2020年12月7日月曜日

『九十九本の妖刀』大河内常平

2015年3月27日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

戎光祥出版 ミステリ珍本全集⑦ 日下三蔵(編)
2015年3月発売



★★★★★   遅きに過ぎた、この男のリバイバル




数年前に発売を噂されながら、没。このミステリ珍本全集でも第一期に発売を予告されながら、これまた延期。いつまで経っても新刊本が出ず、長い長い間待たされた大河内常平。米駐留軍の事情に通じ、刀剣鑑定・軍装研究など特異な趣味を持つ男。彼の小説の主なイメージとして、〈刀剣などを材に採った伝奇ミステリ〉〈敗戦が生んだやくざ・チンピラを描く風俗ミステリ〉がある。 


                   


本書は刀剣を題材に書かれたもの(長篇「九十九本の妖刀」「餓鬼の館」/中短篇「安房国住広正」「妖刀記」「刀匠」「刀匠忠俊の死」「不吉な刀」「死斑の剣」「妖刀流転」「なまずの肌」)を集成。舞台はすべて時代物ではなく現代物。

 

 

古本で読んだ時は「なんて粗暴で下手な作家なんだろう」と思ったけれど、
本書で読むと、長篇など意外にリリカルに書かれていて拍子抜け。
とにかく大河内が書きたいのは刀剣に纏わるペダントリーで、
それを盛り上げる為に残虐・凄惨な生贄が捧げられる。
でもそのペダントリーは堅苦しく眠気を誘うようなものではない。
二長篇の妖気に満ち満ちた面白さは、退屈とは対極の位置にある。

 

 

中短篇では、普通の探偵小説なら倒叙物として扱われるであろう作が、その解決部分はなんともあっけなく無視され、そこに至るまでの刀剣をめぐる骨肉の争いに一方的に力が注がれているのが笑えるほど無茶としか言いようがない。だが、その無茶っぷりこそ大河内常平。ミステリ珍本全集が登場したことで、これまで評論家筋には良い顔をされなかった作家・作品を面白がる土壌ができ、ゲテモノ扱いされてきた大河内にも光を当ててもらえる時がようやく到来して、欣快に絶えない。 

                    


これを機に大河内作品の復刊が続く事を希望する。あと、ミステリ珍本全集は第二期に入り、
きっと値上げするんだろうなと思っていたが、値段据え置き。
こっそり値上げを続けている論創ミステリ叢書と違って、この点も評価すべき。




(銀) 『九十九本の妖刀』の初刊本は大手の講談社から出ており、
しかもこの長篇は映画化もされた(2020年9月4日の当Blog記事を見よ)。
にもかかわらず、昭和の後半から21世紀を15年も過ぎるまで大河内の存在は人々の記憶から忘れ去られていたのだから、探偵作家業なんて儚いものだ。大河内単独著書として、文庫本ではまだ一度も出されたことが無いから、次は大河内の文庫だな。




2020年12月6日日曜日

『野村胡堂探偵小説全集〈全一巻〉』野村胡堂

2014年12月21日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

作品社 末國善巳(編)
2007年3月発売



★★★★     あらえびす氏の探偵小説




本書後半の随筆・発言篇を読むと、胡堂が探偵小説に親しみ、江戸川乱歩と交流を深め共に黒岩涙香本を蒐集したり、ドイルのみならずヴァン・ダインやクイーンなど海外作家にも目を通し、日本探偵作家の才能と努力に正当な敬意を払っているのが好ましい。では、ご本人の書いた探偵小説はどうか?

 

 

創作篇は3つのパートに分かれる。まず第一のチャプター。

呪の金剛石」「青い眼鏡」「死の予告」「女記者の役割」「踊る美人像」

 「悪魔の顔」「流行作家の死」「古銭の謎」「悪人の娘」「古城の真昼」

 「判官三郎の正体」「音波の殺人」「笑う悪魔」

 

 

警視庁・花房一郎/新聞記者・千種十次郎/〝足の勇〟こと早坂勇のレギュラー・キャラ三人によるシリーズ。甲賀三郎風の通俗的な謎解きなのだが、何かが欠けている。いわゆるつまらない探偵小説にありがちなことで、例えば短篇の構成を序盤 → 中盤 → 後半に分解して見てみた時、中盤 → 後半、つまり探偵役が謎を突き詰め、最終対決で犯人を取り押さえるまでの最も肝心な緊張したサスペンスの盛り上がりがまったく書かれず、いきなり犯人逮捕の場面になっていたりする。そんな欠点があるのでいまひとつ。

 

 

