2022年3月21日月曜日

『H大佐夫人』北川千代三

NEW !

美和書院
1956年12月発売



★★    乱歩とどのような繋がりが?




 本書、あるいは本書に収められている短篇H大佐夫人」がなぜ一部の人に知られているのかといえば、カストリ雑誌『猟奇』(戦前の雑誌『猟奇』とは別物)に昭和21発表されたこの作品が発禁処分を食らっている事、そして本書冒頭<推薦の言葉>を元・吉本興業の林弘高(彼の姉は吉本せい、兄は林正之助)と並んで、あの江戸川乱歩が書いている事から来ている。それほど長い文章でもないし、乱歩の推薦文をここ(☟)に記しておこう。 


〝北川千代三君は、私の知るT君のペンネームである。そのT君が、北川の筆名で作品集を出した。内容は、私のジャンルとする探偵小説ではない。その意味で、充分な批判はここでは避けたい。しかし、この作品の中に盛られた心理描写には、別な面を衝いている。私はその点を推す。北川ことT君よ、これを契機として、良い物を書いてほしい。〟

 

 

 

♡ このように、北川千代三というのはどうも筆名らしい。「北川千代三とは戦前から活動している俳優・芝田新のことで、北川千代三以外に徳田純宏という筆名もある」、そんな風聞もちらほら。芝田新のwikipediaにはそれについて何の言及もしてないし、この説が載っているという某資料を自分の目で確かめた訳でもないから、今日の記事は話半分で読んで頂きたいのを前提に進めてゆくとして__ 。昭和24年の捕物作家クラブの発足には探偵小説の大家である乱歩も深く関わっていたのだが、会員名の中にはなにげに徳田純宏の名も見つかる。もし前出のT君というのが本当に徳田純宏なら、乱歩は俳優名の芝田新ではなく徳田純宏として彼のことを認識していたのか。(芝田新の本名は川上勇之進という)

 

 

 

wikipediaを見るかぎり芝田新は昭和15年頃から昭和30年あたりまで殆ど映画に出演していないように見える。そこにはどういう理由があったのか旧い日本映画に疎い私には知る由もないが、ネットで調べてみると北川千代三名義の作品は『猟奇』以外に、『読切傑作集』『デカメロン』『花形講談』『ロマンス読物』『千夜一夜』『りべらる』などといった雑誌上でも見つけることができる。本書収録の「白日夢」に至っては探偵雑誌『妖奇』にも掲載されたようだが、あの雑誌の場合は再録も多いから、すぐに初出誌と断定せず、しっかり確かめたほうがいいかも。俳優としての活動をしていなかった時期(?)に、彼はどういう経緯か、作家として怪しげな小説を書き続けた。『猟奇』では北川千代三と徳田純宏の作品が同居している号もある。             

 

 

 

♡ 本書は八つのエッチな短篇を収録。


「綺麗すぎた母」

「妖しい構図」

「白日夢」

「ガス」

「小幡小平次

「美濃屋の若寡婦」

「伊豆六の妾」

H大佐夫人」


上段に掲げた乱歩の推薦文を読んで本書を未読の方も薄々気付かれたとは思うが、これらの短篇はどれも探偵小説でないのは勿論のこと、一小説としても弱さがある。カタストロフィはおろか話のオチというかサゲが無く、アダルト映像の無い時代だったから当時の日本人がいかがわしい目的に使うぶんにはよかったのかもしれないけれど、話の締め括りにはやっぱり何かしら一捻り欲しい。しかもこの本、作者自身の誤字なのか出版社サイドの誤植なのか、間違いが多くて若干読みにくい。 

 

 

未亡人/人妻の色香にムラムラするオトコ。男の肌と長い間ご無沙汰していたためによろめいてしまうオンナ。綺麗すぎた母」のラストにはちょっとした人情味があったり、江戸時代を舞台にした「小幡小平次」には怪談テイストがあったり、「白日夢」では食いちぎられた指をめぐる親子二代に渡る因縁が描かれていたり、テクニックが上手ければもう少し出来が違ってきそうな題材もあるのに、文筆業がメインではない悲しさ。




H大佐夫人」以外の本書収録短篇の正確な発表時期は把握していないが、H大佐夫人」終盤にある、〝B29が空襲にやってきそうな状況下で狭い防空壕の中で若い男を自分の泉に招き入れる美しい人妻〟というエロいシーンはよほど乱歩のお気に召したのか、これとよく似た趣向が乱歩自身の「防空壕」や「化人幻戯」に見られるのは御存知のとおり。本書の中には覗き趣味だけでなく胎内回帰願望といえそうなエロもなくはないし、う~む、これでは北川千代三は乱歩に結構影響を与えた存在となってしまうではないか。こんな結論でいいのか?

