

 

 

◕ その上野國、白井城下。
上野~信濃~越後を領有している管領・扇谷定正は現在この地に居り、近臣を従え狩競べに出ていた。その帰り道に「宝刀を買い取ってほしい」と待ち構えていたのは〝大出太郎〟を名乗る下総千葉の浪人、これぞ名刀村雨を手にした犬山道節。一瞬の隙を突いて、父・犬山道策を殺した仇の総帥である扇谷定正の首を刎ねたかに思えたが、(『新八犬伝』でも定正の知恵袋として八犬士の前に立ちはだかる)巨田薪六郎助友の罠に嵌まってしまい、そこへやってきた信乃/荘助/現八/小文吾も道節の一味と決めつけられ、巻き添えを食う。


ここで非常に興味深いのは、本巻195頁に犬川荘助のこんなセリフがある事。
「彼定正は大敵なり。(中略)又定正を討んとならば、八犬士具足の日に、里見殿を相佐けて、思ひの随なる軍をしつべし。今はその時ならず。」
まだ犬士達は里見義実に一度も会っていないし、安房にいる義実は自分の知らないところでこんな事件が起こっていようとは露ほども知りえぬ初期〈第五輯〉の段階なのに、作者馬琴は早くも斯様な最終決戦が物語終盤で勃発するかもしれないよという伏線をチラ見せしているのだ。心憎い演出なり。

 

 

 

四犬士が目指す荒芽山に住む音音(おとね)という老婆は実は道節の乳母で、本当は彼女の夫である前述の矠平こと姨雪世四郎はかつて犬山家の若党だった。以前円塚山で敵対した荘助と道節は、音音の庵にてようやくお互いの事情を知り、あの時入れ替わっていた「義」の玉と「忠」の玉を相手に戻す。


この庵の一幕で犬士達はなぜかあまり顔を見せず、姨雪世四郎/音音の子で四犬士を救う為に大塚で戦死した力二郎/尺八郎兄弟の幽霊及び彼らの嫁・曳手/単節の一家情愛が中心になるのはどういう理由だろう?道節が妹・浜路の許嫁である信乃に初対面して、村雨を返還するところを描いたほうが盛り上がるような気がするのだが、馬琴には何か考えがあったのか?

 

 

 

◕ 音音の家も巨田薪六郎に知られてしまい、荒芽山は火に包まれる。押し寄せる敵に苦戦する犬士達は皆バラバラに。曳手と単節を守る役目だった犬田小文吾は彼女達を見失い、ひとり武蔵方面へ戻ってきた。ここで鷗尻の並四郎/妻の船虫という悪漢夫婦に関わった不運から、石浜城主・千葉介自胤の極悪家老・馬加大記によって一年近くも座敷牢に囚われの身とされてしまう。そんな小文吾を救い出したのは美形の女田楽師・旦開野。実は馬加大記によって滅ぼされた粟飯原胤度の一子、犬阪毛野は男でござる。何も知らない小文吾が「諸々の事が片付いたら妻として迎えたい」なんて口にするぐらいだから、よほど美しい娘姿だったのだろう。


いよいよ現れたる悪女船虫。原作ではどのように描写されているかというと、
〝年歳も三十のうへを、六ッ七ッにやなりぬべからん、物のいひざま進止まで、よろづ男めきたるが、さりとて容貌の醜きにもあらず。〟
『南総里見八犬伝』における他の小悪党とは違って、船虫はその名のとおりチョロチョロしぶとく生き残り、この後のエピソードでも悪事を働く要注意キャラクターである。

 

 

 

かくて対牛楼での毛野の復讐はドラマティックに成し遂げられたが、玉や痣の確認をする暇も無く小文吾は毛野と離れ離れに。行徳へ帰った小文吾は父の文五兵衛が病で亡くなっており、甥っ子の幼い犬江親兵衛も神隠しにあったという不幸な出来事を聞かされる。


話変わって、犬飼現八は他の犬士を探して西へ行き、京で三年も武芸指南をして生計を立てていた。このままズルズルと此処に居てはいけないと思い直した現八は再び東国へ向かい、下野網苧の里に立ち寄る。庚申山の奥深く、胎内竇に現れた妖怪の眼を弓矢で射た現八は世にも不思議な亡霊の頼みを引き受け、犬村角太郎の草庵を訪れた。


其処には又甚麼(いか)なる話説(ものがたり)かある。そは次回の記事に解分るを見て知らん。といったところで第三巻はここまで。

 

 

 

 

(銀) 『南総里見八犬伝』の記事を書き始めて知ったのだが、岩波書店版『南総里見八犬伝』は函入り単行本ではさすがにもう売っていないのは当然としても、まさか文庫まで新刊書店から消えているとは思わなんだ。もっとも2000年を過ぎて新潮社版の単行本が新しくリリースされていたのだし、その頃から岩波文庫は再版されず新刊で買えなくなっていたのかもしれないが。

おまけに「南総里見八犬伝」と並んで曲亭馬琴の代表作である「椿説弓張月」もまた、岩波書店『南総里見八犬伝』の新版が文庫になったのと同じ頃に岩波文庫旧版が再発されてはいたけれどそれっきりで、今は他の版元からもオリジナル文語体テキストでの現行本は出ていない。


 

 

「椿説弓張月」は「南総里見八犬伝」ほど長い小説ではない(旧岩波文庫で全三巻)。しかも現在私が記事に使用している岩波書店の『南総里見八犬伝』は新版となった時に挿絵を全て収録し直しているのに対し、旧岩波文庫版の『椿説弓張月』は挿絵未収録。今、新刊で馬琴を読もうとしても『南総里見八犬伝』と『近世説美少年録』は(あまり手軽ではない価格の単行本しかないが)とりあえず読むことはできる。けれども当時の挿絵を全て収めた『椿説弓張月』の現行本が無いというのは大問題だ。

どこかの出版社がオリジナル文語体によるテキストで、なおかつ挿絵を完備した『椿説弓張月』を新しくリリースしてほしいと思う。そして岩波文庫の『南総里見八犬伝』も定期的に再版してくれなければ。


 

 

そういう現状に気付いたので、この第三巻の記事までは新版函入り単行本の岩波書店『南総里見八犬伝』を使ってきたが、版元が早く文庫を再版するよう、次回第四巻からは新版岩波文庫を用いる事にする。たぶんテキストの紙型は函入り単行本とほぼ同じの筈。