あらえびす氏は論理性は苦手、あるいは向いてなかったんだろうか?乱歩はおろか、森下雨村や小酒井不木よりかなり年齢が上なので、世代ギャップもあるかも。それに比べると次の怪奇小説ものは、より自然にこなれていて良かった。

「死の舞踏」「焔の中に歌う」「葬送行進曲」「法悦クラブ」

 


三つめのチャプター。戦前の雑誌『少女倶楽部』を中心に書かれた少女探偵小説も、発表媒体に見合った子供向け小説を書き慣れた胡堂なりの出来。

「天才兄妹」「眠り人形」「向日葵の眼」「身代りの花嫁」「水中の宮殿」「九つの鍵」

 

 

ほぼどれも都会を舞台とした華やかなシチュエーション、胡堂お得意の音楽ネタも随所に鏤めてある。作品としての読後感は★3.5だが、編者・末國善巳の丁寧な仕事は★5つ。
で、総合して★4つの評価とした。
でも胡堂の探偵小説全集を謳っている以上、大人ものだけに絞るのならともかく、本書は六篇のジュヴナイルも収めているのだから、どうして巻数を増やし「六一八の秘密」「スパイの女王」「都市覆滅団」等、わんさか残っているジュヴナイル長篇探偵小説も総ざらえしなかったのか?




(銀) 岩手県の野村胡堂・あらえびす記念館へ寄贈された野村胡堂宛書簡2087通のうち238通の内容を収録した『野村胡堂・あらえびす来簡集』という本がある。それの巻末に載っている胡堂宛全書簡リストにある探偵小説関係の発信者名を拾ってみると、次のような名前が見つかる。


乾信一郎/海野十三/江戸川乱歩/大倉燁子/奥村五十嵐/木々高太郎/九鬼澹/

甲賀三郎/城昌幸/高木彬光/武田武彦/田中早苗/角田喜久雄/

延原謙/水谷準/森下岩太郎(雨村)/山田風太郎/横溝正史/


どうしても時代小説の書き手が多くなるけれど、作家としても報知新聞グループ編集者としても胡堂と探偵小説シーンとは接点があり、実際書簡が残存していない探偵作家とも大なり小なりの面識はあったのだろうと想像される。




2020年12月5日土曜日

『本の窓から~小森収ミステリ評論集』小森収

2015年9月27日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創社
2015年9月発売



★★★   論じられている小説の多くが私には新しすぎた



元は雑誌に連載されたもので、コラム一本の量が原稿用紙四百字詰め三枚弱程とかなり短いミステリ評論133本。基本的に広義なオールド・ミステリが素材だが、殆どが海外作品。他者がやらない手薄なところを守りたいらしく、スパイ小説やハードボイルドなどの数が目に付いた。ボーナス収録扱いの第六部は「恋愛小説」が対象。



小林信彦『地獄の読書録』のような濃いブック・ガイドよりもひとつひとつのコラムがライトな印象なので、このような束のある論創社のハードカバーより、文庫とか選書といったハンディな作りの本のほうが向いていたような気も。だが、それは著者の語り口が淡々としているから一見そう見えるのであって、看過できない鋭い批評が内包されている。


 

例えば横溝正史の『獄門島』について二本書かれており、ひとつはカーの某作トリック再利用の指摘。とかく正史はミステリ好きと呼べぬ、映像など副産物系の自称ファンが多いせいか、作品の問題点についての言及がなされず盲目的に褒められすぎだと思う。ド素人よりも著者のようなミステリに精通した人々がもっと正史作品について語るべきだ。また、高木彬光など日本の本格に見られる「作者と読者の対決に比重を置きすぎるあまり、なにゆえ解決に至ったかの論理描写が抜け落ちてはいないか?」という問題の提起も頷ける。

 

 

もうひとつの『獄門島』コラムでは、現行の角川文庫の文字遣いは1973年旧版のテキストと突き合わせると全面改訂といっていい程の改悪だと指摘している。偽善の皮を被ったテキスト改変や言葉狩りこそ作家の表現の自由に反する行為。だいぶ前から一部の有識者が警鐘を鳴らしてきたのに、大手出版社の言葉狩りは一向に止まない。この事には私も過去のレビューで度々噛付いてきたし、今後も続けるつもり。

 

 

小森収の姿勢には好感が持てるのだけど、取り上げている素材はオールド・ミステリというにはいかんせん時代が近いものが多く、自分の嗜好とはあまり合わなかったのが残念。ただ、それは言うまでもなくこの本を取り上げた私が悪いのであって著者の非ではない。炙り出している問題が適切なだけに、素材とする小説が(海外作も含めて)1950年代以前のものばかりだったら有難かった。ちなみに小森は1958年生まれ。




