この『屍衣の花嫁』は昭和30年代に東京創元社が出した「世界恐怖小説全集」全12巻の最終巻を文庫化したものだが、その内容は旧世紀欧米における幽霊話の実話集で、いつも言っているように犯罪実話だろうと怪奇実話だろうと、実話ものはオリジナリティーが少ないのでひっかかりが弱いまま流れていってしまうから、ちっとも心に残らない。平井呈一翁の翻訳であろうとそれは変わりがないみたい。
2021年3月6日土曜日
『東西怪奇実話/世界怪奇実話集/屍衣の花嫁』平井呈一(訳)
2021年3月2日火曜日
『船中の殺人』林熊生
戦時中、日本の統治下にあった台湾にて刊行された林熊生の『船中の殺人』。以前記事にしたオンデマンド出版の〈捕物出版〉が〈大陸書館〉という姉妹レーベルを立ち上げた。魔子鬼一『牟家殺人事件』に次ぎ、大陸書館が出す二冊目の本として「船中の殺人」が選ばれたので、最初はこの大陸書館版も入手するつもりでいたけれど、これまでの〈捕物出版〉の新刊よりも楽天/hontoでの発売が遅い・遅い・遅い・・・。
情報によれば、大陸書館の林熊生再発に使用される底本は2001年にゆまに書房が発売した『日本植民地文学精選集』台湾篇⑬の林熊生の巻らしい。ゆまに書房版には解説が付いていたようだが大陸書館版には無いみたいだし、初刊本と思われる1943年に東都書籍臺北支店から刊行された(パラ紙もかかっていない)『船中の殺人』を持っているので、再発ではないオリジナルのこちらをblog用に使うことにした。だから、いつもみたく再発によって変に改悪されていないテキストなのかどうかのチェックはパス。戦前の東都書籍版は結構誤植があり、ゆまに書房→大陸書館がどう処理しているのか気になるところではあるけれど。
林熊生こと金関丈夫はれっきとした日本人学者なんだが、台湾の大学に属していた時どのような経緯で探偵小説を書こうと思ったのか、さっぱり解らない。つまりこの人の再発に解説を必要とするのはそういう理由で、私はゆまに書房版を持ってないから彼の探偵小説は書下ろしなのか、それとも台湾の雑誌に発表されたものなのかが五里霧中。
✾「船中の殺人」
大陸書館版の表紙には長篇探偵小説とあるが、実際のボリュームは中篇。台湾から内地へ向かう客船の一室で発生した殺人事件に臺北南署の木暮刑事が挑む〝本格〟を意識した物語。最後の一行に「国防献金」というワードが見られるから、大日本帝国は戦争にのめり込んでいて国民への締め付けがかなり進行していた筈。とは言うものの、内地ではお上から明確な禁止令が出ていた訳ではなく、狂える自粛のせいで探偵小説が抹殺されたのを現代の私達は知っている。台湾ではその辺意外に自由というか、民衆の意識も多少違っていたのだろうか。
兇器や指紋のトリックは普通に好印象だし、この時代の探偵小説専業でもない作家でここまで書けた例は珍しい。容疑者への疑惑のアングルがクルクル変わってゆく過程も悪くないので、語り口のテクニックを持ち合わせていればもっとサスペンスが増しただろうし、せっかく船内の見取図まで用意したんだから、読者にフェアな謎解きを挑戦できるレベルにまでシチュエーション作りを突き詰められたら・・・と高望みは尽きない。ちなみに 四十二(章)に入る直前、東都書籍版でいうと159頁2行目にこういう一文がある。
木田が二十八號室に手拭を探しに入つて廊下にゐなかつた時間は、
この二十八は二十七號室の間違い。大陸書館版を買った方はここをチェックしてみて、この部屋のナンバーが正しく二十七に訂正されていれば、大陸書館もしくはゆまに書房がちゃんと内容をよく読んでテキストのチェックと校正をしている可能性が高い。
✾「指紋」
こちらは短篇。久方ぶりに金庫破りに着手した陳天籟は現場に指紋を残す致命的なミスをしてしまった。途方に暮れた陳は顔馴染みの若い医者・周混源に頼んで、自分の指に他人の指紋を移植する手術をしてもらう。これで彼の指は警察が認識している指紋ではなくなり危難を免れたかに見えたが・・・。これを読んでも林熊生はストーリーテリングが上手いとは思わないが、巧みにプロットへ捻りを利かせる点は褒めていい。