 

 

 

 

(銀) 北川千代三の正体なり作品一覧については私が不勉強なだけで、カストリ雑誌や性風俗雑誌の分野ではもっと詳しい研究と発見が既にされているのかもしれないし、乱歩と北川の交流関係もこれから少しづつ解明される可能性はあるだろう



現代の眼で見るとなんてことないマイルドな愛欲で、特段ヘンタイでも何でもないけれど、日本が戦争に負け、それまでの価値観が音を立てて崩れた直後の昭和21年発表とはいえ、「日本男児が御国のために命を懸けて戦場で戦っている時、徴兵を仮病で逃れるだけでなく、大佐の不在をいいことにその妻と乳繰り合う小説とは何事ぞ!」てな理由でH大佐夫人」は発禁にされたのかな。これはハードコアや猟奇というよりも、人間の業を描いたエロだね。





2022年3月17日木曜日

『南総里見八犬伝㊁』曲亭馬琴

NEW !

岩波書店 小池藤五郎(校訂)
1984年12月発売



★★★★    名刀村雨



 八人の犬士の中で犬塚信乃がダントツの人気を誇るのは、一番最初に登場するだけでなく、暫くの間ずっと物語の中心に置かれるのだから当然といえば当然。私は断片的にしか読んでいないが、戦前の『少年倶楽部』では佐藤紅緑が序盤の信乃パートだけを独立させた「犬塚信乃」という連載小説を執筆している。あれは一体どういう始まり方をして、どういう終わり方をしたのだろう。


第二巻の核となるのは、元来足利家に伝わる宝として大塚匠作から犬塚番作へと受け継がれ「滸我公方成氏へ献上せよ」と信乃に手渡された名刀村雨(〝村雨丸〟と表記される時もある)。NHKの連続人形劇で坂本九がいつも「抜けば玉散る氷の刃!」と口にしていたアレですな。

 

 

 

 孤児になった信乃を引き取った腹黒き蟇六・亀篠夫婦は名刀村雨を着服すべく網乾左母二郎の手を借り、ニセのなまくら刀と村雨とをまんまとすり替えたつもりだったが、一枚上手な左母二郎はこっそり村雨を横取りしてしまう。


この左母二郎だが『新八犬伝』では木枯らし紋次郎のような姿の人形が拵えられ、手に持つ瓢箪がトレードマークの〝さもしい浪人〟へとアレンジ。(玉梓や船虫がそうだったように)脚本の石山透が悪役達にも愛情を持っていたのか、原作とは違って最後まで生き残り、小悪党ながらも後半ではちょっとだけ良い人な面さえ見せた。だが馬琴の書いた左母二郎には好感を抱けるような余地は微塵も無い。

 

 

 

意外に思われるだろうが原作の左母二郎はかつて管領・扇谷定正の近習で、便佞なものだから周囲の信用が得られず追放されてしまって浪人の身にある。美男であり遊芸などにも通じているという、まあなんというか色悪でイヤな奴なのだ。その冷酷ぶりを存分に見せつけるのが本郷円塚山で自分の意のままにならない浜路を嬲り殺しにするシーンであろう。


其処に寂莫道人肩柳が現れるので少しは救いがあるものの、「南総里見八犬伝」の中では最も凄惨な一幕といえる。左母二郎の活躍(?)の場は残念ながらこの第二巻のみ。

 

 

 

 一方、なまくら刀を持たされたまま滸我の足利成氏に接見した犬塚信乃が執権・横堀在村に間諜者と曲解され芳流閣屋上に追い詰められる有名なくだりは説明の必要もあるまい。


そこから舞台は葛飾行徳へ移り、犬飼見八に次いで(見八と乳兄弟でもある)犬田小文吾登場。どの犬士も両親を失くし悲しい出自を背負っているのに、小文吾だけは父・文五兵衛が健在で、妹の沼藺が産んだ甥っ子の真平(物語の中では〝大八〟と呼ばれている)の開かなかった片方の掌からは「仁」の玉が出現、この幼子もまた犬士の一人だと判明するのだから、なぜか例外的に恵まれた境遇にある。信乃も額蔵も見八も道節も不幸な青春だもんなあ。




伏姫が亡くなり、安房を後にしてから二十余年。金碗大輔の丶大法師もようやくここで犬士たちと巡り合うことができた。破傷風で動けず滸我からの追手に苦しめられていた信乃も、山林房八と沼藺の尊い犠牲によって窮地を救われ、見八・小文吾と三人で大塚にいる犬川荘助(=額蔵)のもとへ向かう。


しかし丶大法師の指示を受けた里見家の家臣・蜑崎十一郎照文/文五兵衛/房八の母・妙真に守られて、安房へ逃げのびようとしていた大八の真平(=犬江親兵衛)は土地のならず者・暴風舵九郎一味に襲撃され絶体絶命。その時突然雷鳴が轟き、竜巻が悪党どもを吹き飛ばすが同時に大八は神隠しにあってしまい・・・といったところで第二巻は終了。




 何故「南総里見八犬伝」は最初のほうが面白いかというと、犬士達がひとり又ひとり姿を現し、色々な登場人物にも意外な繋がりがあるのが明らかになるといったドラマ性もあるけれど、如何せんまだ若い犬士達が悪の存在にネチネチ苦しめられたり、更には道節と荘助/信乃と見八のようにお互いが兄弟であることを知らず、犬士同士で戦うシーンがあったりするからじゃなかろうか。




