2025年4月1日火曜日

映画『Island Of Lost Men』(1939)

NEW !

KL Studio Classics   From『Anna May Wong Collection』 Blu-ray
2023年5月発売



★★★   マレーシア奥地へ潜入する将軍の娘




猥雑な通りに日本語と思しき看板も見える夜のシンガポール。
Anna May Wong(アンナ・メイ・ウォン)演じるチャイナ・リリィがナイトクラブのフロアを歌い歩くシーンから物語は始まる。低音のクール・ヴォイスは女優アンナ・メイ・ウォンの魅力のひとつ。ここで彼女が歌う「Music on the Shore」という曲はわざわざこの役の為に作られたと云われている。本作の監督はカート・ニューマン。

 






【 ストーリー 】 

ナイトクラブで幅を利かせるグレゴリー・プリンの金蔓はマレーシア奥地のプランテーション。そのプランテーションはジャングルを流れる川の上流にあり、自らキング・オブ・ザ・リバーと名乗るこの男は常に権力を誇示している。フロアで歌っていた美しいチャイナ・リリィを食事のテーブルに同席させ「自分のプランテーションは脛に傷持つ者が身を隠すのにちょうどいい場所だ」と洩らすプリン。するとリリィは自分もそこへ連れていってほしいと言う。




プリンの居住するジャングルのバンガローには腹心のスタッフが常駐しているのだが、そのうち中国人青年チャン・タイはリリィと顔見知りの様子。というのも、この二人には同じ目的があった。中国の将軍アン・リンは政府の金30万ドルを横領した容疑を掛けられ現在行方不明になっている。将軍の娘キム・リン、すなわちチャイナ・リリィは父の無実を証明する為、チャン・タイは中国の諜報員として将軍の行方を突き止めるべく、別個に行動しながらグレゴリー・プリンのもとに辿り着いたのだ。

 

 

【 仕 様 】

リージョン:A(日本のBDプレーヤーで再生可能)

 

【 字 幕 】

英語(よくある事だが、英語以外のセリフは表示無し)

 

【 特典コンテンツ 】

・映画「Four Frightened People」予告篇

・映画「The Eagle And The Hawk」予告篇

・映画「Beau Geste」予告篇

・オーディオ・コメンタリー(字幕無し)























 













B級映画に多くを求めても仕方ないのだけど、特に目立つ欠点も無い画質はほどほどクリアなわりに63分の尺が長く感じる。グレゴリー・プリンは裏稼業で私腹を肥やしていながら、彼のバンガローはそこまでリッチに見えない。将軍アン・リンに対して、頂くものを頂いたらさっさと始末しておけばよかったのに、どうしてプリンは将軍を生かしておいたのだろう?プリンの下僕で小猿を可愛がっている好人物のおじさんハーバート(エリック・ブロア)の存在が良いアクセントになっているとはいえ、その他のキャラ設定はもっと詰めておかなきゃ。

 

 

この映画は米パラマウントが六年前に公開した「White Woman」のリメイクらしく、ネットでそれをチラ見したら、プリンの相棒バリスターが女主人公を抱きすくめて言い寄るシーンあり。「Island Of Lost Men」にそのような場面は無い。幾分ギトギトしていた「White Woman」に比べ、こちらはマイルドな演出。だからと言って、「White Woman」のほうが出来が良いかといえばそんなことは無く、チャールズ・ロートンが「White Woman」にて演じていたプリンは本作のJ・キャロル・ネイシュ以上に道化っぽいし、全然悪人に見えない。せっかくリメイクするなら、Island Of Lost Men」は前作の弱いところをもっとテコ入れすべきだった。

 

 

(銀) 本日の記事で紹介している「Island Of Lost Men」は北米盤ブルーレイBOXAnna May Wong Collection』(三枚組)のうちの一枚。日本では一度も公開されてないのか、ネットで邦題を調べてみたが見つからなかった。






2025年3月28日金曜日

『恐怖のヨコハマ』北林透馬

NEW !

