2020年8月23日日曜日

『乱歩彷徨/なぜ読み継がれるのか』紀田順一郎

2011年11月11日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

春風社
2011年11月発売



★★★★   「怪人二十面相」謎の休載の裏に2・26事件の影


   


この歳になって紀田順一郎が江戸川乱歩評論を上梓するとは思わなんだ。そして予想以上に充実した内容にちょっと驚き。





『探偵小説四十年』に「負」の情報の隠蔽があるのを喝破したのは中相作だったが、中氏がwebサイト『名張人外境』で長年検証してきた手法が本書に活かされているところもある。例えば『探偵小説四十年』にてスルーされた、矢留節夫が戦後の乱歩を〝ジリ貧〟だと評したコラムに着目。こういう乱歩が自著に残していない情報は得てして乱歩評論から抜け落ちてしまうもの。


ジュヴナイル第一作「怪人二十面相」を初出誌『少年倶楽部』と単行本のテキストとで比較し、連載の進行に伴う乱歩の執筆意識の変化と取巻く当時の黒い世相、そこから意外な盲点を炙り出す。この第二部は本書中、圧巻の面白さだ。


ただ少年探偵ものの嚆矢とされる「怪人二十面相」には、先行して発表された佐川春風(=森下雨村)の「怪盗追撃」(戦前ヴァージョン)によく似た場面がいくつもある。この「怪盗追撃」は古書でもなかなか読めないうらみがあり紀田も気づいていない。「怪人二十面相」、必ずしも全てにおいて革新的とは言えない事実を、今後誰かが新たな評論としてものするのを待ちたい。






そして乱歩戦後最大の敵を松本清張と置く。私など所詮清張ごときは坂口安吾と同様、他のジャンルからミステリ界にたまたま足を踏み入れただけの作家としか思っていないのだけど、清張が「お化け屋敷」と揶揄する探偵小説は二時間ドラマネタの社会派ミステリなんぞよりもしぶとい固定ファンの支持があるからね。おっと、175頁の「偕成社」は「ポプラ社」のミス。

 

 

本書が生まれたとなれば2009年神奈川近代文学館「大乱歩展」の意義も大きかったと喜びたい。必読の乱歩評論が一冊加わった。






(銀) 手応えのある内容だったのでAmazon.co.jpレビュー投稿時には★5つにしたけど、この本の初版は本当に間違いが多かった。それも、『江戸川乱歩語辞典』みたいなゴミ・レベルの本ならともかく、紀田順一郎の著書にこんなミスがあってはいかんだろ。




いちいち細かいこと言いたかないけど、近頃は論創社の本まで平気で誤字だらけだったり、ましてや毎日twitterとヤフオクしかしてなくて単に長年横溝正史にパラサイトしているだけの木魚庵みたいな人間が『金田一耕助語辞典』の制作やNHKの番組に呼ばれるご時世。一体どこまでプロフェッショナルのいない世の中になってゆくんだろうな。




そんなことだからスマホ無しでは生きていけないアタマの悪い連中には「本なんて誤植やミスが数か所あってもフツーでしょ?」みたいな考えがまかり通るんだよ、ったく。少なくとも探偵小説関連の書籍にだけは今以上〈誤植やミスだらけの本〉が増えてほしくないので、本書も厳しく★1つ減点した。紀田順一郎もいよいよ老いてしまったか、春風社の校正担当者が仕事のできない人間だったのか、定かではないけれど。





2020年8月22日土曜日

『十三の階段』山田風太郎

2011年9月8日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

出版芸術社 山田風太郎コレクション③
2003年2月発売



★★★★★   『宝石』世代の探偵作家ショーケース



山田風太郎が参加した連作小説コンピレーション。こういった珍品群は、大物でも各自の著書にその書き手の分しか収録されなかったりするので、時が経ち絶版にでもなってしまうと入手が厄介になる。在庫があるうちに買っておきたい。




■「白薔薇殺人事件」 香山滋 → 島田一男 → 山田風太郎 

                    → 楠田匡介 → 岩田賛 → 高木彬光


■「悪霊物語」    江戸川乱歩 → 角田喜久雄 → 山田風太郎

■「生きている影」  角田喜久雄 → 山田風太郎 → 大河内常平

■「十三の階段」   山田風太郎 → 島田一男 → 岡田鯱彦 → 高木彬光


■「怪盗七面相」   島田一男 → 香住春吾 → 三橋一夫 → 高木彬光 

                       武田武彦 →  島久平 →  山田風太郎


■「夜の皇太子」   山田風太郎 → 武田武彦 → 香住春吾 → 山村正夫

                                                               → 香山滋 → 大河内常平 → 高木彬光

 