(銀) 昔、この本を買って読んだ時よりも読後の印象が良かったので、マイナス点もいろいろあるが高評価にした。但しそれは東都書籍版のことで、大陸書館版とゆまに書房版は目を通してないから何とも言えない。テキストの仕上がり次第だね。いずれにしろ、大陸書館から次に出る予定の『龍山寺の曹老人』は未読ゆえ買うつもりでいる。
2021年2月27日土曜日
『探偵小説と〈狂気〉』鈴木優作
キチガヒというと必ず持ち出される探偵小説は「ドグラ・マグラ」なんだが、私的にはあの作品をそっち方面からいじり倒すのにはとっくに厭きている。本書の中でキチガヒについて考えるのに最も自然に入っていけるのは、同じ夢Q作品でも、言葉と理性を失い村人から差別されている娘を描いた「笑ふ唖女」(第9章)。他に類似するものが無いこの特異な小説は戦前の地方が舞台ゆえ、若い読者には狂える花子の造形が現実離れしていると思われるだろうが、昭和の頃までは精神を病んだか何かで姿を見かけなくなると、「あの人は狐憑きになったよ」なんて前時代的で無責任な噂が流れることも、場所によってはまだあったのだ。
他には「後光殺人事件」小栗虫太郎、「三狂人」大阪圭吉、「予審調書」平林初之輔、「三つの痣」小酒井不木、「夢の殺人」濱尾四郎等が素材になっているが、どれも(入院患者が出てくる「三狂人」でさえ)狂気が作品の核になる程のモチーフではないので、「三狂人」以外は「あれっ、この作にキチガヒ要素なんてあったっけ?」と言う人がいても不思議はない。第11章/江戸川乱歩の「緑衣の鬼」における狂気とは只のガジェット(仕掛け)でしかないし、第10章/岡本綺堂「川越次郎兵衛」に至っては責任逃れの為にキチガヒの振りをするだけで。乱歩長篇を一般常識目線で眺めれば、殺人淫楽者の蜘蛛男氏や盲獣氏のほうがはるかにキチガヒと呼ぶにふさわしい所業なんだが。
日本探偵小説、それも変格ものにおいて狂気とは頻々と描かれる怪奇的な雰囲気作りのひとつ。本書に採取されているのが「笑う唖女」みたいな王道の(?)キチガヒばかりではない理由は、著者が「近代文学は〈狂気〉を様々に表現してきた (中略)、本書の試みは〈狂気〉とは何かという本質を探ることでは決してなく、ある状態を〈狂気〉と捉える価値観について探偵小説を通じて顧みる」といった考えだから。
本書を戦前篇とし、戦後の推理小説を対象とした戦後篇も書き上げたいそうだが、第12章/木々高太郎「わが女学生時代の罪」、第4章/大下宇陀児・水谷準・島田一男の合作「狂人館」と、戦後の作品は既に取り入れられている。「狂人館」は式場隆三郎による戦前の作「二笑亭綺譚」と繋げたくて引っ張り出したのだろうが、これは未だに同人出版でも読むことができない珍品だし初出誌はおろか一度きり収録された単行本も流通が少なかったから、「狂人館」を読んだことのある人なんて世の中きっと数十人位しかいない筈。
(銀) 鈴木優作は近年『新青年』研究会の一員になった。立教大では藤井淑禎、その後は成蹊大の浜田雄介のもとで学び、現在に至っている。という事は、ここでの文章がどれも論文チックなたたずまいなのは言わずもがな。
2021年2月22日月曜日
『剣の八』ジョン・ディクスン・カー/加賀山卓朗(訳)
日本には年少者が罪を犯しても罰せられない〝少年法〟があります(この先どう変わるかわかりませんが)。この時代の英国では重い罪でも
✖ は死刑にはしないという暗黙の了解ができていたそうで、『剣の八』を読むと ✖ に入る文字が何なのかギデオン・フェル博士が教えてくれます。
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本作の事件は至ってシンプル。スタンディッシュ大佐のゲストハウスに逗留していたデッピングという裕福でやもめの老人が頭部を撃ち抜かれて死んでいる。死体の傍に落ちていた「剣の八」のカードの意味は・・・?
フェル博士シリーズ第三長篇、1934年の作ながら、準レギュラーのハドリー警部は退職まであと一か月の身。せっせと回顧録を執筆する日々を送っており冒頭でフェル博士と再会を果たし事件の導入役として顔を見せるだけ。ハドリー警部は本作以降に発表された長篇では現場にて働いているから、フェル博士シリーズの時間軸における事件発生順は作品発表順と同じではない?
