2021年7月23日金曜日

『女妖』江戸川乱歩/横溝正史⓪

NEW !

九州日報
1930年2月~8月掲載



■『九州日報』に連載された「女妖」と対比して
  春陽文庫版「覆面の佳人」のテキストをチェックすること




1997年に初めて単行本化された「覆面の佳人」。江戸川乱歩・横溝正史の共作という豪華なクレジットになってはいるが、実際の執筆者は横溝正史とみられている。


つらつら考えるに、正史にとって大人向けの長篇連載といったら月刊誌『文藝倶楽部』に書いた「三年の命」に次いで二作目であり、しかも新聞連載は初めてで、その枚数は「三年の命」よりずっと多い。(「三年の命」と同じ1927年に長篇に挑戦した「女怪」は中絶している)


当時の新聞連載長篇の掲載期間はだいたい半年というのが通例だった。本作は作家としてまだ青かった横溝正史の、(それは片手間のバイト的な仕事だったとはいえ)長篇に対する初期の挑戦を精査できる素材になるのではないか。岡戸武平や池内祥三など第三者の手を借りてなければ、の話だが。


 

 

この長篇は(単に名前を使われただけで、本作の存在さえ知らなかったと云われる)乱歩サイドからはともかく、正史サイドの研究からさえもすっかり忘れられている。横溝オタは金田一耕助にしか関心を持たないから無理もない。そこまでの佳作でもないしね。


偶然にも、90年代中盤に刊行された春陽文庫/名作復刊シリーズ〈探偵CLUB〉はせっかく山前譲に作品選定をさせておきながら編集部が見苦しい言葉狩り/語句改変を行っている事実を、当Blogでは取り上げた。(『殺人狂想曲』水谷準、『蠢く触手』江戸川乱歩の記事を見よ)


それなら〈探偵CLUB〉のスペシャル編として『蠢く触手』と共に追加発売された『覆面の佳人―或は「女妖」―』のテキストは信用できるものなのか?まがりなりにも唯一の単行本だぞ。それがどうにも気になって、春陽文庫版テキストがどの程度正確なのかをハッキリさせたくなった。


 

 

以前の記事にも書いたように、岡戸武平が代作した『蠢く触手』は『殺人狂想曲』に比べると、そこまでひどい語句改変はされていなかったので、「スペシャル編の二冊はそれまでとは別の人間が校正を担当したのではないか?」と私は想像した。今回、テキスト確認するためには連載時のものに当たる必要がある。『覆面の佳人―或は「女妖」―』は初出新聞『北海タイムス』夕刊上において19295月~12月に連載されたテキストを底本にしているという。ならば、その時の連載タイトルが「覆面の佳人」だったか。

 

ただ、最近発掘された戦前の新聞連載探偵小説は時として、同じ作品でも別の新聞によっては、微妙に手が加えられていることが報告されていて。「それならば」と思い立ち、後発の『九州日報』朝刊に1930年21日から814日まで、タイトルを変えて176回連載された「女妖」のテキストを取り寄せて比較することにした。



もっとも『九州日報』のコピーを入手するのには非常に手間がかかった上に、どこに訊いても該当する『九州日報』のマイクロフィルムには欠けている回や隅の部分のテキストが読めない回があるらしくて、全176回のうち4回分は完全な状態で全文読み取れるコピーを揃えられなかった。欠けている回の『北海タイムス』コピー補填も考えたが、別に本を作る訳ではないからコピーが全回なくてもいいやと見切って、5月から滞っていたこの企画をスタートさせようと決めた。 

 

だからこの先『九州日報』のマイクロフィルムで「女妖」のコピーを入手する人の便利を考え、欠けている回はどの日なのか、その都度記していく。
(どうしても「女妖」を全て揃えたければ『九州日報』の原紙を探すしかないのだろうか?)
とにかく「女妖」のコピーを手にするまでには、いくつもの厄介事に遭遇した。その辺の裏話もテキスト・チェックが終わった最後に記したい。

 

                  



次回からテキスト・チェックを始めるその前に、連載開始にあたり新小説豫告として記された作者二人(?)と挿絵画家・伊藤幾久造の言葉を紹介しておく。言うまでもなく乱歩のは、自分で発した言葉では絶対に無いはず。以下の乱歩/正史の言葉が春陽文庫では、別々ではなく一人で書いたようになっており、しかも「訳補者の言葉」だとされている。『北海タイムズ』の新連載予告でも、そのような表記になっているのだろうか?『九州日報』では「訳補者」とは書かれていない。


 

【作者の言葉】

「探偵小説のうちで、何が一番面白いかと問はれたら、私たちは躊躇なく黒岩涙香と答へる事が出来るであらう。今若し、涙香のやうな作者が一人ゐたら、物好きの多くの讀者は現在の退屈な状態から大分救はれる事が出来るであらうと思ふ。私達が今此處で試みやうとしてゐるのはつまりその涙香式なのである。種本は米國の女流作家AKグリーン女史のものであるが、只種を借用したまでゝ、あとは私達二人の創作になるものである。而して探偵小説の最も面白い所以であるところの、結末に至る迄の整然たる秩序を決して失はないつもりである。」 