「十三の階段」で全篇活躍する神津恭介は他にも本書のあちこちに登場するのでお楽しみに。「悪霊物語」では風太郎が明智小五郎・加賀美敬介を登用。「怪盗七面相」には荊木歓喜ら参加作家のお抱え探偵キャラ達が各話に出演(ただ敵役七面相ってのがショボい)。少年もの「夜の皇太子」はなんとか初出誌が揃ったそうで、初の全話単行本収録。


 

連作は雑誌の話題作りが目的ゆえ統一性が無いなどと云われるが、なかなかどうして最初の四篇は緊迫感を楽しめた。アジャパーなんて時代を感じる当時の流行語がお気楽に使われてたりするのも連作ゆえの遊びかしらん。こんなテーマでもやっぱり角田喜久雄は小説が上手いし、風太郎と高木彬光はトップもしくはラストを任される事が多いんだね。いや満喫。痒い処にまで行き届いた、出版芸術社による気の利いた企画だった。


 

でも乱歩、風太郎と連作ものを纏めた単行本があって、なぜ横溝正史のそれは未だにないのか、この辺がよくわからない。



(銀) 出版芸術社は2015年に静山社系列に身売りされたが、原田裕が逝去した今でも事業は継続されていて新刊本も出している様子。しかし、原田ほど探偵小説に愛情があるとは思えぬ現在の社長に私が買いたくなるような新刊を出す意向は全く無さそうで、時の流れには逆らえないということか。

 

その出版芸術社が過去にリリースした風太郎本の中で、危惧したとおり本書は流通が無くなっている。風太郎以外の各作家のファンがこぞって買ったため、この巻だけわりと売れた? もしくは出した部数が他の巻より少なかったのかな。




2020年8月21日金曜日

『「宝石」一九五〇/牟家殺人事件 』

2012年5月13日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

光文社文庫 ミステリー文学資料館(編)
2012年5月発売



★★★★  「抜打座談会」は載せてほしかった





今回は長篇「牟家殺人事件」(魔子鬼一)に、四短篇「首吊り道成寺」(宮原龍雄)「四桂」(岡沢孝雄)「贋造犯人」(椿八郎)「妖奇の鯉魚」(岡田鯱彦)を収録しているが、前回の『悪魔黙示録/「新青年」一九三八』ほど満腹感はなかった。でも、作品セレクトの良し悪しはあくまで私個人の嗜好の問題なので、たいした事じゃない。気になった点は他にある。


 

「一九五〇=昭和25年」が探偵小説界にとってどういう年だったか、本書でそれを象徴しているのは小説よりも、江戸川乱歩派 vs 木々高太郎派の論争をレポートする二つの随筆「抜打座談会を評す」(江戸川乱歩)「信天翁通信」(木々高太郎)だと思うのだが、論争が起こるきっかけとなった「抜打座談会」そのものが未収録なのはいただけない。底本を『宝石』のみに限定してしまった為に、『新青年』に掲載された「抜打座談会」は収録できなくなってしまった。これは失敗だったんじゃないかなぁ。


 

『悪魔黙示録/「新青年」一九三八』レビューに書いたとおり、探偵小説年鑑みたいに一年単位で区切ってフォーカスするアイディアはGood。ただ、掲載するテキストの底本とする雑誌を一年一誌とはせず、また探偵雑誌からだけではなく良い作品があれば大衆雑誌からも採ったってよかったのでは?なんだかミステリー文学資料館に蔵書があるものからしかテキストを選ぶ気がなさそうなんだよね、最近。 山前譲・新保博久のご両人及び光文社文庫の担当編集者殿、その辺なんとかなりませんか?