(銀) 岡嶋二人、村上春樹、ジェームズ・M・ケイン、フレデリック・フォーサイス・・・。こういった作家達は昔から私の興味の対象ではないし、これから先もきっと変わらないだろう。いくら著者が具眼の士で欠点が特別無くとも、自分の読まない作家がこれだけ多いと、褒める事貶す事どっちもしづらい。日々読み耽っているぶんだけ物申すべき事も多い作家や作品ならまだしも、自分の嗜好に合わないものをAmazonのレビューしかり個人のBlogしかり、世間の目に触れるような場所で「ああだこうだ」言う行為はmeanless





2020年12月4日金曜日

『深夜の市長』海野十三

2016年11月22日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫 日下三蔵(編)
2016年11月発売



★★★★  政治小説ではないが、
             今読んでほしい「深夜の市長」




昭和の終わりに出た三一書房版『海野十三全集』はテキストが語句改変されて不満のあるものだった。例えば「深夜の市長」冒頭は本来〝ラジオの気象通報は、満洲にあった高気圧が東行して〟とあるべきで、昭和22年鷺ノ宮書房版までは正しい表記なのを確認しているが、海野が亡くなった昭和24年より後に刊行された『深夜の市長』においては、海野以外の第三者が〝満洲〟〝中国〟へ変えてしまっている本がある。

 

 

私の手持ちの本だと平成9年の講談社文庫コレクション「大衆文学館」シリーズ『深夜の市長』が改変版になっており、元通りのテキストに戻らないものかと思っていたら、本書ではキチンと昭和11年春秋社版初刊本を底本にしていたので良かった。二ヶ月前に出た『蠅男』は〝初刊本に近いテキスト〟などという中途半端な姿勢で失望したが書影まで紹介しておきながら初刊本を調達できなかったのか?)、今回はOK

 

 

この長篇の舞台・T市というのは間違いなく東京だが、まだ都になる前の話。ちなみに解説で編者は「深夜の市長」をノン・シリーズ扱いとしているけれど、帆村荘六ものの準レギュラー・雁金検事は出てくるので海野作品の中では同一世界での物語となるのだろう。久生十蘭の「魔都」と並ぶ戦前最後のモダン都市東京ストーリー、二作とも『新青年』連載時の挿絵は吉田貫三郎。

 

 

市会のドン・動坂三郎はT市長を死に追い込み、更に主人公・浅間信十郎をも社会的に抹殺せんとする。謎の老人〝深夜の市長〟とは何者か?東京都政の腐敗に揺れている平成28年、奇しくも良いタイミングでこの長篇が復刊されたものだ。

 

 

他に十短篇を併録。

「空中楼閣の話」「仲々死なぬ彼奴」「人喰円鋸」「キド効果」「風」

「指紋」「吸殻」「雪山殺人譜」「幽霊消却法」「夜毎の恐怖」

 

小品というべきものばかりだが殆どがレア。「幽霊消却法」では敗戦で一度は死を決意するも再び筆をとった海野が「壁の中へ塗りこめちまいましょう。エドガワ先生が、よくお使いになる手よ」と戦前のような感じで笑わせてくれる。剽軽なものが多いので、二種の夫の幻影に殺意を抱いた妻を描く「夜毎の恐怖」やスプラッター・ホラー「人喰円鋸」でさえ、どこかしらユーモラスに見えてしまうのが不思議。




(銀) 『獏鸚』『火葬国風景』『蠅男』と違ってレアな作品も含みつつ、また底本のセレクトも手抜きをしていないので☆5つ。



海野が亡くなって六年後、ポプラ社が企画した子供向けのシリーズ「日本名探偵文庫」全25巻の中に『深夜の市長』も組み込まれた。ところがその内容は主人公を帆村荘六に改変したジュヴナイルとしてリライトされており、既に海野はこの世の人ではないのだから、これが第三者の手による仕事なのは明らか。



「日本名探偵文庫」では海野の他にも、故人の作品で大人ものを子供向けに書き換えたものとして甲賀三郎の『姿なき怪盗』及び『黒い天使』(オリジナルは「乳のない女」)がある。江戸川乱歩の場合、氷川瓏、武田武彦らに子供向けリライトをさせていた事は周知の事実だが、海野と甲賀の場合は誰がリライトしたか判明していないので、何かムズムズしてしょうがない。戦前、三上於菟吉の少年少女小説を博文館の編集者が代作していた例とてあるし、「日本名探偵文庫」だって実はポプラ社の編集者が書いてました、みたいな好ましからぬオチも絶対に無いとは言い切れない。