學風書院
1956年8月発売



★★★★   中村進治郎の悪友




根っからのハマっ子・北林透馬。その繋がりで中村進治郎とも親交が深く、清水孝祐の名で透馬が『横浜貿易新報』に小説「波斯猫」を連載した際、挿絵を手掛けていたのが他ならぬ進治郎。『新青年』にもいくつか短篇を書いているが、この本に収められているのは戦後発表作品。トータルで地元ヨコハマを舞台にしており、メインの探偵役を設定して目鼻を付けるでもなく、以下の三名は適宜登場するものの、レギュラー・キャラクターはそこまで重要視していない感じ。

 

 

 真木 (真)

邦字新聞『ホノルル・ヘラルド』横浜支局記者。

 

 玉城蘭基 (玉)

小さな喫茶店の二階に一室を借りている『ホノルル・ヘラルド』横浜支局の支局長。
五十七歳。ハワイの文学青年あがり。

 

 藤田博士 (藤)

横浜犯罪科学研究所に所属。死体解剖実績二百数十回。
犯罪医学界では日本的権威と呼ばれている。

 

 

 

 第一話  美人屋敷の秘密/(真)(玉)(藤)

元町トンネル内で大型トラックに跳ね飛ばされ即死した資産家・波越東作。氏はつい最近まで、精神病というか狂犬病にも似た症状で入院中の身だった。真木が波越家を訪れると、家族はみな夢遊病者のような状態。しかも夫人・波越緋紗子は真木の目の前で娘の喉を締めたかと思うと、自ら首を吊って死んでしまう。解剖を担当した藤田博士は〝華族の出〟らしからぬ淫らな形跡が波越夫人の身体にあることを真木に伝える。また波越邸近くの雑木林から二十年前に埋められた別の女の屍体が出現。波越邸の外で真木が見かけた怪しい美少年は何者?

港町ヨコハマを題材に風俗的な探偵小説を書くのかと思いきや、いきなり理化学トリックを放り込む北林透馬。

 

 

 第二話  小説家 小栗三平のスキャンダル/(藤)

小栗三平には進駐軍関係の倶楽部でマネージャーをやっている妻・麻利子がいる。その小栗家で彼の愛人と思われる婦人記者・沢見せい子の死体が発見された。事件現場で捕えられた青葉可恵もやはり三平の愛人だと言う。捜査が進むにつれ、せい子には加山喜四郎という製薬会社の研究所に勤める技師の夫がいることが判明。この縺れた人間関係の裏にある秘密とは?

肝心の(?)サイテー男・小栗三平は一度も姿を見せず。この物語のトリックはシネコン中心の現代では成立しない。

 

 

 第三話  刺された女/(藤)

若い女性が肺を刺されて死亡。その被害者・織部園子と何らかの関係がある者たちの証言を繋ぎ合わせてストーリーは進行する。こんな構成でも器用に起承転結を纏める透馬。奈良菊一文珠作のナイフや癩病との因縁を絡ませ、話に重みを与えている点も良い。

藤田博士は深見捜査班長の発言にその名前が出てくるのみ。作者は意識して書いているのか、木々高太郎作品において大心池章次や志賀司馬三郎が前面に出てこず、キーポイントで一瞬登場するあのやり方と似ている。

 

 

 第四話  舞踏会殺人事件/(真)

真木の同窓生・宮下恵一の勤める新興財閥・勝山商事の社長が睡眠薬を飲んで自殺した。社長・勝山善作は宮下の叔父にあたる。勝山にはリリアン苑田という美人秘書がおり、宮下は伯父を通じて結婚の申し込みをしていたが、リリアンの返事は「NO」。しかも彼女はこれを機にハワイへ渡ると言う。

北林透馬は戦前のモボであり、遊び人。そんな彼も創作の一材料としてか、あるいは根深い怒りがあったのか、戦争で悪鬼と化した日本兵の醜行を臆面もなく描いている。真木と宮下の友情、そして温かい結末がドス黒い真相の不快指数を拭い去るので、後味はそれほど悪くない。

 

 

 第五話  阿片窟の女/(真)(玉)

メリケン波止場の大桟橋。真木は偶然にもサリイ(三島砂子)という女と再会。昭和15年、上海のフランス租界で出会った花売娘の少女が成長し日本の地を踏んでいたのだ。天涯孤独なサリイの面倒を見ようとする真木だが、ヨコハマの阿片窟取材に彼女の力が必要となり、サリイを単身潜入させる。

初出誌は『探偵クラブ』1950年12月号。

 

 

 第六話  ヘンな訪問者

詐欺の王様を名乗るハワイ邦人のアレックス・T・スミタ。彼は語り手の〈僕〉に武勇伝を語って聞かせ、自叙伝を書いてほしいと頼むが、結局警察の世話になって、ぽっくり死んでしまったというオチの小品。