 

もうひとつ。前回も思ったけど、クロニクルなのだから時事も絡めて、解説をもう少し熱っぽく書いてほしいな。なぜ〈その年〉に注目したのか、そして〈その年〉の社会情勢はどうで、探偵小説界はどういう状況で、収録された作家はどういう活動をしていたかを。でないと、昭和25年の『宝石』にはこんなのが載ってましたよってだけのアンソロジーに思われてしまう。このシリーズの方針を改めて明確にするためにも、次巻での巻き返しに期待する。




(銀) 前回の『悪魔黙示録/「新青年」一九三八と本書をもって、ミステリ・クロニクル・シリーズは終了してしまった。『「宝石」一九五〇/牟家殺人事件』は作品の選択があまりにもマニアック過ぎて一般層は手を出しにくかったのかな? 自分的には『麺’s ミステリー倶楽部』『古書ミステリー倶楽部』みたいなつまらない企画よりよっぽど良いと思ったのだが。


 

本書に満足できなかったのは、メインの魔子鬼一「牟家殺人事件」が字面がやや読みにくい内容だったというのもある。この人は本格の資質を持ち合わせていないようだし、ズブズブの変格で創造のイメージを自由に広げたほうが良いものが書けたかも。




2020年8月20日木曜日

『少年少女昭和ミステリ美術館~表紙でみるジュニア・ミステリの世界』

2011年10月24日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

平凡社  森英俊・野村宏平(編)
2011年10月発売




★★   最高のVisual Bookだけに、
       書影・書誌データとも思ったよりミニマムで残念



不幸にも元来、児童向け探偵小説本はユーザー・研究者の両方から粗雑に扱われてきた。だから本書の刊行には多大な期待を寄せていた。



まず通読して思ったのは、一冊分の書影が大きすぎて掲載冊数が少ない事。各書影を小さくしてかまわないから、特に稀少で人気の高い(第二〜三展示室に掲載されている)昭和45年までの各全集は可能な限り全ての書影を並べてもらいたかった。この分量ではあまりに物足りない。


 

また巻末に全集リストが付いているが、タイトルと作者名だけがメインでは簡素すぎる。本書は上質なハードカバー製なので増頁して価格を上げたくない事情は解るけれど、紙質のコストを抑える等の工夫をしてでも書誌データ(頁数、装幀・挿絵画家名、収録作品詳細、前書・後書・解説・函カバーの有無、発行日、等)はキッチリ明記するべきだった。



 

書かれた文章を読んで感じるのだが「この全集のうちどれがキキメ(入手難)」などと悪い意味でのコレクター臭がある。喜国雅彦らと繋がっている森英俊を編者にするとこうなるから駄目なのだ。資料として後世に残す愛情があるなら、そんな古本キチガイの蘊蓄よりも優先すべき情報がある筈だろうが。その点、発刊当時の関係者の一人である内田庶の証言は意味があった。


 

本書を読んで現物が欲しくなった方に申し上げる。ただでさえ投機の対象になっている探偵小説古本、まして児童書は近年その筆頭。上記第二〜三展示室掲載の多くの古書は5桁、ものによっては6桁もする。火傷をしたくないなら2011年秋『少年小説コレクション』をスタートする論創社のような、テキストを改悪しない良識出版社に復刊リクエストをよせるのもいいかもしれない。


 

評伝『別名SS・ヴァン・ダイン』を出したばかりの藤原編集室の本書立案は評価できるが、全ての現物を所有するのが相当困難なのは誰の目にも明らかなだけに、編集内容は★★。本当に惜しい。森英俊と、協力した古本屋には★1つの資格もなし。




(銀) 藤原編集室と森英俊。真っ当な編集者と転売が日課の古本乞食とが一緒に仕事をする、現代の探偵小説業界が芯から腐敗しているのを象徴するような組み合わせだ。


 

今となっては嘘みたいな話だが、昔の古書目録をひっぱり出して見てみると1999年頃までは本書で扱われているジュヴナイル古書は、稀少なものでも(超レア・アイテムを除けば)度が過ぎる価格は付けられてはいなかったのがわかる。だが本来、少年少女探偵小説の旧い単行本や雑誌はコドモが買ってもらうものだから、やたらと名前や住所だったり意味の無い落書きが書き込まれている場合が多い。コドモが成長すると親は彼らが大事にしていた本や雑誌を捨ててしまうため後世まで生き残る数が少ない上、書込み・痛みの無いものとなると本当に珍しくなる。


 