(銀) 滸我に発つ前の晩、将来の妻となる自分に何の言葉もかけてくれない信乃に泣き崩れる浜路が痛ましい。「なんて信乃は血も涙も無い奴なんだ」と思ってしまうけれども、八犬伝研究者の高田衛によれば、女への情より立身出世をはるかに重んじるような考え方は、明治の頃までの男性は普通に持っていたそうだ。




前回(第一巻)の項で、「南総里見八犬伝」には〝文中の画、画中の文〟という楽しみがあると書いた。この第二巻のラストにも竜巻が親兵衛を攫っていく挿絵があるのだが、その挿絵には文中にまだ記されていない〝ある存在〟がハッキリと描き込まれている。ここではその正体を説明しないでおくから是非本を眺めて確かめて頂きたい。




まだ第二巻なのに、すでに六人の犬士が登場(といっても一人は幼子だが)。結構ハイペースである。





2022年3月15日火曜日

舞台のジェレミー・ブレット・ホームズ ― Jeremy Brett at London in 1989-

NEW !

   
 

♧ たった一度だが、ロンドンへ旅行したことがある。19892月後半、ちょうどエルヴィス・コステロがシングル「Veronica」とアルバム『Spike』をリリースしたばかりで、地下鉄駅構内のニュー・リリース広告がとても目を引いたのを鮮明に覚えている。ケンジントンの快適な宿を拠点に友人とLIVEを観に行ったり、ポートベローのマーケットで中古レコードを沢山買ったり、あの頃ザ・スミスはもう解散していたけど音楽業界にまだギリギリ活気や面白さが残っていて、旅のメインの目的は音楽だった。




日本を発つ前からその公演の存在を知っていた訳ではなく、ロンドン市内を歩いていて偶然発見したと思うのだが、グラナダTVのドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』に出演していたホームズ役のジェレミー・ブレットと二代目ワトソン役のエドワード・ハードウィックが二人芝居で舞台版ホームズをちょうどやっていた。件のドラマは当時日本でもNHKで放送されていたから、あまりミステリに詳しくない人にもジェレミー・ブレット・ホームズの魅力は浸透していたぐらいだし、「これは観てみたい!」と思ってチケットを購入、幸運にも彼らの生の演技を体験することができた。その旅行中に撮影した紙焼き写真が出てきたので、名優ジェレミー・ブレットを偲びつつロンドンの想い出を辿ってみるとしよう。







 今この記事を書きながら、グラナダTVドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』のサウンドトラック輸入盤CDBGMとして流している(ジャケットは記事左上の画像を見よ)。このCDも聴くのはいつ以来だっけ。そういえばこのCDを買った時には M1Opening Theme(ドラマ冒頭で流れるあの短い曲)がオンエア・ヴァージョンとは微妙に違うテイクだったので物足りなく感じたもんだが、たまにこういうクラシックっぽいサントラを聴くと新鮮に聴ける。




19892月/ロンドンの風景














































ダブルデッカーにジェレミー・ブレット・ホームズの舞台の広告が・・・









  


  
  
♧ この舞台版ホームズのプログラムは人に譲ってしまって、観たのはどこのホールで、日付はいつだったかハッキリわからない。
ネット情報から推測するとホールはWyndham's Theatreだろうか。ジェレミーのwikipediaを見て確認したのだが、舞台のタイトルは『The Secret of Sherlock Holmes』。演じられる内容は221Bの室内を中心としたホームズとワトソンの会話劇。劇中、ベッドで寝ているホームズがモリアーティ教授の悪夢を見るシーンもあったと記憶する。



我々はなんとなく吹き替えを担当していた露口茂の声のホームズを思い浮かべてしまうが、ドイルの書いた原作だとホームズの声は時として甲高くもある、と記されている。あの頃日本では、字幕/ノーカット版のグラナダTVシリーズはまだ観ることができなかったんじゃなかったっけ? 生で聞くジェレミー・ブレットの声は(当り前だが)露口茂のシブイ低音とはかなり違ったけれども、改めてホームズを読み返し、声の面でもジェレミーのキャスティングは原作を正しく意識していたんだなと再確認できた。



あまり綺麗に写ってないけれど、カーテンコールのジェレミー(ホームズ)とエドワード(ワトソン)をどうぞ。演者もいいけど、なんせヨーロッパでしか見られない円柱型の風格あるホールが美しい。


          



























86年ぐらいからジェレミーの体調は悪化する兆しがあったそうなのだが、生で見たジェレミーは発声などにも特に問題は無く、エドワードもしっかりジェレミーの熱演を受け止めていた。のちに投薬の影響で太ってしまうジェレミー。だが画像を見てもらえればわかるとおり、この時の彼はイメージどおりの比類無き名探偵だった。