【 Bad 】
スタンディッシュ大佐の屋敷で休暇をすごしているが突然階段の手すりをすべり下りたり、犯罪研究者ながら奇行の人として描かれるドノヴァン主教。一時的に笑いをとりたいだけなのかその奇行癖が物語が進むにつれ活きてくるのかその顛末はここでは書かないが、奇行の部分はスベってるし邪魔。ポルターガイスト現象も、わざわざその言葉を使うほど読者の興味を牽引するものとは言い難い。
主教の息子ドノヴァン青年を中心に、作家ヘンリー・モーガンやマーチ警部達がお互いの推理をぶつけ合う中盤の章は会話劇があまり上手く機能できてないのでもう少し練り直しが必要。似たような不満は最後の謎解きパートにも当てはまり、フェル博士は読者の知りたかった秘密を話してくれてはいるが、その見せ方というか演出の仕方は良い時のカー作品に備わっている謎の収束の快感に欠ける。
【 Good 】
事件の根幹に恐喝がある場合、それが金や財産であれ異性関係であれ、ゆすられていた方がゆすっていた方を始末するのがありがちな設定だが、本作ではそれをひねって複雑な相関図を拵えている。本作の犯人の隠し方は悪くない。
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死体現場に残されていた食事の跡から犯人の手掛かりを掴もうとするのもいいんだけど無理やり結論付けちゃってるわなあ。デッピングのグルメぶりなど食ネタを掘り下げて、読み手をあっといわせるエビデンスが用意されていればいたく感心したのに。
この作品をラーメンに例えると、旨いスープを作る為にいろんな具材を鍋にブチ込んだが、グツグツ十分煮込めてないのか具材の選び方に問題があったのか、渾然一体とした旨みになり損ねて具材がバラバラに主張してしまっている感じ。
2021年2月20日土曜日
春陽文庫『蠢く触手』を再調査すること
前回の記事で、春陽文庫が90年代に出した名作再刊シリーズ〈探偵CLUB〉のテキストは全く信用できないシロモノだと書いた。となれば2月10日の記事にした同シリーズの一冊である『蠢く触手』もそのまま見逃しておく事はできぬ。本当ならば初刊本と春陽文庫を両方並べて逐一比較すべきなんだが、それだとかったるいので1932年に出た新潮社「新作探偵小説全集」の『蠢く触手』初刊本を速読、水谷準『殺人狂想曲』だけでなくこの作品もテキスト比較を行う。じっくり時間をかけてはいないので、もしかしたら見落としがあるかもしれんが読者諒せよ。
上段は春陽文庫版『蠢く触手』のテキスト(✖)
下段は新潮社版初刊本『蠢く触手』のテキスト(○)
私が気になった箇所をピックアップしたのがこちら⤵
A
今頃は奴等盲目滅法(❛ めくらめつぱふ ❜ とルビあり)に走つてゐるよ (○)
B
気狂い自動車のように走るぞ(✖) 106頁4行目
狂人(❛ きちがひ ❜ とルビあり)自動車のやうに走るぞ(○)
C
お米の奴ずらかったかもしれないよ(下線部に傍点あり)(✖) 110頁15行目
お米の奴つらかったかもしれないよ(下線部に傍点あり)(○)
D
いや、ぼくは案外総監辺りのきんたまを(下線部に傍点あり)(✖) 187頁7行目
いや、僕は案外總監あたりの睾丸を(❛ きんたま ❜ とルビあり)(○)
E
そこには何かの秘密が隠されているのであろうか (✖) 217頁11行目
そこには何かの祕密が蔵(❛ ぞう ❜ とルビあり)されていたのであらうか (○)
F
舶来乞食か狂人としか (✖) 243頁13行目
舶来乞食か、狂人としか (○)
G
部屋へ入るなりすぐ腰を屈めて (✖) 346頁14行目
部屋へ這入るなりすぐ、せむしのやうに腰を踞めて(下線部に傍点あり)
H
ソノ夜ハ気違イニナルホド (✖) 424頁13行目
元々『蠢く触手』は『殺人狂想曲』ほど言葉狩りされそうなワードを含んでいないのもあって、それほど語句改変されている感じは無い。いわゆる言葉狩りといえそうな改変は AとG がヒットするのみで、Bは言葉を変えていても結局同じことだし、FとH はなぜか書き換えされていない。水谷準『殺人狂想曲』とは違う人間が担当しているのは明らかだが、それにしても同じシリーズの本なのにどういうルールで校訂・校正をしているのか私には理解できぬ。
初刊本における岡戸武平の文章は相当急いで書いたのか、変な言い回しっぽいところが頻出するため C や E は新潮社版のほうが間違っているように見えなくもない。春陽文庫はそれを正しく(あるいは現代風に解りやすく)書き直している様子が伺えるけれど、オリジナルのテキストを忠実に再現するという意味で、こういう余計な事をしてはイカンのではないか?
