弟・渡辺温があまりに短い人生だった分、兄・渡辺啓助は101歳の長寿を全うした。本書はその一生を追ったものだが、帯における「薔薇と悪魔の詩人」なる呼び名には何も異論はないけれど書名の副題「探偵作家クラブ会長のSF的生涯」ってどうなの? 確かに日本探偵作家クラブの四代目会長を務めたし戦後日本SFの世話役としても貢献したが、渡辺啓助という人の看板はそこじゃないだろう。書名にしたって鴉(カラス)は彼の代名詞だけど、もう少し気の利いたタイトルはなかったのか。
内容は作品論というより、知らない読者にもわかり易いようなバイオグラフィーと作品紹介の趣き。但し全作品リストとか著書目録とかコンプリートな形では提示されていない。昭和50年代以降に出た啓助の著書において、未だ再発されていない作品も数多くあるので、第二〜三章での戦時下/戦後作品案内はビギナーでなくとも有難い。
小説だけでなく『 B 』『鴉』といった同人誌での活動、没後における啓助四女の画家・渡辺東や『新青年』研究会を中心とした啓助に関するイベント・刊行物の動き等も正しくフォローされているのは良かった。「吸血劇場」「処女獣」のテキスト異同・初出情報など書誌ネタも面白い。著者の天瀬裕康・渡辺玲子夫妻は文中の語り口調を整理統一した方が字面もスマートになったのではないか、と思う。
渡辺啓助を初めて読むなら何はなくともまず初期の傑作短編「偽眼のマドンナ」「佝僂記」「美しき皮膚病」「血笑婦」などを集めた『怪奇探偵小説名作選
2 渡辺啓助集 地獄横丁』(ちくま文庫)が最適。幻想系なのでどうしても短編のほうが出来が良いのだが、前述の「吸血劇場」といった中〜長篇も最近流行の同人出版でかまわないから読めるようになってほしい。