2020年12月3日木曜日

『火葬国風景』海野十三

2015年9月15日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫 日下三蔵(編)
2015年9月発売



★★★★  ベリー・ベスト・オブ・海野十三 その2




行して出た『獏鸚』と本書は探偵小説/海野十三の熱心なファンならきっと所有している筈のちくま文庫『三人の双生児』を二冊に分けて少し増補しただけで、さしたるボーナス収録も無く解説までほぼ流用していてガッカリ。



三人様の告白話から浮かび上がる戦闘機事故 → ×××× を ×わせて復讐する展開の「恐ろしき通夜」、蠅をテーマとする異なる7つのエピソードをメドレーにした着想が素晴らしい「蠅」、青年の好色な覗き・フェティシズムから最後のたった二行で変態度を引き上げる「階段」、いずれも今の時代に読んで少しも古びていない。グロテスクで息苦しい素材も〝柳に風〟な筆が程良いバランスに中和してくれるのが肝。「三人の双生児」は戦前の(昭和16年刊)春陽堂文庫収録時には(伏字でなく)6頁も切取削除を食らうほど猟奇の匂いを発しながら、泣ける要素も持ち合わせた出来栄え。 

 

▲収録作:

「電気風呂の怪死事件」「階段」「恐ろしき通夜」「蠅」「顔」

「不思議なる空間断層」「火葬国風景」「十八時の音楽浴」「盲光線事件」

「生きている腸」「三人の双生児」/エッセイ「【三人の双生児】の故郷に帰る」

 

数多い少年物にも別の魅力があるが、昭和6~13年初期型海野はズバ抜けて猥雑で面白い。参考までに、徳島県立文学書道館が刊行している「ことのは文庫」(平成19年刊)/『三人の双生児』『十八時の音楽浴』は今回の創元推理文庫二冊と収録作が少ししかダブってなく価格も安いのでお薦め。在庫さえあれば書道館の通販でも買える。

 

ことのは文庫 収録作:

 

〇『三人の双生児』

「三人の双生児」「【三人の双生児】の故郷に帰る」「くろがね天狗」「夜泣き鉄骨」「爬虫館事件」「骸骨館」「透明猫」

 

○『十八時の音楽浴』

「十八時の音楽浴」「電気看板の神経」「空気男」「洪水大陸を呑む」「特許多腕人間方式」「俘囚」「生きている腸」「ある宇宙塵の秘密」

 

解説/山下博之   各420

 

 

論創ミステリ叢書では今以て、海野単独名義の巻は刊行されていない。海野の専門家達/長山 靖生・會津信吾・瀬名堯彦・海野十三の会による三一書房版全集未収録作を多数収めた単行本が欲しい。(ヨコジュンもいてくれたら・・・)




(銀) 池田憲章周辺で制作・リリースすると耳にしていた『海野十三読本』の企画はいったい何処へ消えてしまったんだ?「新八犬伝」の研究本といい、こちらがすごく読みたいと思う本を「出すぞ!」みたいに聞いていたのに、どれも実現せず口先だけに終わってしまった。もっとも平成9年に同人出版で出された『名探偵 帆村荘六読本』という(これは池田の仕事ではない)、実にマニアックなファンブックは先行していたのだが。




2020年12月2日水曜日

『獏鸚/名探偵帆村荘六の事件簿』海野十三

2015年8月1日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫 日下三蔵(編)
2015年7月発売



★★★★  ベリー・ベスト・オブ・海野十三 その1




『新青年』を中心に発表された海野十三初期傑作短篇のうち、本書は青年探偵帆村荘六シリーズを十篇収録。現実にはありそうもない空想的な犯罪を科学的視点をもって描く。「点眼器殺人事件」などはその最たるもので、なんとも馬鹿馬鹿しい。だがそのコミカルさと、時にはグロに時には辛辣に展開するのが海野の魅力。そして忘れられがちだけど、江戸川乱歩に次いで海野には戦前昭和の懐かしさがあると思うのだ。




さて回二冊刊行されるらしい海野だが、収録作が01年にちくま文庫から出た『三人の双生児』と殆ど重複しており、コアな読者にとっては微妙。本書の中でやや珍しいといえるのは前述の「点眼器殺人事件」ぐらい。ちくま文庫に未収録だった「麻雀殺人事件」「省線電車の射撃手」「ネオン横丁殺人事件」「獏鸚」も三一書房版全集で手軽に読めるものだし。

 

 