初出誌は『探偵倶楽部』1954年12月号。





戦前派の非探偵作家にしてはなかなか健闘している。旧仮名遣いと現代仮名遣いがチャンポンになっていたり、(ここでもまた)誤植が散見され見栄えが悪く、その二点さえ無かったら満点にしていたかもしれない。

 

 

 

(銀) 北林透馬のような人は『「新青年」趣味』でフューチャーされなければならないと私は思うのだけれども、彼に関心を持つ人はいないらしい。山下武『「新青年」をめぐる作家たち』における中村進治郎の章などで、僅かながら透馬に関する情報を得ることができる。





2025年3月25日火曜日

『謎の骸骨島』水谷準

NEW !

同盟出版社
1948年6月発売



★★   水谷準の怪奇冒険ジュヴナイル




この本、巻頭の口絵が一色刷りとはいえ31ページもある。
挿絵を描いているのは高木清。表紙絵は蘭照彦。
彼らの絵は味わい深くて良いのだが、肝心の小説は・・・。



                  

 
 
勤め人の帰宅してしまった関東ビルディング。主人公の鉄也少年は義理の兄・信一が宿直~泊まり込みなので遊びに来ていた。すると、無人な筈の屋上で西洋の剣を持った二人の男が決闘しているではないか。鉄也に見られているとも知らず、濃い髭をたくわえている体格のいい男が若い青年を斃し、その軀(むくろ)を東京湾に沈めてしまおうとする。危険も顧みず髭の男を尾行、そいつの用意していたモーターボートに忍び込む鉄也。しかし悪漢どもに見つかってしまい、縄で胴体を縛られた上、錨(いかり)の重しを結び付けられ、若い男の軀ともども海中に投げ込まれてしまう(このシーンの口絵もあり)。

 

 

小さな帆船の船長だった君島照光はある時、少なからぬ財産を持ち帰り、それを元手に各種事業を成功させた。既に君島氏とその夫人は亡くなっているが、骸骨の形状をした島のような図面が一人娘の小百合に遺されている為、君島氏は南洋のどこかの無人島で莫大な財宝を見つけ出したに違いないと世間ではまことしやかに囁かれている。その図面を手に入れるべく、君島小百合に接近してきたのが例の髭の怪人物・宇垣剛造。



                   
 

 

実質100ページちょっとしかないので中篇程度のストーリーだけど、子供向けとはいえ、あちらこちらに矛盾点やルーズな御都合主義が多いのは困りもの。宇垣剛造と決闘して胸を剣で刺されたのに、一週間休んだだけで何事も無かったかの如くピンピンしている阪東淸彥。てっきり死んでしまったと鉄也が思うぐらい重傷だったんじゃなかったのか?グルグル巻きにされて海に沈められた鉄也もその直前、悪漢が船底に落とした短刀を手に掴んでいたというけれど、両手の自由が利かないのにどうやって短刀で縄を切れるんだ?それなりの理由付けをしないと、子供の読者にだって笑われるぞ。





タイトルは「謎の骸骨島」なのに鉄也&阪東淸彥コンビと宇垣剛造の攻防は島へ渡るところまで描かれず、悪漢の魔手から島の図面を守り切った時点で終了。執筆依頼元から「適度に短めの尺で収めて下さいね。宜しくお願いしま~す」と云われ、そのお気楽な注文どおりの出来になったのかもしれない。内部事情はともかく、所詮ジュヴナイルだから・・・などと言いたくはないが水谷準の筆の熱は伝わってこない。話の骨子はこのままに、戦前の博文館雑誌『文藝倶楽部』や『朝日』で連載していた通俗スリラーぐらいの長さとテンションが本作にもあれば、それなりに面白くなったかもしれないのだが・・・。

 

 

 

(銀) 江戸川乱歩/横溝正史に限らず、後世に名前が残った作家はジュヴナイルでも手抜きをしたりせず一定のクオリティーを保ちつつ作品を書き上げている。リアルタイムでむさぼるように本作を読んでいた昔の子供だってバカじゃない。〝タンテイショーセツ〟と名の付くものならどんなに酷い内容でもマヌケ面して喜んでいる知能の低い令和の年寄りとは違うのである。終戦直後の少年少女も〈面白いものと面白くないもの〉〈作家が腰を据えて書いているものと書いていないもの〉を彼らの幼い感性なりに見分けていたのではないか。
残念ながらこの『謎の骸骨島』では、そんな子供たちのハートをガッチリ掴むのは難しい。


 

 


2025年3月21日金曜日

映画『The Thief Of Bagdad〈バグダッドの盗賊〉』(1924)

NEW !

