2021年4月23日金曜日
『秋聲翻案翻訳小説集/怪奇篇』徳田秋聲(訳)/蓜島亘(編)
2021年4月20日火曜日
『臨海荘事件』多々羅四郎
春秋社書き下ろし長篇募集企画で蒼井雄「船冨家の惨劇」/北町一郎「白昼夢」と争い、二席に入選した作品。しかし過去に一度雑誌『幻影城』に再録されたのみで、2021年現在に至るも再発されそうな気配が一向に無いので救済のため古書ではあるが取り上げることにした。
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多々羅四郎という人は医者が本業で、何作かの小説をメディアに投稿した経歴はあるけれども、『新青年』『ぷろふいる』といった探偵雑誌との関わりが無い。再び注目される機会がなかったのはそういう処にもハンデがあるのだろう。「臨海荘事件」の六年前『サンデー毎日』大衆文芸一般公募枠に入選した「口火は燃える」という短篇がある。彼の小説で私が読んだ事があるのはおそらくこの二作だけだと思う。他にも別のペンネームを持ち、俳句を作ったり鉄道唱歌の本を出しているようだから、一種の投稿マニアだったのか。昭和18年病死。
「臨海荘事件」は多々羅自身が探偵作家とはいえぬアマチュアながら本格長篇にチャレンジした戦前では珍しいケースだ。東京大井町にある高級アパートメント「臨海荘」、その13号室に住む本野義高は昔鉱山関係の仕事で成功を収め今は悠々自適の日々を送っている裕福な独り者。その義高が内側から完全にロックされた自室の中で、彼の所有物である鉱石で後頭部を殴られ心臓を鋭利な刃物かなにかで刺されて息絶えているのが発見される。加えて彼が金庫の代わりとして通帳等を入れていたスーツケースが紛失していた。死体の傍の机の上には「高砂」の謡本が開いたまま放置されており、この謡本の存在は終盤まで覚えておくべきアイテムとなる。
警察サイドが容疑者として睨んだのは義高殺害当日、13号室周辺にいた次の五名。
本野義夫 (被害者である義高の甥)
大枝登 (声楽家)
秋川澄江 (映画女優)
太田耕作 (「臨海荘」の管理人)
中居村二郎 (太田に雇われている小使)
これに対し酒癖が悪いのが玉に瑕の老刑事・長瀬幸太郎が食らい付く。
アマチュアのわりに文章そのものは読み易い。反面、物足りないのは登場人物や状況設定の在り方が良くも悪くも現実的で、どこか犯罪実話ものを読んでいるような気分にさせられる点。その分リアルではあるし、後半近藤医師襲撃事件が起きたり怪しい人物の尾行シーンなどサスペンスが無い訳では決してないけれど、各キャラクターのアイデンティティにもう一癖二癖あってもいいし、何よりいけないのは(ネタバレになるから詳しくは書けないのだが)13号室を密室状態にしなければならない ❛ある小道具❜ のトリックがいかにも御都合主義であること。この部分さえ誰からも文句を言わせないぐらいの真相に仕立てていれば、もっと評価をグンと上げられるのに。★4つにしているけど実質は★3.5。
地味でハッタリが少ない分、もし現行本になってもウケがあまり良くないかもしれない。ただ私の場合は『幻影城』の再録ではなくこの春秋社版初刊本で初めて接したせいか、とてもサクサク読み終えることができたし、北町一郎「白昼夢」よりはこっちのほうが好み。本格にトライした長篇だから「口火が燃える」等の短篇探偵小説をプラスして再発してもいいと思うのだけど、「臨海荘事件」は戦前に単行本で出されていながら多々羅四郎が人々の口に上がる事は不思議と無い。
2021年4月17日土曜日
『「新青年」名作コレクション』
B 現在絶賛開催中の神奈川近代文学館『永遠に「新青年」なるもの』展、2021年3月30日の当blog記事で取り上げた企画展図録ともリンクする文庫本が発売されたんですけど、『新青年』研究会というより浜田雄介がこの本も取り仕切っているので、従来のアンロソジーとは少し差別化された内容になってますね。
