2023年12月23日土曜日

『消えた娘』三橋一夫

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春陽文庫
1976年10月発売



★★    銀座太郎の〝イイ人ぶり〟にはゲップが出そうだ




 城南大学在籍時にはボート選手だった、無邪気な白皙童顔偉軀の主人公・銀座太郎こと杉田三太郎は四国の富豪の息子。現在父親が建設している郷土今治の観光ホテルが完成するまで、貧乏な叔父(故人)が都内で経営していたボートハウスをそのまま引き継ぎ毎日のんきに過ごしている。そのボートハウスには元くず屋の光蔵オッサン/光蔵の息子・直吉/工場長の娘・佐智子らが共に働き、さらに防犯具制作会社社長の娘・晴子やバーのマダム益枝も佐智子と同様、みな太郎を慕っており、ハゲの呉警部は太郎とツーカーの仲。そんな靠れそうなほど多幸感溢れる顔ぶれ。

 

 

お好み焼き屋で銀座太郎は、酔った中年男に絡まれていた女子大生風の娘を助ける。その娘に誘われて入った料亭で彼女は何も言わず姿をくらましてしまい、しかもその料亭の別室では五十代の男と二十代前半の女の心中が発生していた。状況からして太郎は警察から目を付けられそうな立場に置かれてしまい・・・。

 

 

☎ 本作の特徴だが会話の割合が多い上、長台詞は無いし地の文も長い説明が見当たらず、ひとつのパラグラフに行数を重ねることなく頻繁に改行がされているため、非常に読み易くはある。貸本小説のお約束として文章を小難しくしては絶対ダメなのだろう。本来三橋一夫は〝晦渋さ〟から遠くかけ離れた作家。中高年の古本オタが三橋の本を有難がるのも納得がゆく。本を買ったところで老眼が進んでいるため、殆どそれを読めぬ古本オタ達からすると、三橋の文章は目に優しいしね。

 

 

この「消えた娘」、三橋一夫長篇の代表作として世間では〝明朗ミステリ〟扱いをされているのだろうが、例えばファースながらもショックを与える探偵小説的妙味を持ち合わせているのならまだしも、のんびりした庶民の話に犯罪が取り入れられているだけ、な感じは拭えない。とはいえ以前紹介した森田雄蔵『肌色の街』(☜)ほどグダグダに非ず、三橋のいわゆる明朗小説と呼ばれるものの中ではまだ読めるほうだ。タイトルにもなっている消えた娘・野宮小夜子のよくわからん行動、そして料亭での男女の死にまつわる人間関係のアヤはそれなりに読み手の興味を刺激しなくもない。

 

 

〈事件現場から姿を消す娘の謎〉と〈男女の心中を取り巻く真相〉、この二要素だけを残して、それ以外の部分をシリアスで暗いタッチの物語にすべて書き変えたなら、かなり感触の異なった探偵小説に生まれ変わるような気がする。なにせ、坂口安吾「不連続殺人事件」の語り口でさえキライな私だ。★3つぐらいにはしてやりたいが・・・やっぱムリ。

 

 

 

(銀) 読み易いその他の要因、と言えるかどうかは分からないが、それまで発生してきた事柄を作中で度々登場人物に振り返らせるシーンが妙に多い。一長篇のストーリーの中で、あたかも連載各回の冒頭で前回までの概況をプレイバックさせるが如く、似たような説明をここまで繰り返す作品はどんなジャンルの小説であれ、あまり見た事がない。

 

 

 

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