♧ 安易に映像化されるミステリに対し、殆どの場合において「良い」と思えたためしが無い。シドニー・パジェット挿絵のホームズそのままに、原作に忠実であるのを厳守して始まった筈のグラナダTVシリーズでさえ、後半になるにつれジェレミーのシルエットが持病で崩れてゆくだけでなく、脚本も原作から脱線気味になり本当に残念だった。それでもなお、良い時のジェレミーが演じるシャーロック・ホームズについてはお見事としかいいようがない。惜しくも彼は95年に亡くなってしまったが、89年のロンドンでの楽しい想い出と共に、名優の輝きは今でも色褪せることは無い。




(銀) 機上から見下ろしたロンドンの街並み。今はどう変わっているのか知り得ないが、こうして見ると、東京と違って妙な高層ビルとかが無いぶん不思議と長閑さが感じられた。もう三十年も昔の話である。







                          



    

2022年3月9日水曜日

『江戸川乱歩(作)上野友夫(演出)【連続ラジオ小説】魔術師』

NEW !

NHKラジオ第一
1979年12月3日~12月29日放送



★★★★★   シリーズ中、一番の出来といったら



前作『黄金仮面』がリスナーに大歓迎され、スタッフもこの路線に手応えを感じたようで、広川太一郎を明智小五郎役に据えた当シリーズは年末のレギュラー化が決定。全十五回放送から全二十回へ一週間拡大されたぶんドラマの展開にゆとりができ、当時の流行歌を含む昭和初期の時代背景紹介も(話の邪魔にならぬ程度に)豊潤になった。

二作目ともなるとツボを心得たもので登場人物に対する各声優陣のキャラ付け、場面場面における効果音や短い劇伴素材など、よりキメ細かに演出されているのがわかる。そして、つい聴き流してしまいそうな部分ながら、玉村妙子/花園洋子といった令嬢達が演じられる際、戦前のセレブな日本女性の喋り方をそれっぽく体現できているところなど、そこはかとなく耳をそばだててしまうのだ。

 

 
 
『魔術師』の音源は数年前までネット上にupされていたのだが、今回探してみたら削除されていた(だから、こういうのはあるうちに聴いとかなきゃ)。たまたま本作は1979年の初回放送時、全回カセット・テープに録音していたこともあり、運良く記事にすることができてヨカッタ。

なにせ困るのはカセット・テープを再生するデッキの経年劣化。この記事を書く為に『魔術師』を録音したTDK120分テープを聴き始めてみると、最初のうちは大丈夫だったのが、だんだんキュルキュルと変な音がし始めて、なんとか最後まで聴くことはできたものの、私のカセット・デッキの寿命はもはや無きに等しい。誰かがなるべくコンディションの良い音質で『魔術師』upしてくれるといいのだけれど。

昔このラジオ・ドラマを録音していた人は皆、カセット・テープが手元に残っていたとしても、再生機が無いので聴くに聴けず、それゆえネットにupしたくてもできないに相違ない。LDとかVHSとかカセット・テープとかオールド・メディアを〝ないがしろ〟にするから、再放送だけでなくソフト化さえ見込めない過去の良質なコンテンツは次々と失われてゆく。クソッタレ。

 
 

 

それでは『魔術師』の全サブタイトルと主要な声の出演者を。

第一回「3の数字は殺しの予告」

第二回「獄門舟が隅田を下る」

第三回「何を笑うか西洋道化師」

第四回「まさか、明智が死のうか」

第五回「8の記号は殺しのナンバー」


 

第六回「悪魔の棲処は幽霊塔」

第七回「その時洋子は蒸発した」

第八回「美女解体は鹿鳴館」

第九回「恋は闇路というけれど」

第十回「恋の逢瀬も束の間に」


 

第十一回「地下室へどうぞ」

第十二回「君よ死の踊りを踊れ」

第十三回「殺しの罠は出口にあった」

第十四回「二つの顔を持つ男」

第十五回「悪魔の呪いは地上に残る」


 

第十六回「またも殺しの笛の音が」

第十七回「闇の中で待つ男」

第十八回「真紅の部屋に犯人が」

第十九回「殺人魔術の仕掛人」

最終回「女は最後に変身する」
 
☽                           ☽      

 

 声の出演 

 

語り手         中西龍

 

明智小五郎      広川太一郎

浪越警部       木下秀雄

 

玉村善太郎        巌金四郎

玉村一郎        青砥洋

玉村二郎                   高橋亨

玉村妙子       吉野佳子

 

福田得二郎        前沢迪雄

花園洋子       神保なおみ

 

牛原耕造       庄司永建

玉村幸右衛門       巌金四郎

奥村源次郎        庄司永建

 

文代         倉野章子

奥村源造       庄司永建


主題歌は三船浩「恋は魔術」。挿入歌は無し。

 

                           ☽      

 