それに目を付けた〈ミステリ専門店を名乗る古本屋〉が、「新しいカモを見つけた」とばかりに法外な価格に吊り上げていく。おまけに森英俊のような奴らがレアなジュヴナイルを必要以上に持ち上げて騒ぎ立てるので、結局ある種のものなんて一冊何万円もするようになってしまった。ぶっちゃけたことを書いてしまうけれども、ジュヴナイルに読む価値など無いなんて言うつもりは毛頭ないが、だからといってこんなトチ狂った金額の古本を買い集めてまで読むほどの必要があるなんて、とても思えない。



この本の制作に協力した古本屋というのは都内西荻窪のにわとり文庫と広島の古書あやかしや。いくら稀覯本を扱うからといっても、前者の極悪な値付けは論外。





2020年8月19日水曜日

『大倉燁子探偵小説選』大倉燁子

2011年5月3日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第49巻
2011年4月発売



★★★    カルトの女王、降臨す



古書市場におけるレア度が異常に高く、本書刊行に待ち草臥れたファンも多いことだろう。探偵小説処女作「妖影」が昭和9年。探偵文壇への登場は早くはないので意外に思われるだろうが、実はこの人江戸川乱歩・横溝正史、更には小酒井不木・森下雨村・夢野久作よりも年上の明治19年生まれ。国学者・物集高見の娘で二葉亭四迷や中村吉蔵に師事、平塚らいてうとも交流があるという毛並の良さもあり、贅沢なデビューの場を用意された。

 

 

 

点在するアンソロジーの収録作や初出雑誌を個別に読んでも大倉燁子の芸風はよくわからなかったが、一冊に纏められた本書を通読してみて、ようやく彼女の作品像がおぼろげに見えてきた気がする。ビーストン/ルヴェル風味がベースにあったり、S夫人シリーズ(「妖影」「消えた霊媒女」「情鬼」「蛇性の執念」「鉄の処女」「機密の魅惑」「耳香水」)には外交官夫人としてのセレブな経験が色濃く、よく云われる心霊・霊媒趣味な作は思ったよりも少なくて、全篇通して女の〈念〉が最も強い印象を残す。

 

 

 

ただ、初期の長篇「殺人流線型」が今回オミットされたのが非常に不満。この叢書に唯一注文をつけるとしたら長・中篇をなかなか収録してくれない事。「作品の質の問題」とか「一冊としての構成バランス」を考慮した上でのチョイスなのだろう、とは容易に想像できるのだが・・・。第47巻/水谷準の時も中途半端な「瓢庵先生 〜 人形佐七」コラボ集にするぐらいなら、「獣人の獄」やその他の探偵ものの長篇を採ってほしかったし。(瓢庵先生ものは春陽文庫あたりから全作を集成して刊行すべきだ。閑話休題。)

 

 

 

以前の論創ミステリ叢書なら当然続刊が出たのに、大倉燁子はこの一冊で終了なのか?
追討ちをかけるかのように、次回配本予定『戦前探偵小説四人集』をもって、
この叢書が一時休止だという。詳細は次巻レビューにて記す。

 

 
 

 

(銀) ここに書いているとおり第50巻までの論創ミステリ叢書は長篇を収録してくれなくて、それが当時とても腑に落ちなかったものだ。

 

 

大倉燁子と水谷準、このふたりはこのあと一冊も単独著書が出ていない。「瓢庵先生ものは春陽文庫から全作を集成して刊行すべき」などと書いているが、これからそういうものを企画するとしても、春陽堂書店ではなくインディーズで頑張っている捕物出版からのリリースのほうが期待できるのかもしれない。なにせ現在『完本人形佐七捕物帳』を刊行している春陽堂は信用できないところがあるからな。ただ捕物出版のハンデは、本を買える窓口がごく一部に限られてしまうのと、プリント・オン・デマンド(POD)ゆえ装幀が貧弱だということ。

 

 

その捕物出版が大倉燁子の「新吉捕物帳」をリリースする予定があるそうで、出たら買うつもりでいるけれど、本音を申せば読みたいのは時代ものじゃなくて探偵ものなんだが・・・どうして論創ミステリ叢書で大倉燁子がこの一冊だけなのか、その想いはいまも変わっていない。





2020年8月18日火曜日

『死の快走船』(創元推理文庫)大阪圭吉

NEW !