 

 









『女妖』の内容は、興味横溢せる探偵趣味豊(ママ)なもので、事件は、巴里の貧民街の殺人事件より起り、忌はしい嫌疑に泣く青年子爵、それを救はんとする妙齢の美女、鬼のやうに冷酷なる検事等々、そして彼等の間に影のやうに出没する殺人鬼 ― これが此の作品の焦點である。果してどんな物が出来上るか、探偵小説に於ては餘り多くを語らないのが華だ。宜しく御期待を乞ふ次第である。」

 

 

繪に就て】

新年號の諸雑誌の附録や挿畫を書きあげて、ほつと一息ついた伊藤幾久造畫伯は、本鄕千駄木の畫室で語る。 

「『探偵小説』は好きですよ。私は活動を見ることと探偵小説を讀むことの外にこれと云つて道楽はありません。私の挿畫は、頼まれるまゝに近頃時代物ばかり書いて居りますので、世間の人は『時代物』の挿畫以外は描けないものと思つてゐるやうですが、今度御社がこの絶好機會を興へて下さつたので、一つ變った面白い會心の作を發表いたします。御紙とは『妖鬼流血録』執筆以来お馴染みですし、それに私の挿畫フアンも少からず(ママ)居て下さることですから、ウント心血をそそぎます。どうぞ御期待下さい。」




(銀) 伊藤幾久造といったら、戦後すぐの少年少女探偵小説本の挿絵を描きまくっているイメージがあったから、戦前は時代物をいっぱい描いていたというのは初めて知った。それにしても乱歩も正史もやっぱり戦前のルックスのほうが断然イケてますな。


この「女妖」テキスト・チェックの連載は連日ぶっ続けでやるのではなくて、通常の記事も挟みながらやっていく予定。①へつづく。




2021年7月21日水曜日

『横溝正史書簡(乾信一郎宛)目録』

NEW !

くまもと文学・歴史館
2021年7月発行



★★★★★   長い間熊本に眠っていた大量の横溝正史書簡




横溝正史が博文館在籍時以来の親しい友人である乾信一郎に書き送った書簡の展示を中心とした企画展『没後40 溝正史 発見書簡に見る探偵小説作家の顔―』がくまもと文学・歴史館にて、令和3716日から923日まで開催されている。この書簡目録は来場者のみに配布されるブックレット。

 

 

書簡は本来戦前のぶんからあったのだが戦災で失われてしまったそうだ。それでもようやく安寧が訪れた昭和20年から横溝正史ブーム後期となる昭和54年までの、実に34年分272通にも及ぶ正史書簡が乾信一郎のもとで大切に保管され、現在こうして我々もその御裾分けにあずかる事ができるのだから、ただただ上塚家の方々に感謝するしかない。(乾信一郎はペンネームで、彼の本名は上塚貞雄)

 

 

戦後になっても正史は相変わらず病を抱え、しかも乗物恐怖症だったから外出の機会は非常に限られる。そうなると友人とのコミュニケーションは(なにせメールの無い時代だから)手紙が中心。今回の正史書簡の中には、ストライキかなんかで郵便がスムーズに配達されない遅延を憂う様子がうかがえる文章がいくつもある。(ウンウン、わかるわかる)

 

                   


この書簡目録は全272通それぞれの要旨を数行に簡略化し、日付順に一覧表の形にして載せている。34年分とはいえ正史が頻繁に書簡を書いている時期と、そうでない時期とがある。では中身を見ていこう。第一章は「岡山疎開の頃・本格探偵小説作家へ 昭和20年~昭和23年」32通。この時期は戦時中の溜め込んだ鬱憤晴らしに、それまで書きたくても書けなかったものを書いて書いて書きまくっているのだが、「仕事は多いが、約束通りの支払いがないのが痛手」と一言。悲しいかな、国破れて世情が荒れている証(あかし)。「戦後の都会が想像もつかない」とも。


 

 

第二章は「名探偵・金田一耕助の活躍 昭和2436年」59通。ここからは東京へ戻り、横溝家は成城に居を構える。「仕事を減らして好きなものだけ書きたい」「ヤッカイな小説を書かないといけない」などと漏らす正史。できればしたくない仕事って何だろう? この辺は書簡の全文を読まなければ、正しい真意が汲み取れない。ちょうど正史が50歳を迎えて、明くる昭和28年から昭和34年の間は書簡がたった一通しか存在せず、昭和35年から再びやりとりが多くなる。



この6年の空白の期間、正史の胸中や如何に?戦後は高いテンションでのちに代表作と評価される長篇を次々と生み出してきたが、「悪魔が来りて笛を吹く」の連載が終了してピークの終わりを自分でも感じていたのだろうか。とはいうものの昭和34年には「悪魔の手毬唄」を完成させているのだから、それはそれでたいしたものなのだが。乾信一郎と渡辺啓助の初対面が昭和36年というのがなんとも意外。