Cohen Media Group      Blu-ray
2016年7月発売



★★★★  初代「キング・コング」の倍の製作費を投じた
      特撮ファンタジー




1933年に公開された「King Kong〈キング・コング〉」(☜)の製作費は67万$だった。本日取り上げるサイレント映画「The Thief Of Bagdad〈バグダッドの盗賊〉」(1924年公開)はなんとその倍の113万$!Anna May Wong(アンナ・メイ・ウォン)フィルモグラフィーの中でも飛び抜けて贅を尽くした大作である。主演のダグラス・フェアバンクスはプロデューサーを務め、スクリプトも手掛けるほど この作品に全力投球。クラシック映画ファンの間では今でも〝フェアバンクスの最高傑作〟〝第二次大戦以前の特撮映画史に輝く一本〟と評価されている。下の画像だけでは分からないだろうが、フェアバンクスのしなやかな動きと肉体美は見事。





 
盗賊アーメッド
(ダグラス・フェアバンクス)


 

【 仕 様 】

リージョン・フリー(日本のBDプレーヤーで再生可能)
12頁のブックレット付き

 

【 字 幕 】

サイレント映画なので無し(特典コンテンツも同様)

 

【 特典コンテンツ 】

撮影の裏側を追ったダグラス・フェアバンクス・フォト・ドキュメンタリー(17分)

2012 Restoration trailer (3)

オーディオ・コメンタリー

 

【 出 演 】

盗賊アーメッド                             ダグラス・フェアバンクス

アーメッドの仲間                         スニッツ・エドワーズ

王女(カリフの娘)                         ジュラン・ジョンストン

バグダッドの指導者(カリフ)          ブランドン・ハースト

聖人(イマム)                               チャールズ・ベルチャー

侍女                                           アンナ・メイ・ウォン

モンゴル王子                                             上山草人




 
侍女(アンナ・メイ・ウォン)         モンゴル王子(上山草人)




【 ストーリー 】

中近東の都バグダッド。欲しいものを意のままに盗むのが身上の盗賊アーメッドはカリフの宮殿に忍び込み、美しい王女と出逢う。最初のうちは否応なく王女を攫うつもりだったが、彼の心の中に変化が起こる。

王女の誕生日、モンゴル王子/インド王子/ペルシャ王子が求婚のため宮殿を訪れるというのでアーメッドも変装し、求婚者の一人になりすまして参上。この奇妙な盗賊を憎からず思っていた王女は彼を結婚相手に選ぶものの、アーメッドは包み隠さず自分の素性を告白してしまう。一方アーメッドの正体を知っている王女付きの侍女(アンナ・メイ・ウォン)はカリフに注進。その侍女はモンゴル王子の放ったスパイゆえ、王女とアーメッドを結婚させる訳にはいかないのだ。アーメッドは捕えられ刑罰を受けるが、王女は衛兵を買収、秘かにアーメッドを逃がしてやる。

三人の王子の中から相手を選ぶよう主張するカリフ。やむなく王女は〝世にも珍しい贈物〟を持ってきた者を迎え入れると言い放つ。進退窮まったアーメッド、聖人(イマム)の教えを受け、命を賭して究極の宝物を持ち帰るべく旅に出る。しかしその間に、バグダッドを手中に収めんと水面下で画策していたモンゴルの軍隊が強襲、宮殿は占拠されてしまう。





空飛ぶ絨毯が宮殿の中へ・・・





アラビアン・ナイトをベースにしたエキゾティックな物語なのでディズニー・ランドのアトラクション・ムーヴィーにぴったり合いそう。148分は私にはちょっと長いけれど、1920年代でこの豪華なセットは凄すぎる。大阪万博のパビリオンよりはるかにゴージャスなのではないか?また怪獣の美術造形もよく出来ており(上段右側の画像を見よ)、特撮など一見の価値あり。役者で言えば、上山草人が日本人とは思えぬ風貌になりきって悪役モンゴル王子を怪演。草人の演じる役はアンナ・メイ・ウォン同様、非常に偏りのあるものが多かった。