A そうだな。何はなくとも小説から見ていこうか。横溝正史は創作じゃなくてビーストンの 翻訳「決闘家倶楽部」。翻訳短篇はこれのみだけど、あと二、三作入れてもよかったかも。過去のアンソロジーにいつも入っていそうな定番創作でいうと「ニッケルの文鎮」甲賀三郎/「黄昏の告白」濱尾四郎/「空を飛ぶパラソル」夢野久作/「地獄横町」渡辺啓助/「妄想の原理」木々高太郎。
B それ以外はどこかしら一捻りしたセレクトがされています。久山秀子「代表作家選集?」は江戸川乱歩・谷崎潤一郎・甲賀三郎・小酒井不木をネタに使ったパロディで、どっちかというと軽めのコントみたいな。城昌幸「神ぞ知食す」/渡辺温「降誕祭」は、いかにも彼らの特徴を示す掌編。
あと谷譲次「白い襟をした渡り鳥」/水谷準「追い駆けられた男の話」とか。本書は年代順に沿って全5章で構成されてるんですが、第3章以降から小説もマニアックなものになっていきます。まず海野十三ではなく丘丘十郎名義で書かれた「軍用鮫」、そして蘭郁二郎は「エメラルドの女主人」と渋いところを突いててちょっと嬉しいです。
A だよな。探偵小説自粛期となる第4章以降に見られる著名探偵作家の小説は小栗虫太郎だけで、南洋ものの「血と砂」。中村美与子「聖汗山の悲歌」は『中村美与子探偵小説選』でも読めるけれど、「祖国は炎えてあり」の摂津滋和や「クレモナの秘密」の立川賢、「放浪の歌」の鈴木徹男など、大抵の読者は知らんわな~。戦後版『新青年』からはあと二作、山本周五郎の忍ぶ恋を描いた時代もの「山茶花帖」と稲村九郎名義による三橋一夫の掌編「不思議な帰宅」。ここまで来ると、もう探偵趣味なんか1mmも無いぞ。
B いやまったく。で、収録小説をズラズラ紹介してきましたが、本書の本当の肝はそこじゃなくて小説以外の部分にあるんですよね?
B 初期の頃にも課題に対するアンサーを読者から応募する企画がありましたが、ここに収録されたのは作家(大下宇陀児)+ 挿絵画家(茂田井武)の出題するテーマ【奇妙な佳人】に応えて三人の作家(久生十蘭/石黒敬七/橘外男)がアンサーを提出したショート・ショートだったり。
本書のように600ページ価格1,600円+税というボリュームをもってしても小説をメインにせざるをえないから、それ以外の記事を載せるスペースはどうしたって限られてしまうんですが、そういった部分での〝遊び〟が『新青年』の強みでもあった訳ですから、是非とも神奈川近代文学館の企画展に行ってその魅力を掬いとってもらえたらいいですね。
A それと大事なのは、本書に収められたテキストは単行本ヴァージョンじゃなくて(当り前なんだけど)『新青年』初出ヴァージョンであるところ。最近リリースされる探偵小説本には、昭和中期以降に出された単行本のテキストで適当にお茶を濁しているケースが多くて困る。その点も浜田雄介なら安心して任せられるかな。
(銀) 本文では触れなかったが、本書は田所成恭「田中支隊全滅の光景」という軍記読み物で始まっている。実に場違いな内容で大正初期シベリア出兵時の話のようだが、これ実は、編集長だった森下雨村が積極的に採用したもの。最初の頃の『新青年』は海外雄飛奨励が売りだった。そしてまた、雨村の軍国主義が横溢していた事実も、この「田中支隊全滅の光景」を読むとよくわかるのである。
2021年4月16日金曜日
『地球の屋根』大下宇陀児
● 本日は大下宇陀児のトンデモ珍作をご紹介。古書で宇陀児の著書をいろいろ買ってきたが、私が最も面食らった一冊といったらこれかな。連載された雑誌は『キング』。1941年6月号から翌1942年12月号という、一年半にもわたる大長篇ではある。
● 唖として生まれた片輪者で、周囲に村八分にされ単身山奥の谷底へ逃げてきた與吉。一方、山窩として育ってきたが仲間うちで内紛、その結果ひとり逃れてこの谷底へ流れてきたおくめ。人間文化からはほど遠い、原始的な生活を送るこの賤しい男女の間に、ひとりの男の子が誕生。戸籍など無縁な環境にある非人同然の彼は、名前を付けられる事もなく言葉もろくに覚えぬまま自然児として成長するが、與吉とおくめは死んでしまう。