 

 

第三章は「読みつがれる【人形佐七捕物帳】 昭和37年~昭和48年」83通。森下雨村や江戸川乱歩など、恩人や作家仲間が一人また一人この世から去ってゆく時代。その割りには落ち込む素振りを乾にあまり見せていない正史。講談社からの初の個人全集もさながら「人形佐七」が二度もドラマ化され、後年角川春樹が無礼にも口にした〝既にもう亡くなってしまった人だと思っていた〟という時代遅れな作家の老臭感は、この書簡目録からは不思議と漂ってこない。乱歩逝去後、大衆が次第に社会派推理小説に飽きて再び探偵小説へ回帰する雰囲気があったからかも。

 

 

第四章は「横溝正史ブーム到来 昭和49年~昭和54年」98通。正史、すでに70代。あのしょーもない角川ブームに巻き込まれて相当消耗していただろうに、乾への書簡の数は全然減っていないのだから、なんとも筆まめな性分。乾の大仕事だったクリスティー自伝翻訳完成を大変喜んでいるのがよくわかる。最後の書簡は昭和541126日、近鉄バファローズの西本監督に会った報告で終わっている。


                   


それまでのくまもと文学・歴史館のやってきた事と比べ、横溝正史という超メジャー作家だけあって、今回はそれなりに頑張っているのは理解できた。「書簡目録は販売したほうが少しでも出費をリクープできるのでは?」との質問に「くまもと文学・歴史館は熊本県立図書館と一体になっている都合上、販売できないんですよ」という意味の返事が。ふーん、そういうものなのか。




(銀) 今回の企画展を見た人は誰しも「何故こんな272通もの横溝正史の手紙が揃っているのに書簡集を出さないの?」と訝るに違いない。その書簡集というものについて、もう10年以上私は「『江戸川乱歩~横溝正史往復書簡集』を早く出してほしい」と言い続けてきた。実際、乱歩と正史が取り交わした書簡は一冊の本ができるだけの数が残存している。2000年頃、ある人物が「そんな企画がある」と口にしたこともあった。



しかし2020年代になっても、それを実現しようとする噂はどこからも聞こえてこない。企画者(?)編纂者(?)となるべき人達の都合もあるだろうし、版元となる出版社の利権問題もあるのかもしれない。なにより著作権継承者の許可を得る事も必要となる。『江戸川乱歩~横溝正史往復書簡集』が発売されたら喜ぶ人は大勢いると思われるけれど、出版社は「書簡集なんてマニアック過ぎて売れないよ」と軽く見ているのかもしれない。



きっと過去の私なら、今回の目録を見て「是非一冊の本にしてほしい!」と言っていただろう。でも『乱歩~正史往復書簡集』でさえ出ないのだから、『乾信一郎宛横溝正史書簡集』となると実現は余計に難しい気もする。わからんけど。ただ以前とは違い、この業界内のいろいろな事に対して自分の気持が冷めてきているから、この場所で『乾信一郎宛横溝正史書簡集』を熱望するような発言はもうしないでおく。勿論出たら出たで喜んで読むけれど、所詮こちらは読ませて頂く立場でしかない。




2021年7月19日月曜日

矛盾だらけの「下山事件」

NEW !

松本清張は自分の読書対象じゃないけれど、例外的にちょくちょく読み返す本がある。彼のノンフィクション代表作として名高い『日本の黒い霧』(昭和35年文藝春秋新社/初刊)がそれで、特に興味深いのは「下山事件」「帝銀事件」「松川事件」なのだが、今回は「下山事件」のみにスポットを当てる。

取り上げる書籍は「下山国鉄総裁謀殺論」収録の『日本の黒い霧』上巻(私の所有しているのは昭和49年初版の旧文春文庫/昭和58年第16刷)、それと、色々出回っている「下山事件」関連書籍のうち読むに値するものだと私が考えている矢田喜美雄『謀殺下山事件』(昭和48年講談社/初刊)、佐藤一『下山事件全研究』(昭和51年時事通信社/初刊)、この三冊だ。

 

                   


「下山事件」はGHQの統治下における戦後混乱期の日本にて起きた怪事件のひとつで、昭和世代の日本人なら一度は耳にしたことがあるだろう。昭和2475日朝の東京、当時の国鉄総裁だった下山定則が自分の公用車を降りて日本橋の三越に入ったまま失踪、日付が変わった76日午前0時半過ぎ、東武伊勢崎線と立体交差してガード下を走る常磐線北千住駅~綾瀬駅間の線路上で、轢死体となって発見された。

まったくの余談だが、NHKスペシャル『未解決事件』は何故こういった昭和前期の迷宮入り事件も取り上げないのだろう?時間が経ちすぎて直接取材できる関係者が殆ど鬼籍に入っているからかな。一回目の「グリコ・森永事件」は非常に見応えのある内容だったんだが、回を重ねるごとに、あの番組はつまらなくなってしまった。

