2021年2月22日月曜日

『剣の八』ジョン・ディクスン・カー/加賀山卓朗(訳)

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ハヤカワ・ミステリ文庫
2006年3月発売



★★★   アイディアが醗酵する前に書き上げてしまったか




日本には年少者が罪を犯しても罰せられない〝少年法〟があります(この先どう変わるかわかりませんが)。この時代の英国では重い罪でも ✖ は死刑にはしないという暗黙の了解ができていたそうで、『剣の八』を読むと ✖ に入る文字が何なのかギデオン・フェル博士が教えてくれます。

本作の事件は至ってシンプル。スタンディッシュ大佐のゲストハウスに逗留していたデッピングという裕福でやもめの老人が頭部を撃ち抜かれて死んでいる。死体の傍に落ちていた「剣の八」のカードの意味は・・・?

 

 

フェル博士シリーズ第三長篇、1934年の作ながら、準レギュラーのハドリー警部は退職まであと一か月の身。せっせと回顧録を執筆する日々を送っており冒頭でフェル博士と再会を果たし事件の導入役として顔を見せるだけ。ハドリー警部は本作以降に発表された長篇では現場にて働いているから、フェル博士シリーズの時間軸における事件発生順は作品発表順と同じではない?

 

 

【 Bad 

スタンディッシュ大佐の屋敷で休暇をすごしているが突然階段の手すりをすべり下りたり、犯罪研究者ながら奇行の人として描かれるドノヴァン主教。一時的に笑いをとりたいだけなのかその奇行癖が物語が進むにつれ活きてくるのかその顛末はここでは書かないが、奇行の部分はスベってるし邪魔。ポルターガイスト現象も、わざわざその言葉を使うほど読者の興味を牽引するものとは言い難い。

 

 

主教の息子ドノヴァン青年を中心に、作家ヘンリー・モーガンやマーチ警部達がお互いの推理をぶつけ合う中盤の章は会話劇があまり上手く機能できてないのでもう少し練り直しが必要。似たような不満は最後の謎解きパートにも当てはまり、フェル博士は読者の知りたかった秘密を話してくれてはいるが、その見せ方というか演出の仕方は良い時のカー作品に備わっている謎の収束の快感に欠ける。

 

 

【 Good 

事件の根幹に恐喝がある場合、それが金や財産であれ異性関係であれ、ゆすられていた方がゆすっていた方を始末するのがありがちな設定だが、本作ではそれをひねって複雑な相関図を拵えている。本作の犯人の隠し方は悪くない。

死体現場に残されていた食事の跡から犯人の手掛かりを掴もうとするのもいいんだけど無理やり結論付けちゃってるわなあ。デッピングのグルメぶりなど食ネタを掘り下げて、読み手をあっといわせるエビデンスが用意されていればいたく感心したのに。



この作品をラーメンに例えると、旨いスープを作る為にいろんな具材を鍋にブチ込んだが、グツグツ十分煮込めてないのか具材の選び方に問題があったのか、渾然一体とした旨みになり損ねて具材がバラバラに主張してしまっている感じ。

 

 

 

(銀) 読むに堪えないレベルと宣告するほどの駄作でもないから評価は★4つでもいいのだが、加賀山卓朗の訳がフェル博士の口調を「ですます」調に塗り固めているのが気にくわない。それに加えて霞流一の解説。「♪ ぼ、ぼ、ぼくらは本格探偵団!」とか「探偵5レンジャー」とか、書いてて自分で恥ずかしくならないのか。