先日『蠢く触手』の記事を書いた時は、駄作とはいえ珍品だし「文庫本で読めるように再発してくれてありがとう」的な理由で満点を付けたけど、名作再刊シリーズ〈探偵CLUB〉の実態をこれだけ曝した以上、★5つのままにしておく訳にはいかない。よって2月10日の記事の評価は大幅な減点に変更させて頂く。春陽堂のテキスト問題をしつこく検証したおかげで、奇しくも今野真二が上梓した『乱歩の日本語』(2020年6月18日の記事を参照)がいかにトンチンカンであったか誰にでもよくわかる形でプレゼンできたのは怪我の功名だった。
(銀) つらつら考えるに、名作再刊シリーズ〈探偵CLUB〉十八冊中十六冊は戦前の春陽堂文庫(最初は日本小説文庫という名称だった)で出されたものだから、私のようにテキスト改悪が嫌なら戦前の本で読めばいいし、また現行本や安価に買える古書で手軽に読める作品もある。「蠢く触手」とて他の〈探偵CLUB〉収録作と比べるとレアな方だが、それでも初刊本以降昭和前半に三度再発されている。
もっとも悩ましいのは江戸川乱歩・横溝正史名義で出された『覆面の佳人』。この長篇だけは〈探偵CLUB〉で初めて単行本化されたものなので、春陽文庫のテキストが正常なのかを確かめるには戦前の新聞連載分コピーを入手し、読みにくい文字を追ってみるしか方法が無いのだ。
はあ~、誰か『覆面の佳人』を原題の「女妖」に戻してもいいから、語句改変の無い100%信じられるテキストで再発してくれんかのお。
2021年2月18日木曜日
『殺人狂想曲』水谷準
「待てよ。あの本が出た90年代って春陽堂は江戸川乱歩や横溝正史の文庫本でバリバリ言葉狩りしてたよな。この名作再刊シリーズ〈探偵CLUB〉は山前譲が解説を書いているから今迄言葉狩りは無いものだとてっきり思い込んでいたけど、光文社文庫「幻の探偵雑誌」シリーズも編集部がこっそり語句改変をやらかしてたし・・・。」
そんな虫の知らせがしたので、水谷準の著書はこのBlogでもまだ取り上げてなかったのもあり『殺人狂想曲』を題材にテキスト・チェックしてみることにした。
表題作の中篇「殺人狂想曲」(昭和6年6月から半年間『朝日』に連載された時の原題は「翻倒馬殺人譜」)。翻倒馬と書いてファントマ、元ネタはスーヴェストル+アラン。実に荒っぽい翻案の上に荒っぽい終わり方。
次も中篇の「闇に呼ぶ声」(昭和5年10月より半年弱『朝日』に連載された時の原題は「心の故郷」)。恋人を倖せにするため北海道から出稼ぎで東京へ出てきた主人公の青年がいきなり与太者に半殺しにされて記憶喪失になり、その後悪人に救われ裏の世界で生きるが今度は獄窓の人に・・・というムチャクチャな悲哀小説。
最後の「瀕死の白鳥」は解説によれば初出誌が不明との事。乱歩や戦後の橘外男のような美女が誘拐される猟奇ものなので、初出誌が『朝日』で見つからなかったのであれば、同じ博文館雑誌の『講談雑誌』や『文藝倶楽部』にて水谷準ではない別の名で書いているのかもしれない。いずれも『新青年』とは客層が異なる大衆向け雑誌だけど、あれだけ幻想メルヒェンを書いていた準がよくこんなディスポーザブルな小説を臆面もなく書き飛ばしたもんだ。
さてテキスト・チェックの話に戻ろう。こんな場合は同じ本の旧い版に目を通してみなければ言葉狩りされている箇所を見つける事はできない。よって昭和7年の春陽堂文庫版初刊本『殺人狂想曲』(私の所有しているのは昭和14年発行22版)を紐解いてみる。すると・・・
行方不明になった前中国大使(✖) 2頁10行目
行方不明になった前支那公使(〇)
まるで狂気の沙汰としか思われん(✖) 11頁12行目
まるで気狂ひ沙汰としか思はれん(〇)
人はただ言葉を失うしかない (✖) 12頁6行目
人はたゞ無言の唖となつてしまふ (〇)
