2024年9月21日土曜日

『青髭殺人事件』藤澤桓夫

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講談社 ロマン・ブックス
1959年3月発売



★★★    肩の凝らない読み物




藤澤桓夫には『康子は推理する』(東京文藝社)というミステリ系の単行本があり、女子大生・滝口康子を探偵役に据えた八つの短篇が収録されている。また、その他の著書を見ると、講談社ロマン・ブックス『そんな筈がない』の収録内容は『康子は推理する』の前半部分、『青髭殺人事件』は同書後半部分に該当する。

 

 

『そんな筈がない』と『青髭殺人事件』は『康子は推理する』を分割再発したように思われがちだけども、『そんな筈がない』のリリースが昭和32年、『青髭殺人事件』が昭和34年、『康子は推理する』が昭和35年。ロマン・ブックスの二冊のほうが『康子は推理する』より先に刊行されているのである。

 

 

ロマン・ブックスを用いて紹介するなら、順番からいくと『そんな筈がない』を先に取り上げるのが筋なのだが、どこに放り込んでしまったか、ライブラリーを探しても見つからない。それでしょうがなく本日は『青髭殺人事件』を俎上に載せる。もっとも続きものではないし、どっちを先にしようと差し障りは無いけどね。

 

 

「青髭殺人事件」

康子の高校時代のクラスメイト乾幸子は幼い時分に両親を亡くし、ずっと叔父夫婦に育てられた負い目もあって、十八の若さで洋画家・今岡継雄のもとに嫁いでいる。ところが継雄は酒にも女にもだらしのない男で、幸子にすっかり厭きてしまい、キャバレーにいた女を家に連れてきて、一緒に暮らす始末。その継雄が泥酔状態のまま、家のそばの溝川で仰向けになって死んでいた。

こうなると疑惑の目は幸子に向けられがちだが、一概にそうとも言えない。同居している継雄の母は旧い素封家の老未亡人で、世間体を気にする性格。その上、死んだ継雄は夫が芸者二号に産ませた生さぬ仲の子供ゆえ、二人の関係は非常に悪かった。ツーカーの新聞記者・小島純吉はしぶる康子をこの事件に引き入れ、犯人を探り出そうとする。

 

 

「スクーター殺人事件」

山陰地方にある海岸沿いの小さな町。康子は夏休みを利用して医学部の友人・久坂秋子の実家に滞在している。その土地には〝三段鼻〟と呼ばれる急な断崖があり、秋子の親戚筋の当主・名川延雄がスクーターもろとも海へ転落する事件が発生。スクーターはすぐ見つかったが延雄の死体は行方不明。

ここに収められた四篇のうち、この作品が最もボリュームがある。康子の地元大阪を離れた旅先での話ゆえ、老刑事の真田や前述の小島純吉といった、いつもの顔ぶれが出てこないのが特徴。それもあってか、タイトルはダサイが本書の中ではこれが一番出来が良い。

 

 

「白い羽根」

「スクーター殺人事件」とは対照的に、こちらは非常に短く、実質14ページしかない。
新年のホーム・パーティーにて高価なサファイヤの指環が紛失。帰った来客は誰もおらず、犯人はまだ家の中にいる模様。そいつはどういう手口で指環を家の外へ持ち出すことができたのか?

 

 

「不完全犯罪」

康子に意見を求めて真田刑事が持ち込んだ事件。著名なる社会学者・尾武道人の妻がうら寂しい神社境内裏の空地で、心臓を一突きにされて死んでいるのが発見される。死者の掌には「?」と書かれた名刺ほどの紙切れが握られていた。

この一ヶ月前、人を殺したアプレ少年が警察や新聞社に「自分を捕まえてみろ」と挑発する騒ぎがあり、尾武博士は「世の中に完全犯罪など絶対にあり得ない」と談話を発表していた。康子と真田刑事は博士の談話に反発した人間の仕業ではないかと憂慮するのだが・・・。


 

 

『そんな筈がない』に収録されている四つの事件を滝口康子が解決したことが世間に報道されている為、一般の大学生ながら彼女の名はそこそこ知れ渡っているし、真田刑事などは康子の意見を伺いにわざわざ足を運んでいる。その康子クン、それほどしゃしゃり出るタイプでもなく、「もう殺人事件はこりごり」と思っているのだが、結局犯罪捜査に巻き込まれて活躍を見せる。

 

 

 

(銀) 既に申したとおり、本書収録四篇の尺の長さは一定していない。私は藤澤桓夫に詳しくなくて、「そんな筈がない」が昭和31年『別冊宝石』文藝作家推理小説集に掲載されている以外に、康子シリーズの初出誌が何なのか分からない。ただ、同一雑誌への発表ならば各短篇の尺はほぼ均等になる筈。そう考えると、康子シリーズはいくつかの雑誌へアトランダムに発表されたのかも。
 

 

 

 

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