 

 

自殺なのか、事件性のある他殺なのか、この謎に対し死体発見直後より世を挙げて紛糾。松本清張は自著『日本の黒い霧』の中で扱っている事件の裏にはどれも敗戦後の日本共産化を懸念したアメリカの謀略があったと見ており、当然「下山事件」は他殺と見做して執筆されている。その『日本の黒い霧』がベストセラーになった影響で、殆どの日本人が他殺説を信じたのは至極ありがちな流れだった。

「下山事件」が時効を迎えたのは昭和397月。アメリカ統治も過去の出来事となり、ようやくGHQの検閲を受けず言いたい事を誰もが物申せる状況が訪れ、矢田喜美雄や佐藤一の著書が刊行され始めるのは、この時効以後であるのを踏まえておいてほしい。

 

                   


矢田喜美雄は事件当時『朝日新聞』の記者をしており、下山総裁の遺体を鑑定した東大法医の人々とも近しい関係にあった。東大/桑島博士のサゼスチョンを受けた矢田は、常磐線の現場で機関車が人体に最初に接触した位置より手前の線路にも血痕が残っているかもしれない可能性を求め、ルミノールを使って実地調査を行ったところ、血液反応が線路だけでなく土手下のロープ小屋からも発見された。その詳細な模様は『謀殺下山事件』にて語られている。こうして矢田は他殺説を代表する関係者のひとりとして知られるようになった。

 

 

それとは別に、時効成立と時を同じくして元・東大総長の南原繁を中心に下山事件研究会というグループが結成される。会員は松本清張/広津和郎/木下順二、その他法学のエキスパートが名を連ね、警察が自殺他殺の解明を放棄した「下山事件」を改めて検証するのが目的だった。当然彼らは他殺説を唱える論者の集まりであり、その研究会の事務局にならないかと声をかけられたのが松川事件容疑者グループのひとりで、昭和38年に無罪判決となり自由の身になっていた佐藤一。

 

 

佐藤も最初は他殺説の側だった。しかし自力で「下山事件」の調査を進めるうち次第に自殺説へ意見を変える。彼の最初の著書『下山事件全研究』はそれまで旗色が悪かった自殺説の信憑性を一気に高めるきっかけになったのは間違いない。なぜなら『日本の黒い霧』であたかも謀略の一味であるかのように書かれていた、常磐線を走る機関車に事件当日乗っていた機関士達にインタビューし、誹謗中傷に苦しんだ彼らの生の声を聞く事に成功していたからだ。

 

                    


ここからは、単なる一読者にすぎない素人の私がどうしても拭い去れない「下山事件」の疑問点を、ごく一部だがアトランダムに並べてみる。

 

              


Q: 『謀殺下山事件』には「自分は線路上へ死体を運ばされたのかもしれない」という、強盗の前科がある建設業S氏の発言が載っているが、死体の油については何も語られていない。総裁の死体(それも肌着のほう)からはかなりの量の油が検出されている。アヤフヤな情報ばかりの中で、これは素直に信じられる数少ないファクトだ。

それならば死体を土手の上へ運ぶ際に油のニオイが絶対していた筈なのに、S氏は臭いについて気付かなかったのか、何も語っていないのは不自然。この話は矢田が時効成立後にS氏本人から聞き取ったというが、『謀殺下山事件』を読んでもらうとわかるけれども、十年以上過ぎていながら事件当日の空の様子とか、そんな細かい事など記憶していられる訳がない。

 

 

Q:  私の持っている『謀殺下山事件』は新風舎文庫版(平成16年再発)で、ジャーナリストの和多田進が解説を書いている。そこで彼も指摘している如く〝75日の朝に家を出た時の総裁の着衣と、線路上で死体になっていた時の着衣が同じかどうか〟なぜこの本の中でハッキリさせられなかったのか?という疑問もある。

まあ当時は捜査一課と二課が完全別行動で、しかも二課の主力だった吉武警部補は(実はGHQの 横槍ではなく別の理由だったそうだが)上野署へ配転、これからという時に強引な人事異動で、他殺として追っていた二課の面々は捜査から遠ざけられてしまったのだから、話にならんわな。



『謀殺下山事件』は手際よくまとまっていて読み易いけれど、何年も経って「自分は事件に関係していたかもしれない」などと言い出す証言者はどうも信じられん。しまいに〝夜の事件現場で下山さんの人魂がそれまでの捜査で気付かなかった血痕の跡を教えてくれた〟などと云われた日にゃ、なんだか小説みたいでリアリティが感じられない。朝鮮人暗躍説とて、まるで明治時代の安重根の幻影をいまだに引き摺っているような見方だし、ストーカーみたいに夜中電話をかけて脅してきたCICフジイなる人物の話なども、どこか胡散臭い気がするし、今世紀に入って続々と刊行されている柴田哲孝/森達也らが書いた近年の「下山事件」本の売りになっているその手の情報は、相手にせずスルーしている。


 

             

 