「The Thief Of Bagdad」が上山草人にとってハリウッドで名前を売る突破口となったように、ラオール・ウォルシュもこの作品を監督し、そのステイタスを一躍アップさせている。特撮映画の歴史を振り返れば、ドイル原作「The Lost World〈ロスト・ワールド〉」の公開が本作の翌年(1925年)、ドイツにおける「Metropolis〈メトロポリス〉」の公開は1927年。それを考えるとたいしたものだ。アンナ・メイ・ウォンの出番が全体の半分以上あったら、躊躇いなく満点にしていたのに。






(銀) 万人向けのファンタジーは私の趣味じゃないし、それこそアンナ・メイ・ウォンありきで観た映画である。とりあえずどんなもんか試してみたいという方は、ネット上に動画がアップされているので、そちらをどうぞ。







2025年3月18日火曜日

『絵のない絵本/鮎川哲也短編クロニクル1954~1965』鮎川哲也

NEW !

光文社文庫
2025年5月発売



★★★  ひたすら鮎川哲也をフォローし続ける光文社文庫




光文社文庫の鮎川本に未収録だった短篇をコンパイルした『夜の挽歌/鮎川哲也短編クロニクル19691976』と『占魚亭夜話/鮎川哲也短編クロニクル19661969』。その第三弾にあたるのが本書。こういったクロニクルの場合、古い作品から順に読ませるのが常套なのに対し、ここでは発表年度の新しいものから古いものへ遡ってゆく配列がなされている。

 

 

「クシャミ円空」(1965年発表)

『鮎川哲也探偵小説選 Ⅲ 』にて「一夫と豪助の事件簿」と題されていたジュヴナイル・シリーズの中の一篇。怪盗Qは出てくるような出てこないような。書影のとおり今回の帯には〝初文庫化短編含む好評シリーズ最終巻〟と謳ってあり、「クシャミ天空」もそのひとつ。どの作品が初めて文庫に入るのか何も説明が無いため、鮎川マニア以外の読者にしてみれば不親切。また初出一覧はあるものの、底本に何を使用しているのか明記されていない。以前出ていた光文社文庫の鮎川本には書いてあったと思ったんだが。

 

 

「死が二人を別つまで」(1965年発表)

Nホテル・六〇六号室」(1964年発表)

「虚ろな情事」(原題「虚な情事」/1963年発表)

「南の旅、北の旅」(1963年発表

「女優の鼻」(1963年発表

「裸で転がる」(1963年発表

「おかめ・ひょっとこ・般若の面」(1961年発表)

「海辺の悲劇」(1960年発表)


 

60年代作品のうち、これまで鮎川著書の表題作になったことがあるのは、老人ホームに絡む計画犯罪を描いた「死が二人を別つまで」、中篇と呼んでも差し支えない「裸で転がる」、芸能界のスキャンダルが事件の発端となる「海辺の悲劇」の三篇。「おかめ・ひょっとこ・般若の面」は昔NHKで放送していたTV番組「私だけが知っている」のシナリオを小説化したもの。たしかこれ出版芸術社の『この謎が解けるか?  鮎川哲也からの挑戦状! 2』に入ってなかったっけ?昭和の頃、旧い家の奥座敷みたいな一室にはなぜか面が飾ってあったりして、私の親戚の家にも般若っぽい面が掛けられていたのを思い出した。




「マガーロフ氏の日記」(原題「罪と罰」/1957年発表)

「絵のない絵本」(1957年発表

「怪虫」(原題「人喰い芋虫」/1956年発表)

「甌」(1956年発表

「朝めしご用心」(原題「朝めし御用心」/1955年発表)

「山荘の一夜」(1954年発表)




片やゲテモノもありの50年代。奥多摩から姿を現わした芋虫の化物が都心へ襲ってくる「怪虫」は鮎川のパブリック・イメージから最も遠いSF小説。文明批判を孕ませそうな気配はありながらエンディングにそれらしき警句を投げ掛けることもせず、奇妙な流れのまま幕が下りる。「甌」もお堅い鮎川の筆とは思えぬ品の無いオチ。結果、バラエティ豊かといえば聞こえはいいが、心に残る程の作品は少ない。〝「黒いトランク」の発表前後に書かれた瑞々しい作品〟というのが本書の売り文句。この売り文句に惑わされすぎると馬鹿を見る。





