2025年2月8日土曜日

『山本周五郎[未収録]ミステリ集成』山本周五郎

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作品社  末國善己(編)
2025年2月発売



★★   カバー絵だけはサイコー




戦後の『新青年』へ発表されたにもかかわらず探偵小説として「寝ぼけ署長」が話題に上る機会は非常に少ない。私自身「山本周五郎探偵小説全集」や「周五郎少年文庫」をいくら読んでも、ミステリのフォーマットに寄せているだけで、スピリット(奇想と言い換えてもいい)が伴っていないため、この人ならではの魅力を享受できずにいる。それゆえ、2000年以降リリースされた周五郎の本にまだ未収録だったレアものを頑張って末國善己が総ざらえしたと聞いても食指は動かなかったのだが、すごく好みのカバー絵に抗いきれず、つい本書を購入してしまった。

 

 

探偵小説やSFの場合〝奇想〟と呼べるアイディアがあればあるだけ読み手の記憶に残るし、逆にそれが無かったら印象はひたすら薄くなる。このジャンルの人ではない周五郎にそこまで求めるのは気の毒だけど、突き抜けた作品がひとつとして無いのは厳しい。彼の探偵小説を収めた一連の単行本同様、いやそれ以上に、今回の本は最後まで読むのが苦痛だった。

 

 

まず長篇などの連載物だが、冒頭の「少年ロビンソン」「新宝島奇譚」が至極ありきたりな冒険小説すぎて、いきなり出端を挫かれる。また軍事色の強い「鉄甲魔人軍」(春田龍介シリーズ)と「幽霊要塞」にしても、前述の二篇がトコトンつまらなかったせいか、その道連れでこちらのテンションは下がる一方。常々思うのだけれども、決して少なくはない数の探偵小説を執筆していながら、周五郎の描くキャラクターに個性が感じられないのは何故?

 

 

それに比べて短篇、特に大人向けの小説はいくらかマシ。ちょいとお下劣なページが多い『講談雑誌』に発表した「男でなかった男の恋」「H性病院の朝」「接吻を拒むフラッパー」は〝性〟を扱った内容で、大上段に振りかぶったアクション・スリラーより、こういうチマチマした日常を描いているもののほうに意外と味があるのではなかろうか。片やジュヴナイル系短篇には「魔ヶ岬の秘密」「幽霊飛行機」「火見櫓の怪」「深夜、ビル街の怪盗」「少女歌劇の殺人」「殺人円舞曲」が並び、中には小ぶりながらトリックを用いた作品も含まれ、探偵小説と銘打った面目は一応保てている。

 

 

本書収録作の初出誌は前段で述べた『講談雑誌』の他『少年少女譚海』『新少年』に限定されており、その版元は博文館。周五郎の探偵小説は博文館雑誌の一面を象徴しているとも言えよう。最初から予想していたとはいえ、本書はカバー絵(太田聴雨「星を見る女性」)の比類なき素晴らしさに小説が見合ってなくてガッカリ。やっぱり書店で中身を確認した上で買うべきだった。それでもここまで周五郎探偵小説を発掘した末國善己と、辛抱強く末國をフォローし続けてきた作品社に対しては「お疲れ様」と言わねばなるまい。
 
 

 

(銀) 冬場、暖房の入った自室でハードカバーの古書を読んでいると堅表紙がまるでイナバウアーのように反り返ってしまう。それが嫌なので、この時期は気を付けているのだが、ふと目を離した隙に、ベッドの上へ放り出しっぱなしにしていた本書はイナバウアー状態になっていた。新刊本でもそういう事が起こり得るからご注意を





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