一方、自殺だと仮定しよう。下山総裁はずぶとい神経の人ではなかったとの証言がある。さらに自殺説を掲げていた『毎日新聞』の記者・平正一は『生体れき断』なる著書を昭和39に発表この本も時効が成立した年の刊行だ)、総裁は米軍から強要される国鉄職員の大量人員整理に悩んだ挙げ句、初老期欝憂症になっていたため自殺したと見ており、佐藤一『下山事件全研究』も最後はこの病気にふれてクロージングしている。

 

 

Q:  これを信じるのなら、総裁は日本橋からフラフラと一人で小菅方面へ向かい、現場付近で何人かの人に目撃されたあと、深夜になって線路に横たわり自らを機関車に轢かせた事になる。発見後の解剖では、総裁はなにか特別な薬を飲んでいた形跡はなかったらしい(この頃下痢気味ではあったようだが)。

もし初老期欝憂症だったとしても、本来繊細な性格の人が線路の上にほぼ垂直な体勢に横たわり素面で機関車に轢かれるのをじっと待っていられるものだろうか。すぐそばまで機関車が接近してきたら恐怖でじっとしていられず、瞬間その場所から逃げようと動いてしまうのではないか。そしたら車輪に巻き込まれるだけで、垂直にまっすぐ寝ていない状態であっても両足首がこんなにうまいこと切断されるかな?ちなみに、この疑問は当初木々高太郎も呈していた。

 

 

Q:  もひとつ言うと、下山総裁の死体はどういう訳か発見時に血液が殆ど残っていなかったから(これも動かし難い事実)、松本清張は米軍が総裁を拉致し血を抜き取って殺害、そのあと自殺に見せかけるため死体を線路上に置く犯行手順を推理した。しかし発見後の解剖で、轢断時に負った傷以外に注射針の跡の有無がどうだったか、明快ではない。局部が内出血していたそうだが、もし機関車に轢かれて陰茎と睾丸が内出血する可能性が無いのならば(要するに自殺だとするなら)、総裁の局部の内出血は何によってもたらされたのかという事になる。

 

                     


なんともアバウトに書き連ねたが、このように自殺だろうと他殺だろうと「下山事件」は辻褄の合わない事だらけなのだ。だから特に信じられる一冊なんて挙げられないのだけど、当時の各紙報道を漏れなく収録している『下山事件全研究』は、ボリュームの点では頭ひとつ抜けている。この本は平成21年にインパクト出版界から再発されたが、またしても価格が高いので旧版を古書で安く入手するのを薦めたい。

『謀殺下山事件』は現在祥伝社文庫から再発されているが、私の持っている新風舎文庫は一部の人名をイニシャルへ変えてしまったりしているので、『日本の黒い霧』もそうだが、なるべく旧い版で読むほうがいいかもしれない。




(銀) この事件は本当にツッコミどころ満載で、他にも日暮里駅で発見された落書き、いわゆる「5.19下山缶」って何だったんだ?とか気になる点はあるけれど、それはまた別の機会に。


今回取り上げた三冊には載ってないのだが、当時の探偵作家も意見を訊かれて江戸川乱歩/横溝正史/水谷準/香山滋/高木彬光といった殆どの作家が他殺説を採った。唯一、最初は他殺説派だった木々高太郎が自殺説に変更。木々の属する慶応大学医学部の中館久平が自殺説の代表みたいな人だったから、そこには木々もそっち側へ意見を変える理由があったと云われている。





2021年7月17日土曜日

『黒星團の秘密』大下宇陀児

NEW !

光文社 痛快文庫
1949年7月発売



② 全体に細かく手が入れられた光文社痛快文庫版




前回は戦前の『黒星章』( A 及び戦後の靑柿社版『黒星團の秘密』( B )のテキストを比較するつもりが、靑柿社版テキストを用いて同人出版再発している筈の B のテキストは何を底本にしているのか不明なのが判明したので無視し、国会図書館デジタルコレクション上で閲覧できる靑柿社版原書テキストにて検証を続けたところ、第一ヴァージョン( A )と第二ヴァージョン(靑柿社版テキスト)基本的に同じであって、タイトル改題以外には支那人 → 中国人程度のミニマムな変更しかされていない事が解った。

本日はその続きで、第三ヴァージョン/光文社痛快文庫版『黒星團の秘密』( C のテキストがどのようになっているのか、 と C を比較検証する。は再発本が出ておらず、1949年の原書を使用。


                   

 


● 各章のタイトルが下記のとおり、若干変更されている。
は原書と違って再発に際し現代の文字遣いに改めているので、ここでもそれに準拠した。
最も目立つのは にあった「雪の夜の惨劇」の章立てが C では無くなっていること。
そして漢字を開いたり、同じ意味でも言い方を少し変えたりしている。 


 A                                    C 

奇怪な広告        ぶきみな廣告

三日月の痣        三日月のあざ

伯爵邸の危難         ねらわれた銀行家

金蝙蝠座事件         金蝙蝠座事件

魔法の蜥蜴        まほうのトカゲ

 

