2021年2月15日月曜日

『ソーンダイク博士短篇全集Ⅱ/青いスカラベ』R・A・フリーマン/渕上痩平(訳)

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国書刊行会
2020年12月発売



★★★★    プロットは必要最低限




「情緒、ドラマチックなアクション、ユーモア、ペーソス、〝恋愛趣味〟は、どれも存在していておかしくない。だが、そんなものはお飾りにすぎず、その気になればストーリーを傷つけることなく省くことができる。不可欠なこと、すなわち、その必須条件とは、問題とその解決であり、これにより聡明な読者に知的な鍛錬を行えるようにするということである。」


R・オースティン・フリーマン

~附録 1 『ソーンダイク博士の著名事件』まえがきより(本書469頁)


 

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マニフェストどおり、普通だったらストーリーを豊かにしてくれそうな要素を殆ど削ぎ落した構成は変わらず。いつもシャーロック・ホームズのライバル扱いされるソーンダイクだが、ホームズがよくやる、相棒や警察をあざけるような態度は見せない。ワトソン役のジャーヴィスにはいつも相手を尊重した立場でつきあっているし、ホームズものに見られる大英帝国愛国主義みたいなものも無い。調査は被害者当人でなく保険会社を通じて頼まれるケースも多い。ホームズと比較すると、こういう違いがある。

 

 

まず中篇「ニュー・イン三十一番地」。ジャーヴィスが身元を明かさぬ患者の往診をさせられた一方で、ソーンダイクのもとに遺言書に関する疑わしい死の調査依頼が舞い込む。この二つの謎が一つに収束されてゆく過程、それと目隠しされた馬車でジャーヴィスが連れていかれた場所を名探偵がコンパスを使って探り当てるシーンが見どころ。

 

 

「死者の手」はヨット上での口論からなる殺人を前半、ソーンダイクが偶然この事件と関わりを持つ後半と、倒叙形式での進行。海洋方面にもソーンダイクは精通しているのか。

 

 

次に『大いなる肖像画の謎』収録のソーンダイクもの二篇。
「パーシヴァル・ブランドの替え玉」は主人公が競売で買った人骨標本に牛肉等を装着させて、自宅に火を付けて偽装自殺を図る計画犯罪。「消えた金貸し」は取り立てが厳しい金貸しをつい殺してしまった男の話。ここでも殺人犯に手錠がかからないままの結末が。二篇ともネタはgoodなので、もう少し枚数があってもいいのに。

 

 

最後は『ソーンダイク博士の事件簿』収録の、「白い足跡の事件」で始まる七短篇。
「青いスカラベ」は本書の副題になっているが、そこまで図抜けて良い出来でもないな。その「ニュージャージー・スフィンクス」「試金石」「人間をとる漁師」「盗まれたインゴット」「火葬の積み薪」フリーマンはこの章では倒叙じゃなく通常のスタイルで一話一話を書いており、その事が悪い訳ではないけれど、本書だとやっぱり一話ごとのボリュームが十分にある前半の方が私は好ましい。



 

(銀) 前回の『Ⅰ』より挿絵・写真の図版は若干少なめ。あと「死者の手」15314行目の、ロドニー兄弟の弟フィリップがソーンダイクへ問うセリフの中で「先日、船首三角帆の揚げ綱が切れていたと兄が申し上げたのを憶えておられますか?」とあるが、その話題が出たのはソーンダイクの事務所における同じシーンの会話の中なのだから、この場合は先日ではなくて先程の間違いだろ? それに「白い足跡の事件」237頁 最終行も、「どちらかだ」を「どちからだ」と誤表記している。