2020年9月2日水曜日

『夢を吐く絵師/竹中英太郎』鈴木義昭

2012年1月21日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

弦書房
2006年11月発売



★★★★  とりあえず・・・竹中英太郎生誕百年記念公式評伝




活動家? 挿絵画家?
そのいずれも彼なのだが、どちらに比重を置くかによって見方は変わってくる。久しぶりに本書を再読してみた。すると2006年の発売時にはアラが目立ったのだが、時を経てこの本の存在価値がジワリと増しているのを感じた。


                    


活字に残された数少ない竹中英太郎本人の肉声を縦横に盛り込み、その一生を追ってゆく。竹中家門外不出の貴重な写真や初期の傾向文化・左翼芸術系レア作品の図版もある。著者の鈴木義昭は日本映画やアナキズムといった竹中労寄りの人ゆえ仕方なしとはいえ、戦前の探偵小説・大衆文学の理解度がやや浅い。作品名の誤記や内容の未消化、普通の読者ならば気付かないかもしれないが、わかる人にはそれが目に付く。英太郎夫人・竹中つね子のインタビューで中村進治郎の名が出てくるとハッとする。この辺の博文館周辺人脈には深く突っ込んでもらいたかった。彼女は英太郎生誕百年の祝い事を見届けたかのように、本書リリースの数ヶ月後に逝去(享年98)。


                    


英太郎が手掛けた挿絵は探偵小説に限らず、髷物・プロレタリア・少年少女もの・エログロ犯罪実話まで多岐に渡る。江戸川乱歩・横溝正史・夢野久作は確かに重要なアイコンだが、それ以外に従来の特集メディアがノータッチだった領域にも十分踏み込まなかったのが悔やまれる。図版頁も同様(例えば雑誌『家の光』には『新青年』同様、かなりの挿絵仕事をこなしているのだから)。

 

協力者のひとりとして夢野久作・満洲・戦前の文壇に詳しい西原和海がクレジットされている。例えば西原・鈴木両氏の共作ならもっと良い一冊になったのかもしれないが、それはそれで強引に夢野久作寄りになった可能性もあろう。この辺は非常に難しいところだが、戦前の英太郎を取り巻く社会運動と文壇と画業の世界、その全てを掌握している優れた出版社というか優れた編集者が担当していれば・・・そんな人材がいてくれたら苦労は無いのだけど。


                    


そうは言っても、かつて長男・竹中労の手で演出・歪曲されていた英太郎の真の実像に迫ろうとする著者の姿勢は良し。この挿絵画家の魔人ぶりは克明に伝わる。出生から熊本での活動家たる青年期、戦後の甲府隠棲時代は著者の得意分野だからか、破綻なく書けている。謎多き人物ゆえ一冊の本になる機会はめったにないのだし、本書はもっと評価されていい。英太郎その人の魅力は★★★★★以上、著者の仕事は★★★出版社(編集者)は★★




(銀) 本書と竹中英太郎記念館の作成した画集が出て、それがきっかけとなり、のちに皓星社の「挿絵叢書」による竹中英太郎の巻が三冊リリースされた。ひとりの挿絵画家をフューチャーした本がこんなにも世に出たのだから、これは欣快の至りというしかない。ただ、英太郎の一人勝ちで、他の挿絵画家があまり盛り上がってこない現状はいささか気になるけれど。


 

戦前の雑誌や単行本を読んでいてつくづく思うのだが、どうして昔の人は(作家が書いた原稿もそうだが)挿絵画家が描いた美しい原画を大切に保管しておく習慣を持たず、すぐ処分していたのだろう? まあ仮にそうしていたとしても、戦争の道に走った日本は全土を空襲で焼かれてしまったので、後世まで生き残る原画の数は現在とあまり変わらなかったのかもしれないが。




2020年9月1日火曜日

『戦前探偵小説四人集』米田三星/星田三平/水上呂理/羽志主水

2011年7月3日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第50巻
2011年6月発売


★★★★    論創ミステリ叢書、一時休止




企画として満点★5つの賛辞をしているこの論創ミステリ叢書。角川のようなテキスト改竄など一切無く、初出に基づき手間暇かけた作品発掘・校訂・解説に加え上質な製本。ミステリ界、いや出版界で何らかの賞を受けても全くおかしくない叢書なのだ。だが本書第50巻を迎え刊行休止、しばしのお別れ。非常に残念でならない。