 

怪老人の出現          首つりの刑

神人龍旺明           ふしぎな老人、龍旺明

首領の正体         首領の正體

雪の夜の惨劇          灰色のビルジング

怪ビルディング       この世の地獄

 

 

この世の地獄        ついに降伏

降伏            恐ろしい復讐

恐るべき復讐        龍旺明の身のうえ

龍旺明の身の上         毒液の針 

毒液の針

 

 

● 次に挙げるオープニングの文章を見てみると、
 C より子供向けにやさしい表現に書き換えられてはいるが、元の内容にほぼ近い。
こんな感じで細部こそ変更はあるが、物語の基本は A から大きく変わってはいない。

 

 

〝こゝは或る建物の奥まった一室。室の中央にはマホガニー製のテーブルがあり、それを取巻いて天鵞絨張りの安楽椅子がある。壁に沿っては、どっしりとした模様硝子入りの書棚が置かれているし、その書棚の上には大きな油絵の額もかけてある。〟

 

 C

〝ここはある建物の一室である。部屋のまん中には、マホガニー製のテーブルがあり、それを取りまいてビロードばりの安楽椅子がある。壁にそつて、どつしりとした模様ガラス入りの書棚がおいてあるし、その書棚の上には、大きな油絵の額もかけてある。〟



 

 

● 前回の記事でも触れた塚原少年が夜歩いていた場所について、「玉置(〝某〟は削除された)という金持(富豪から変更)のやしきの塀にそつて」という風に、表現は変えても内容は同じ。

 

● C の改稿によって、靑柿社版ではそのままだった東京市ようやく東京都へ訂正された。
黒星團首領が使っている撞木杖松葉杖へと変わっている。

 

● 園村玲吉少年の父親の身分が、敗戦後の華族制度廃止に伴い伯爵から銀行頭取へ変更。これにより、 A の巻末解説で触れている「黒星章」とのテキスト比較に参照された「黒星團の秘密」は第二ヴァージョンの靑柿社版ではなく、第三ヴァージョンである光文社版(もしくはその後の1953年刊ポプラ社版)を使っている事がわかる。

 

● 「魔法の蜥蜴」の章(二)の冒頭、 A の「一九三一年キャデラックセダン型」という自動車の詳しい説明は C では削除され「自家用自動車」と表記。

 

● 「魔法の蜥蜴」の章(四)三行目から数行分を C では短く短縮している。
この後も A にはあった部分が、 C では削除されている箇所が見られる。





● A「私は、龍旺明という支那人です」    C「わたしは、龍旺明という中国人です」
同様に龍旺明の部下シーメルも黒人Aからインド人Cへ変更。

 

● 金庫に押し込められていた辻本支配人は、
A ではすでに殺されていたが では気を失っていただけ。
同様にその後龍旺明が過去の黒星團を説明するシーンで、
A では「誰でも構わず人を殺し」という残忍さが C では無くなっている。

 

● A「雪の夜の惨劇」の章では、殺されたと思われた梅吉老人を龍旺明が救出して二人は再会を果たすも、龍旺明は賊に腕を撃たれてしまう。ここから次の章「怪ビルディング」(一)までの部分が では消去、梅吉老人は結局死んだ事にされてしまった。

 

   「青爐閣」主人の名は A 及び靑柿社版原書の深澤源五郎から変更なし。

 

    戦前A及び靑柿社版原書は警官が佩剣を持っていたが、戦後Cは無い。




 

● 鈴村要助が若い頃跛(びっこ)になった原因が、では日露戦争出征のせいだとしているが、ではそれをカット。

 

● ラストの処刑シーンで毒液注射を打つ際に、
贋首領は では解毒剤の存在を口にしているが、ではその事を口にせず塚原少年の腕に注射。


                   



こんなところですかね。
光文社痛快文庫版( C )の後に出たポプラ社ハードカバー版(1953年刊)は、目次を見ると章立てが C と同じだから、おそらくテキストも大下宇陀児本人ではなくて編集部サイドが手を加える些細な変更(漢字を開くとか)以外は一緒じゃないだろうか。いずれにしても本作の場合は第一ヴァージョン第三ヴァージョンさえ押さえておけばOKだろう。



(銀) それにしても湘南探偵倶楽部叢書版『黒星團の秘密』のあのテキストは一体何だったのだろう?同人出版本は普通の書籍みたいに店頭で立ち読みができないから、今後本を買う前に内容を確認するのも不可能だし。とにかく今回の記事はいろんな意味でくたびれた。




           

2021年7月13日火曜日

『黒星章』大下宇陀児

NEW !