「ぼく、ぼく、そんなんじゃない」(✖) 16頁14行目
「僕、僕、気狂ひぢやない」 (〇)
あの子は気の毒な母を持った哀れな子供です (✖) 34頁15~16行目
だれが一時的に発作を起こさなかったと言えましょう
あの兒は狂人を母に持った哀れな子供です (〇)
誰が一時的に發狂しなかつたと云へませう
酷すぎる。「殺人狂想曲」の前半だけでこんなに見つかるとは。他の二篇でも改悪箇所はあるのだがキリがないからここに載せるのはこれだけにしておく。この調子で言葉狩りオンパレード、それに加え昔の旧漢字を現行漢字にするだけならまだしも、「様」とか「僕」とか開く必要の無い漢字までひらがなに開きまくり。こんな校訂でよく再刊などしたものだ。
気狂い/発狂/白痴/唖/聾/満洲/支那、この手のワードがオリジナル・テキストに含まれる作品を再発している昭和50年以降の春陽文庫は × となる訳だが、それでなくとも(もっと以前から春陽堂が行っていた)漢字を無意味に開く校訂が、この〈探偵CLUB〉シリーズでも遠慮なしに実行されているので、テキストとして使いものにはならんことがよく解った。
乱歩でさえ過去の著書において信用できぬテキストの本が存在する事実を知ることができたのは林美一が河出文庫『珍版・我楽多草紙』で解り易く例を挙げて警告していたからであって、さすがに乱歩の次に本の流通量が多い横溝正史は注意していたけれど、それ以外のあまり有名でない戦前探偵作家の再発本に対しては「まさか、そんなことはあるまい」とたかをくくっていたかもしれない。改めて言う。春陽堂書店の戦後のテキストは全く信用できん。
(銀) 水谷準の戦前の春陽堂文庫には『殺人狂想曲』ともう一冊、『都魔』という本がある。表題作「都魔」も『文藝倶楽部』に昭和5年8月から半年ほど連載していた時のタイトルは「虹の彼方へ」だった。こんなにも単行本収録時タイトルを変えるということは、準にとってやっぱりこれらの作は自分の会社の雑誌の埋め草的なやっつけ仕事として書いていたのだろうか。
2021年2月15日月曜日
『ソーンダイク博士短篇全集Ⅱ/青いスカラベ』R・A・フリーマン/渕上痩平(訳)
「情緒、ドラマチックなアクション、ユーモア、ペーソス、〝恋愛趣味〟は、どれも存在していておかしくない。だが、そんなものはお飾りにすぎず、その気になればストーリーを傷つけることなく省くことができる。不可欠なこと、すなわち、その必須条件とは、問題とその解決であり、これにより聡明な読者に知的な鍛錬を行えるようにするということである。」
R・オースティン・フリーマン
~附録 1 『ソーンダイク博士の著名事件』まえがきより(本書469頁)
マニフェストどおり、普通だったらストーリーを豊かにしてくれそうな要素を殆ど削ぎ落した構成は変わらず。いつもシャーロック・ホームズのライバル扱いされるソーンダイクだが、ホームズがよくやる、相棒や警察をあざけるような態度は見せない。ワトソン役のジャーヴィスにはいつも相手を尊重した立場でつきあっているし、ホームズものに見られる大英帝国愛国主義みたいなものも無い。調査は被害者当人でなく保険会社を通じて頼まれるケースも多い。ホームズと比較すると、こういう違いがある。
まず中篇「ニュー・イン三十一番地」。ジャーヴィスが身元を明かさぬ患者の往診をさせられた一方で、ソーンダイクのもとに遺言書に関する疑わしい死の調査依頼が舞い込む。この二つの謎が一つに収束されてゆく過程、それと目隠しされた馬車でジャーヴィスが連れていかれた場所を名探偵がコンパスを使って探り当てるシーンが見どころ。
「死者の手」はヨット上での口論からなる殺人を前半、ソーンダイクが偶然この事件と関わりを持つ後半と、倒叙形式での進行。海洋方面にもソーンダイクは精通しているのか。