オープニングはまるで三角寛の山窩小説あるいは下村千秋の悲惨小説を思わせ、この調子でドロドロした暗黒物語へと突進していけば面白かったのだけど、「地球の屋根」が執筆されたのは昭和16~17年。そんな内容ではお上が絶対許しちゃくれない。日本は戦争の真っ最中だし「この聖戦下に一人のルンペンもいてはならぬ!」てな注意が作家へも通達されていた時代だ。話は実に奇妙な方向へと転回する。
生き甲斐のある世の中だ。素晴らしい時代だ。世界の整理と革新とが断行され、輝かしい大東亜建設の槌の音が響く。この偉業を完成するため、我らは常に最も叡智に富み、勇気があり、そして將来へのはろかなる(ママ)希望を持たねばならない。こゝにこの時代を行きぬく讀者諸君のために、正しく逞しき愛と智と夢と冒険との愉しい一篇の物語をささげる。
● 元小学校の校長だった篤志家の高岡順造に拾われ、主人公の運命は根底から変わってゆく。父・與吉の苗字が川端だった事実さえも判明、少年には順一郎という名が授けられた。こうして彼は立派な青年へと孵化。そこに深海開発計画を進める者達が登場して順造と順一郎はその計画に加わる流れになるけれど、アクシデントが発生し、順一郎は頭髪が真っ白に変貌する。
2021年4月15日木曜日
『センター通信 第15号』
やることがいろいろ立て込んでいて、新刊本の消化が全然できていないから、今回は軽めのネタで。当Blogにおける2020年10月21日『大衆文化 第二十三号』の項で紹介したように、『センター通信』というのは立教大学の江戸川乱歩センターが年1回発行している約12ページのフリーペーパーである。雑誌『大衆文化』同様、記事の内容は乱歩ばかりではなく、ジャンル的に近いもの、あるいは何の関係も無いものまで様々。さて本号はというと___。
①
建築史・都市史的視点からみた旧江戸川乱歩邸 石榑督和
立教大学は旧乱歩邸について2020年秋から建物の歴史的調査を行う事になったんだと。ふーん。筆者は東京理科大の人だが、立教サイドから声を掛けられてプロジェクトに参加しているそう。私は建物はどうでもいいというか関心が無いけれども、都市史にまつわる何らかの発見があるといいね。なにより立教大/乱歩センターの発行物で、特に旧乱歩邸への言及となれば、即座に「また〝幻影城〟とか、いつものデタラメ言ってんじゃねーのか?」と冷たい視線を投げ掛けるところなれど、そんな誤った表現もなくて平穏無事だった。
旧乱歩邸土蔵を〝幻影城〟などとのたまっているのは藤井淑禎と渡辺憲司みたいな老害だけで、大学の若い人達は誰ひとりそんな呼び方してないんだよな、実際。あの土蔵を〝幻影城〟などと呼ぶ呼ばない論争なんて、よその国土の所有権を「ここは2000年前から我らのものだ」とかホザいている中国と一緒で、何の確たる根拠も無いんだから。
③
「立教探訪」撮影の裏側 杉本佳奈
④
乱歩の土蔵で眠っていた鳥羽造船所の蔵書 宮本祐希
⑤ 江戸川乱歩書き入れ旧蔵書 米山大樹
旧乱歩邸の建物研究よりも、私はこういう方面のアプローチを進めてほしい。ここに紹介されているのはウィリアム・アイリッシュ『暁の死線』軍隊版ペーパーバックへの書き込み。昔、乱歩センターにお邪魔させてもらった時に閲覧した濱尾四郎『鉄鎖殺人事件』初刊本にも、鉛筆で乱歩の書き込みがされていたのを思い出す。
⑥
旅する乱歩 ~別府編~ 丹羽みさと
この記事が一番面白かった。戦前の乱歩は放浪癖もあって国内のあちこちを旅しているが、その全ての行き先が明らかになっている訳ではない(当り前か)。 寒いのが嫌いな乱歩ゆえ北海道・東北方面はそんなに制覇してないかもしれないけど、西の方面だったらどこまで足を延ばしたのだろう?