 

今回は一人分の作品が半ダースに満たない幻の作家四名。過去にも徳富蘆花/三遊亭円朝の巻のような「これ、誰が読むんだ?」的な変化球があった。あれはきっとプロパー以外の新規読者を狙ったものだと思うが、今回は御得意様読者向けの変化球か。


 

この中で頭一つ抜けて良いのは小酒井不木の流派にある残酷医学の米田三星。「森下雨村さんと私」も非常に重要な随筆。次に「監獄部屋」「越後獅子」の羽志主水。水上呂理は木々高太郎に先んじたフロイト指向。星田三平は脱力ものが好きな人ならいいかも。フィロ・ヴァンスとカポネが闘争する「米国の戦慄」ボクシングもの「もだん・しんごう」とか何だかなぁ。



                   


 

マニアックな出版社の宿命か、今回の休止は売上・経営的立直しによるものなのだろう。
ならば本巻は同じ変化球でも何故売れる作家にしなかったのかな? 「諏訪未亡人」「吉祥天女の像」「越中島運転手殺し」「朝から夜中までの彼と彼女」「一九三二年」「三太郎とヘナ子」等を集めて『横溝正史連作集』とか。採らるるべき作家は守友恒/蒼社廉三/大河内常平などまだまだ数多といる。これだけの規模になってきたら江戸川乱歩と夢野久作の巻も欲しい。実際彼らの小説はあらかた発掘されており『江戸川乱歩名義代作集』とかなってしまいそうだが。


 

最近の傾向として『日本SF精神史』とかSF評論に良いものが多いのだから蘭郁二郎に南澤十七、そして海野十三、この辺のSF系探偵小説に光を当てる時期なのでは?大下宇陀児のSFものだってそう、昔から横田順彌らが指摘しているではないか。ともかく早い続巻のリリースを切望する。安心材料として編集サイドが「期を見て是非再開させたい」と言ってくれてるのが救い。


 

今後暫くは姉妹叢書となるのか、「少年探偵小説シリーズ」刊行が予定されている。現在判明しているラインナップは山田風太郎・鮎川哲也・高木彬光・仁木悦子。でもこれって日下三蔵が数年前からプレゼンしていた企画じゃないの? 少年ものに的を絞るのは良いと思う。ただ今のところ戦前の作家と作品は候補に挙がってないそうで・・・。




(銀) なんか笑ってしまうくらい論創ミステリ叢書に過度の信頼を寄せていたのがよくわかる文章。「生きている皮膚」「蜘蛛」「告げ口心臓」「血劇」「児を産む死人」の米田三星には、せめて短篇集一冊作れる数量の作品を残してほしかったと思う。



◆ 上記レビューのうち「こういうものを出してくれ」と当時言ってて実現したもの ◆

守友恒『守友恒探偵小説選』

蒼社廉三『殺人交響曲(ミステリ珍本全集11)』

大河内常平『大河内常平探偵小説選 Ⅰ・Ⅱ 』『九十九本の妖刀(ミステリ珍本全集⑦)』

渡辺啓助・温(訳)『ポー傑作集 江戸川乱歩名義訳』

蘭郁二郎『蘭郁二郎探偵小説選 Ⅰ・Ⅱ 』『地底大陸』

 

 

◆ いまだに新刊本で出ていないもの ◆

夢野久作『夢野久作探偵小説選』

→ これは将来も100%無いでしょうな。今、新全集も出てるってことで。

 

南澤十七『南澤十七探偵小説選』

海野十三『海野十三探偵小説選』


大下宇陀児のSFもの

→ 「空中国の大犯罪」を含むリウ・キノウ・シリーズ、

「湖底の怪都」「狂気ホテル」ほかネタは十分あるのに何故誰も出そうとしないのだろう?