この三十年、光文社は途切れなく鮎川哲也の文庫をリリースし続けているけれども、彼の本ってどれぐらいライト・ユーザーに読まれているのだろう?鮎川と言えば本格&トリックの人だが、多くの作品は戦後小市民的背景を基に書かれており、そこだけ見れば松本清張作品の登場人物と何ら変わりない。言い換えれば、論理の妙味はあっても探偵小説のロマンは感じられない。ただその分、もしかしたら一般層の読者には江戸川乱歩や横溝正史ではなく、松本清張に近い存在として消費されているのかも。 

 

 

 

(銀) 本書の解説を執筆しているのは山前譲。ここ数年メディアで近影を目にすることも無く光文社文庫の解説で彼の生存確認をしているようなところがある。でも、新保博久や日下三蔵をはじめとした「X」依存の迷惑な年寄りになるより、ネットから距離を置いた今のスタンスでいるほうがずっとクレバーに映る。 

 

 

 

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2025年3月14日金曜日

『怪談小説選/指環』国枝史朗

NEW !

文海堂書店
1948年8月発売



★★   中身は田中貢太郎の作品




最初に申し上げておく。本日取り上げる『怪談小説選/指環』の著者名が〝国枝史朗〟となっているけれども、これは私の入力ミスではない。記事左上の「表紙」のみならず「背表紙」から「扉」「奥付」に至るまで、この仙花紙本は〝史〟でなく〝史〟と表記しているのである。

 

 

末國善己「研究動向/国枝史郎」を読んで私は本書の謂れを知った。
その一部分を引用する。

国枝の書誌については、現在のところ山蔦恒「国枝史郎・著作略年表(第3次・平成122月現在)」(『信州文学研究拾遺』所収、北樹出版、二〇〇〇年四月)が最も詳しいが、田中貢太郎『日本怪談全集』から作品をセレクトした短篇集なのに、なぜか国枝名義で刊行された『指環』(文海堂書店、一九四八年八月)が国枝の著書としてリストアップされているなど、注意が必要なところもある。

国枝史郎名義の本でありながら中身は田中貢太郎の作品? 何だ、そりゃ?
田中貢太郎『日本怪談全集』は持っていないし、読んだこともない。〈国立国会図書館サーチ〉で調べると『日本怪談全集』は昭和9年に改造社から全四巻編成で刊行されている。試しに『日本怪談全集』各巻の収録作品名本書収録作品名を見比べてみたら、末國の言うとおりであった。(但しテキストは未確認)

 

 

国枝史朗『指環』所収十八短篇は次の順に並べられているが、
これらはもともと田中貢太郎『日本怪談全集』のどの巻に収められていたものなのか、
色文字で分類してみる。

 

「指環」(第三巻)「鰻の怪」(第二巻)「岩魚の怪」(第二巻)

「黑い蛙」(第一巻)「黄燈」(第一巻)「蠅供養」(第四巻)

「水面に浮んだ女」(第一巻)「悪僧」(第一巻)「赤い土の壺」(第一巻)

「賴朝の最後」(第三巻)「切支丹轉び」(第四巻)「怪しき旅僧」(第二巻)

「一緒に歩く亡靈」(第一巻)「赤い鳥と白い鳥」(第一巻)「花の咲く頃」(第三巻)

「赤い花」(第二巻)「月光の下」(第一巻)「雨夜艸紙」(第三巻)

 

 

田中貢太郎は明治13年の生まれで、昭和16年没。
対する国枝史郎は明治20年生まれ、昭和18年没。
ほぼ同世代だが彼らの間に交流はあったのか、
不勉強ゆえ此処で伝えられる情報を持ち合わせていない。
とにかく『指環』は敗戦から三年後の昭和23年に刊行されているため、作者と関係の無い第三者の意図によって出されたのは間違いない。最初は版元の文海堂書店が戦前の紙型を入手して勝手に発売したどさくさ紛れの海賊版かとも思った。でも、ノンブルが整っているし、奥付に検印もあり、紙型流用の海賊版とは考えられない。




