Ⅰ 始まりの頃
影 Ein Märchen(*)
少女(*)
Ⅱ 新青年の時代
赤い煙突(*)
どぶ鼠(*)
可哀相な姉(*)
風船美人(*)
勝敗(*)
繪姿
Ⅲ モダニズム雑誌のとき
あゝ華族様だよと私は嘘を吐くのであつた(*)
兵隊の死(*)
父を失ふ話(*)
シルクハット(*)
Ⅳ 映畫と藝術と
オング君の說
足 ― A PARABLE(*)
古都にて
夏の夜語
ハードカバーの造りで3,000円?いつもソフトカバー本にそれぐらいの値段を付けている盛林堂書房にしては良心的な価格。YOUCHANというのは盛林堂周辺にのたくっている、ミステリ/SF界隈お抱えの女性イラストレーター。彼女は今回挿絵を描いただけでなく作品選びも行っているとのこと。「あとがき」によれば、自分の個展で販売する図録としてこの本を制作したらしく、相変わらずあの辺の連中は昭和以前の探偵作家やSF作家を自分達に都合のいいよう利用することで頭がいっぱいのようだ。
本書は改造社版『日本探偵小説全集18 國枝史郎集・渡邉温集』(昭和4年刊)からのセレクトが中核で、そこに数点肉付けしている感じ。上段に掲げた目次のうち、(*)マークが改造社版『國枝史郎集・渡邉温集』に入っていたもの。よってそれらの底本は改造社版テキストを使用。ちなみに創元推理文庫版『渡辺温全集/アンドロギュノスの裔』の底本はすべて初出誌を用いている。凡庸な人間は手近にある新しめの単行本を底本にしてチャチャッと済ませようとするが、手間を惜しまず初出誌や初刊本にあたるのプロのやり方。
温の場合、ショートショート風な短めの尺でアバンギャルド&ノスタルジックな表現を実践しているものが一際輝きを放っている。兄・渡邉啓助に比べると余計な贅肉が無く、ひとつひとつの作が研ぎ澄まされている印象強し。ポオの翻訳など(☜)、まさに適任といえる仕事であった。また長山靖生が本書巻末の「解説」を書いていて、次の一文が心に留まる。
〝温の世界には幸薄い少女や娼婦がよく登場するが、その悲しみに寄り添いながらもプロレタリア小説的な社会性に向かうことはなく、ナイーヴなロマンティシズムと結び付いていた。そこには一種の精神主義と神秘主義、そして楽天性も垣間見える。〟
渡邉温にはモダンボーイとかダンディーとかシルクハットうんぬんかんぬん、目に見えるものにばかり捉われた修飾語が着せられるけれど、その根底にあるスピリットが一番重要でしょ。温が世に出てきた時代にはマルクス主義の風が吹き荒れていたし、日本の探偵小説にプロレタリア色が氾濫してもおかしくなかったのに、決してそうはならなかった。社会への恨みがこもったプロレタリアの姿勢とは対極にある温の「なんとかなるさ」的なoptimismのほうが、探偵趣味を好む人々にとって信じるに値するものだったんだろうな。
(銀) 本書に入っている作品はすべて『渡辺温全集/アンドロギュノスの裔』で読むことが可能。これが『新青年』研究会の浜田雄介や長山靖生の作った本だったら支持するけど、いくら温の作品が素晴らしいからといって、盛林堂周辺の胡散臭いプレゼンから生まれたものでは気持ちも冷める。
このところ、2015年以前に出ていた日本探偵小説の一部の本が版元でも在庫切れになっており、それを受け、既存のものとは少しばかり内容をいじっただけの新刊本が続けて刊行されている。今回の『渡邉温選集』なんかも、創元推理文庫版『渡辺温全集/アンドロギュノスの裔』の流通が無くなっているのを知っての刊行だと思う。