進一少年の役は声優を特定できなかった。
『黄金仮面』の時と違ってサブタイトルは原作の章題に準拠しなくなり、サブタイトルを文字にして一覧にするとなると、音源から聴きとらねばならない。ところが、中西龍の語り方は独特の雰囲気を出すため、各回のサブタイトルを言う時に語尾がよく聴き取れない場合がある。この『魔術師』においても、何度注意深くヒアリングしても、第四回は「・・・死のうか」であっているのか確証が持てないし、最終回は「・・・変身する」と私は受け取ったけれど「翻心する」でないとは言い切れない。演出担当の上野友夫(=川野京輔)もしくは「NHK番組発掘プロジェクト通信」のwebサイトが正確なデータを教えてくれればなあ。

 
 

 

『黄金仮面』→『魔術師』→『吸血鬼』→『人間豹』→『地獄の道化師』→『化人幻戯』と続く当シリーズ。原作の評判が良いのはやはり最初の二作なので【連続ラジオ小説】でも人気が高いのは『黄金仮面』か『魔術師』となるのだろう。主題歌だけなら『黄金仮面』が一番良いのだがドラマの出来で選ぶのであれば『魔術師』がもっともバランスの良い完成度に仕上がっていると私は思う。そもそも「魔術師」という長篇は原作からして密室トリックが弱いとか、厳重警戒が敷かれた玉村邸に忍び込んで一郎に罠を仕掛けたり花園洋子を拉致できたのは一体誰なんだ問題があったりするのに、それでも面白く感じさせるのだから実に不思議な作品だ。





黄金仮面の久松保夫、人間豹の尾藤イサオ、悪役キャラはいずれも文句の付けようが無いぐらい原作どおりのイメージに演じてくれており、その中でも魔術師・奥村源造を演じた庄司永建は(牛原耕造/奥村源次郎の演じ分けも含めて)本当に素晴らしい。明智と文代/明智と妙子それぞれのシーンは原作に適度に色付けしてあるが、文代のセリフで「愛しています」を言わせ過ぎなところも。だって魔術師一味は海上の怪汽船へ明智を拉致してきて、文代はその時初めて名探偵に会ったばかりなのに、明智の怪汽船脱出シーンで「愛しています」と告白するのは、心の中で惹かれているとはいっても、ちょい早すぎるんじゃないの?などと言いつつ、本作がシリーズのベストであるのは間違いない。 




(銀) 文代役は『魔術師』で演じてくれた倉野章子でそのまま継続してもらいたかったのに、この後声優が二転三転。上野友夫によれば、動かせないレギュラーである中西龍や広川太一郎とスケジュールが合わなかったんだって。余談だが倉野章子は角野卓造夫人でもある。



『黄金仮面』では山村正夫解説があったが、あれがあるとドラマの流れを止めてしまうし、なによりも「蜘蛛男」の発表を昭和3年と言ったり、「文代」を「ももよ」と言ったりしていたので、無くして正解。




2022年3月7日月曜日

『南総里見八犬伝㊀』曲亭馬琴

NEW !

岩波書店 小池藤五郎(校訂)
1984年11月発売



★★★★★   如是畜生発菩提心




 岩波書店版『南総里見八犬伝』全十巻には函入り単行本と文庫の二形態がある。小池藤五郎の校訂による岩波版はもともと戦前に刊行されていたもので、それを昭和59年に改訂版として再発。テキスト本文は旧仮名遣い表記のまま変えず、漢字を新字体に手直ししたり誤植を訂正するだけでなく原書の挿絵を漏れなく収めたので、我々は江戸期におけるこの長篇伝奇小説をより深く味わえるようになった。

 

オリジナルどおりの文語体テキストで近年流通している「南総里見八犬伝」はこの岩波書店版の他に新潮社版もあるけれど、現代語に訳されたものになるとどうしても抄訳が多く、これぞ現代語完訳の決定版!といえそうな書籍はいまだに無い。私のBlogで『南総里見八犬伝』を取り上げるなら現代語訳のほうが理解され易いのだろうが、やっぱり原書どおりの内容を押さえている本でないと嫌なので、ここでは岩波版を使う。

 

 

 

◕ 曲亭馬琴が書いたオリジナル「南総里見八犬伝」には沢山の口絵・挿絵が入っている。それだけなら珍しくもないけれど、本を作る際に馬琴は挿絵画家へ入念な指示をしていたようで、物語の文中に言い表されていない情報が挿絵の中に巧妙に込められている箇所も見られる。この事を馬琴は〝文外の画、画中の文〟と呼び、挿絵の意味も解読するよう読者に求めた。〈読本〉と呼ぶにふさわしい七五調のリズミカルな文章に加え、絵の謎を読み解く楽しみが隠されているといった趣向だ。

 

ひとつ例を挙げてみよう。
この第一巻の冒頭には〈両手を広げて微笑む丶大法師(=金碗大輔孝徳)、それに相寄る幼児期の八犬士〉を描いた口絵がある。この絵が描かれた〈肇輯〉はまだ伏姫八房譚の真っ最中で、犬江真平やら犬山道松などと名付けられている八人の幼児がいったい何者なのか、当時の読者は何も知らされていない。つまりここでの口絵はその時点で物語に現れていない、長く壮大な物語を彩る犬士たちの登場を暗に予告しているのだ。タイトな締め切りに追われ、時には画家がやっつけな挿絵を描かざるをえないこともあった近代の雑誌・新聞連載小説とは全く異なり、実に手の込んだ演出ではないか。その口絵がこちら。