創元推理文庫
2020年8月発売



★★★★★   もはや幻の探偵作家ではない




「幻の探偵作家」と云われてきた者達の中で、今世紀に入ってガラリと扱いが変わったのが大阪圭吉であることは前にも書いた。これは創元推理文庫『とむらい機関車』『銀座幽霊』の後に出された大阪圭吉名義の本(同人出版も含む)の中からセレクトされた短篇による新編集の文庫。以下、各篇タイトル末尾のカッコはその作品のジャンルを示す。

(本)= 本格     (ス)=  スリラー 

(ユ)= ユーモア   (国)=  国策 

(コ)= コント    (時)=  時代 

この文庫は基本的に初出誌ヴァージョンを採用しており、例外である単行本ヴァージョンには〈単〉と記す。




■「死の快走船」(本)〈単〉
 
初出時の「白鮫号の殺人事件」では探偵を青山喬介としていたが、昭和11年ぷろふいる社からの単行本『死の快走船』収録時にはタイトルを「死の快走船」へ探偵役を東屋三郎へと変え倍近い尺に。素晴らしい本格ものでありながら、海洋関連のディティールから舞台となる岬周辺の情景まで丁寧に書き込んだ申し分のない代表作。





■「なこうど名探偵」(ユ)〈単〉 

■「塑像」(コ) 

「塑像」は4頁の小品。郷土誌『新城文学』に発表した「花嫁の塑像」を改題し『ぷろふいる』に再録したものがこれ。『新城文学』ヴァージョンは『砂漠の伏魔殿/大阪圭吉単行本未収録作品集2』(書肆盛林堂)に入っている。 

■「人喰い風呂」(ユ)〈単〉
 




■「水族館異変」(ス)
 
圭吉の裏・代表作。これもなにげに海に由来する作品。





■「求婚広告」(ユ)
 
単行本ヴァージョン「謹太郎氏の結婚」はミステリ珍本全集『死の快走船』に収録。 

■「三の字旅行会」(ユ) 

登場人物の後日譚を少々付け加えた単行本ヴァージョンはミステリ珍本全集に収録。 

■「愛情盗難」(ユ) 

改題加筆された単行本ヴァージョン「香水夫人」はミステリ珍本全集に収録。

■「正札騒動」(ユ) 

〝パーマネント〟描写が削除された単行本ヴァージョンはミステリ珍本全集に収録。 

■「告知板の謎」(ユ) 

作中に「非常時型」という表現があるため防諜国策小説としていいのかもしれないが、はっきりとスパイ行為が書かれている訳ではないのでユーモアもの扱いとした。改題された単行本ヴァージョン「告知板の謎」はミステリ珍本全集に収録。





■「香水紳士」(ユ)

『少女の友』に発表した少女探偵小説。

■「空中の散歩者」(国)

■「氷河婆さん」(国)

最後の二行から国策小説扱いとしたが、実質はエスキモー悲譚。





■「夏芝居四谷怪談」(時) 

■「ちくてん奇談」(時)

この二作はまだ全話発掘されていない「弓太郎捕物帖」の第二話と第七話。
第六話「丸を書く女」も発掘しているのに本書には収録せず、盛林堂書房の同人出版としてこの一話分だけ40頁の小冊子に500円もとって本書と同時リリースで別売りしている。こういう汚い商売をするからこの古本屋にはあまり好感を持てないのだ。



その他、随筆・アンケート回答六篇の詳細は省略。

 

 

といった具合にいくつかの別ヴァージョン・テキストや初出誌挿絵こそ収録しているが、中身は2010年以降に出た『大阪圭吉探偵小説選』、ミステリ珍本全集『死の快走船』、盛林堂書房の圭吉本数種、それらからピックアップされたものばかりなので目新しさは無い。こんなコンピレーションが出るのだからもはや圭吉は幻の探偵作家ではなく、その点に関しては素直にめでたいと思う。




(銀) ミステリ珍本全集『死の快走船』についてのレビューをこのBlogに載せるのはもう少し先のことになりそう。

 

 

改めて本書の内容を眺めると、少女ものを書いたり時代ものを書いたり戦争が起これば防諜ものを書いて御国の為に協力せざるをえなかったり・・・。純粋な探偵小説だけを書いて生きてゆくことができぬ、昭和前半の日本の探偵小説家の侘しい処世術のサンプルを一冊で見せられているような気分にもなる。




2020年8月17日月曜日

『赤後家の殺人』カーター・ディクスン/宇野利泰(訳)

NEW !