(「湖底の怪都」は単行本化の際に「湖底の魔都」へ改題 )

 

横溝正史参加の連作小説集

→ 山田風太郎でさえ連作集は刊行されているというのに、

正史研究者の皆さんは毎年岡山のイベントでコスプレするのが小説よりも重要らしいので、

期待するだけ無駄か。




2020年8月31日月曜日

『完本人形佐七捕物帳第二巻』横溝正史

2020年3月6日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿


春陽堂書店
2020年3月発売


★★    レアな単行本初収録ものが全集に無いからこそ
      痒い処にまで行き届いた解題・解説が求められる




捕物帳❜ というのは変なポジションにあって。日本固有のものだからなのか、ミステリーの要素を持ち合わせていながら近現代が舞台である探偵小説と違い、トリック等のオリジナリティーを評論家や読者から「やいのやいの」求められることもないし、他人のネタも使い放題。



第二巻収録分は大日本帝国がきな臭くなった昭和1416年の作品で、当時「探偵小説は控えろ」という日本人の持病過剰自粛が蔓延していたのに「人形佐七捕物帳」の中では探偵趣味が罷り通っている。由利・三津木コンビはダメなのにお玉が池の親分ならOKって、なんとも滑稽な話でゲスな。


                     



第一巻では初出の設定を踏まえなかった為、話によって辰・豆六がいたりいなかったり、据わりが悪い感じを受けたかもしれないけど、とりあえず本巻からはふたりともずっと登場する。




新発見のレアもの収録がほぼ無い点で、今回の『完本人形佐七捕物帳』は現在国書刊行会からリリース中の『定本夢野久作全集』と状況が似ている。そんな場合は特に全集の存在意義に解説パートの充実が問われる。『定本夢野久作全集』は月報も付いているのだが、それも含めた本編以外の部分が高額な価格の割にはそれまでの全集・選集と比べて面白くない(最終的な感想は最後の巻が出た時に改めて触れるつもり)。で、本全集はといえば正史の次女・野本瑠美の横溝家回想録と解説・解題の二本立てで進行。




(前巻のレビューで指摘した)本巻に入っている「血染め表紙」は『講談雑誌』に初出掲載された「漂流奇譚」ヴァージョンで収録してほしかったが、予想どおりスルーされた。まあ後者で本編に載せてしまうと内容がホームズでいうところの「最後の事件」であるため、それに呼応する「空家の冒険」的な佐七が帰還するエピソードがなければ不自然だし、そんな話を正史は書いていない。




だから「血染め表紙」ヴァージョンを採った考えはよくわかるが、他のエピソードと違って特殊な事情を持っているんだし、解説頁に「漂流奇譚」ヴァージョンをボーナス・トラック扱いで載せるとか、それも無理なら削除されてしまった文章だけでもせめて光文社文庫版江戸川乱歩全集風に紹介するぐらいのサービスがあってよかったんじゃないか?繰り返し言うが、本全集には単行本初収録となるエピソードが今のところひとつも無い予定なのだから・・・「いわゆる横溝正史研究者にそこまで行き届いた目配りを求めるのが無理な相談だよ」と言われりゃ、そうかもしれないが。
                  
 
                    
 
 

そういえば、前巻を読み終わって自宅のライブラリーに仕舞おうと棚をいじっていたら、1998年筑摩書房版岡本綺堂『半七捕物帳』(全集?)が出てきて、これが本全集の装幀とそっくり。函・ソフトカバーなだけでなく税抜価格が4500円なとこまでなにも先輩・半七の真似しなくてもと笑ってしまった。





(銀) 時局の悪化により正史は人形佐七の連載打ち切りに追い込まれる。その時の連載最後の回が「漂流奇譚」で話は唐突に日本に迫る巨悪の存在を匂わせ、そんな世の中に嫌気がさした佐七一家は江戸を去る・・・というとんでもないフィナーレを迎えるのだ。




今まで単行本に収められた事のない「漂流奇譚」は今回の全集における数少ない目玉のひとつだったのに・・・まったく浜田知明というのは訳に立たない男だ。またその他の春陽堂の本にしても、2020618日当Blogupした今野真二『乱歩の日本語』が孕む問題について、私以外に中相作『名張人外境ブログ2.0』からも鋭い指摘がいくつも挙げられている始末。氏のブログの7月の投稿を是非ご覧頂きたい。




それは春陽堂だけのせいではないとはいえ、こう立て続けに内容に不満のある本を出されたのではこちらもテンションが下がる。更に更に、本の内容以外でも疑問視したくなるような事が起こり・・・以下、本全集第三巻の記事へつづく。






2020年8月30日日曜日

『クムラン洞窟』渡辺啓助

NEW !

