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創元推理文庫
1984年8月発売
★★ トリック/謎解き以外の部分がお粗末
物語の中に〝満洲〟への言及がある。「六死人」が発表されたのは1931年。日本の元号で言うと昭和6年。当時の若者が海外雄飛を夢見ていたのは仏蘭西人も同じだったらしい。当Blogで先日取り上げたばかりの超大物女性作家にとって畢生の傑作とされる某長篇、内容的にあれの先駆けだと喧伝されてきた過去が本作にはある。
死のターゲットにされる登場人物は次の六名。
▶ ジョルジュ・サンテール
▶ ジャン・ベルロンジュール
▶ アンリ・ナモット
▶ ネストル・グリッブ
▶ ユベール・ティニョル
▶ マルセル・ジェルニコ
この六人の青年に与えられた設定というのが、小説とはいえ「そりゃ有り得んだろ」と言いたくなるものでね。富を求めて世界中へと散らばっていった彼らが五年後もう一度集結する時、どれだけ成功していても一文無しで帰ってきても、全員の得た富は公平に分配する取り決めだという訳。ウ~ム、それは人間の欲望をちと甘く捉え過ぎていやしないか?性善説を信じ、世界一お人好しな日本国民に属するワタシでさえ「その約束事には無理があるんじゃないの・・・?」などと訝っているうち、案の定そう平穏に事が運ぶ筈もなく、ひとり又ひとり、彼らは命を奪われてゆく。
初めて本作を読む方にしてみれば、登場人物をfirst nameで呼ぶのかlast nameで呼ぶのか一定していない点が目に付き、煩雑な印象を受けるかもしれない。
例えばジョルジュ・サンテールだと〝ジョルジュ〟と呼んだり〝サンテール〟と呼んだり、探偵役にあたるヴェンス警部にしても、フルネームはヴェンセスラス・ヴォロベイチクというとても覚えられそうにない名前だから、作者もヴェンス警部で通してくれればいいものを、時々ヴォロベイチク表記にしたりするので、読んでいる最中その都度登場人物の名前を確認したくなる読者は面倒かも。
とりあえず本格マニアな人達が喜びそうな長篇ではある。「六死人」(原題:Six Hommes Morts)というタイトルもキャッチ・コピー的に悪くない。しかし全体からトリック/謎解きの要素を取り除いてしまったら、後に残る小説としての部分はどうにもまどろっこしいというか、読んでいて心地良さを感じられないのが大きな欠点。全ての男を惑わせるようなアスンシオンという美しいスペイン人女性が出てくるわりに、彼女のセックスアピールが事件の経過へ何がしかの影響を及ぼしているかといえばそうでもなく、ではヴェンス警部にそれなりの存在感があるのかというと、これまたNO。登場人物は皆〝仏作って魂売れず〟的な扱いにされてしまっている。
冒頭にて述べた大物女性作家の某長篇と比較したところで、文章の表現力がお粗末ゆえ、まるで相手にならない。人間が描けている描けていない以前の問題で、各キャラクターに持たせるべき必然性みたいなものがごっそり抜け落ちているため、読み終わったあと満足感が得られないのは痛い。
(銀) 本書は全部で230ページ弱程度のさほど厚くないボリュームだし、気になった人がちょっと手に取ってみるには丁度良い分量なんだけど・・・。解説の代りに翻訳者・三輪秀彦による4ページの「あとがき」しかないのも寂しい。
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