東都我刊我書房 2019年1月発売
湘南探偵倶楽部叢書 2018年12月発売



① 春陽堂版(戦前)と靑柿社版(戦後)のテキスト異同





大下宇陀児のジュヴナイル長篇「黒星章」には、次のようなヴァリアントが存在する。

 

A  『黒星章』

オリジナルの戦前ヴァージョン。1933年の春陽堂少年文庫版を底本にして2019年に東都我刊我書房から同人出版により再発された。初出誌『日本少年』連載が完結し単行本化される時にも宇陀児が手を入れている可能性が無いとは言い切れないが、『日本少年』のテキストを揃えるのは非常に困難だそうなので、便宜的に本日の記事ではこれを第一のヴァージョンとする。

 

B  『黒星團の秘密』

戦後になって改題された第二ヴァージョン。
1948年の靑柿社版仙花紙本を底本にして、湘南探偵倶楽部叢書より2018年に同人出版再発。

 

C  『黒星團の秘密』

靑柿社版が出て一年ちょっとしか経ってないのに、
1949年に版元を変えて、またまた刊行された第三のヴァージョン。
この光文社痛快文庫版テキストについては、次回の記事にて言及する。

 

 

物語のあらすじを に沿って最低限紹介しておくと、
十五年の沈黙を破って、黒星團なる強盗グループが再び動き出す。
園村玲吉と孤児の塚原浩太郎、この二少年に救いの手を差し伸べる謎の老人・龍旺明、
彼ら黒星團を向こうに回して戦いの火花を散らす冒険探偵小説だ。

 

                   


最初にお断りしておきたいのは、私は昔からこの作品を C =光文社痛快文庫版『黒星團の秘密』しか読んでいなくて、初刊本のテキストは = 東都我刊我書房版『黒星章』で初めて読んだ。だから二種のテキストしか知らないまま現在に至っており、B=湘南探偵倶楽部叢書版『黒星團の秘密』つまり、ここで底本に使われている筈の靑柿社版テキストは本日の記事を書く為にやっと目を通したような次第だった。

ところが、こんな混乱する羽目になるとは・・・。とりあえず、本日の記事では初刊本テキスト(  から戦後最初の再発版( )に至る変更箇所を見ていこうと思う。


 

 

● オープニング「奇怪な廣告」(一)の二行目で、
「マホガニー製のテーブルが」の直前に「室の中央には」とあるべきなのに、B には無い。
ところが靑柿社版原書テキストを見ると、ちゃんと「室の中央には」で始まっている。
え、どういうこと? 私は の原書を持っていないから、いま国会図書館デジタルコレクションで原書テキストとも見比べているんだけど、下記に示すとおり国名などごく一部の変更を除けば靑柿社版では のテキストをそのまま使っているみたいだし。
じゃあ の湘南探偵倶楽部が制作したテキストの底本は、一体どこから引用したのか?



●  B の8頁 56行目、

〝このため、市民の中には心の内で快哉を叫ぶ人達もいたようである。
そうは言っても犯罪は犯罪である。
                                   
このような にも靑柿社版原書にも無く、
次回取り上げる予定の にさえも無い文章が加えられているのは何故?



● 靑柿社版が刊行された1948年(昭和23年)の五年前に東京市は廃止されているのだが、
 での設定を書き換え忘れてしまったのか、靑柿社版原書も も東京市のままになっている。



● 「奇怪な廣告」(三)にて塚原少年の歩いていた場所が、
 及び靑柿社版原書では「玉置某という有名な富豪の邸宅に沿つて」となっているのに、
 では「四十八願」という違った富豪の名前へ変わっている。



● 園村伯爵の息子の名前は A 及び靑柿社版原書では玲吉になっているが B では雅光に。
これではもう 靑柿社版原書と見做すのは無理そうだから、この後は別物として話を進める。





● 「魔法の蜥蜴」の章(二)の冒頭で、 及び靑柿社版原書では、
「一九三一年キャデラックセダン型」という自動車の詳しい説明があるが では削除。


●  では「神人龍旺明」となっている章題が、
靑柿社版原書及び では「魔人龍旺明」に変更。
 の目次で「魔神龍旺明」となっているのは制作者のタイプミス。
もっともここまで湘南探偵倶楽部叢書版のテキストが疑惑だらけだと、
同じく原書ではない の「神人」も本当にそれで正しいのか、だんだん不安になってきた。

 

● 龍旺明の部下ジーメルは A 及び靑柿社版原書では黒人だったのが、
ではインド人に変更。
龍旺明が自己紹介をする場面における支那人→中国人への変更も同様。

 

● 捜査課長の名も、野口( 及び靑柿社版原書)ら日真名( )に変更。

 

●  では「この世の地獄」の章立てを無くし拷問シーンを縮小、
「恐るべき復讐」の章立ても無くなり、後半では削られた部分が実に多い。
しかし、靑柿社版原書だと そのままに「この世の地獄」「恐るべき復讐」の章立てはちゃんとあり、文章のカットもされていない。




 

● 「青爐閣」主人の名が 及び靑柿社版原書の深澤源五郎から では辰巳源五郎へ変更。

 

● 龍旺明の本名が 及び靑柿社版原書では鈴村要助だったのが だと富木原亘へ変更


 

                    



全ての異同を挙げると際限がなさそうだし から への変更点はこれぐらいにしておこう。
のテキストは、ネットで見ることができる国会図書館デジタルコレクション上の靑柿社版原書を底本にしている筈なのに、何故こんな違いが発生しているのか?

