2023年6月9日金曜日

『黑バラの怪人』武田武彦

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ポプラ社
1955年1月発売



★★★★    氷上を滑りくる生首




 この人はジュブナイルにおける翻訳/リライト仕事にばかり目を奪われてしまうが、『探偵雑誌目次総覧』をチェックすると蘭妖子名義も含め、そこそこ短篇を書いているのが解る。単行本一冊ぐらい楽に作れそうなものだけど、彼の存在を気に掛ける人が誰もいないのか、武田武彦の創作探偵小説を集めた書籍を望む声はどこからも聞こえてこない。

 

 

そんな武田の数少ない創作探偵小説著書『黑バラの怪人』。勿論これもジュブナイル、というか初出はどうも昭和27年の『少女の友』に連載された「薔薇悪魔」らしい。たまたまネットを見ていたら、ヤフオクで以前出品されていた『少女の友』の画像の中に武田武彦が連載している長「薔薇悪魔」のページを写したものも含まれており、そこから読み取れる章題と登場人物名より「薔薇悪魔」=「黑バラの怪人」だと判断したのである。初出誌を各号読んだ訳ではないから、改題以外に本文はどの程度異同があるのかないのか、そこまで詳しい調査はしていない。

 

 

 十四歳の少女・進藤洋子は、夜は銀座の花売り娘だが昼は黑田千恵バレエ団の花形で、日本初の氷上バレエ「不思議の国のアリス」出演が決まっている。彼女は街頭で片目の老船長と名乗る男から預かった小さなボール箱を主人公アリス役の妹尾ゆり子へ渡す。中身は眼玉のないゼンマイじかけの道化師人形で、そいつはこんな歌を唄い始めた。 ♪ わたしゃ悲しい盲目(めくら)の道化師(ピエロ)、紅い血吸って、生きている・・・・・ 道化師人形の出現と共に〝薔薇島の秘密〟をめぐる連続殺人の幕が切って落とされた。片目の老船長、そして男か女かわからぬ西洋悪魔のような謎の人物・黑バラの怪人、そのしもべらしい猿神太郎。彼らはいったい何者?

 

 

「黑バラの怪人」といってすぐ私の頭に浮かぶのは、氷上バレエの公演中スポットライトを浴びているゆり子に向って、血まみれになった青白い生首が氷の上を滑走してくるシーン。武田武彦は宝塚歌劇ファンだそうだが、残虐美をフィギュアスケートに取り込んだこのアイディアは忘れ難い。この生首滑走があるだけで、本当なら満点にしたかったぐらいの名場面。終盤には「サロメ」とヨカナーンの首も出てくるし、十代前半を対象とした昭和20年代の少女小説にして、ちっとも手加減してないのもいい。早く復刊すればいいのに、これ。

 

 

 

(銀) 武田には大人ものの探偵小説で、『踊子殺人事件』という薄っぺらい岩谷文庫の著書がある。それ以外にも、『探偵雑誌目次総覧』にカウントされている小説(「雪達磨事件」「殺人電波」「舌は囁く」「蝦蟇供養」「毒薬」)ほか数作、また蘭妖子「天の鬼」「二個の死体」「山がら事件」等、これらを一冊の本に纏めてみたら意外に佳作があるかもしれない(ないかもしれないけど)。