文海堂は敗戦直後に稼働し始めた出版社のようで、本書以外の刊行物には沢田克彦『鉄仮面』/真木志郎『怪奇実話 廃寺の怪』/美和庸三『情痴の人肉事件』等が確認できる。囲碁、将棋、あるいは詩集といったジャンルの本も出している。本書の検印紙に押されたハンコの漢字四文字を見るかぎり、その名前はどうも国枝史郎っぽい。昭和23年だと国枝未亡人は健在のはず。夫の作品ではないものを国枝史郎名義の本で発売するなんて、彼女が認めるだろうか。




いずれにせよ、怪しげな珍本ではある。この『指環』、冒頭にて述べたように〝国枝史郎〟を〝国枝史朗〟と表記しているだけでなく、本文にも誤植が多いし、作りが雑なのは確か。それはともかく、本書収録短篇はどれも長くないので肩肘張らずに読める。『日本怪談全集』全四巻は昭和40年代に桃源社より二巻一組で再発されているし、小泉八雲や三遊亭円朝あたりが好きなら手に取ってみるのもよろしかろう。





(銀) 国枝史郎も怪談小説を書いてくれるなら是非読んでみたかった。
そういうジメついた路線じゃないんだよな、彼の場合。
「賴朝の最後」は大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」を観ていた人なら頷きながら楽しめる話だ。

 

 

 

   国枝史郎 関連記事 ■

 







2025年3月10日月曜日

『車井戸は何故軋る~横溝正史傑作短篇集』横溝正史/末國善己(編)

NEW !

東京創元社
2025年2月発売



★★★   由利麟太郎、出番なし・・・




► 「恐ろしき四月馬鹿」(大正10年発表)

► 「河獺」(大正11年発表)

► 「画室の犯罪」(大正14年発表)

► 「広告人形」(大正15年発表)

► 「裏切る時計」(   〃   )

► 「山名耕作の不思議な生活」(昭和2年発表)

► 「あ・てる・てえる・ふいるむ」(昭和3年発表/江戸川乱歩名義)

 

► 「蔵の中」(昭和10年発表)

► 「猫と蠟人形」(昭和11年発表/由利麟太郎・三津木俊助シリーズ)

► 「妖説孔雀樹」(昭和15年発表)

 

► 「刺青された男」(昭和21年発表)

 「車井戸は何故軋る」(昭和24年発表)

► 「蝙蝠と蛞蝓」(昭和22年発表/金田一耕助シリーズ)

 

► 「蜃気楼島の情熱」(昭和29年発表/金田一耕助シリーズ)

► 「睡れる花嫁」(昭和29年発表/金田一耕助シリーズ)

► 「鞄の中の女」(昭和32年発表/金田一耕助シリーズ)

 

► 「空蝉処女」(昭和58年発表/執筆は昭和21年)

 

 

A  ジュヴナイルや時代小説を除く横溝正史のオールタイム創作短篇ベストってことね。唯一「妖説孔雀樹」は江戸時代が舞台とはいえ、チェスタトンの「孔雀の樹」ネタを頂いた怪奇幻想ものだからラインナップに入ってる訳か。しっかし正史のベスト短篇集を編むにあたり選択肢は潤沢にありそうなものを、アマチュアとしての投稿~『新青年』編集長就任期間、いわゆる初期フェーズだけで七篇選ぶなんて荒技だなア。戦時中だった昭和16年~昭和20年、そして探偵ものの短篇発表数が少なかった昭和25年~昭和28年の分がごっそり抜けてしまうのは、まあ分かる。でも昭和4年~昭和9年の間さえ選出無しって、此は如何に?

 

B  平成13年にちくま文庫から刊行された『怪奇探偵小説傑作選 2/横溝正史集/面影双紙』という本がありまして。「鬼火」が収録されているからオール短篇とは呼べず、同じコンセプトでもないんですが、本書と比較される対象がもしあるとすれば、その文庫になると思うんです。だからなるべく重複しないよう配慮したのではないかと・・・それでも「蔵の中」「山名耕作の不思議な生活」の二篇はダブってますけどね。

 

A  「山名耕作の不思議な生活」ってそんなに評価されてんの?どうせちくま文庫との重複が生じるんだったら「」でいいじゃん。後味は悪いし、初稿の半分の量に縮めて発表せざるをえなかったんで正史は後悔していたようだけど、立派な耽美系の逸品だぞ。あと、彼の絶頂期と呼べる終戦直後のフェーズから「刺青された男」を選ぶってのも個性的だな。

 

B  ユーモラスなやつも押さえておきたいとか、編者・末國善己の好みがあるんでしょうよ。それと留意すべきは、一昨年の暮に末國の編纂で創元推理文庫から人形佐七の傑作選が出たじゃないですか?