出版芸術社 ふしぎ文学館
1993年11月発売



★★★    事実とフィクションを交配させた異国ロマン



この本が出た90年代は渡辺啓助翁まだ健在なりし頃。懐かしいなあ。これは秘境シリーズとして雑誌『宝石』に発表した作品を纏めたものである。以下、括弧内は初出掲載年月、その右側は各作品の中で題材に使われている国・地域を示す。 


 

□ 「クムラン洞窟」   (昭和342月)~ 中東アジア


 

□ 「島」        (昭和363月)~ マダガスカル

□ 「嗅ぎ屋」      (昭和365月)~ ジャマイカ

□ 「追跡」       (昭和36年7月)~ 南米マット・グロッソ

□ 「悪魔島を見てやろう」(昭和369月)~ 仏領ギアナ・ディアブル島

□ 「崖」        (昭和3611月)~ ネス湖


 

□ 「シルクロード裏通り」(昭和381月)~ 東トルキスタン

□ 「紅海」       (昭和382月)~ 中近東

□ 「逃亡者の島」    (昭和383月)~ 南太平洋

 

 

米国の有名な雑誌『National Geographic』に載っていたリアルな地球上のネタを膨らませたフィクション・ストーリー。〈秘境〉といっても香山滋や小栗虫太郎のように探検家キャラを設定している訳でもないし彼らほど空想的なSF色はないので、兼高かおるならぬ  ❛ 渡辺啓助が描く世界の旅 ❜ とでもいった趣きか。外地を題材にした作品でも戦前における亜細亜大陸見聞記路線の『オルドスの鷹』などと風合いが異なるのは当然。


 

一冊通して地味な内容だし話はフィクション仕立てなのだから、「紅海」に登場する女流魚類学者アグネス・ミラー博士のようなセックス・アピールを振りまくレディを全エピソードに登場させる勢いのケレン味でもって、男性読者を釣っても良かったのではないか。それと渡辺啓助本人によるあとがき、加えて著書リストがわざわざ付いているのだから解説もあってしかるべきなのに、無いというのが ×。




(銀) 私が持っているのは初版だが日下三蔵の仕事だからか校正甘いな。まず目次からして、著者リストじゃなくて著書リストじゃないの? 探偵小説の枠に飽き足らなくなった啓助の戦後のアプローチの一部がSFであったり、また本書に収録されている異国ロマンだったり、いろいろな方向に挑戦はしているが、戦前の『地獄横丁』『聖悪魔』に肉迫するような良いものは生み出せなかった。




2020年8月27日木曜日

『土山秀夫推理小説集/あてどなき脱出』土英雄

2012年6月7日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

長崎文献社
2012年5月発売



★★★★★   幻の探偵作家・土英雄87歳、初の推理小説集





土山秀夫。長崎大学元医学部長で現在「世界平和アピール七人委員会」メンバーの一人。
そして氏には幻の探偵作家「土英雄」というもうひとつの顔がある。
 

 

 

山前譲編『探偵雑誌目次総覧』を開くと、土英雄作品は七作載っているが、
本書には昭和30年以降の四短篇「深淵の底」「影の部分」「妄執」「切断」、
加えて昭和50年に脱稿したまま未発表だった中篇「あてどなき脱出」を収録。
 

 

 

「あてどなき脱出」の舞台は第二次世界大戦時のドイツ。ナチスの統制監視下におかれた強制収容所の病理実験室。満洲から派遣された軍医中尉・宗像昭はロケット光学研究者クリスチーヌに心惹かれるが、殺人兵器開発を拒否する彼女にナチスの魔の手が迫る・・・。 
 

 


 
大手でない出版社の本に対するAmazon.co.jpの扱いは劣悪。この本にしろ早々に予約しながら発売日を過ぎても一向に入荷・発送しないので、Amazonは早々にキャンセルし、版元から通販で購入した。長崎文献社のHPではごく小部数限定だが著者サイン本を販売している。興味のある方はそちらをご覧になられたら如何? 

 

 

 

(銀) これはもう内容よりも、土英雄の本を出してくれた版元・長崎文献社を讃える気持だけで満点評価。長崎市名誉市民でもある土山秀夫は20179月に逝去、享年92TBS系の番組JNNドキュメント「追悼 谷口稜曄・土山秀夫〜被爆地が歩む道」は観てみたかった。ちなみに著者のサイン本販売情報は当時のもの。




 

2020年8月25日火曜日

『佐左木俊郎探偵小説選Ⅰ』佐左木俊郎

NEW !