ちなみに の解説にて、この件について触れられてないのは当たり前で、東都我刊我書房と湘南探偵倶楽部は別々かつ同時期に制作を進めていただろうから、『黒星章』の解説を東都我刊我書房サイドが書いている段階では、まだ出来上がっていない筈。



靑柿社版原書と が一致しない、この混乱の原因として考えられる事はふたつ。
靑柿社版には版によって、テキスト違いがあるということ。
でも、国会図書館デジタルコレクションも も両方、昭和23年4月30日発行って書いてあるし。もうひとつは湘南探偵倶楽部の制作者が勝手に自分でテキストを改竄してしまったということ。それもちょっとありえない推測だなあ。



私が単に無知なだけで、国会図書館デジタルコレクションに原書の画像が公開されている靑柿社版テキストと湘南探偵倶楽部叢書版テキストに異同がある真っ当な理由がもし存在するのなら、湘南探偵倶楽部に謹んでお詫びしなければならないが、なんでこういう事になったのか是非とも真実を知りたいものだ。




(銀) 次はいよいよ(?)光文社痛快文庫版。これは同人出版本じゃなくて原書だから、今日みたいな混乱も無く記事が書けるものと思いたい。


(☜)へつづく。





2021年7月11日日曜日

『悪の比重』島村喬

NEW !

日本週報社
1960年12月発売


★★      島村喬 = 百瀬三郎 ?



内容をよく確かめずに古書を買って、運悪く〝ハズレ〟を引いた例がコレ。現物を手に取れない通販ならば仕方がないけれども、何年も前に古書店でまとめ買いをした時、全然時間が無くて急ぎで会計しなければならなくなり、タイトルと奥付を一瞬見ただけで「これは二度と再発されなさそうな胡散臭い探偵小説に違いない」と早合点してしまった。

 

 

著者の島村喬については何も知らない。戦争に関するノンフィクション本を出している事、百瀬三郎という別のペンネームでも著書があるらしいという事、そんな程度だ。『探偵雑誌目次総覧』を眺めたが、島村喬百瀬三郎どちらもヒットする作品が見つからない。今回取り上げる『悪の比重』が探偵小説っぽい内容だったらもう少し調べたかもしれないが、あまり深追いしたくなる気持にもならず。


                   

                  


この長篇の主役は日銀の地下に眠っている、軍部が戦時中日本人から供出させたダイヤモンド。昭和30年代の相場にして八千三百万ドル、その個人所有者なきダイヤを米国に売り捌く事で発生する莫大なリベートを得ようとハイエナ達が暗躍する長篇小説。

 

 

🔳 星野省蔵     

日本一の宝石商。裏でナイトクラブを経営し、政界とも人脈があるダーティーな実力者。

🔳 蜂谷辰治     

星野とヘクトの仲立ちとなる国内の宝石ブローカー。

🔳 ジョン・ヘクト       

米国の大物宝石ブローカー。

 

 

🔳 江藤伸      

元は普通のサラリーマンだったが警察に無実の罪を着せられ人生が狂う。八年の刑を経て、今は冷血な殺し屋に変わってしまった。クライマックスを〆るのはこの男。

🔳 古河得武

情報屋。日銀地下のダイヤ売却ネタをいち早く掴み、関係者に接近しまくる。

🔳 戸部        

『朝陽新報』青年記者。めぐみと付き合っている。

🔳 有吉めぐみ     

有吉勇太郎の娘。『朝陽新報』婦人部記者。

 

 

🔳 影山        

赤坂一帯を仕切っている裏社会のボス。三十七、八歳で誰も彼の過去を知らない。

🔳 篤子        

影山の店の、まだ二十を過ぎたばかりのマダム。蜂谷とねんごろになるよう送りこまれる。

🔳 麦子        

ナイトクラブで働く江藤の恋人。カラダ目的ではない愛情を注がれている。

 

 

🔳 有吉勇太郎    

保守党総裁以上の力を持ち、財界とも繋がりが深い。

🔳 萬谷古志朗        

汚職まみれの代議士。有吉勇太郎の腹心。

 

 

探偵小説の味わいは無く、一種のピカレスク的な群像劇。私の好む内容じゃなくて残念だった。大藪春彦とか好きだったら楽しめるかも。ただ書き方が雑なんで安っぽい感じはする。


                   


(銀) こういう再発される見込みが無さそうな戦後貸本時代の古本をヤフオクで森英俊が「入手困難なB~C級ミステリ」とか言って転売しまくっているのは周知の事実。『悪の比重』など市場で見かけないぶん正に森の転売の標的にされそうな本だが、実際はここに書いたようなピカレスクだったり単なるアクション・スリラーに過ぎないものが殆どで、無理くり広義な範疇のミステリではあるかもしれないが探偵小説だとは思えない。森に釣られてヤフオク転売本に何万も浪費するのは愚の骨頂。