A  あ~、カバー裏表紙に堂々と〝人形左七〟って印刷されていたあの恥ずかしい本ね。



B  そうです、そうです。あの本の編者解説に〝底本は初出誌を基本とし、見つからなかった作品については初版本、各種全集で補った〟と書いてあったの覚えてますか?今回もその方針を踏襲しているらしく、こちらの解説でも〝可能な限り初出誌を底本にしたので、横溝が加筆修正を行った流布版との違いを楽しんで欲しい〟と言ってます。初出誌と単行本とでほぼ異同の無いものより、単行本テキストに加筆・改稿の跡がガッツリ存在するものを選んで収録してるのかもしれませんよ。本書のテキストが初出バージョンであることを売りにするために。


 

A  ふ~ん、商売上手やねえ。


 

B  〝可能な限り初出誌を底本にした〟という文言は柏書房版「横溝正史ミステリ短篇コレクション」「由利・三津木探偵小説集成」でも使われていましたけど、じゃあどの作品が初出誌ではなく初刊本のテキストで対応したのか、明記されないんですよね。初出/出典一覧ならあるんですが、それが毎回スッキリしない。

本書のテキストが柏書房の横溝本みたいに〝初出または初刊のテキストに準じて再編集〟するのでなく、基本、初出そのままに製作されたのであれば、のちに正史が手を加えた単行本テキストとどんな違いがあるのか、見てみましょうよ。


 

A  またそんな面倒なことやるのか? 疲れるだけだろ。


 

B  勿論ほんの一部ですよ。じゃあ、一篇しか選ばれなかった由利・三津木シリーズの「猫と蠟人形」をサンプルにします。柏書房版『由利・三津木探偵小説集成 ① 真珠郎』解説にて日下三蔵が説明しているように、単行本化の際、「猫と蠟人形」のテキストは加筆されている箇所が少なからずあり、その中で〈河沿いの家〉における終りの部分(本書146ページ下段14行目)を比較すると、こうなります。




✽ 本書/初出ヴァージョン「猫と蠟人形」~〈河沿いの家〉


「よし、この家だ!」
 二人は欄干に手をかけると、勇躍して舟から座敷の中へ掻きのぼった。座敷へ入って見ると、いよいよ、ここが犯行の現場であることが明瞭である。猫の趾跡のほかにも、畳の上に一筋、血の跡がスーッと河に向った縁側のほうに続いている。屍体を引きずった時についた跡らしいのである。




✽ 柏書房版『由利・三津木探偵小説集成 ① 真珠郎』所収
  /加筆ヴァージョン「猫と蠟人形」~〈河沿いの家〉
  (302ページ下段18行目から303ページ下段16行目まで)


〝屍体を引きずった時についた跡らしいのである。〟までの部分は初出ヴァージョンと同じ。
 そのあと、

「やっぱり、この家ですね。こゝで殺人が行われたのですよ」
 俊助は恐ろしい部屋のなかの惨状を、ひとわたり見廻すと溜息をつくようにそう言った。

 から、

等々力警部はそんな事には気がつかない。縛めが解けるとすぐ老婆の方に向き直った。

 までの1ブロックが加筆されている。このブロックは本書では読めない。

 

 

B  どうです?本書収録作品を他の横溝本と比べると、こんな違いがいろいろ見つかるんじゃないでしょうか。「猫と蠟人形」は昭和21年、岩谷文庫1に表題作として収められる際「蠟人形事件」と改題され、昭和30年代までこのタイトルのまま東方社の単行本に再録されました。



A  あっ、そう。とにかく「車井戸は何故軋る」原型版はダントツに面白い。それは声を大にして言っておくよ。一度発表したものをやたらイジりまくる。横溝正史と大瀧詠一は似た者同士だよな~。





(銀) この本も、出版芸術社の「横溝正史探偵小説コレクション」が刊行されていた頃に出ていれば、もっとインパクトがあったと思うのだが、一連の柏書房の横溝本が出たあとでは、やや印象が薄い。なにより由利・三津木シリーズからのセレクトが三津木俊助しか登場しない「猫と蠟人形」だけとなると、由利麟太郎はすっかり蚊帳の外。そりゃないわ。

 

 

 

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