⑦
捕物帳の作家たち~捕物作家クラブ展 影山亮/丹羽みさと
元は立教大学に在籍し現在はさいたま文学館の学芸員となり、もうすぐ終了する『江戸川乱歩と猟奇耽異』展の図録を「来館した人にしか販売しない」と言って、埼玉の桶川まで足を運べない人には一切買わせなくしたのが、他ならぬ影山亮。おかげでこの図録は神奈川近代文学館企画展『永遠に「新青年」なるもの』図録と一緒に、fuakl07037というIDの出品者によって悪質な高額で何冊もヤフオクにて転売されている。4月14日の時点でfuakl07037が出品した『江戸川乱歩と猟奇耽異』展図録は四冊落札されており、それとは別に、一冊まだ出品中。こいつはさいたま文学館で最低でも五冊は転売用に買い占めたという事になる。
かつて各地の文学館で探偵小説に関する企画展が開催された時、それに伴い図録などのアイテムも販売されてきたけれど、こんな問題のある図録の売り方は他に例を見ない。ヤフオク転売者のfuakl07037も、出品地域は埼玉県になっている。こんな風に性根が卑しいから埼玉県人は昔タモリに「さいたま~!?」って馬鹿にされたんだよ(もう30年以上前のネタだが)。
(銀) 国際温泉観光大博覧会の wikipediaがあって、そこにはこう記されている。
《会場となった旧別府公園には、六大館と位置づけられた温泉館、観光館、産業本館、陸軍館、海軍館、電気科学館、大分県館に加え、美術館、宗教館、台湾館、朝鮮館、南洋館、農具機械館、特許実演館、善光寺館、日の丸館、三偉人館、別府館、世界一周館、ミイラ館、海女館、歴史館、ラヂオ館、非常時国防館といった多数のパビリオンが建設されたほか、野外演芸場や矢野サーカス演技場等も設けられた。期間中の有料入場者は、計46万7,852人にのぼった。》
思ったよりスゴそうな大イベントだったようで、これなら乱歩ならずとも行けるものなら私だって是非観てみたい。
図録の話とは別に、落合教幸がいなくなってからの立教の江戸川乱歩センターは資料のアクセスがとてもやりにくくなったと、それとなくある方から聞いていた。それが最近になって平山雄一も似たような発言を twitter上でしているのを見かけたから、困っている人が少なからず存在するのであろう。私は研究者じゃないけど、それは看過できない。
2021年4月7日水曜日
『亜細亜の旗』小栗虫太郎④
本書には「亜細亜の旗」の連載に先立つ予告として、紙面に載った「作者の辞」も抜かりなく収録されている。その文章の締め括りには「私は、事變の當初から現代にひきつゞいて、國策の實現に献身しつゝある人々に満腔の敬意を表しつゝ、ペンをすゝめたいと思ふ。御聲援を願ふ。」とある。こういった〝作者からの挨拶〟は往々にして、作家本人の意思とは別に編集者が勝手にでっちあげるケースもあるけれど、参考までに紹介しておく。
今回の単行本は非常に良く作られており、作品背景を探る【解説】【編集後記】に加えて虫太郎令息・小栗宣治が昭和の半ばに執筆したあの「小伝・小栗虫太郎」を再録、更には【小栗虫太郎著作目録】まで載っているので、彼の歩んできた歴史も多面的に解るよう構成されている。そんな巻末資料を眺めながら、今迄何回も読んだつもりだった「小伝・小栗虫太郎」の中にこういう一節があるのをてっきり忘れていた自分に気付いた。
「とても陛下を好きな人であった」「共産主義がきらい」
「何かをジーッと見ている人であり、軽率に言葉を吐かない人であった」
息子による父の回想の一例として、竹中英太郎(父)の語り部だった竹中労(息子)の言には、誇張や虚飾めいた部分があったりもした。今回の虫太郎スペシャルにて、私は小栗宣治の言葉を全面的に信じて記事を書いているが、人間のやる事ゆえ思い違いだったり、また時には意図的に盛ったり消去したりする場合だって絶対無いとは言えない、と一言添えた上で話を進める。
四回に亘って書いてきたように、発掘されたこの長篇はどうにも虫太郎らしくないし、探偵小説でもない。「亜細亜の旗」にマイナス要素を探せば、いくらでも見つかるだろう。でも決め手になる事実が出てこない限り、私はこれが虫太郎の真作だと信じたいし、山口直孝はともかく本多正一などよくわかっている人材が尽力してくれたおかげで、単行本として出すには理想的な形に仕上がったんじゃない? よって小説の内容だけの評価ではなく、一冊の本として総合的に見て★5つ進呈。心から褒めたくなる新刊は本当に久しぶり。
2021年4月6日火曜日
『亜細亜の旗』小栗虫太郎③
❉ 真作? 代作?
ここで改めて虫太郎の年表を振り返る。御承知のとおり、彼は1941年(昭16)の11月になると陸軍報道班員として南方マレーに赴き、帰朝するのは翌年末。この南方派遣の話を受諾したのがいつだったのか正確にはわからないものの、日本を離れている間、作品の執筆・発表ができなくなるのは必定。『「新青年」趣味』ⅩⅧ号/特集 小栗虫太郎の著作目録を見ても、1941年11月~1942年12月の間に発表された小説は「海螺齋沿海州先占記」「南東貿易風」そして「北洋の守り星」、この三作しかない。これを考えると、昨日の記事(②)で述べた「亜細亜の旗」の各紙連載が何度も中絶している原因には、虫太郎の南方行きも少なからず影響しているのか。