◕ 第一巻は結城合戦に敗れた里見義実が主従と共に安房へ逃れるところから始まる。源氏の流れを汲む里見。奇しくも、房総半島に渡って再起を図るパターンは源頼朝とそっくり。オリジナルを読めばあまり知られていない、義実が滝田城主になるまでのエピソードもじっくり描かれていて、そういうとこがまた面白い。金碗八郎孝吉と出会い暴君・山下定包を討ち取り、定包と共に悪業の張本人であった玉梓に対し義実は「命だけは助ける」と一度は伝えるも、金碗八郎の諫言によって元通り毒婦は斬首の刑に。これを聞いて玉梓曰く「殺さば殺せ。児孫まで、畜生道に導きて、この世からなる煩悩の、犬となさん。」

『新八犬伝』では最終回まで登場する玉梓だが、本来の出番は序盤のみ。犬士たちの行く手を阻むため「われこそは玉梓が怨霊~ッ」なんて言って度々出てくるシーンは原作には存在しない。


伏姫が役の行者から授かった数珠に連なっている八つの玉にはもともと「仁義礼智忠信孝悌」の文字が浮き出ていたのだが、八房と共に伏姫が城を出る時に従来の文字が消え、「如是畜生発菩提心」の不吉な文言が・・・・。


かくして富山における悲劇の名場面を迎え、物語はいよいよ犬士列伝へ。
第一の犬士・「孝」の玉持つ犬塚信乃が生まれる前の話、すなわち祖父・大塚匠作三戌もまた結城合戦に敗れた者のひとりで、里見義実とは近い関係にあった事が読者に知らされる。本巻では父・犬塚番作を失った信乃が蟇六・亀篠夫婦の下男にされていた額蔵(=のちの犬川荘助)と打ち解け、彼が「義」の玉を持つ兄弟であることを知るところまでを収録。




(銀) こうして原作を見てゆくと白井喬二の現代語訳版(河出文庫)などより、ついつい『新八犬伝』と比べてしまいがち。例えば原作では里見義実の奥方・五十子は娘・伏姫の身を案じて早々に亡くなっているし、それとは逆に伏姫の弟・里見義成は原作ではこのプロローグ編から顔を見せている。本巻で玉梓の斬首を進言するのは金碗八郎孝吉であるが、人形劇では八郎の息子である金碗大輔孝徳が父の役回りまでも担っていた。




2022年3月3日木曜日

『江戸川乱歩(作)/上野友夫(演出)【連続ラジオ小説】黄金仮面』

NEW !

NHKラジオ第一
1978年12月11日~12月29日放送



★★★★★  【連続ラジオ小説】にて広川太一郎が演じた
        懐かしい名探偵明智小五郎シリーズの第一作



NHKに入局し、ラジオ文芸部の演出家として多くのラジオ・ドラマを制作してきた川野京輔こと上野友夫。【連続ラジオ小説】の枠で彼は江戸川乱歩の作品を毎年ドラマ化。本日取り上げる『黄金仮面』より前にもNHKラジオ第一で『黒蜥蜴』(声の出演:唐十郎/李麗仙)を放送していたが、名探偵明智小五郎=広川太一郎として定着するシリーズはここから始まった。放送時間帯はAMラジオの月曜~金曜215分から2120分。




乱歩作品を映像化したところで、原作の素晴らしさの再現など望むべくもない。理由は簡単。彼の小説はあの語り口に類い稀なる魔力が込められているのに、TVドラマや映画だと、その部分はすっかり失われてしまうのだから、面白くなる道理が無いのだ。その点、上野友夫はこの【連続ラジオ小説】で乱歩の〝地の文〟における語りを極力活かし、1928年生まれである中西龍アナウンサーの語りも探偵小説に〝うってつけ〟だったから、凡百の映像とは違って原作らしさと戦前の時代の雰囲気が楽しめた。

 

 

 

毎年12月、乱歩作品が【連続ラジオ小説】にて放送されることを本作初めて認識した人が多かったのか、『黄金仮面』以前の音源を録音している人は非常に少ない気がする。私もまた『黄金仮面』については第十回と最終回しかカセット・テープに残せていない。愚かなるNHKは私の観たい(聴きたい)番組に限ってどれもこれも保存しておらず、当シリーズの商品化はおろか、NHKラジオで再放送されることもなく、そうなると余計に年を重ねるにつれ、もう一度全ての回を聴きたくてたまらなかった。

ところがなんと、探偵小説の神様(?)のお導きか、こむこむさんという方がネット上に『黄金仮面』をupして下さっているのを発見!!あまりに嬉しくて仕事を放り出し、懐かしのラジオ・ドラマに聴き入ってしまったのである。(こむこむさんに感謝! 但し残念ながら第六回と第十回は欠落せしむ)