帆村荘六の登場する事件はこれ以外にもまだ多くの作品が残っている。東京創元社はミニマムな傑作集で手堅く一般向けな選択を採ったのだろうが、ここは一発、今までにない明確なコンセプトを以って頁数や巻数を増やし、「蠅男」のような大人向け長篇、そしてジュヴナイルまでも網羅したコンプリートな帆村荘六シリーズを出してほしかった。

 


本書で良かったところは、「振動魔」の探偵役に帆村荘六ヴァージョンと田部巡査ヴァージョンがあって、どの本にどちらのヴァージョンが載っているかを解説にて一覧にしている点。それと「獏鸚」をあしらった遠藤拓人のカバーイラストもgood

 

 

▲収録作: 

「麻雀殺人事件」「省線電車の射撃手」「ネオン横丁殺人事件」

「振動魔」(帆村ヴァージョン)「爬虫館事件」「赤外線男」

「点眼器殺人事件」「俘囚」「人間灰」「獏鸚」




(銀) 一年経って〈名探偵帆村荘六の事件簿 2 〉となる『蠅男』が発売された。そちらの収録作は「蠅男」「暗号数字」「街の探偵」「千早館の迷路」「断層顔」。それにしてもこんなシュールでSFと探偵小説の畸形児みたいな作品を初めて目にした現代の新しい読者はどのように受け取ったのだろう? 少しでも売れたのなら嬉しいけど。



結果的に海野は翌年の『蠅男』と『深夜の市長』を合わせて計四冊が創元推理文庫からリリースされた訳だが、最初の二冊のセールスが合格点に達したので年を跨いであと二冊分のゴーサインが出た・・・そんな扱いなんだろうな。つまり東京創元社は四冊立て続けに出す程、海野の企画に気合を入れてはいなかったように私には思えた。




2020年12月1日火曜日

『藤村正太探偵小説選 Ⅰ 』藤村正太

2014年12月12日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第81巻
2014年12月発売



★★★★★    構成力の欠如



昭和24年、この作家は川島郁夫の名で世に出て、昭和33年に本名の藤村正太へ筆名を変更。本巻は川島時代の作品群なので、ここでは彼の名を川島と呼ぶ。

 

 

初期に書かれたものは本格を目指したトリッキーな作風だというが、無理やりなどんでん返しを用いたり、どの作もゴタゴタしていて一本筋の通った読後の良い印象が残らない。「黄色の輪」「接吻物語」「盛装」「虚粧」「或る自白」「筈見敏子殺害事件」・・・・どれもこれも作者は七転八倒してアリバイや密室工作を拵えるのだが、終盤に余計な小細工をやりすぎるため、その作品における明確な線がぼやけてしまう。

 

 

「断層」のラストでの犯人のルナティックな狂人的行動など唐突で不可解。きっと彼も御多分に洩れず、江戸川乱歩の影響(特に初期短篇や「陰獣」)が強いのだろうと推測される。でも乱歩とは違い、結末の二転三転が有機的に活かされず、クドいだけなのが惜しい。

 

 

作品のヴァリエーションはそれなりにあって、「暴力」「その前夜」は設定が時代物のミステリだったり、「田茂井先生老いにけり」はユーモア仕立、戦争が一人の人間の性質を変えてしまう「或る特攻隊員」は非ミステリながらも力作で、ここでは小細工こそしていないのだが又も印象的なラストを作り損ねている。裁判のある盲点な制度を扱った「法律」も締め括りが弱い。小酒井不木風の生臭い戦慄医学ミステリ「液体癌の戦慄」「武蔵野病棟記」も雰囲気はすごく良いのに・・・。

 

 

もともと私は麻雀推理物や社会派を書いた藤村正太時代には興味がなかったが、次回配本予定の『 Ⅱ 』もこの調子なら不満は残る。あと乱歩賞受賞作家・藤村正太という理由で本叢書を買う人はまずいないと思われるから、普通に『川島郁夫探偵小説選』として出してよかったのでは?この巻は内容ではなく、川島郁夫名義の作品を纏めた初の単行本という理由での★5つ。



(銀) 藤村正太名義になってからの著書だと、『孤独なアスファルト』『大三元殺人事件』『原爆不発弾』などよりも『ねぶたの夜 女が死んだ』とか短編集の『魔女殺人』『女房を殺す方法』みたいなもののほうが社会派臭さが無いのでまだマシかな。私自身、麻雀をやらないので麻雀ミステリをやられても・・・。


戦前の探偵作家にも麻雀が好きで教則本を出している人さえいるが、藤村ほどゴリゴリに麻雀を作品へ取り入れた前例は無かった。