2024年7月20日土曜日

『悪魔のひじの家』ジョン・ディクスン・カー/白須清美(訳)

NEW !

創元推理文庫
2024年6月発売



★★★   こっちのフェイは・・・ウーン・・・




本格ミステリを読んでいると、この世にいる筈の無い不可解な幽霊が現れたりもします。そんな時は、「幽霊を見た」と証言しているのがどういう人物か、注意を払いつつ先に進むことが肝要です。もちろん目撃者は一人の場合もあれば、複数存在する場合だってあります。何人かが見ているのであれば、その面々に共通する事柄は何なのか、それを手繰ってゆくと見えなかったものが見えてくるかもしれません。

十八世紀半ば、イングランド南東部。〈悪魔のひじ〉と呼ばれる土地に屋敷を建てた高等法院のワイルドフェア判事が非業の死を遂げたのち、バークリー家がその屋敷・緑樹館を買い受けた。晩年、厄介な暴君となっていった当主クローヴィス・バークリーには三人の子供達(ニコラス〈長男〉/ペニントン〈次男〉/エステル〈長女〉)がいるが、とても仲睦まじい家族とは言えない。だがクローヴィス老も病には勝てず、逝去。新たに見つかった彼の遺言状によれば、遺産相続人にはニコラスの息子(愛称ニック)が指名されている。ところがニックには、そのつもりは毛頭無い。

 

 

これは「雷鳴の中でも」以来五年ぶり、1965年に発表されたフェル博士シリーズものである。

バークリー家には多々内紛があるのだが、くだくだしくなるので省略。屋敷内に出没する幽霊、二度に亘るペニントン・バークリーへの銃撃、密室・・・おなじみのエレメントながら、カーの原文がそういうテンションなのか、それぞれの翻訳者が手掛けた訳文の違いなのか、作者の加齢を隠せなかった「雷鳴の中でも」より本作のほうが、不思議と若々しく感じられる。

 

 

緑樹館へ乗り込み断固相続を辞退するべく、ニックは気のおけない友人ガレット・アンダースンを同行させる。そのガレットはというと、一年前パリ行きの飛行機で知り合ったフェイ・ウォーダーのことで頭がいっぱい。そう、フェイという名の女性キャラクターといえば、「囁く影」の中心人物だったフェイ・シートンはカー作品の中で(個人的に)三本の指に入る良いオンナでしたな





控えめかと思ったらベッドの中では情熱的だったんで、すっかり夢中になってしまったガレットに勿体ぶった素振りを見せるフェイ・ウォーダー。いつの世も男はこういう女性を夢想しがち。作者であるカーも例外ではない。こっちのフェイも本書50ページ辺りまでは良い感じで来ていたのに、話が進むにつれヒステリックな言動が多くなってきて、フェイ・シートンみたいなFoxy Lady像から離れていってしまう。しかもガレックはてっきり彼女を21~22歳の若さだと思い込んでいたら、実は32なのね(ちなみにガレットは40歳)。

 

 

犯人の意外性は合格。あとは上段にて述べたとおり、先行作品で使われていたような設定だから新鮮味が無いと取るか、もしくは revisited trick ゆえに詰めの部分が丁寧に仕上げられていると好意的に取るかで、本作の評価は別れるだろう。江戸川乱歩に喩えるなら、同じ方向性を持つ先行作品「二廃人」に対し、後発の「柘榴」を好きになれるかどうか。「蜘蛛男」「魔術師」より先に読んでいれば、〝「悪魔の紋章」ってなかなか面白いじゃん〟と言う人が居てもおかしくはない。

ちょっとした疑問。フェル博士の名前の発音が、本書は【ギディオン・フェル】になっている。ジョン・H・ワトソン博士も本によって表記がワトスン or ワトソンだったりするから、ありがちなことといえばそうなのだけど、翻訳者がその時々で変わっているとはいえ、創元推理文庫内でフェル博士シリーズとして扱っているのであれば、【ギデオン・フェル】に統一しておくほうが混乱を招かずに済むと思うのだが。

 

 

 

(銀) 本書の訳者・白須清美だけでなく、例えば昔の訳でも、1981年に同じ創元推理文庫からリリースされた『猫と鼠の殺人』において、厚木淳も【ギディオン・フェル】と表記している。東京創元社の編集部はその辺、おのおのの訳者に任せているのだろうか。






■ ギデオン・フェル博士事件簿 関連記事 ■