 

 

 

すべての回のサブタイトル、及び主要な声の出演者を記しておく。

第一回「金色の恐怖」

第二回「金色の守宮(ヤモリ)」

第三回「浴槽の美女」

第四回「ALの記号」

第五回「鎧武者」


 

第六回「(ネットにupされていないので不明)」

第七回「月光の怪異」

第八回「死体紛失事件」

第九回「赤き死の仮面」

第十回「ルパンは何処に」


 

第十一回「開けセザーム」

第十二回「アトリエの怪」

第十三回「白き巨人」

第十四回「大爆発」

最終回「勝負はいずれに」 

殆どのサブタイトルが原作の章題に準拠しているので、おそらく第六回のサブタイトルは「恋の魔力」ではなかろうか。そして第六回のストーリーに本来入るべき、小雪を殺して逃亡した賊を追う途中、明智小五郎が仮病を使ってトンズラするくだりは省かれているものと想像する。



☽   ☽   ☽   ☽   ☽   ☽   ☽   ☽   ☽   ☽



◖ 声の出演 ◗


語り手          中西龍

 

明智小五郎          広川太一郎

浪越警部                      木下秀雄

 

鷲尾正俊侯爵           巌金四郎

美子姫                           川口京子(*)

小雪             友部光子

大鳥不二子          川口京子(*)

エベール               須永宏

 

黄金仮面           久松保夫

 

特別出演           山村正夫



(*)のかわぐち きょうこ氏は漢字表記がこれで正しいのか、確かなデータが得られなかった。また、声優名を記さなかった登場人物もいるが、数少ない人数で掛け持ちして演じていることが多いため、やむをえず省略している(例えば川村雲山や川村絹枝など)。読者諒せよ。



 ☽   ☽   ☽   ☽   ☽   ☽   ☽   ☽   ☽   ☽



数十年ぶりに聴いたもんだから、本物の山村正夫が解説の為に数回出演しているのなんて、すっかり忘却していて驚いた。探偵作家同士の付き合いがあり、川野京輔が頼んだのだろうか。広川太一郎演じる明智シリーズの第一作だし、放送一週目の第一回から第五回までは、演出サイドも声優サイドもまだ型が定まってない感じがする。

それと二点文句を言うとしたら、大鳥不二子が恋人に呼びかける時「アルセーヌ」「ルパン」「黄金仮面」と呼び名をコロコロ変えるのはイヤだ。せめて「あなた」で統一してほしかった。あと天理教の教師・木場(広川太一郎)は剽軽なイメージじゃないんだけどな。『黄金仮面』は全15回ゆえ余計な肉付けも無く原作どおりの進行とはいえ、もうこの時から原作の書かれた年代に国内で流行していた歌(「すみれの花咲く頃」ほか)を劇中で流している。




歌といえば、主題歌「黄金仮面」挿入歌「悪魔のように」を唄う三人組女性ユニットのギャル。黒木真由美・目黒ひとみ、そしてもう一人の石江理世は1978年に脱退しているそうだから、この頃にはもう中世古明代にメンバー・チェンジしていたのか。いやそれよりも、ネットを見て意外だったのは、この二曲のアレンジを「ビーイング」設立者として後年有名になる長戸大幸が担当していたとは。人に歴史あり。【連続ラジオ小説】の次なる乱歩作品『魔術師』以降、主題歌・挿入歌はどれもムード歌謡っぽいものばかりになってしまうけれど、「黄金仮面」はノリのあるポップ・チューン、「悪魔のように」はしんみりしたバラードであり、その点でも『黄金仮面』は華やかなイメージがあった。




(銀) ネット上にUPされた音源はいつまでもある訳じゃなく突然削除されたりするので、興味のある方はなるべくお早めにチェックされたし。どうせだったらこのシリーズ、明智の登場する通俗長篇第一弾「蜘蛛男」から始めてもらいたかったけど、明智の出番がかなり後のほうになるから上野友夫は着手しなかったのか。惜しい。それにしても【連続ラジオ小説】を当Blogで取り上げたからには、次作の『魔術師』も記事にしないといかんだろうなあ。



放送期間中、聴取者に配布された番組主題歌・挿入歌の楽譜画像を見るには、
下記にある  〝川野京輔〟ラベル(タグ)をクリックし、『猿神の呪い』の記事をご覧あれ。





2022年3月1日火曜日

『第8監房』柴田錬三郎

NEW !