論創ミステリ叢書 第124巻
2020年8月発売



★★★    虐げられし者たちの抵抗




同じ内容の小説でもどういう訳か現行本で読むより年季の入った旧仮名時代の古書で読むほうが面白さ二~三割増しに体感する。戦前の本は総ルビだったり味わい深い装幀が施されていたり、ぎゅうぎゅう詰めな現代の本と違い、ゆったりとした文字組みにされているので、不思議と作品から受ける印象が大きく変わる場合も多い。となると時にはその小説の真価を見誤ることだってありうるのではないだろうか?



                   



長篇「狼群」に向き合うのは新潮社「新作探偵小説全集」初刊本(昭和8年)を入手した時以来 だから、もう何年ぶりになるだろう。今回再読してみて、「あれっ、こんな話だったっけ?」というのが正直な感想。もう少し探偵小説として読みどころがあるものと思い込んでいたが、あれこそ初刊本の魔力だったか?


 

房総の田舎で代議士が危険分子集団に襲撃される事件が発生。そして危険分子の中には、代議士と同じ党派の衆議院議員 青堀周平宅の使用人・瑞沢嘉知雄も加担しているのでは・・・・と見られている。元々瑞沢家は素封家で、嘉知雄の父は青堀周平の面倒を見ていたのだが、事業を躓かせた為に零落。父母を亡くし天涯孤独の身になった嘉知雄は青堀家の下男同様に成り果ててしまっていた。


 

瑞沢嘉知雄は本当に危険分子の一味なのか? また青堀周平の娘・洋子との恋愛はどうなるのかという要素はあるけれど、彼をこの物語の主役とするには無理があるし、物語の大筋は危険分子対警察との争闘であって、個人主義に基づく探偵小説のポリシーにはどうもそぐわない。

 

                   

 

もうひとつの長篇「恐怖城」も、基本的にその問題点は一緒。森谷牧場の令嬢・紀久子には男前の婚約者 松田敬二郎がいる。両親を紀久子の父・森谷喜平に滅ぼされ、今では犬のように牧場でこき使われている高岡正勝は、幼馴染で本来自分の嫁になる筈だった紀久子のことだけはどうしても他人に奪われたくない。そんな中、紀久子が誤って正勝の妹・蔦代を射殺してしまう。紀久子の弱みを握ってしまった正勝は自分の欲望を果たすべく喜平を殺害し・・・。

 

                   

 

結局「狼群」も「恐怖城」もストーリーの中で犯罪こそ起こっているが、根底にあるのは〈富める者に対する貧しき者の抵抗〉、それが全てではないのか。私は戦前の農民小説って他にどんな作品があるのか不勉強で知らないけれど、もしかしたら人間と大地の営みをポジティヴに描いているものだってあるだろうし、農村を題材にしたものが貧者の鬱屈した小説ばかりという訳でもなかろう。


 

であればこの二長篇は、戦前の社会派ならぬ格差小説とでも言うべきか。佐左木俊郎は文壇の中ではプロパーなプロレタリア作家のグループに入れてもらえなかったと解題には書いてあるし、かといって探偵小説の在り方からもかなり逸脱しており、実に奇妙なポジションにあるのは否めない。幸いにして今後取り上げる予定の正木不如丘などに比べたら、佐左木のほうが読者を惹きつける筆力は勝っている。「熊のいる開墾地」のような短篇のほうがまだ長篇よりも探偵趣味が感じられるし、次回配本『 Ⅱ 』は短篇集になるのでどれだけ挽回できるか?





(銀) なんで「恐怖城」ってタイトルを付けたのだろう? 作中に一言も出てこないし、それを象徴するものさえ何もない。サブタイトルの「復讐双曲線」のほうがよっぽど内容に合っているのに。


 

盛林堂書房での本書通販分には特典ペーパーが付いており、それを買った知人に聞くと、「土方正志の〈『佐左木俊郎探偵小説選』全二巻の刊行に至るまで〉という文章が一枚のA4用紙両面に印刷されてるだけで、こんなんだったら送料が無料の通販サイトから買えばよかった」と怒っていた。