創元推理文庫
1960年1月発売



★★★★★  たったひとりでいると毒死する部屋の謎




命にかかわるような危険な毒薬にも普通の人が知らないような特性を持つものがあります。我々が医者から処方される薬にもそれぞれ摂取の仕方があるように、毒薬を殺人に用いる場合にも、事前に使用上の注意を踏まえていれば優れた効果が得られるのです・・・。

実業家アラン・マントリング卿の住む邸には〈後家部屋〉と呼ばれるあかずの間がある。複数の人数なら問題は無いのに、その部屋にひとりでいると毒死して命を落とした先祖が何人もおり、今日に至るまでそのカラクリを知る者は誰もいない。とある春の晩、トランプ・カードを引いて選ばれた者ひとりがこの部屋で肝試しをするというゲームが発案され、マントリング家の人々にヘンリ・メリヴェール卿を含むゲストを加えた顔ぶれの中で、肝試しの役に当たったのはアランの妹ジュディスと婚約しているアーノルド博士の友人ラルフ・ベンダー。


 

〈後家部屋〉にひとり閉じこもって二時間過ごすというルールで10時にゲーム開始。他の面々は廊下を隔てた食堂におり15分ごとに声をかけつつ、離れた部屋の中にいるベンダーからの返事を聞いて無事を確認していた。ところがゲーム終了の12時を迎えても〈後家部屋〉から出てこないベンダーに不安を覚えた一同が扉を開けて中に入ってみると、なんと彼は一時間も前に絶命していたではないか。では〈後家部屋〉の中から返事をしていたのは・・・?


                              

 

代々伝わる恐ろしい謂れに巻き込まれるフォーマットは二年前に書かれたフェル博士もの『妖女の隠れ家』に準じている。本作は『弓弦城殺人事件』後日譚に該当するエピソードで、犯罪学者ジョン・ゴーントと共に活躍したマイクル・テアレン博士が再び登場。そして会話の中で修道院殺人事件(『白い僧院の殺人』)に触れられていることからも、この辺の作中の時間軸は発表順とシンクロしている。


 

また、H・M達があの部屋でなぜ人が死ぬのか議論しているシーンで言及される《カリオストロの箱》事件といい、H・Mが過去に手こずった捜査の一例としてハンフリイ・マスターズ警部が挙げている《ロイヤル・スカーレット》事件といい、いわゆる〝書かれざる事件〟が紹介されているのも小ネタとして注目。


 

『赤後家の殺人』はいくつかの謎の解凍がひとつの行きつく結論に収束しきれていないのでは?という点で疑問視される傾向にある。最初のうちは〈後家部屋〉の恐怖が主題だったところを、後半になって或る人物と或る人物のもつれによる思惑と工作へ視点が移ってしまい、それまでの殺人部屋伝説がやや宙ぶらりんになっている気もする。


 

もし〈後家部屋〉の因縁ネタ一本で押し切ってしまうと、それはそれで謎の提示としては単調になってしまう懼れもありうる。物語のちょうど折り返し地点でアランの弟ガイが語り出す〈後家部屋〉の長い由来が挿入されたり、ガタついたところはあっても、絡まる要素を複数盛り込んだおかげで物語に厚みが出たと言えるのかもしれない。

探偵役がH・Mだから、さほど悪い読後感を持たなかったのかな。最後まで楽しく読み通せたとはいえ、カー作品の中で出来栄えとしてはA級の下クラスか。




(銀) 『白い僧院の殺人』に続く1935年のH・Mシリーズ第三長篇。今回Blogの執筆に使用したテキストは20008月発行の26版で、カバーデザインこそトランプをあしらった山田維史の新しいイラストに変わってはいるが、解説は懐かしい中島河太郎のもの。

 

再読してみると〈気ちがい〉というワードがけっこう頻出している感じがした。新訳版が出る際いらぬ手心が加えられなければいいが。振り返ってみると本作も東京創元社・世界推理小説全集時代の宇野利泰以降、一度も新しく改訳されていないのが信じられん。


以上、盆休みを利用して一週間ぶっ通しでカーを取り上げた。明日からはまた通常のスタイルに戻る予定。