ちくま文庫 日下三蔵(編)
2022年1月発売




★★★   どう贔屓目に見ても〝傑作〟ではない




  「柴田錬三郎って最初から時代小説/剣豪小説の書き手として君臨していたイメージが持たれているけど、キャリア初期の頃は〈なんでも屋〉みたいなところがあって、ジュヴナイルもせっせと書いている。そういう出自のせいなのか、彼のミステリ作品を読んでると〈他と違う個性〉というよりは〈どこかしっくりこない感じ〉が残るんだ。あまりよろしくない意味での〈プロパー探偵作家の書くミステリとは明らかに異なる書き方〉とでもいうか。」

 

 

  「【幽霊紳士】にしても〝なんで喪黒福造みたいな幽霊なんだよ〟とか〝どうしてそんなにたびたび再発されるのか全然ピンとこない〟っていつも言ってますもんね。今回ちくま文庫から出た『第8監房』はどうです?」

 

 

◆ 甲  【平家部落の亡霊】なんてすごく面白そうじゃん?飛騨の山奥を走っていたバスが突然故障して、乗り合わせていた乗客達がやむをえず〈平家部落〉と呼ばれる、幽霊が現れると噂のある僻地に足止めされる。こんな設定があれば読み手は断然橘外男や大河内常平みたいなおどろおどろしいホラーを期待するのに、なんだか訳アリな乗客達のゴタゴタのほうがメインになってしまって亡霊の怖さが全然無く、最後に露顕するお化けの正体ときたら・・・期待外れ。」

 

 

◆   「なるほど。【盲目殺人事件】は〈めくら〉で性的不能者の画家を夫に持つ、箱入り娘として育った四十代の妻との逢曳を重ねていた不良青年がカネ欲しさに画家を意図的に穴に落下させて亡き者にしようとします。なんだか一時期のとんねるずのような事をしてますが、これは〈ムダな部分〉も無く、まとまっているような気がしましたよ。」

 

 

◆ 甲  「うん。その〈ムダな部分〉があると思わせるのが問題なんだ。【銀座ジャングル】は物書きの疋田壮一が手相見に〝銀座の裏面を見てみろ〟と云われ、零落れたスター・守屋与詩子の死に巻き込まれる話で、別れた疋田のカミサンは頭の足りぬ若い女とペアになって街娼をしており、疋田はわざわざカネ払って彼女たちを買ったりもするんだけど、一短篇の中にいろいろ枝葉を増やし過ぎ。もう少しシンプルでいいのに。このBlogの前回の記事に取り上げたNHK連続人形劇『新八犬伝』の次作だった『真田十勇士』も原作はシバレンだったんだけどさ、あそこでも宮本武蔵や佐々木小次郎が出てきて。果してこのふたりを出す必要はあったのかとも思うし。」

 

 

  「でも『新八犬伝』の脚本を石山透が請け負っていたように、『真田十勇士』の脚本はシバレンじゃなくて成沢昌茂らが担当していましたから彼らが付け足したのかもしれませんよ。話を戻して【第8監房】も〈枝葉が多い〉作品なんですかね。普通に考えるなら【第8監房】は 高森八郎という裏社会の一員に落魄れているけれど本来は仁義に厚い軍人という設定があって、プロットを彼寄りに絞り込んでもいい気はします。」

 

 

◆ 甲  「だろ?「【三行広告】は一応短篇ではあるけれど章立てが三つもある。美男美女の夫婦が互いに倦怠しきっており、おまけに彼らの家には夫婦の険悪な仲を中和させる為に夫の兄が娘を寄宿させている状況。この夫が怪しい出会い・体験を斡旋する秘密クラブに足を踏み入れるという、まあなんだか映画『アイズワイドシャット』みたいなところもある内容で、こうして見ると本書は風俗ミステリ的な側面も多分にあるね。」

 

 

   「そして後半の三篇、【日露戦争を起した女】【生首と芸術】【神の悪戯】は実話ものです。こんなのも書いてるんですね。」

 

 

◆ 甲  「本書の359頁に〝私は、もともと、フィクションとノン・フィクションを劃然と区別するのはおかしいと思っている。(中略)いかなる実話も、筆者の想像が加えられない筈はない。〟と語るシバレンの考え方が載っているけど、んなこたぁない。不肖私は〝フィクションとノン・フィクションを劃然と区別するのはおかしい〟と思うことのほうがおかしいと思っている。」

 

 

   「そんなややこしい物言いで字数を無駄に増やさないでください。」

 

 

◆ 甲  「でもね、探偵小説と探偵実話は全然別個のもんだと常に主張しているこの私でさえ、明治時代の少年臀部肉切り事件で名高い野口男三郎を描いた【神の悪戯】のほうが前半の創作五篇よりスッキリしていて引き込まれるもの。この事が柴田錬三郎の創作ミステリの弱さを暗に象徴してるんじゃないのか?だからシバレンについてずっと前から小説よりも人形劇『真田十勇士』を石森章太郎/すがやみつるが漫画化した学研刊『真田十勇士』全八巻(19751976年)をオリジナルのまま復刻しろって言い続けてるのに。」

 

 

   「あ~、でも大河ドラマで『真田丸』をやった年にもそんな話は浮上してきませんでしたし、なんかいろいろ裏事情があるみたいですから、あのマンガを復刻するのは相当ハードル高そうですよ。」

 

 

◆ 甲  「・・・・・・・。」




(銀) ネット書店のWEBサイトで調べてみると、2000年以降「眠狂四郎」を中心にコンスタントにシバレンの新刊は出ていて「へえ~」と思った。需要あるんだな。