今回の佐左木の巻は、実は東北の出版社・荒蝦夷からの刊行が予定されていたのだが、震災等の影響で論創ミステリ叢書に委ねることになったとある。だからなのかもしれないが、この叢書は特別な理由が無ければ底本は初出を採用するのがルールなのに、「熊の出る開墾地」は英宝社版『佐左木俊郎選集』のテキストを使っているのは如何なものか。




本書の校正は横井司がやっていて、論創ミステリ叢書の総監修から外れてもこんな作業までしなくちゃならないんだなと、少し気の毒になる。でも飛鳥高の巻といい、浜田知明ではなく横井が校正すれば誤植が無いのだから、今回その点だけは良かった。


 


2020年8月24日月曜日

『狩久探偵小説選』狩久

2014年4月11日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

 
論創ミステリ叢書 第44巻
2010年3月発売



★★★★     This Is Not Enough



狩久もまた、これまで著書が『妖しい花粉』『不必要な犯罪』のたった二冊しかなかった。
2010年春に本巻が出た時はかつてアンソロジーの中の彼の短篇を単品で読んだ印象と同様、
その雑多性がさほど良いとは感じなかった。


 

瀬折研吉・風呂出亜久子の登場作品「見えない足跡」「呼ぶと逃げる犬」「たんぽぽ物語」「虎よ、虎よ、爛爛と~一〇一番目の密室」。ユーモアを交えた論理物だが、余計な装飾が多い気がする。風呂出亜久子は後の赤川次郎が書きそうな女子大生みたいなライトタッチじゃなくて本来いい女なのだからそこが活きるように描いて欲しかった。元『幻影城』読者だった中高年の自称マニアなおっさん達にはウケの良い「虎よ、虎よ・・・」だが、深夜に虎を連れ歩いて邸に運ぶなんてのは戦前の乱歩の時代とは違うのだからどうもリアリティに欠ける。


 

それに比べると、「落石」「氷山」「ひまつぶし」「すとりっぷと・まい・しん」「山女魚」「佐渡冗話」「恋囚」「訣別~第二のラブレター」「共犯者」はシリアス・タッチと論理がまだ親和している。狩久という人は作品に自分自身をやたらと登場させる。そんな作風を個性として好む読者がいるのはよくわかるが、私にはtoo muchに思える事も多い。特に「訣別」なんかは内輪ネタ過ぎて。


 

しかし_。2013年に篤志家がなんと私家版『狩久全集』(妻・四季桂子全集を含む)全7巻なるものをリリースしたので全ての狩久作品を通読することができ、この作家の最大の美点がやっと掴めたのである。要するに、匂い立つような女の官能を書かせたら、もう天下一品なのだ。本書収録作にもその片鱗はあるけれど氷山の一角に過ぎない。この『狩久全集』はとても豪華で丁寧に作られているのだが、購入窓口が限られており少部数発行かつ超高額で誰でも気軽に入手する訳にはいかないのが問題。


 

本書だけで狩久が判断されてしまうことの無いよう、官能的な作品を集成して発売されるのを強く希望する。これまでの論創ミステリ叢書を見ていると、複数巻出す作家の選択がおかしいと思うことがしょっちゅうある。本書はよく売れた方だと聞いたことがあるが、なぜ狩久の続刊を出さないのか?




(銀) これもねえ、Amazon.co.jpのレビュー欄に投稿した時には★5つにしたけど、本巻の中で瀬折研吉・風呂出亜久子ものはあんまり好みではない。だから誤解の無いよう★4つに訂正しておく。(この系統の作品を含まないセレクトだったら躊躇うことなく★5つにしていた)


 

もし自分で、日本の探偵小説の〈エロティック・ミステリー集〉みたいなシリーズ本を編纂して一作家一冊出すようなことになったら、その中に狩久は絶対入れるんだがなあ。アングラな〝性〟の本をバンバン出していたちょっと前の河出なら、こういう企画を商品化してくれるかなと待ってたんだけど、最近はエロ路線やってないみたいで。


 

話題に挙げている『狩久全集』を制作した佐々木重喜ご本人から「2014年暮~2015年を目処に『狩久全集』別巻二冊を出したい」と知らされていたのだが、その後『狩久全集』別巻どころか氏の噂も聞かなくなってしまった。何かあったのだろうか? 本はともかくとして佐々木氏が健在かどうかだけでも知りたいのだけど。