2022年2月4日金曜日

『スペードの女王』野村胡堂

NEW !

光文社 痛快文庫 冒險探偵 野村胡堂全集①
1950年7月発売



★★★★    もし再発するなら、必ず戦前ヴァージョンを




▩ 野村胡堂ジュブナイルの中でも1950年代前半を最後に再発されておらず入手難な作品。雑誌『少女倶楽部』に一年間(1938年)連載された長篇で、初出・初刊時には「スパイの女王」と名付けられていた。日本が戦争に負けたせいもあるのか、戦後は「スペードの女王」と改題。国会図書館サイトを参考に各章のタイトルを「スパイの女王」版と「スペードの女王」版とで比べてみると、僅かに漢字を開いている箇所はあるが目立った変更点はなさそう。

 

 

初刊本『スパイの女王』(大日本雄辯會講談社/1939年刊)を持っていないので、テキストに書き換えられている箇所があるかどうか調べる事はできないが、当Blogで紹介した大下宇陀児『黒星團の秘密』では戦前発表の同作(=「黒星章」)に対し、この光文社 痛快文庫版で再発する際あちこち手が入れられていたから、『スペードの女王』でも同じように(日本社会の変化に対応した)改稿がなされている可能性は十分考えられる。


 

 

▩ 伊勢田邦彦による本書カバーの絵はなぜか脇役少年の姿が描かれているが(胡堂ジュブナイルは後はもはや少女探偵小説として扱われていない)、本来は少女向けに書かれた小説なので主人公は里見久美子という十八歳の娘。久美子を事務員として雇っていた東西商会の支配人・大浦剛は賊に襲われて重傷を負い、本国の存亡に関わる大発明の秘密が隠されているという謎のダイヤの指環を久美子に託す。

彼女にはいとこの〝がらっぱち〟な柔道四段豪傑応援団長・武林猛夫がいて、その武林猛夫とは大学で顔見知りな碧川健一郎と、彼の妹で十五歳の晶子も久美子の味方になる。一方、例の指環を狙って久美子達につきまとうスパイ集団の女首領は変装の名人。標的を襲う時スペードトランプ・カードを残してゆくため、ついた綽名が〝スペードの女王〟。

 

 

オープニングから主人公の紹介もろくに無いまま、スペードの女王一味の魔の手が息もつかせず次々伸びてくるせわしい展開。私は胡堂の深い読者ではないので、彼のメインストリームである時代小説までもこんな性急な感じで書かれているのか、よく知らない。ジュブナイルだけかもしれないが、以前『野村胡堂探偵小説全集』(作品社)の項でも述べたとおりアクション・シーンを優先しすぎて、前後の状況をじっくり説明しておくべきところがおざなりになりがち。本書でも、まずあるべきキャラ説明がなかなか出てこなかったりするから、一瞬「あれ、落丁かな?」と思いたくもなる。

そのあたり江戸川乱歩の少年探偵団シリーズだとせっかちさを微塵も感じさせないゆとりがあって、幼い子供でも理解しづらい点なんて一切無く、乱歩とその他の作家のジュブナイルに向かう姿勢(いや、才能か)の大きな差を感じさせる。本作のフィナーレなんて、乱歩なら絶対ありえないような殺伐とした敵の最後が待っているのだ。


 

 

▩ 巻末の広告ページを見ると、本書は「冒險探偵 野村胡堂全集」の一冊だと書かれており、ちなみにどういうラインナップかというと、

 

 『スペードの女王』(本書)

 『大寶窟』

 『ロボット城』

 『都市覆滅團』

 『金銀島』

 

 『悪魔の王城』

 『岩窟の大殿堂』

 『地底の都』

 『岩窟Z團』

 『六一八の秘密』

 

実際には が『岩窟の大殿堂(上)』、が『岩窟の大殿堂(下)』に、
また 『大寶窟』の〝寶〟の字が〝宝〟になって刊行されている。
の『ロボット城』も本作同様、戦後になって改題されたもので、
初刊本でのタイトルは「傀儡城」といった。
これらの作品が今後もし再発される機会があるのなら、
絶対にオリジナルの戦前ヴァージョンで出してもらわなければ意味がない。

 

 

 

(銀) 結局活劇重視のジュブナイルなんで、筋の進行が性急過ぎる問題点も「まあ、こんなもんだろ」と見過ごされるんだろうけれど、子供向けとはいってもちゃんと書いている作家はいるんだし、そのあたりはあまり褒められたことではない。今回も☆4つではあれ、実質の評価数値は大目に見ても☆3.5