藤澤桓夫はプロパーの探偵作家ではないのだが、この本には〈長篇推理小説〉と角書きがある。主人公のBG(=今でいうOL)遠山梨花子は身寄りがなく一人暮しなのだが、ブンヤの好青年・東本孝吉と交際しており、タイピストとして大阪梅田にある化学薬品会社に勤めている。梨花子は自社の入っているビルの窓から双眼鏡で外を見ているうちに、真向かいのビルの窓の撲殺事件を偶然目撃してしまい、先方も見られたことに気付いたらしく、梨花子の胸の内には不安が広がる。
そこへ同僚の大山美加子が腹を刺されて重傷を負い、ある理由から「自分と間違われて美加子は襲われたのではないか?」と梨花子の不安は恐怖に変わってゆく。そこへ見知らぬ男が現れて、梨花子が七千万円という(当時の価値でいうところの)莫大な遺産の相続者である事を告げる。「なんかこういう粗筋、最近記事にしたなあ」と思ったら、2021年12月14日にupした西條八十『白百合の君』のシチュエーションにすごく似ていた。
ヒロインの初期設定が『白百合の君』と酷似していたのも運が悪かったけれど、プロットが弱いのは事実。梨花子の身は案の定危険にさらされるのだが、ミステリ的な面白みも薄い。梨花子の亡姉・百合枝は敗戦後の日本に四~五年滞在していた米国人R・C・ジェーミスンのオンリーだったのだが、彼女の描き方には暗さが無くて、コテコテの関西人藤澤桓夫らしくヒロイン梨花子の大阪弁は自然でチャーミング。彼女には孝吉という恋人がいるのを知っていながら梨花子に惹かれてゆく元スポーツマンで弁理士の早川史郎の活躍は女性読者が読んだらウケるのかもしれないけれど、私の小説の好みからするとストーリーがちょっとさわやか過ぎる。
一番マズイのが「月を消せ」というタイトル。どんな意味があるのだろう?と考えながら読んでいると、後半部分で悪人の別宅に夜半潜入した早川が敵に見つかった時、月の光によって己の姿が敵の側から露わになるので、自分が見えないよう「おい、誰か、月を消せ!」と早川が心の中で叫ぶ、ただそれだけ。なんやねん?こんな理由があって八十の『白百合の君』ほどにはあまり楽しめなかった。大阪が舞台というだけでも私なりに評価はしたかったんだが・・・。